EV化と自動運転の波のなかで、日本の自動車産業は「もう勝てない」という指摘もある。だが、その評価は本当に正しいのか。
モータージャーナリストの清水和夫さんは「日本車には海外勢には真似できない武器がある。あと5年、生き残れば必ず勝てる」と断言する。電動化では出遅れた日本勢の勝ち筋とは。経済ジャーナリスト安井孝之さんが清水さんに取材した――。
■自動運転の「主戦場」はトラック、バス
――そもそも自動運転は何のために開発しているのでしょうか。ハンドルを握らずに目的地に行く、その間に動画を見たり、パソコンで仕事をしたり、話したり……。そんな目的が素晴らしいと思う人もいるかもしれませんが、清水さんはどう見ていますか。
【清水】日本の交通事故死亡者数は随分減ったとはいえ、2025年は2600人弱の方が亡くなっています。その約半分が歩行者や自転車に乗っている人です。運転者の死亡(二輪車を含む)も約半分。つまり大きな社会課題は、運転者が亡くなることを減らすとともに、クルマの外にいるお年寄りや子供も含めた歩行者などの死亡を減らすことです。
その次にあるのはすでにお話ししましたが、物流問題やバスの減便問題などのトラック、バスが抱える社会課題です。
まずはこの二つの社会課題を解決するために自動運転技術を活用するというのが「大義」だと思います。
■日本車は生き残れるのか
――まずは交通事故死亡者を減らすために、自動運転などクルマの知能化を活用すべきだという考え方ですね。ただテスラや中国勢の動きを見ていると自動運転技術の進歩が急速で日本勢は立ち遅れていると思います。日本勢は大丈夫でしょうか。
【清水】米中と日欧ではルールの運用が大きく異なっています。日本と欧州は政府が許認可権を有し、型式認定を与える制度。そのため政府が安全基準を規定します。アメリカは自己認証制度なので連邦政府は安全基準を定めますが、メーカーは自分で認証することが可能です。中国はまずはやってみて、問題があればそのときに対処するという性善説で運用していると思います。
現実的には、私は自動運転を考える時に、サポカー(安全運転サポート車)の主要な安全機能であるAEB(自動緊急ブレーキ、衝突被害軽減ブレーキ)が大事な論点の一つだと思っています。AEBは歩行者が飛び出してきた時にセンサーが感知し、ドライバーに知らせたり、最終的には自動的にブレーキがかかったりする仕組みです。
日本では2021年にトラックなどの大型車両から軽自動車までのすべての新型車にAEB搭載が義務化されました。
さらに2025年12月には既存モデルも義務化されました。こんな国は日本だけです。AEBの国際基準も日本が主導してつくりました。
――AEBはクルマの自動化、知能化の重要な要素ですね。
【清水】2019年に東京・池袋で高齢者が運転していた車が歩行中の親子をはねて、死亡させた事故がありました。あの事故が社会問題になり、政府が自動車メーカートップを集め、AEBの開発を強く求め、技術基準をつくったのです。時速30キロ以下でAEBがあれば死亡率がぐっと下がります。完全に死亡事故がなくなるわけではありませんが、被害を小さくできるのです。
■自動運転の世界を大きく変える「E2E」
――交通事故を減らすという観点からみると、日本はクルマの知能化が進んでいると言えるのですね。とはいえテスラや中国勢と比較して自動運転技術では後れをとっています。昨今のAI技術の発展から誕生したE2E(エンド・ツー・エンド)の自動運転でも日本勢は海外のスタートアップと提携する動きがあります。清水さんはE2Eが自動運転の世界を大きく変えるとおっしゃっていますが、日本勢の今後をどうご覧になっていますか。

【清水】これまでの自動運転はif-then(もしこうなったら、こうする)というルールを全部積み上げて、自動運転車を走らせていました。そのためにはカメラやセンサーなどを搭載し、コンピューターが理解できる地図HDマップ(高精度3次元地図)も必要でした。
一方、E2Eではカメラと、場合によっては安心材料としてライダーをつけることもありますが、カメラが撮った映像をAIが分析して、クルマをコントロールする仕組みです。HDマップは不要です。人間が目で進行方向を見て情報を得て、クルマを運転している状態に近いといえます。従来の自動運転のシステムよりもずいぶん安くなり、中国のスタートアップ企業、Momenta社は100万円以下で高度なレベル2が可能だと言っています。
――もしもそんなに安くなるなら乗用車のレベル4も可能になるのではないですか。
【清水】現状ではレベル2の段階なので、レベル4に行くにはまだまだ高いハードルがありますが、やがてレベル4にもE2Eが使われるとコストは一気に下がると期待できますね。私はレベル2のE2Eでも、とても社会に役立つと思っています。
■「レベル2」でも十分戦える
――どのように役立ちますか?
【清水】高度なレベル2のクルマが登場すると、お年寄りが免許返納しなくてもよくなるかもしれません。例えば世田谷に住んでいるおじいちゃん、おばあちゃんたちが、音声でカーナビに「銀座のデパート」と入れれば、アクセルもブレーキも踏まなくてもクルマが動き出す。目的地までハンドルから手を離すことはできますが、前をしっかり見ていなければいけません。
もしも途中で、アラームが鳴って何かあったら、急ハンドルを切ったり、急ブレーキを踏んだりしますが、お年寄りには運転が楽になり、安全性も高まります。
――E2Eなら安く搭載できるので実現可能でしょうか。
【清水】従来の自動運転なら軽自動車でも1000万円になってしまう。E2Eのレベル2ならプラス50万円ほどでできるかもしれません。
――E2Eでレベル2が実現してくると、運転できなくなると生活ができない地域に住む人たちの社会問題もかなり解決しそうです。
【清水】元々日本のクルマにはAEBが付いているので、そこにレベル2を付けると、ずいぶん安全になります。AT限定免許をつくったぐらいですから、E2Eを実装する高度運転支援免許があってもいいと思います。
■日本車メーカーの“勝ち筋”
――E2Eでレベル2はいつ頃、実現するでしょうか。
【清水】ホンダや日産は2027年と表明しています。トヨタはもうちょっと慎重です。E2Eだけでは心配だから、if-thenというルールベースの自動運転も組み合わせて、実現したいという考え方ですが、2030年までには何らかの形でE2Eのクルマを出してくるでしょう。
しかし、ルールベースとE2Eのハイブリットが現実的ですが、ロボット業界で話題となっているVLA(Vision-Language-Action Models)という視覚、言語、行動の3つのモデルからの情報を統合的に処理判断する仕組みがあります。
トヨタの専門家はこのVLAもクルマのAIに付加すると考えています。
トヨタ、ホンダ、日産のビジネスの主戦場は米国です。アメリカにはテスラがいて、Google傘下のWaymoがいます。「EVもAIもないの?」となると若い世代には買ってもらえません。アメリカビジネスを考えると、トヨタ、ホンダ、日産はE2Eをやらざるを得ないのです。
――乗用車ベースではレベル4の実現はまだ先だとしたら、E2Eでレベル2のクルマを出せるかがポイントですね。
【清水】日本のビッグ3(トヨタ、ホンダ、日産)がやることは意味深い。低速の領域ではAEBを日本はすでに標準として導入しています。高速の領域でも安全な車ができるようになると、電動化ではちょっと出遅れましたが、知能化では巻き返す道筋ができるのではないかと日本政府は期待しています。私も日本勢の勝ち筋はそこにしかないと思っています。
勝ち筋として、もう一つあるのは丁寧なクルマ作りができるという点です。EVで急成長する自動車メーカーも高い品質と耐久性が課題だと思います。
日本はこの分野では実績があります。もしも電動化と知能化で何とか頑張って、2030年ぐらいまでに基盤技術が整い、ハードウェアの勝負になれば、日本は勝てる、と見ています。
■丁寧な「モノづくり」が必ず生きる
――かつてドイツが「インダストリー4.0」を標榜したとき、目指すべきものはサイバーとフィジカルの融合だと言っていました。AIやインターネットなどのサイバー技術だけではなくて、モノづくり・ハードウェアというフィジカル分野の技術を融合して新しいモノづくりをしようとしていました。どちらか片方だけでは良い自動運転車もロボットもできませんからね。
【清水】サイバーとフィジカルの融合とは重要ですが、抽象的なので、各プレイヤー(専門性のあるサプライヤー)とどのように水平統合し、日本が得意とする丁寧なモノづくりで勝負できるかがポイントです。
今のところAIなどの頭脳部分は負けているかもしれませんが、首から下は今も競争力はあり、きっと再評価されると思います。昨年のモビリティショーで、外国人のツアーガイドを2回やったのですが、ドイツのエンジニア集団は日本車を微に入り細に入り、見ていました。あんな光景はこれまではあまり見たことがありません。
――米国のロボットやAIの開発を引っ張ってきたギル・プラットさん(トヨタ自動車チーフサイエンティスト)がトヨタに入った理由は、トヨタの高品質なモノづくり技術と大量に世界を走っているトヨタ車から得られるデータの豊富さのためでした。それらは単なるサイバー企業にありませんからね。
【清水】プラットさんと一緒にトヨタに来たジェームス・カフナーさんとは何度も食事をしましたが、彼は「ソフトウェアファーストは、ソフトウェアを考えてハードを作ることが目的だから、実はゴールはハードなんだよ」と話していました。
■自動運転、ロボットを支えているのは日本製
【清水】自動運転やロボットの目の玉と言えるセンサーの多くはソニーのCMOSセンサーで、日本製。日本に足りないのはソフトウェアの開発能力ですが、AIが進化していくと、AIがソフトウェアを作りはじめる。そうするとソフトウェアの開発は競争領域ではなくなる可能性があります。
そうなればAIの指示を正確に瞬時にハンドルやブレーキに伝えるモノづくりの信頼性が競争力の源泉です。AI開発以上にAIをどう使って新しい価値を提供するのか。ここが最大の注目ポイントではないでしょうか。ハードウェアのモノづくり能力こそが競争領域になるでしょう。その時、日本にもう一度勝ち筋が見えてくる、とみています。
――勝ち筋を実現するためには課題はありませんか。
【清水】クルマの知能化をE2Eで進めるには実際の走行データが必要です。しかも道路事情は世界各国で違いますから、それぞれのローカルなデータが必要です。今まで走ったことがないアフリカの道をAIの判断で走ろうとしても、AIが勉強していなければ走れません。クルマの前に沼地が広がっていると、入っていいのか、避けた方がいいのかが分からないからです。誰かが走ってAIがお勉強しなければいけません。
テスラがすごいのは、世界中で600万台ぐらいのクルマが走っていて、その走行データを全部持っていることです。Googleは世界中の道を、ときには自転車しか通れないような狭い路地もストリートビューで測定し、詳細な地図をもっています。
それらの道でAI自動運転車が走っているわけです。そして世界中でクルマを走らせ、データを集めている。しかしGoogleはクルマを持っていないので、トヨタとのコラボはある意味で最強の形です。日本メーカーのデータはまだ少なく、メーカー間のデータ共有も「鉄のカーテン」で閉ざされています。
■今を生き残ることが一番重要
――知能化が勝ち筋ならば、タクシー会社や海外のスタートアップと組むなど、とにかくデータを集めていくしかない。あたふたとしないことが大事ですね。
【清水】日本には軽自動車もあり、小さいクルマでも安全性を高めてきました。さらに知能化を小さいクルマで実現できれば、それはすごいことです。ヨーロッパはもう大きなクルマが売れなくて小さなクルマにシフトし始めた。トランプ大統領も「かわいいクルマ」と言い始めた。日本メーカーには電動化が進む中国市場や東南アジア市場で何とか生き残り、知能化を実現させることに集中してほしいです。

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安井 孝之(やすい・たかゆき)

Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト

1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『2035年「ガソリン車」消滅』(青春出版社)、『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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(Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之)
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