■自民党単独で260議席を得て圧勝する?
高市早苗首相(自民党総裁)は、1月23日に召集される通常国会の冒頭で衆院を解散する。読売新聞の1月9日深夜(10日付紙面)のスクープ報道で、その検討に入ったことが明らかになっていた。
衆院選は1月27日公示――2月8日投開票という短期決戦になる。
首相は、読売報道で解散風が吹き出してから暫く沈黙を保ったが、14日に自身の地元・奈良での日韓首脳会談に関連する外交行事から帰京し、その夜、首相官邸で自民党の鈴木俊一幹事長、日本維新の会の吉村洋文代表(大阪府知事)らに衆院早期解散の意向を伝え、記者団にもその旨を表明した。首相は、政権の枠組みが自民、公明両党から自民、維新両党の連立(閣外協力)に変わったことへ国民の信を問う考えを示した。
首相としては「責任ある積極財政」を掲げてきたが、参院は少数与党で、政府・自民党内に異論もあるため、国民の信任を得て、政権基盤を強化し、自らの政策推進力を高めたいとの狙いもあるだろう。
首相は、就任以来、読売新聞など世論調査で70%台の内閣支持率を維持し、自民党の昨年11月の情勢調査で単独で260議席を得て圧勝するとの見通しもあって、衆院解散を決断したと思われる。
垣間見えるのは、後継者を自任する安倍晋三元首相の影である。政局の主導権を握ってトップダウンで決定すること、衆院解散など重要な政治決断は情報管理を徹底するなど、その政治手法を真似ているフシがある。
だが、首相は、麻生太郎副総裁や鈴木氏、萩生田光一幹事長代行ら要路にさえ事前の根回しをしなかったことで党内に混乱を呼んだ。安倍氏が解散時に与党・公明党の支持母体の創価学会首脳を含めた各方面に丁寧に根回ししていたのとは対照的と言える。
仮に衆院選に勝利しても、高市首相の安定感を欠く政権運営、リーダーとしての資質に疑いを覚えざるを得ないのではないか。
■「支持率が高い時に選挙をやればいい」
1月の衆院解散は1990年の海部俊樹首相以来36年ぶりで、異例の真冬の総選挙になる。
今回の冒頭解散検討の報道は、ほとんどの政界関係者にとって寝耳に水だった。
今年中に衆院解散があるにしても、早くて26年度予算成立後、通常国会会期末か、秋の臨時国会中というのが通り相場だったからだ。
首相は、政策最優先の立場で、予算案の年度内成立を図る意向を示していた。自民党の梶山弘志国会対策委員長が昨年12月25日、立民党の笠浩史国会対策委員長に1月23日召集の政府方針を伝えた段階で、冒頭解散は選択肢から消えたはずだった。1月解散では予算成立が4月以降にずれ込み、暫定予算を組まざるを得ないという事情がある。
だが、総務省の選挙部管理課は10日、読売報道を受け、各都道府県の選挙管理委員会に対し、衆院選の準備を進めるよう「至急の連絡」を発出する。総務省が木原稔官房長官の了承なしに事務連絡を出すことはないため、永田町関係者には、半信半疑ながら、首相官邸の意思が早期解散にあることが知れ渡った。マーケットでは株価上昇、円安が進行した。
高市首相が通常国会の冒頭解散に舵を切ったのは、年末から年始にかけてらしい。木原氏、今井尚哉内閣官房参与ら限られた側近と協議しただけで、決断したのだろう。
今井氏は、安倍政権で首相補佐官・首相秘書官を務め、当時の政権運営、解散戦略にも関わった実績がある。高市首相の信頼も厚い。その今井氏は、政権発足後から「支持率が高い時に選挙をやればいい」と早期解散を進言してきたとされている。

■「選挙で勝たないと代えられないのよ」
首相が参考にしたのが2017年9月の安倍首相による臨時国会冒頭の解散だったという。少子化や北朝鮮の核・ミサイル開発問題などへの対応を「国難突破」として大義に掲げて大勝したが、森友・加計学園問題で野党から厳しく追及されるのを回避するとともに、小池百合子東京都知事の新党が選挙準備を整える前のタイミングだった、と『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)などで認めている。
高市首相にとっても、通常国会の論戦に向け、懸念材料は少なくない。首相の台湾有事での存立危機事態をめぐる国会答弁を機に日中関係が急速に悪化し、中国がレアアースなどの輸出規制強化に踏み切るなど日本経済に影響を及ぼしていることを野党が追及してくる可能性がある。週刊文春が報じた、旧統一教会と自民党の関係を示す内部文書に、首相の名前が32回も登場した問題も取り上げられる恐れがあった。
しかも、衆院予算委員長ポストは、立憲民主党(枝野幸男最高顧問)が握っている。首相は、与党幹部の一人に「おかしいと思っている。差し替えられないのかと聞いたら、石破さん(茂前首相)が約束したことで、選挙で勝たないと代えられないのよ」と、誤認を含めて語ったこともある。
■「根回しという発想が元々ない」
首相は、1月5日の三重県・伊勢神宮参拝後の年頭記者会見で、解散について問われ、社会保障改革のための国民会議を1月中に発足させるなど政策課題の推進を強調したが、「解散を考えている暇がない」という定番のフレーズは使わなかった。今思えば、首相の解散に向けた心変わりを示していたらしい。
むしろ目立ったのは、首相の安倍氏への精神的依存ぶりだった。伊勢神宮参拝では、安倍氏の遺影を掲げて宇治橋を渡った。
首相は「(写真を)少し広げて、橋の上で両岸を見ていただいた。安倍首相をもう一度、伊勢神宮に連れて来てあげたかったなと思った」と記者会見で語っている。
1月12日には日韓首脳会談のため、首相就任後初めてお国入りし、奈良市内の安倍氏が銃撃された現場付近の慰霊碑を訪れ、献花・黙祷した。首相はその場で、安倍氏の業績に触れつつ、「日本の舵取りという重責を担う者としての決意を新たにした」と述べた。決断に当たって、神頼みならぬ「安倍頼み」だったのではないか。
首相は「孤独な解散判断」と日本経済新聞に報じられたが、国会対策や選挙実務を経験していないこともあって、「根回しという発想が元々ない。怖いもの知らずだ」(維新の馬場伸幸前代表)との指摘もある。
■「ははは。誰が言っているの?」
しかも、自著『日本経済強靭化計画』(文春新書、2021年)で、2014年に総務相だった高市氏が、当時の安倍首相に飛び交う解散情報の真偽を尋ねたところ、「ははは。そんなこと、誰が言っているの?」とはぐらかされたエピソードを紹介し、「比較的親しい政治家にも解散の話は絶対にしないのが総理大臣というものだと学ばせていただいた」との認識を吐露している。
今回、高市首相はまさにそれを地で行ったのだが、吉村氏には打ち明けていた。1月9日の政府与党連絡会議後に2人きりになった時、懸案の衆院議員定数削減について「選挙で問おう」と伝えていたという。

これに対し、後ろ盾だった麻生氏や鈴木氏とは軋轢が生じた。麻生氏は1月10日、西日本新聞の取材に「解散はない」と言い切っていた。鈴木氏は、取材が殺到する中で「やってられるか」と怒っていた。
麻生氏はその後、「やったらいい」と首相に伝え、16日に韓国を訪問した際には「脇役が何か言う話ではない」と記者団に述べ、矛を収めたという。
自民党は196議席(会派としては199議席)、維新の会は34議席だが、選挙協力は原則としてしない。鈴木氏は14日、衆院選の勝敗ラインについて、記者団に「与党で最低限、過半数(233議席)を確保しなければならない」と述べている。
■「食料品は2年間消費税の対象としない」
自民党は、一丸となって選挙戦を戦えるのか、不安を残したまま選挙戦に入る。
一つは、自民党の公約として打ち出す経済対策だ。首相の持論でもある時限的な食料品の消費税ゼロ案が検討されている。自民、維新両党の連立合意書に「食料品は2年間に限り消費税の対象としないことも視野に法制化を検討する」と記したことを踏まえたものだ。
だが、党内の財政規律派からは反発が予想される。高市首相は昨年11月の衆院予算員会で、消費税率の引き下げについて「大手事業者の関連システムの改修、レジの改修に1年以上かかる。
物価高対策として即効性のあるものとしては諦めた経緯がある」と述べ、否定していたからだ。
もう一つは「政治とカネ」への対応だ。自民党は派閥の政治資金規正法違反事件で、政治資金収支報告書に不記載があった衆院議員らの比例選への重複立候補を例外なく容認する方針だ。前回24年衆院選では、不記載があった旧安倍派議員らを小選挙区で公認しても比例名簿に登載せず、その多くは落選の憂き目を見たため、党内から執行部への批判がくすぶったことがあった。
今回は、党内をまとめる狙いだろうが、有権者の目にはどう映るのか。石破政権で24年の衆院選、昨年の参院選で連続して大敗したのは「政治とカネ」の問題が要因の一つだった。高市政権は、昨年の臨時国会で企業・団体献金規制の問題に着手できず、それに代わる衆院議員定数削減も成らなかった。
共同通信の昨年11月の世論調査で、高市首相の「政治とカネ」の問題(政治改革)への取り組みについて「意欲を感じない」との回答が64%に上っている。
高市政権としては、政治とカネの問題への批判が払拭されたわけではないが、それより首相が打ち出した経済成長戦略への期待が現役世代や若年層の有権者に大きくアピールする、と高をくくったのだろう。
■「中道主義の大きなかたまりを作る」
これに対し、立憲民主党(148議席)と公明党(24議席)が新党「中道改革連合」を結成することで、高市政権への対抗軸を打ち出すという政界再編の動きが表面化してきた。
立民党の野田佳彦代表と公明党の斉藤鉄夫代表が1月12日に都内のホテルで会談し、次期衆院選で「より高いレベルで連携する」ことで一致し、その後、合流や選挙協力の在り方などを模索してきた。その過程で比例選の統一名簿構想が持ち上がり、重複立候補を可能にするためには新党結成が望ましい、という結論になったという。

野田、斉藤両代表が15日午後に会談し、新党結成によって中道勢力結集を目指すことで合意し、両氏が共同代表に就任することも決まった。斉藤氏は「右傾化が進む状況の中、中道主義の大きなかたまりを作る」と語った。翌16日には新党名とロゴが発表された。
公明党は小選挙区から現職がいる4選挙区を含めて完全撤退し、立民党出身の中道改革連合候補を支援する。代わりに公明党出身候補が比例選名簿の上位に搭載される。参院議員、地方議員は立民、公明両党にとどまる。
立民、公明両党を新党という「選挙互助会」に突き動かしたのはジリ貧の党勢への危機感だろう。立民党は支持率が1桁台と低迷している。公明党は連立離脱後の衆院選への展望が開けない。両党が多党化時代にどう生き残るか、右傾化する高市政権にどう立ち向かうか、思考をめぐらせた結果だったと聞く。
■「創価学会側の了承は得ているのか」
今回の両党連携のキーマンは、立民党の馬淵澄夫代表代行と、創価学会の原田稔会長に近い、政治担当の佐藤浩副会長だ。馬淵氏は、立民党では唯一、創価学会とのパイプを有する。昨年末から、野田氏や安住淳幹事長に佐藤氏との関係を繋ぎつつ、新党のスキームに向けて調整の任にも当たったといわれる。
一方の佐藤氏は、昨年12月に国民民主党との連携を模索したが、玉木雄一郎代表が高市政権に接近したことで断念し、立民党との選挙協力に絞らざるを得なかった。そして、一小選挙区当たり2万票とされる創価学会票を立民党出身候補に提供する見返りに、11ブロックの比例選名簿の上位に公明党出身候補を28人搭載させることをのませたとされる。
創価学会はこれを受け、13日の方面長会議で、立民党と選挙協力する方針を決定した。公明党も15日午前の中央幹事会で、斎藤氏に一任することで、新党結成を追認した。
赤羽一嘉副代表が中央幹事会後の記者会見で「創価学会側の了承は得ているのか」と問われ、「それはこれから」と述べたのは、地方組織や一般会員への説明という意味だったのだろう。創価学会内には、長年選挙で戦ってきた立民党に協力することに反発や困惑する空気が出ているが、選挙戦になれば、中道改革連合に与していくのではないか。
衆院選は、自民党が勝利するにしても、圧勝という情勢は見通せなくなった。
国民民主党は、自民党とも中道改革連合とも距離を置く。参院で少数与党の現状は変わらないため、引き続きキャスティングボートを握れるとの判断だろう。
今回の衆院選は、日本の政治の新しい方向を見せてくれるのだろうか。

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小田 尚(おだ・たかし)

政治ジャーナリスト

1951年新潟県生まれ。東大法学部卒。読売新聞東京本社政治部長、論説委員長、グループ本社取締役論説主幹などを経て、フリーに。2018~2023年国家公安委員会委員。

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(政治ジャーナリスト 小田 尚)
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