日本に住む外国人が増え続けるなか、移住者の受け入れに批判的な言説が急速に拡散している。人権や難民問題に詳しいニューヨーク大学アブダビ校客員教授の髙橋宗瑠さんは「自分たちの思い描く『ニッポン』が変化することに恐怖を感じ、移住者を多く受け入れると『民族置き換え』されると騒ぐ人もいるが、そこまで日本の文化や民族性はもろいものなのだろうか」という――。

■日本社会に拡散する「事実誤認」
近年、日本で排外主義が高まっていることは否定できない。日本が外国人移住者を数多く受け入れすぎて、それらが社会的および経済的問題の多く(もしくは、その全て)の原因となっているという考えである。悪い外国人どもを日本から追放すれば日本に平和や発展が戻り、ジャパンアズナンバーワンの世界に返り咲きできると、端的に言えば、こういった考えも巷に見られる。
排外主義の傾向は政治の動向にも表れている。2025年夏の参院選で、外国人受け入れに対する疑問を主なプラットフォームにした参政党が一気に支持を伸ばした。中道右派の票が逃げてゆくことを恐れたのか、外国人の受け入れに否定的な高市氏が自民党総裁に選ばれて、のちに首相となった。高市政権は在留資格要件の厳格化などを含めた総合的な取り組みを2026年初めに打ち出す予定で、外国人に門戸を閉ざすような方向になるものと予想される。
日本に限らず、排外主義はアメリカやヨーロッパなど西側先進国で近年興隆し、もはや世界的なトレンドとなっていると言える。しかし、そのような排外主義が基本的に事実誤認や偽情報などを基にしていることが多く、社会全体を危険な方向に導きかねないと認識するべきであろう。
■「外国人=犯罪が増える」はウソである
移住者が増えると社会にどのような影響があるかという問いに対して、ほとんどの日本人はほぼ反射的に「犯罪が増える」と答える。「外国人イコール犯罪者」という図式が社会のディスコースであまりにもしつこく反復されてきたために、それがもはや明白な事実として受け入れられていると言えるであろう。
「外国人」と一言で言っても、例えば英会話を教えている白人の欧米人が犯罪をおかすというふうに考える日本人は実は少なく、「犯罪者」として思い浮かぶ「外国人」はアジア人、もしくは肌の色が褐色か黒色というのが多くの日本人の想像であろう。
すなわち背景に人種差別的な思い込みがあることが少なくない、と認識する必要がある。
それはさておいて、「外国人が大勢いるから犯罪が増えている」と考える根拠はない。外国人による犯罪をひたすら強調したいのか、法務省が毎年発行する「犯罪白書」に「外国人による犯罪・非行」という章があるが、それを読むと外国人による犯罪が年々決して増えているわけでなく、むしろ一時期こそピークがあったものの、その後基本的に減少傾向にあることがわかる。
■移住者の犯罪率は「むしろ低い」
2024年に関して言えば、刑法犯罪の容疑で検挙された人のうち、外国人は全体の5.5パーセントである。人口に対する検挙率(単純に人口を検挙人員で割ったもの)も毎年、日本人が0.16から0.2パーセント程度、外国人が0.2から0.3パーセント弱程度で推移している。外国人が多少高めであるのは確かであるが、年齢の構成(日本にいる外国人はそもそも犯罪者になる確率が高い年齢層、すなわち若い人が多い)など考慮すると、大差ではない。
なお、これらの統計にある「外国人」検挙者は短期滞在者などすべての外国人を含めての数値であるので、永住者など長期的に日本に住んでいる人に限って言えば、検挙率は0.1パーセントと日本人より低くなる。「外国人の流入によって日本の治安が崩壊している」という言説は事実に基づくものではない。
国際的な研究でも、移住者の犯罪率はむしろ低いというのがコンセンサスである。それもそのはずであり、移住者は大変な思いをして自国から新天地に来て根を張ろうとしているので、真面目に生きるインセンティブが大きい。排外主義者の描く像に反して、掻き乱すためにわざわざ新しい国に移住する人はあまりいない。純粋に経済的に考えても移住者は貢献が大きく、プラス効果であるという研究が圧倒的主流である。

■デマにより「数百人の負傷者」が出る事件に
なお、「外国人が罪を犯してもマスコミは人種差別と糾弾されるのを恐れて、報道しない」という言説が(日本でも欧米でも)見られるが、根拠がゼロで、外国人を敵視するためのデマと認識するべきであろう。欧米に関して言えば、外国人の場合は報道しないどころかその事件が不相応に大々的に取り上げられ、外国人排斥のさらなる理由になるのが関の山である。
「マスコミは外国人を庇っている」という思想は極めて危険で、例えば2024年、イギリスで児童ダンス教室が襲われて、3人の女子が刺殺されるという事件が起きた。事件後、「マスコミは報道しないが、犯人は難民」というデマがソーシャルメディアなどで流れて、難民の宿舎の襲撃や暴動などが各地で発生、数百人もの負傷者が出た。日本では(まだ)大きな暴力事件が起きていないが、「マスコミや人権弁護士、社会のエリートが外国人を擁護しており、日本人の方が差別を受けている被害者」という、根も葉もない陰謀論はすでに日本で見られる。
■「マスコミは外国人の味方」という主張の起源
外国人の保護にメディアも加担しているという言説は実は最近現れたものでなく、2000年代辺りから、在日特権を許さない市民の会(「在特会」)の主張の一つであった。ヘイト集会で在日コリアンや中国人を「ゴキブリ」呼ばわりして、「また南京大虐殺するぞ」と叫んだことで一躍有名になり、そのヘイトスピーチが国連の人権条約の審査で問題になったほどである。その時も日本の右派の一部が「中韓や日本の人権団体の反日に毒された」などと国連を批判することが多かったが、ヘイトスピーチは国際法で明確に禁止されており、日本が指摘されて当然と言える。
欧米でも、「外国人イコール犯罪者(もしくはテロ)」ということで高まった排外主義であるが、日本と同じように各国の公的統計や学術研究でそれが無根拠であることがすぐにわかる。「移民による凶悪犯罪」ばかりがトランプに強調されるアメリカにおいても、例えば司法省が2024年に発表している検挙のデータや、保守派シンクタンクのケイトー研究所が2025年に発表した分析でも、移民の犯罪率の低さが証明されている。
■「文化に対する脅威」という言いがかり
ケイトーの報告書では1990年に生まれた人のうち、アメリカで生まれた人の収監確率が11パーセントであるのに対して不法滞在者は5パーセント、合法的に移住した人に関しては2パーセントである。ヨーロッパ各国でも犯罪者になる要因は「外国人か否か」でなく、基本的にその人の置かれた経済的社会的状況であること多いと明らかにされている。

「犯罪者」のレッテルは無理があるので、そこで今度は、「外国人は文化に対する脅威」という言説が台頭した。
ヨーロッパでは特にムスリムの住民が狙い撃ちされるが、「女性の権利を認めない」「学校でハラルの食事にこだわる」「公共の場でいきなりお祈りを始める」などと言って、「価値観の違う彼らを受け入れることによってわが国の文化が乱される」と言われる。一つひとつ見るとそれは根拠のない言いがかりだったり、些事の過大視であることが明白である(日本でもムスリム住民の土葬「問題」も同じ)が、データで簡単に論破される「外国人イコール犯罪者」という言説と違って全体的に曖昧なものであるため、問題点が認識されにくい。
■「ルールを守らない外国人」とは?
欧米では市場原理主義による社会の変化が激しく、今まで安定した職業や社会的地位でも、簡単に失いかねない状況になってきた。それに漠然とした不安を抱いている市民が当然数多く、スケープゴートが提供されるとそれに飛びつきがちな状況である。それだけに、「文化・社会に対する脅威」の外国人が槍玉に挙げられてきていると言える。
日本でも類似する排外主義的な言説として近年顕著になってきたのは、「ルールを守らない外国人」という論調であろう。ルールを守るのは「良い外国人」で日本に歓迎するが、ルールを守らない「悪い外国人」は不要にして日本から追放するべき、ということである。高市首相も例えば2025年10月、国会で「一部外国人による違法行為やルールからの逸脱」が問題との認識を示して、取り組みを約束した。
それは一見してごもっともな議論に見えるが、敢えて「違法行為」と区別される「ルールの逸脱」という概念の曖昧さに注目するべきである。
日本の法律を破る人が処罰されるのは当然で、外国人でも日本人でも変わらない。例えば凶悪犯罪で有罪になった外国人を国外追放するのは、場合によってはあり得るかもしれない。

■問題視されるのは不法移民でも、犯罪者でもない
しかし、高市首相を含めて日本人がひたすら問題として取り上げる「ルールを守らない」とは具体的に何を指すのか。地域のゴミ出しの日程を守らないことなのか。電車内で大声で会話することなのか。歩道を占領するように広がって歩くことなのか。右派のコメンテータでも外国人による「迷惑行為」を大ごととして取り上げるが、日本人でもそういう「迷惑行為」をする人は決して少なくない。日本人なら問題にされず(もしくは、口頭で注意されることだけで済み)、外国人にだけ厳罰が処されるべきと考えるのは、いったいなぜか。
ことごとく「外国人によるルール破り」ばかりを強調するのはつまるところ、「外国人がいること自体が気に食わない」という考えの延長線上であることを自覚するべきである。
それは、例えばトランプ政権下のアメリカを見ても明らかである。最初は「不法移民の取り締まり」という名目で始まった各地の大規模逮捕であるが、一網打尽なやり方のため、合法的に在留している外国人、それどころか市民権を持った人も逮捕されてそのまま強制的に追放されている例も決して少なくない。トランプ氏やその周辺の発言を見ても、違法行為をした外国人だけでなく、(非白人の)外国人、それどころか非白人のアメリカ人全般が取り締まりの対象であるのが次第に明らかになっていると言えるであろう。合法的にアメリカに移住して市民権を取得した人ももちろん数多いわけであるが、トランプ政権は市民権の大量剥奪も検討しており、その対象もほとんど非白人であることが容易に予想される。
■「民族置き換え」の言説が見られる皮肉
ヨーロッパでも、やり方は無論トランプ氏のように露骨ではないが、非白人の権利が実際に制限されて、市民権が事実上条件付きとなってきている国が決して少なくない。
問題視されるのは結局、「不法移民」でも「犯罪者」でもなく、「外国人(もしくは外国にルーツがある人)」そのものである。
「エリートが外国人を擁護している」という陰謀論の背景には、欧米で以前から右派の中で言われて、輸入された形で最近日本でも散見される「民族置き換え」の言説がある。曰く、世界の頂点に立つグローバリスト(ユダヤ人の富豪と描かれることが多い)は西洋文明の破壊および白人人種の消滅を画策しており、そのために欧米に非白人の移住を推進して、出生率が低い白人を「置き換え」させるということである。
ルノー・カミュ(『異邦人』著者のアレベール・カミュと無関係)なるフランス人が2011年に書いた小説のもので、いうまでもなく現実の根拠が皆無、人種差別や被害意識だけを基にした妄想である。しかしそれが極右政党の台頭などによって欧米で次第に「主流」となりつつあり、トランプ氏周辺の人物でもそれを大っぴらに唱える人が少なくない。
非白人の国で、右派によればアジアを欧米の帝国主義から救済するために戦争を戦った日本であるが、その日本でも白人が頂点に立つ人種ヒエラルキーをもとにするこの「民族置き換え」の言説が見られるようになったのは、皮肉である。
■日本の文化は「もろいもの」なのか
そのように極端な陰謀論はともかく、日本(欧米でもそうであるが)の排外主義の行き着くところは自己破滅である。日本は50年以上にわたって人口置換水準を下回る低出生率が続いている。その結果、労働力が大きく不足しており、今喫緊の課題として取り組まなければいけないのは外国人を排除するのではなく、移住者をできるだけ大勢呼び寄せて、迎え入れることである。
外国人を多く受け入れた場合、そのまま日本に住み着くことになるというのは避けられない。そしてそれによって日本の文化も変化して、社会も変化するであろう。人類の歴史とはすなわち移住の歴史であり、異なった文化が融合しあうことで発展を遂げてきたのである。
そもそも文化や社会は決して一定不変のものでなく、例えば日本人の世代交代でも日本の文化は変化する。排外主義者は(自分たちの思い描く)「ニッポン」が変化することに恐怖を感じ、移住者を多く受け入れると「民族置き換え」されると騒ぐが、そこまで日本の文化や民族性はもろいものなのであろうか。
歴史的に日本はたくさんの異文化を受容しつつも、「日本らしさ」を維持してきたと言える。今も、それが求められているのである。日本の継続した発展を本当に望むのであれば、移住者を受容するしか道はない。

----------

髙橋 宗瑠(たかはし・そうる)

ニューヨーク大学アブダビ校 客員教授

1968年生まれ。早稲田大学卒業。英国エセックス大学大学院にて法学修士号(国際人権法)取得。アムネスティ・インターナショナル国際事務局、国連人権高等弁務官事務所パレスチナ副代表、ビジネス・人権資料センター駐日代表、大阪女学院大学大学院教授などを経て、2025年8月からアラブ首長国連邦にあるニューヨーク大学アブダビ校客員教授。専門は人権、国際法、中近東、難民問題など。著書に『パレスチナ人は苦しみ続ける なぜ国連で解決できないのか』(現代人文社)、『Human Rights and Drug Control: the False Dichotomy』(Hart Publishing)などがある。

----------

(ニューヨーク大学アブダビ校 客員教授 髙橋 宗瑠)
編集部おすすめ