交渉の上手い人は何をしているか。弁護士の嵩原安三郎さんは「すべての交渉に共通して、『なるべく痛みが少ないところから提示する』という発想の『小出し交渉』は避けたほうがいい。
こちらが譲歩をするときには『相手の予想を上回る』『相手にサプライズを与える』ことがポイントになる」という――。
※本稿は、嵩原安三郎『ワンランク上の交渉力』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■「交渉下手」が陥る二大パターン
自分と相手の両方を満足させるか、自分を満足させるか、相手を満足させるか――満足させる人が違えば、当然、用いるべき技術もまったく違います。
一方、すべての交渉に共通して、2つほど注意してほしいことがあります。いずれも交渉下手が陥りやすいパターンです。具体的なテクニックに入る前のウォーミングアップがてら、ここでまとめておきましょう。
まず1つめは、条件を「小出しにする」というパターン。
たとえば、こちらが譲歩しなければいけないときに、1割譲歩する案、2割譲歩する案、3割譲歩する案があったとします。値段交渉などでは、よくある話でしょう。「どのような要望まで受け入れるか」ということもあります。
譲歩する割合は少ないほうが、当然、こちらの利益減は軽く済みます。だから多くの人は、まず1割譲歩を提示し、それでダメなら2割譲歩、それでもダメなら3割譲歩と、条件を小出しにします。

しかし、こういう進め方をするのは、じつは交渉上手とはいえません。
仮に最大限に譲歩できるのが3割ならば、じつは最初から3割譲歩を提示してしまったほうがいい。少なくとも、2割5分までは一気に譲歩してください。すると結果的には、こちらに有利に交渉を運べることが多いのです。
■相手にサプライズを与える「上回り提案」
こう聞いて、驚かれたかもしれません。
「最初からギリギリのところを提示して、それ以上の譲歩を求められたらあとがないのでは? そんな危険な橋を渡るのが交渉上手なの?」――こんなふうに思った人は、もう少し大局的にものを考えるクセをつける必要がありそうです。
こちらが譲歩する場合、相手は、決まって「これくらいなら行けるだろう」という予測を立てています。
そしてその予測は、たいていは、こちらの「ギリギリよりも、ちょっと手前」であることが多い。先ほど挙げた1割譲歩、2割譲歩、3割譲歩でいうと、先方は「2割譲歩が落としどころ」と考えているということです。
そこで、こちらが最初に3割譲歩を提示したら、相手はどう思うでしょうか。おそらく、「え、そんなに譲歩してもらっていいの?」と驚き、感謝すらするでしょう。
柔道に「出足払い」という技があります。
相手が前に出てきた際、それをぐっと引き込み、思わず大きく踏み出した足を横になぎ払って投げる技です。私にとっての譲歩とはこういうイメージです。
相手が考えていた以上の譲歩を見せることで、逆に自分のペースに持ち込めます。こちらが譲歩をするときには「相手の予想を上回る」「相手にサプライズを与える」ことがポイントなのです。
「上回り提案」というやり方ですが、相手を「え?」と驚かせる、それが結局、こちらの目的を達することができる近道になることがあるのです。
■その他の条件を思いどおりにしやすい
先ほどは金額のことをいいましたが、1つの交渉で合意する点は1つだけではないでしょう。値段もあれば、契約形態、契約期間やその他の条件付与など、さまざまな条件を詰める必要があります。また、別の契約交渉も同時に進んでいることもあります。
そこでまず、1つの点で、相手の予測を上回るほど相手に有利な案を提示すると、その他の条件については、格段に、こちらの思いどおりに持っていきやすくなるのです。
たとえば大幅に値引きしてあげることで、通常は2年契約のところを4年契約にしてもらうなどといった交渉が比較的簡単に達成できるようになりますし、人的交流や技術供与を求めたり、別件交渉に有利な条件をお願いしたりなどがしやすくなります。
人間は先に「期待を上回る利益」を提示され、それに心惹かれてしまうと、それを手放したくなくなるものです。先に「サプライズ」された「上回り提案」をされると、なんとかそれを獲得したくなるのです。

もちろん、最初に提示する条件によって、こちらが大きな損害を被るようでは本末転倒です。
そこはしっかりとプランを練ってから交渉に臨む必要がありますが、「なるべく痛みが少ないところから提示する」という発想の「小出し交渉」は避けたほうがいいということは、ぜひ覚えておいてください。
■「初回だけの出血大サービス」はダメ
もう1つ、交渉下手が陥りがちなのは、「今回だけは」という条件付きで、かなり痛い譲歩をしてしまうことです。
これは、「まず取引関係をつくることが先決」「そのためには、初回は大幅なサービスも必要」と考えたときなどに、陥りやすいパターンです。
「次から正規の条件で取引できれば、今回の損害はカバーできる」というわけですが、逆の立場で考えてみると、どうでしょう。
たとえば一度「3割引」で買えたものを、次に取引するときに、10割の値段で買う気になるでしょうか。「前回、3割引でいけたんだから、今回も同様にお願いしますよ」といいたくなるでしょう。
このように、人は最初に味わったうまみを、なかなか捨てられないものです。こちらは「初回だけの出血大サービス」のつもりが、先方にとっては、その条件が「既得権益」に変わってしまうのです。
もし、「今回だけ譲っておきます」という交渉をするのなら、「次回からは正規の条件で取引する」というところまできっちり説明し、契約を結んでおくべきです。
■安易な判断が地獄の入り口に
ですので、交渉の段階で「今回は譲っておく」という提案をしたのであれば、そのあと、表情を崩して、いたずらっぽく、「ま、今度はおまけをつけてもらいますよ(笑)」などと伝えておくと効果的です。
こういった「大幅譲歩のときに次回の条件を確認しておく」というのは「できればそうしてほしい」ものではなく、「絶対そうしなければならない」ものです。

そこまでしないと、先方からは何食わぬ顔で「前回と同様でお願いしますよ」と求められ、上司からは「なんで、そんな条件を飲んだんだ!」と問い詰められ……という板挟みになりかねません。
退職を会社に申し出たものの失敗してしまい、私に依頼してくる方は大勢いらっしゃいますが、彼らのなかにも、譲歩のやり方を間違えたことで、苦しい思いをしてしまっている人が少なくありません。
たとえば、こんな人がいました。
会社に「部署の仕事量に対して、人員が少なすぎるので、新しく何人か採用してほしい」と相談したところ、「今月はなんとか今いるメンバーで乗り切ってくれないか」といわれ、しぶしぶ従った。しかし、翌月以降も人を増やしてくれることはなく、過重労働から体を壊してしまった……。
これはまさに、次回の条件を確認せずに譲歩してしまった例でしょう。きちんと書面で「部署の人員を来月までに増やす」ことを会社側に“明確に”約束させれば、体を壊すこともなかったかもしれません。
「今回だけ」という安易な判断が、地獄の入り口になってしまうことも多いのです。
ポイント

「小出し」と「今回だけ」は絶対NG

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嵩原 安三郎(たけはら・やすさぶろう)

弁護士

大阪府中小企業青年中央会理事。一般社団法人弁護士EAP協会理事。一般社団法人終活レスキュー協会理事。一般社団法人境港観光協会監事。
1970年、沖縄県生まれ。京都大学卒業後、29歳で司法試験合格。2007年にフォーゲル綜合法律事務所を立ち上げる。現在は、協力弁護士も併せて弁護士9名を擁する事務所に成長。全国の損害保険協会で「保険犯罪防止セミナー」を行ない、「交渉で不正を自白させる」方法を指導するなど、セミナー、講演を多数行なっている。また、弁護士による「退職代行」のパイオニアとして、これまで2万人以上を退職させてきた。「情報ライブ ミヤネ屋」「キャッチ!」などテレビやラジオなどのメディアでも活躍中。

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(弁護士 嵩原 安三郎)
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