成長する企業はどこが違うのか。サイバーエージェント藤田晋会長は「社内の『空気感』には常に目を光らせてきた。
ネガティブな空気が蔓延すれば、経営は強く足を引っ張られることになる」という――。
※本稿は、藤田晋『勝負眼 「押し引き」を見極める思考と技術』(文藝春秋)の一部を再編集したものです。
■青学なのに「芋っぽく」見えた女子学生
〈1993 恋をした oh 君に夢中 普通の女と思っていたけど Love 人違い oh そうじゃないよ〉(class「夏の日の1993」作詞:松本一起、作曲:佐藤健、編曲:十川知司)
バイトをしていた雀荘の有線放送からいつもこの曲が流れていた1993年の夏の日、正社員の先輩から、「お前はいいよな、大学に行けば可愛い女の子いっぱいいるんだろ?」と言われた。それが、私にはどうもピンと来なかった。
なぜなら、学校に行ってキャンパスを見渡してみても、化粧もろくにしないでジャージみたいな服を着ている女子学生ばかりだったから。私は神奈川県の本厚木にある「森の里」という、駅からバスに乗り換え、更に30分も行った先にある、自然に囲まれた青山学院の教養キャンパス(現在は移転済み)に通っていた。都心の学校に通う女子と比較すると、当時の私には芋っぽく見えていた。
■人は、環境や周囲の人間に影響を受ける
ところが、である。3年生に進級し、ようやく大学名の通り青山キャンパスに通うようになったある日のこと、私はひとり学食に座り、何気なく行き交う人たちを眺めていて驚いた。キョロキョロと目移りしてしまうほど、美女がたくさんいたのだ。なんでなんだろう。いや、考えるまでもない。
登場人物は同じはずである。
森の里に通っていた頃は、同じ人でも見た目から中身まで田舎テイストになるし、表参道にあるキャンパスに通っていれば、洗練された街並みに合わせて、人も洗練されていくのだろう。街ゆくおしゃれな人々から影響を受けていると言ってもいい。それは私含め、男子も同じであった。
ちなみに私は3年生になる前に一度留年しているが、大学にいた数少ない友人たちもまた、一人を除いて全員留年していた。授業をサボってばかりの我々が、互いにこいつよりマシだと悪影響を与え合っていたのは間違いない。
これらが私の原体験だったと思う。その後、経営者となってから、「人は、置かれた環境や周囲の人間に強く影響を受ける」ということを随所において強く意識するようになった。
■創業の地に「原宿」を選んだワケ
1998年に会社を創業した時、最初のオフィスは原宿の明治通り沿いに構えた。売上ゼロの会社にしては割高の家賃だけど、若者の採用を見越した先行投資。内定を出した学生が、例えば大手町の立派な会社と迷った際、原宿の方が楽しそうだな、そう思ってくれというのが狙いだった。翌年には表参道に引っ越し、その翌年は渋谷マークシティに引っ越した。
私が渋谷近辺にこだわったのは、街が元気で勢いがあったからだ。
当時、渋谷はビットバレーという呼び名で盛り上がりつつあった。渋い(ビター)谷(バレー)で、ビットバレー。シリコンバレーを意識したダジャレみたいな呼び名だったけど、当時の渋谷は熱かった。ネットバブルと時を同じくして、メディアも投資家も人材も渋谷に押し寄せている感覚があった。2000年に開業した渋谷マークシティには、勢いのある会社がたくさん入居していて、ビル内ですれ違う他社の人たちも自信に満ち、ビル全体に活気が漲っているようだった。逆に、寂れたオフィス街や、元気がない会社ばかりが入ったビルに行くと、中で働いている人たちまでくたびれて見えた。
■「マジョリティがポジティブ」
土地やビルのようなハード面からの影響だけでなく、人が人から影響を受けるソフト面にも強くこだわった。創業間もない頃から、私は「マジョリティがポジティブ」という言葉をよく使った。マジョリティが、と言ったのは、組織の中の人が100%ポジティブだと、独裁者か宗教みたいで怪しいからだ。
周囲の人のマジョリティの空気感で、人はどちらにでも振れる可能性がある。大多数がポジティブならば、中間の人も影響されて前向きになれる。
ネガティブな人に囲まれていればそれも伝染する。ネガティブな空気が蔓延すれば、経営は強く足を引っ張られることになる。全体の空気がどちらに傾くかは、業績に重大な影響を及ぼす。だから私は空気感には常に目を光らせていた。
たまに一人でネガティブを撒き散らして周りを巻き込もうとする人はいるけど、大多数がポジティブなら問題ない。どちらが多いかで、全体の空気感が決まるものだと思っている。
■「トレンドの中心」に会社を置く
組織に良い空気感を作るには、社内だけでなく、世の中の空気感も見逃せない。メディア報道などで注目されている、期待されている、株式市場で評価されている、などだ。
私は会社がまだ小さい頃から、広報にはすごく力を入れていた。扱いが大きくなるように、社員に任せず社長である自分が対応することも多々あった。ネットビジネスのニューストレンドには敏感で、いつも会社がトレンドの中心にいるよう心掛けていた。なんなら事業内容までそれに合わせていた。

上場してからは、株価が上がっていると、その理由としてポジティブな記事を書くメディアが増えるし、逆に下がるとダメな理由を書くので、空気感に敏感な私としては、自社の株価動向には気を揉んでいた。そのほか、社内が盛り上がる、前向きな空気が溢れるためなら、ありとあらゆることをやってきた。社内イベントを派手にやったり、ポスターを張り巡らせたり、大型受注などのトピックスは全社員のメールに送ったり。思いつく限りは全部やったと言って過言ではない。
■ドンキ創業者が語った「集団運」
このように、「人は環境に影響を受ける」「人は人に影響を受ける」を強く意識して経営してきた私だけど、これをひと言で何と言うのか? それを上手く言語化できてなかった。なぜなら、影響って空気みたいなものだから。
それが先日、ドン・キホーテの安田隆夫創業会長と対談した時に、「集団運」という馴染みのない言葉を聞いてハッとした。運という言葉を使うと一見オカルトのようだけど、実際、得体の知れない空気感を指すのだし、「みんなで運が良くなる」「みんなで運が悪くなる」というので、ニュアンス的には合っている。だから「集団運」という言葉が適切なのかも知れない。ちなみに安田会長の造語だそうだ。

----------

藤田 晋(ふじた・すすむ)

サイバーエージェント代表取締役

1973年、福井県鯖江市生まれ。97年に青山学院大学を卒業後、インテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社。
98年、サイバーエージェントを創業し、代表取締役社長に就任。2000年には史上最年少社長(当時)として東証マザーズに上場、14年に東証一部(現東証プライム)へ市場変更。現在は、インターネット広告やゲーム、メディアなど多角的に事業を展開している。FC町田ゼルビア代表取締役社長、Mリーグ機構チェアマン、新経済連盟副代表理事。主な著書に『渋谷ではたらく社長の告白』『起業家』(ともに幻冬舎)、共著に『憂鬱でなければ、仕事じゃない』(講談社)など。近刊に『勝負眼』(文藝春秋)がある。

----------

(サイバーエージェント代表取締役 藤田 晋)
編集部おすすめ