資本主義社会において利益はどのように生み出されるか。元外務省主任分析官で作家の佐藤優さんは「働いている側からみれば、会社の利益とは自分たちのタダ働き分である。
これをマルクスは『剰余価値』という言葉で表し、資本家による労働者の搾取の本質であり、実体だと指摘した」という――。
※本稿は、佐藤優『残された時間の使い方』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■SNSに姿を変えた「時間泥棒」
私たちは気がつかないうちに、自分の時間を何者かに奪われています。
ミヒャエル・エンデの有名な『モモ』という作品には、他人の時間を奪う灰色の男たち=「時間泥棒」が登場します。彼らは人々に「時間銀行に時間を預けると、時間が増える」と嘘をつき、他人の時間を奪おうとします。主人公のモモという少女がその時間を取り戻すという話です。
物語はファンタジーで子ども向けとされているものの、その示唆するところは現代社会への痛烈な批判であることは間違いありません。
今から50年以上前の作品ですが、エンデが投げかけた問題は決して古くなってはいません。
それどころか、「時間泥棒」はますます巧妙に姿を変え、擬態し、私たちの生活に忍び込んでいます。
その典型がSNSと呼ばれる情報ツールです。
X、LINE、Facebook、TikTokなどからYouTubeも含めて、私たちはいまや様々な分野と種類のSNSツールに囲まれています。
これらは情報空間を一気に広げ、多くの人が情報を共有することができるようになりました。
SNSを通じてあらゆる人が情報を発信し、共有し、拡散することができる。実に革命的な技術であり、ツールであることは間違いありません。
それこそトランプ大統領のように一国の元首のメッセージが直接一般の人に届けられ、しかも双方向でコミュニケーションもできるわけです。
■自分の時間が奪われているという感覚がない
ただし、便利で強力なツールであればあるほど、諸刃の剣のようにそれがマイナスの影響をもたらすことがあります。
いまや子どもから大人までスマホを片手に時間があればSNSをしている状況です。
家の中でも通勤時間も昼休みの時間も、つねにSNSをチェックしている。1日の時間のうちのかなりの時間がSNSによって占められています。
総務省の「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」(令和5年度)によれば、インターネットによる情報行為に費やす1日の時間は、全世代(13歳~69歳)で194.2分となり、この10年間に2倍以上の伸びとなっています。1日3時間以上もSNSを含むインターネットに時間を費やしているわけです。
おそらく少なからずは、半ば無目的に動画を見たり、FacebookやLINEでつながったりしている時間でしょう。
問題は、ほとんどの人たちが自分の時間が奪われているという感覚がないということです。むしろ自分の意志と嗜好で選択し、楽しんでいるという感覚がある。

「ならばいいじゃないか」という理屈もありますが、それでは最終的に自分の時間を、主体的にかつ有効に使ったことにはならないと考えます。
手軽に暇な時間を埋め合わせるツールが巷に溢れていることで、私たちはついつい貴重な自分の時間を奪われてしまいます。
現代の生活において、インターネットやそれに付随するSNSは、時間泥棒の最たるものだといえると思います。
■労働力の搾取とは「持ち時間」の搾取である
時間泥棒はもちろん、このようなインターネットやSNSなどのツールばかりではありません。
エンデがモモを書いた50年前には、このようなツールはまだ存在していませんでした。エンデが言うところの時間泥棒とは、何のメタファーなのか?
それは灰色の男たちが、時間銀行の営業マンであるということにヒントがあります。
銀行とは、資本主義のシステムを構築するためのもっとも基本となる装置です。銀行に預けるとお金には利子がついて増えると同時に、銀行は利子をつけてお金を貸すことでさらなる利益を得ることができます。
銀行は、まさにお金=資本を拡大再生産させるという資本主義のメカニズムの中心であり、象徴でもあります。
お金を生み出すためには人々の労働力が不可欠ですが、労働とはすなわち、その人が生産活動に従事する時間そのものでもあります。つまり労働力の搾取とは、その人の持ち時間の搾取と同義だと考えてもいいでしょう。
エンデはまさにこの構造を、ファンタジーという形式で表現したのです。

■新自由主義の台頭で進んだ社会の二極化
持ち時間をどんどん削らされた人々は余裕がなく、いつも忙しさでイラ立っています。モモはそんな大人たちの嘆きや愚痴を聞くことで、彼らを再び元気にしていく力を持っている少女でした。
作中の「時間泥棒」は、資本主義社会の構造そのものだということです。このことは当然今の社会にも当てはまります。
それどころか、むしろ新自由主義の台頭によって、その実態はより深刻化したといえるでしょう。新自由主義によって社会の二極化が進みました。労働も時間もさらに搾取率が高まったということだと思います。
具体的には、非正規労働者が一気に増えたということが挙げられます。
厚生労働省の2024年の調べによると、いまや男性就業者の22.3%が非正規雇用であり、同じく女性の場合は52.4%となっています。
非正規となれば、正規と同じ額の賃金を稼ぐためには、より長時間働かなければなりません。今の社会は以前に比べて搾取され、奪われる時間がより増えているといえるのです。
■私たちの「賃金」は利益の分配ではない
時間の搾取ということについてお話しするに当たって、どうしても触れておかねばならないのが、マルクスの『資本論』でしょう。
もう150年以上前に書かれた本ですが、資本主義の本質と問題点を喝破した点で、いまだにこの本に優るものはないと私は考えます。
この本の中でマルクスがまず主張するのは、労働者とは資本家にとっては「労働力という商品」であるということです。
ちなみに資本家とは、工場や生産機械など生産手段を有している者であり、労働者とはそのような生産手段を持たない人たちのことをいいます。
資本家は当然、その生産手段を駆使して商品を作り、それを販売して利益=お金を得ようとします。
一方、生産手段を持たない人たちは、資本家の工場などで働き、自分の労働力を対価に賃金を稼ぐしかありません。
ここで明確にしておかねばならないのは、この賃金は利益の分配ではないということです。
仮に今、イスを作って販売する場合を考えてみましょう。商品を生産するためには工場や機械などの設備が必要です。それに木材や釘などの原材料が必要です。
ただし、それだけではイスはできません。実際にそれを組み立てる人の力、すなわち労働力が必要になります。
■資本家は極限までコスト=賃金を抑えようとする
ここで、できるだけ利益を上げたいと考えた時、どうするか? 木材や釘などの原材料費を可能な限り抑えようとするはずです。
同時に、労働する人たちに対する賃金もできるだけ低く抑えようとするでしょう。
つまり労働力も、資本家にとっては原材料費と同じくコストの一部に過ぎず、利潤を上げるためには切り詰められるだけ切り詰めるべきものとなります。これがマルクスが言うところの「労働力の商品化」ということです。
資本家が利益を分配するのは、あくまでも資本家間並びに資本家と地主の間だけです。決して労働者に対してではありません。
労働力は商品=コストに過ぎないので、どんなに会社が利益を上げようが、成長していようが、資本家は極限までコスト=賃金を抑えようとするはずです。もちろん実際は最低賃金や各種労働条件などの法的な縛りがあったり、労働組合の抵抗があるので限界があるのですが。
■会社の利益は従業員のタダ働き分に過ぎない
以上の大前提を踏まえた上で、さらにマルクスの視点から資本主義の本質を考えてみましょう。
製品となったイスが仮に1万円で売れたとします。市場で1万円で買われたということは、そのイスの価値が1万円と認められたということです。
仮に木材などの原材料費や制作するための機械や道具代などにかかった金額が、1個当たり3000円だったとすると、働く人たちが原材料を組み立ててイスを作った労働の価値は1万円-3000円で7000円ということになります。
ところが実際には、労働力はコストですから、資本家の思惑で切り詰められて1個当たり労働者には賃金として2000円しか払われていないとしましょう。

差額の7000円-2000円=5000円がすなわち利潤であり、資本家の懐に入るお金ということになります。
このように考えると、そもそも利益というのは労働力が作り出す商品やサービスの対価として労働者に支払われるべきお金が支払われない部分、すなわち不払いによるものだというのがわかると思います。
つまり働いている側からみれば、会社の利益とは自分たちのタダ働き分だということです。
マルクスはこのタダ働きの部分を「剰余価値」という言葉で表し、これが資本家による労働者の搾取の本質であり、実体だと指摘したのです。
■マルクスの剰余価値の見方こそ資本主義の本質
ちなみにマルクス主義と対峙する主流派経済学では、剰余価値という言葉は使わず「利潤」という言葉で表します。
そしてこの利潤は労働だけでなく、工場や機械設備、そのほか資本家などの経営努力やマネジメントの力などが総合したものだと考えます。
しかし、私から見ればそれは資本の本質を覆い隠すものであり、マルクスの剰余価値の見方こそが、資本主義の本質を鋭く見ていると考えます。

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佐藤 優(さとう・まさる)

作家・元外務省主任分析官

1960年、東京都生まれ。85年同志社大学大学院神学研究科修了。2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で国策捜査の裏側を綴り、第59回毎日出版文化賞特別賞を受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『獄中記』(岩波書店)、『交渉術』(文藝春秋)など著書多数。

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(作家・元外務省主任分析官 佐藤 優)
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