味の素などのうま味調味料にネガティブなイメージを持つ人は多い。日本薬史学会会長で薬学博士の船山信次さんは、「化学製品だからと毛嫌いすることなく、その本質を正しく知り、大いに活用していくべきだ」という――。

※本稿は、船山信次『日本人はいかにして毒と薬を食べてきたのか?』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■「化学調味料」は嫌われ者でいいのか
読者の皆さんの中には、化学調味料や化学肥料などと「化学」という言葉のついたものを頭から毛嫌いする方がいらっしゃるのではないかと思う。化学はただ毛嫌いされて当然のものなのであろうか。
実は、化学調味料という呼び方は商品名を避けるために考えられた名称らしいが、この名称も今は過去のものとのことであり、その後、化学という名を避け、1980年代より現在に至るまでは、うま味調味料と呼ばれているようである。ただ、この項ではあえて“化学”という文言を使い、化学調味料と呼ばせていただいている。
では、中国から古く「薬食同源」という言葉が伝わっていたものの、この中の「薬」という文言に「化学」の影を感じるので嫌われてしまい、「医食同源」という言葉に置き換わり、むしろ、こちらの言葉の方が定着してしまったという話を紹介した。
ことほど左様に、化学という領域や文言は避けられるようであるが、化学調味料や化学肥料はただ嫌われるもの、排除されるべきものとして扱われて良いのだろうか。この項では、これらのものについて検証しておこうと思う。
■「うま味」は五味のうちの一つ
人間の感じる味には5種あり、これらを五味という。すなわち、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味である。
うま味の起源となった「味の素」(その正式な化学名はL-グルタミン酸モノナトリウム)の製造法の特許は1908年、わが国の明治時代の科学者池田菊苗(1864~1936)によって得られた。
このものが味の基本である五味のひとつと認められるようになったのはその発見からしばらく経ってからのことであった。
すなわち、西暦2000年を迎えて、舌の味蕾にある感覚細胞にグルタミン酸受容体が発見されたことによってようやく「うま味」の実在が世界的に広く認められるようになったのである。酸性アミノ酸のグルタミン酸がナトリウム塩となって強いうま味を呈することになる。
■なぜ「味の素」は日本人に嫌われるのか
味の素は現在、世界中で料理に使われている。とくに中華料理では多用されているようである。
しかし、日本では、化学物質がよほど嫌われているのか、商品名を避けるために使われた化学調味料という名前も嫌われ、さらには、結晶の形が化学的で気持ち悪いというような感想も散見し、忌避されることもままある。
結晶の形が気になるという方は砂糖(sucrose)の結晶であるグラニュー糖についてはどんな感想を持つのであろうか。純粋な化合物はきれいな結晶となることが多いのである。
また、昆布から取れたグルタミン酸なら良いが別途調製された「化学物質」であるグルタミン酸はダメという意見を聞いたこともある。これはおかしなことで、昆布から取れたものも、別途調製されたものも化合物としては全く同じものである。
■グルタミン酸には2つの種類がある
ただ、こんなことを言うと混乱を招くかもしれないが、グルタミン酸には平面構造は同じでも三次元構造が異なるものが存在する。
三次元構造を考慮に入れると、昆布から取れるグルタミン酸はL型のグルタミン酸であるのに対し、もしも完全に化学合成するとL型のグルタミン酸とD型のグルタミン酸の1:1の混合物となる。
ただし、発酵を応用したりして製造した場合にはL型のグルタミン酸だけを製造することが可能である。
大変に面白いことに、実は、D型のグルタミン酸のナトリウム塩にはL型のものとは異なり、うま味がない。
■世界の研究機関が「味の素」を認めた
さて、1960年代に、グルタミン酸ナトリウム(味の素)に対して「チャイニーズ・レストラン・シンドローム(中華料理店症候群)」という症状が喧伝されたことがある。
何人かのアメリカ人が、中華料理店で食事をしたあとに、眠気や、顔面の紅潮、掻痒感、肩や頭が引きつるように痛む症状が現れ、これを中華料理店症候群と呼ぶようになったらしい。そして、これは、中華料理店で大量に使用されるグルタミン酸ナトリウムの摂取が原因ではないかと疑われることになった。
しかし、1970年以降には中華料理店症候群の報告はほとんど見られなくなった。また、ある疫学調査においては、このような症状の発現はごく少ない上、中華料理との関係よりも、むしろメキシコ料理やイタリア料理との関係のほうが、より強かったという結果すらあった。現在、味の素と中華料理店症候群との因果関係は「ない」と結論されている。なお、1987年には世界中の研究機関でおこなわれていたグルタミン酸ナトリウムの安全性試験結果をもとに、国連食糧農業機関と世界保健機関の合同食品添加物専門家会議が、グルタミン酸ナトリウムの安全性を評価し、「グルタミン酸ナトリウムがヒトの健康を害することはないので、1日の許容摂取量を特定しない」との結論が出されている。
■グルタミン酸は植物系、イノシン酸は動物系
グルタミン酸ナトリウムが発見されたのち、かつお節のうま味成分としてイノシン酸(正式な化学名は5’-イノシン酸)が1913年に発見された。発見したのは、池田菊苗の高弟である小玉新太郎(1885~1923)である。
グルタミン酸が植物系食材に多いのに対し、イノシン酸が多く含まれる食材には、かつお節をはじめ、イワシや鶏肉、豚や牛肉などの動物系食材が多い。
さらに、1957年には、干しシイタケのうま味成分として、グアニル酸(正式な化学名は5’-グアニル酸)がヤマサ醤油研究所の國中明(1928~2013)によって発見された。
これらはいずれも日本人研究者の業績であり、これらの業績をあげることができたのは日本人が特別、味に敏感なためであろうか。それとも以下に述べる出汁(だし)文化が発達していたためであろうか。
■「うま味の相乗効果」を日本人は知っていた
日本料理で大切なのは出汁と言われる。それでは出汁とは一体なんなのであろう。よく出汁に使われるのは上述の昆布である。ここにはうま味成分としてグルタミン酸が含まれていることは知っていただけたと思う。
このグルタミン酸に、さらにかつお節が加わるとそのうま味が強く長く感じるようになる。それはかつお節に含まれるうま味成分である核酸系化合物であるイノシン酸はグルタミン酸が味覚受容体に結合するのを補助するためということが最近わかってきた。
このような作用を「うま味の相乗効果」と呼んでいる。同じようなことは、グアニル酸でも起きる。私たち日本人は、昆布で取った出汁にかつお節や干し椎茸の出汁を加えるようなことを、うま味成分の本態やうま味の相乗効果のからくりを知るはるか以前から自然におこなってきたわけである。
■美味しい出汁は日本の水だからこそ取れる
なお、出汁においては香りも重要な要素である。
かつお節には香ばしい香りが含まれている。それは、かつお節製造にあたって燻製にする際についた香り成分も含まれるためという。
東京の国立科学博物館にて開催された「和食」の展示会(2023年10月28日~2024年2月25日)を見学した。そこでは、日本の水(軟水)は出汁を作るのに適していると述べられていた。水が大切なのは、精密機械工業や日本酒製造などばかりではないと大変に興味深く感じた。
アメリカなどのミネラルに富む硬水では美味しい出汁を取ることは難しいらしい。その逆であろうか。アメリカで飲むコーヒーはとても美味しいと思った。これは硬水のなせるわざだったのであろうか。興味のあるところである。
■「食品添加物」にも重要なものがある
化学調味料とともに、防腐剤などの食品添加物と称されるものが異常に嫌われることがある。しかし、実は食品添加物が重要な役割を果たしている場合も結構多い。

ハムやソーセージの添加物である亜硝酸ナトリウムは、発色によって美味しそうに見せる他、ボツリヌス菌や病原性大腸菌の毒素(ベロトキシン)増加抑制効果もある。実は、極めて重要なのである。
また、人工甘味料の効果的な使用も大いにその恩恵を考えるべきであると思う。人工甘味料は、いわゆる糖質を控えなければならないが甘いものは摂取したい人にはまさに福音となる。
■化学製品を毛嫌いする前に、本質を学ぼう
いずれにしても、私たちは単純に化学製品を毛嫌いすることなく、その本質を正しく知り、場合によっては大いに活用するに越したことはないと思う。
もちろん一方では不断の注意も必要であり、食品や薬などの安全性の検証を怠ったり進歩を緩めたりすることはせず、このような研究や技術開発は先進国として率先して遂行していかなければなるまい。
もちろん、このような方面に興味を持つ研究者や技術者の養成や組織の構築、および施設作りはこの国の最重要事項のひとつであり、こういう方面に進みたいと思う若年層がもっと多くなるような社会の仕組みの構築も必要である。

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船山 信次(ふなやま・しんじ)

薬学博士

1951年仙台市生まれ。東北大学薬学部卒業、同大学大学院薬学研究科博士課程修了。薬剤師・薬学博士。イリノイ大学薬学部博士研究員、北里研究所研究員技師・室長補佐、東北大学薬学部専任講師、青森大学工学部教授、日本薬科大学教授などを経て、現在、日本薬史学会会長・日本薬科大学客員教授。著書に『アルカロイド―毒と薬の宝庫』(共立出版)、『毒と薬の世界史』(中公新書)ほか多数。
毒や薬に関する執筆を数多くし、TVやラジオ番組にも数多く出演。2025年度日本薬学会教育賞受賞。

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(薬学博士 船山 信次)
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