美味しいものはいくら食べても体に影響はないのか。日本薬史学会会長で薬学博士の船山信次さんは、「酒が飲める人と飲めない人がいるように、美味しいものでも、その人の体質や食べ方によっては『体に毒』となるので、注意が必要だ」という――。

※本稿は、船山信次『日本人はいかにして毒と薬を食べてきたのか?』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■酒が毒になる人、ならない人
ある人にとっては何でもないのに、ある体質の人にとっては毒となる代表的なものにお酒がある。お酒を受け付けない人を下戸ということがあるが、下戸にとってはお酒、もっと正確に言えばエチルアルコール(アルコール)は毒でしかない。
アルコールは私たちの体内に入ると代謝されてアセトアルデヒドに変化する。この化合物には若干の毒性があり、頭が痛くなったり、気持ち悪くなったりするのはこの化合物の仕業である。
とくに下戸でない人でも、大量に飲酒した場合にこれらの症状が現れるのは、代謝しきれなかったアセトアルデヒドのなせる作用である。アセトアルデヒドはさらに代謝されて無害な酢酸となるものの、いわゆる下戸の人はアセトアルデヒドを酢酸に代謝する酵素が欠損しているかうまく働いていないのである。
■アレルギーの原因となるとされる食材
一方、各種の食べ物に対するアレルギーというものもあって、場合によってはアナフィラキシーなどの深刻な状況に陥ることもあるので注意が必要である。
アレルギーの原因になるとされてリストアップされている食べ物は現在、合計で28種類ある。そのうち、食品表示基準で定められ、表示が義務付けされているのは、えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生(ピーナッツ)の8品目であり「特定原材料」とされている。さらに、通知で表示が推奨されているものには、アーモンド、あわび、いか、いくら、オレンジ、カシューナッツ、キウイフルーツ、牛肉、ごま、さけ、さば、大豆、鶏肉、バナナ、豚肉、マカダミアナッツ、もも、やまいも、りんご、ゼラチンの20品目があり、これらは「特定原材料に準ずるもの」とされている。
■ショックを防ぐための「エピペン注射」
なお、食物アレルギーの原因物質は、時代の変化とともに変わっていく可能性があると考えられるので、更に実態調査・科学的研究をおこない、新たな知見や報告により適宜、特定原材料等の見直しもおこなわれている。

アナフィラキシーの症状の進行を一時的に緩和し、ショックを防ぐための補助治療剤としてエピペン(アドレナリン自己注射薬)が応用される。
エピペンは処方された本人の他、基本的にはエピペン注射の指導を受けた家族や学校の先生、保育士、救急救命士などであれば、緊急時に打つことができるので、エピペンを持つお子さんがいる家庭では、エピペンを携帯していることを学校などに事前に伝え、緊急時の対応を相談しておいた方がいいだろう。なお、エピペンは学校などに常備されているものではない。
■風が当たっても痛い「痛風」の正体
痛風の発作は男性に発症することが多いと言われる。痛風は血中の尿酸濃度が高まることにより、結晶化することによる疾病である。主に足の親指の付け根に不快な強い痛みが起こり、場合によっては歩行が困難にさえなる。
患部に触れたりすると大変に痛み、風が当たっても痛むことから痛風の名前が付いたと言われる。
尿酸はプリン骨格を含む有機化合物の代謝によって生成する。そのため、この病気を避けるためには尿酸が体内に増えないようにプリン体化合物を含む食べ物の摂食をしないことが推奨されている。
プリン体化合物を多く含む代表的な飲食物としては、タラの白子やビールなどがあげられる。よって、痛風の発作の恐れのある人にとってはこれらの飲食物は場合によっては毒となる。
■糖尿病でも甘いものが食べたいときは
なお、お茶やコーヒーなどに含まれるカフェインもプリン骨格を含む化合物であるが、カフェインは一説によれば、尿酸に代謝される前に体外に排出されてしまうために大丈夫とのことである。

糖尿病の人には糖類の摂取を減らすようにアドバイスされる。糖尿病の人には必要量以上の糖類やその仲間の澱粉類などの炭水化物は禁忌となる。このように、健康な人にとっては何でもない飲食物もいわば毒となってしまう例もある。糖尿病の症状のある方でどうしても甘いものを欲する場合には合成甘味料が救いとなろう。
■お尻から脂がどろっと…食べ過ぎNGな食材
アブラボウズという魚は、高級魚のクエに偽装されたこともあり、刺身などとして食べるとなかなか美味しいものであるが、食べ過ぎると、何の痛みもなくお尻から脂がどろりと出てしまうという事故(?)が起きる。
この事象は、アブラボウズの肉に含まれる脂質(トリグリセリド)はとくに問題ないものではあるものの、含まれる量が大量であることから、その肉を食べ過ぎるとこの困った事象となるのである。
これに対して、やはり大量の脂質を含むアブラソコムツやバラムツに含まれる脂質の化学構造は一般の食用の脂質(トリグリセリド)とは異なっていて、ロウソクに含まれる脂質の様な化学構造を有しており、私たちの体内で吸収代謝されない。
そして、食後18時間から56時間で腹痛や下痢(その便には特有の悪臭があるという)、皮脂漏症などを引き起こし、ひどい場合には脱水症状に至ることもある。そのため、バラムツは1970年に、また、アブラソコムツは1981年に食用禁止となっている。
■激辛ポテチを食べた生徒が救急搬送
辛味成分であるトウガラシのカプサイシンは、卑近な例では七味唐辛子やタバスコ、そしてカレーライスなどの辛味成分として私たちに馴染みのあるものだが、2024年7月に、ある高校で「激辛ゆえ18歳未満は食べないように」という指示の書いてある激辛ポテトチップスを食べて具合を悪くする生徒が救急搬送されたというニュースがあった。
普通に辛味成分として口にしているカプサイシンであるが、この事件は、量を過ぎるとトウガラシ成分でも中毒してしまうという事例となった。
ところで、ヒトは辛いものを食べると当然ながら辛く感じ、普通はそんなに大量に口にすることはできないものであるが、鳥類は辛味を感じないのか、トウガラシを平気で大量に食べる。

ニワトリが庭に干してあるトウガラシを平気で大量に食べるのを見たことがあるし、また、カナリアに市販の一味唐辛子を食べさせるとやはり平気で食べる。それどころかカナリアにトウガラシを食べさせると、その結果として、含まれる色素成分により羽の色が濃くなり、艶が出ることが知られている。このことは、動物種によって食べ物に対する感受性が異なることを如実に教えてくれる好例である。
■食べすぎると胃の中に石ができる秋の果物
柿の実の食べ過ぎはボール化すると言われる。消化しきれなかった食べ物などが胃の中で固まってしまったものを胃石というが、柿の食べ過ぎは柿胃石発症の恐れがあるという。
すなわち、柿に含まれるタンニンにより柿胃石が出来るという。この場合、柿に含まれるタンニンが胃酸と反応して柿胃石となるのである。
柿胃石が出来ると、腹痛や吐き気、食欲不振などの症状が出たり、悪化すると胃潰瘍や腸閉塞を引き起こしたりすることもあるという。意外な食べ物の意外な注意点である。
■酒に強い人でも悪酔いする恐怖のキノコ
ヒトヨタケというきのこが知られている。まさに一夜のうちに真白いきのこが現れ、ほぼ1日で黒くなってしまい地上から消えてしまうきのこである。
ヒトヨタケは変わった毒作用を現す毒きのこである。
このきのこを食べても普通は中毒しない。しかしながら、このきのこを酒の肴として食べると不思議な中毒作用が起きる。すなわち、どんな「うわばみ」でも悪酔するのである。
先に述べたように、アルコールは体内で代謝されると毒性のあるアセトアルデヒドとなるが、このアセトアルデヒドはさらに代謝を受けて無毒な酢酸となる。ところが、ヒトヨタケに含まれるコプリンという成分は体内に入ると分解して、グルタミン酸と1-アミノシクロプロパノールという化合物を生成する。
ここで生成した1-アミノシクロプロパノールはアルコール代謝物である有毒なアセトアルデヒドを無毒な酢酸に代謝する酵素の働きを阻害するのである。そのため、ちょうど下戸がお酒を飲んだ状態となってしまい、どんな大酒飲みでも悪酔することになる。
これは場合によっては食べ物が毒になる興味深い例と言えよう。一方、この化合物の特殊な毒作用に着目し、嫌酒薬としての応用ができないかというような研究もなされているようである。
■まさか…食塩や水が「毒」になることも
食塩や水はヒトの生存に不可欠のものでもあり、まさかこれらの摂取によって生命の危機に陥るなどとは思わないと言われそうであるが、実際には摂取法を誤って生命に関わった例がある。
どうしてそんな競技を思いついたのかと思うが、インドにて食塩の大食い競争なるものがおこなわれ、約600g食べた少年が優勝したものの、その後死亡してしまったという。
普通、まさか食塩が毒であるとは思えない。
しかし、誤解を招くと困るが、その摂取法や摂取量を間違えれば食塩も毒になりうる。また、水でさえ、短時間で大量に摂取すると生命に関わることがあることも知っておきたい。
食塩も水も通常は健康を維持するために必須であり身体に悪いとは思えない。結局、「米の飯さえ多く食らわば毒」なのである。

----------

船山 信次(ふなやま・しんじ)

薬学博士

1951年仙台市生まれ。東北大学薬学部卒業、同大学大学院薬学研究科博士課程修了。薬剤師・薬学博士。イリノイ大学薬学部博士研究員、北里研究所研究員技師・室長補佐、東北大学薬学部専任講師、青森大学工学部教授、日本薬科大学教授などを経て、現在、日本薬史学会会長・日本薬科大学客員教授。著書に『アルカロイド―毒と薬の宝庫』(共立出版)、『毒と薬の世界史』(中公新書)ほか多数。毒や薬に関する執筆を数多くし、TVやラジオ番組にも数多く出演。2025年度日本薬学会教育賞受賞。

----------

(薬学博士 船山 信次)
編集部おすすめ