家族などの同居者がいるのに、亡くなってから4日後以降に発見される「同居孤独死」が増えている。宗教学者の島田裕巳さんは「同じ家で生活していても、家族との関係が希薄になるというケースは少なくない。
その背景には、人間の死が重みを失ってきたことがある」という――。
※本稿は、島田裕巳『無縁仏でいい、という選択』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■戦後すぐの平均寿命は「40代」だった
一つ考えなければならないのは、私たちの「死生観」が、ここのところ大きく変化してきたことである。
人間も生き物の一つであるから、死を免れることはできない。
しかも、人間が生き物の中でもっとも長寿だというわけではない。樹木になれば、樹齢何百年というものも珍しくない。神社のご神木などはその代表だ。アメリカ西部に生えるマツの一種であるブリッスルコーンパインになると、確認されている最も古い個体は樹齢5000年以上である。いったいこのマツは、5000年もの間、何を見てきたのだろうか。
動物でも、ガラパゴスゾウガメやアルダブラゾウガメなどは、150年から200年以上生きることがある。ニシオンデンザメになると、500年近く生きる個体もいると考えられ、脊椎動物の中でもっとも長生きである。
そうしたものに比べると、人間の寿命などたいしたことはない。
それでも、平均寿命が日本でかなり延びていることは間違いない。
戦後すぐの段階では、平均寿命は男女とも40代だった。明治時代から昭和の前半まで、40代で長く横ばいだった。その点からすると、戦後の延びは著しい。ただ、この点についてはころっと変わったとまでは言えないかもしれない。延びは徐々に進んできたもので、ここのところそれはかなり緩やかである。新型コロナウイルスの流行があった時期には、平均寿命も少し縮んだ。
■「死生観A」から「死生観B」への転換
それに、かつて平均寿命が短かったのは、乳幼児死亡率が高かったからで、平均とされる40代で亡くなる人が多かったというわけではない。乳幼児期を無事に乗り越えることが、長く生きる上での最初の大きな関門だった。ただ、戦争や結核の流行もあり、若くして命を散らす人間も少なくなかった。
それでも、現在では、70代で亡くなれば、平均寿命に達していないので、「まだお若いのに」と残念がられる。90代まで生きられることが珍しくなくなり、100歳まで達した人たちも、今では10万人に近づいている。
まぎれもなく「超長寿社会」が実現されている。
それによって、私たちの死についての考え方も大きく変わってきた。それも、ころっとではなく、徐々に進行してきたことなので気づきにくいところがあるが、今になってみると、変化は明確になっている。
私はその変化について、数年前から「死生観A」から「死生観B」への転換としてとらえてきた。A、Bという区別は私が行ったものである。
死生観Aとは、平均寿命がまだ短かった時代の死についてのとらえ方で、「いつまで生きられるかわからないから、とりあえず死ぬまで生きよう」という死生観である。重要なのは、その時代には先のことをさほど気にしなかったことである。
■25年も続く「老後」をどう生き抜くか
いつまで生きられるかわからないというのは、現在でも変わっていない。死がいつ訪れるかわからないのは不変の真理である。たとえ、人もうらやむような健康を維持している人物であっても、事故に巻き込まれ、一瞬にして命を落とすことになる。
しかし、超長寿社会になったことで、「とりあえず死ぬまで生きよう」と考えるだけでは済まなくなってきた。
今のサラリーマン社会では、多くの人たちは65歳前後で定年を迎え、その後、「老後」を迎えることになる。
老後という言葉が頻繁に使われるようになったのは、最近になってからである。
90歳まで生きるのであれば、定年からはじまる老後は25年続く。それは、生まれてから大学を卒業するまでの期間よりも長い。私たちは、長い老後をなんとか生き抜いていかなければならなくなった。生活を支えていく経済的な問題もあるし、健康のこともある。
長い老後を考えると、「とりあえず死ぬまで生きよう」では済まされない。老後の人生設計がどうしても必要になってきたのだ。
これが死生観Bの時代の考え方である。長寿を前提に、死ぬまでの自分の人生を設計し、その設計図に従って段階を踏んで生きていかなければならなくなったのだ。これが死生観Bである。
私は、このように死生観AからBへの転換が起こったと考えるようになっていたのだが、それが間違っていないことを証明する本が出版された。
■ベストセラーが証明した「死生観」の変化
それが、和田秀樹『80歳の壁』(幻冬舎新書)である。
この本の前に、和田氏は、『70歳が老化の分かれ道』という本を出版しており、そちらもベストセラーになっている。
『70歳が老化の分かれ道』は、詩想社新書の一冊だが、私の『「墓じまい」で心の荷を下ろす』と同じ出版社である。編集者一人の小さな出版社だが、年齢が明示されているところに、和田のベストセラー本の特徴があった。
私は、その後、和田と対談し、それを本として出版している。『手放すと、すーっと楽になるモノこと 健康法と医学に頼らず100歳楽々長寿』(講談社)だが、そこで「和田健康本」がヒットした原因について論じ合っている。
和田によれば、『70歳が老化の分かれ道』を出すまで、どこの出版社も、タイトルに年齢を入れることに賛同しなかったという。その年齢の人間しか買わないと思われたからだ。そこに詩想社の英断があり、むしろ年齢を明示したことがベストセラーに結びついた。
『70歳が老化の分かれ道』にしても、『80歳の壁』にしても、どちらも読者を70歳、あるいは80歳に限定したものではない。高齢者が、どの年齢で、どういったことに気をつければよいのか、それを示したもので、まさに、死生観Bの時代にふさわしい本なのである。
老後の人生設計が必要だということは、仕事を退いてからも、長い老後の後に訪れる死までの間、その期間をなんとか生き抜いていかなければならないということである。
■増加する「同居孤独死」という闇
昔は、老後の期間が短かったので、その感覚はなかった。
家族と同居しているのであれば、仕事から退いた後、隠居として悠々自適の生活を送り、それほど時間が経たない段階で、あの世へと旅立っていった。そうであれば、老後について思い煩う必要もない。
ところが、今や、そんな境遇にある人は少なくなった。家族と同居している人も減り、多くは老夫婦だけで生活している。しかも、片方が亡くなれば、単身で生活していかなければならない。そうなれば、日々、様々なことをこなしていかなければならない。年金だけでは十分ではないので、収入も確保しなければならないのだ。
しかも、同居していたとしても、家族との関係が、驚くほど希薄になるという事態も生まれている。
それを示すのが「同居孤独死」である。しかも、それが増えているのである。
それについては、「THE GOLD ONLINE」の2025年5月18日配信の「みんな私のお金だけが目当てなんです…貯蓄8000万円・年金15万円の81歳女性が苦悩。息子夫婦と同居なのに『孤独死』の不安に震えるワケ」という記事で報告されている。

■死後4日たっても気づかない家族たち
同居孤独死とは何か。
大阪府では「同居家族がいる場合で、死亡から発見まで4日以上経過したもの」と定義している。大阪府のデータによると、同居孤独死の発生件数は2017年に24人だった。それが、2018年には35人、2019年に31人と推移した。コロナ禍の2020年には20人と一時的に減少したものの、2021年には21人、2022年には25人と再び増加している。記事では、「この数字は氷山の一角に過ぎず、全国規模では相当数の同居孤独死が発生していると考えられる」と述べられていた。
同居していたとしても、家族の仲がよく、親密であるとは限らない。そうなると、日常の暮らしは別々で、食事も個別にとるようになる。そうなれば、お互いに無関心になり、高齢者が亡くなっていても気づかないのだ。「そう言えば、ここのところ親の姿を見かけない」。そう思って部屋をのぞいてみたら、すでに亡くなってから数日が経過していたというわけである。
同居孤独死の前には、「同居孤独」という状態があるわけで、そうなると、詐欺などにもあいやすくなる。記事でとりあげられたケースは、まさにそうで、なまじ資産を持っているだけに、保険会社や銀行から様々な勧誘を受け、子供たちもしょせん金目当てで同居しているのだとしか思えなくなっていくのである。その疑いは正しいかもしれない。
その背景には、人間の死が重みを失ってきたことがある。
それは死生観の転換と深く関係しており、死生観Bの世界では、死は昔ほど重要なものではなくなっているのである。

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島田 裕巳(しまだ・ひろみ)

宗教学者、作家

放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。

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(宗教学者、作家 島田 裕巳)
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