※本稿は、増田ユリヤ『コーヒーでめぐる世界史』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■カルディの包装紙にヤギが描かれているワケ
コーヒーが最初に飲まれたのはいつ、どこで、なのか。
世界中で親しまれているコーヒーにまつわる伝説は数知れず。例えば、ギリシアの吟遊詩人ホメロスの叙事詩『イリアス』の中には「ワインに混ぜたコーヒー」が出てくるとか、『旧約聖書』創世記に登場する「赤い煮込み」はコーヒーのことであるとか。コーヒーにまつわる歴史には、実に様々な説があります。
その中で最もポピュラーとされている伝説が「山羊飼いカルディ」の話です。カルディと聞いて、コーヒーをはじめ輸入食品を販売している店名を思いうかべた方もいらっしゃることでしょう。もちろん、この伝説からとった名前だということは、お店の包装紙にも書いてあります。どんな名前にも、いわれがあるものですね。
■預言者ムハンマドからの贈り物
1922年にアメリカで初版が刊行された、「コーヒーのバイブル」といわれる『ALL ABOUT COFFEE』では、次のように解説しています。
カルディという山羊飼の若者が、ある日、おとなしかった山羊たちが、まるで子供のように夢中になって跳び回っているのを目にした。
ある日、一人の僧が通りかかり、山羊たちが踊るように跳ね回っているのを目にして、驚いて足を止め、そのわけを尋ねた。カルディは彼の見つけた貴重な木の実のことを話した。この僧には大きな悩みがあった。いつも礼拝の最中に眠り込んでしまうのである。この話を聞き、僧は、これは間違いなくマホメット(注ムハンマド)が自分の眠気を払うためにこの驚くべき木の実を授けてくれたのだ、と解釈した。
信仰心は、美味しさを求める妨げにはならない。この僧は山羊飼の食べ方に工夫を加え、実を乾燥させて煮てみることを思いついた。
ウィリアム・H・ユーカーズ著/山内 秀文訳『ALL ABOUT COFFEE コーヒーのすべて』(角川ソフィア文庫)
つまり、山羊飼いのカルディが発見した木の実を、イスラーム教徒の僧が食べ方に工夫を加えて飲み物として作られたのがコーヒーの始まり、というのです。
この僧たちは、イスラーム教の中でもスーフィー派という神秘主義の集団で、夜通し踊りながら礼拝をする人たちだと考えられています。夜を徹して踊り祈るために、コーヒーが役に立ったわけです。
■イスラーム教徒の間で大ブームに
伝説は様々あれど、コーヒー発祥の地がアフリカのエチオピアであることには疑いの余地がないようです。その起源をたどると、そもそも1000年以上前から、エチオピア南西部で暮らしていた部族が、コーヒーの葉を煎じたり、乾燥した果肉を薬にしたり、刻んだ葉を料理に使ったりしていたとか。
その後、14世紀になると、エチオピア東部ハラールという町で焙煎したコーヒーの飲み物が生まれたようです。ハラールは、イエメンやカイロで商いをするイスラーム商人たちが取引を行う商都だったので、ここを中心にコーヒーが広まっていきました。
イスラーム教の聖地メッカを目指す巡礼者をはじめ、スーフィー派の人たちがコーヒーに魅せられたことも影響したようです。コーヒーは、紅海をはさんで対岸のイエメンのモカ港にわたり、メッカやカイロなどを通って北上し、オスマン帝国の都イスタンブールに伝わります。
オスマン帝国にコーヒーが伝わったのは、16世紀のはじめ。そして、コーヒーハウスが登場したのは、少しあとの16世紀半ばのことだといわれています。シリア人の2人の商人が初めてのコーヒー店を首都イスタンブールに開店しました。
以後、オスマン帝国内はもとより、たびたびオスマン帝国と争いを交えたヴェネツィアや、ウィーンを通じてヨーロッパにもコーヒーが広がっていきました。
■黒くて不気味な「悪魔の飲み物」
ヨーロッパにコーヒー自体の存在が知らされたのも16世紀のころだと考えられています。そもそもヨーロッパでは珍しい貴重な飲み物でしたから、当初オスマン帝国では、来訪する各地の王侯貴族をコーヒーでもてなしたり、イスラーム商人が交易でもたらしたコーヒーを各地の宮廷で飲んだりすることが流行ったりしました。
コーヒーは、最初のうちは薬局で売られていました。高価なものですから限られた人しか手に入れられませんでした。
また、コーヒー豆を輸入するには、基本的にローマ教皇の許可が必要でした。
この黒い液体であるコーヒーは見るからに不気味で、しかもイスラーム圏(オスマン帝国)で飲まれているものだったので、キリスト教圏では悪魔のような飲み物だとみなしていたのです。とはいえ、飲んだ人は誰もが「薬効があろうとなかろうと、美味しいよ!」と言っていたとか。
■「サタンの罠」に屈したローマ教皇
美味しいものにはローマ教皇とてあらがうことが困難でした。
前出の『ALL ABOUT COFFEE』の一節を見てみましょう。
コーヒーがローマに伝えられて間もない頃、司祭たちが、コーヒーはサタンが作り出したとして、教皇クレメンス八世(在位1592~1605)に、キリスト教徒にその飲用を禁じるように求めた。その主張によれば、「サタンはその信奉者であるイスラーム教徒にワインの飲用を禁じたので、代用としてコーヒーというおぞましい飲み物を与えた。
キリスト教徒にとってコーヒーを飲むという行為は、魂を乗っ取ろうとするサタンの罠に自ら陥ることである」とのことである。
教皇はそのサタンの飲み物に興味を覚え、彼の許に持って来させた。コーヒーの香りは快く、気をそそられた教皇は、一杯だけ飲んでみようという気になった。コーヒーを飲んだ教皇は、声を弾ませてこう言った。「このサタンの飲み物はこれほど美味なのに、異教徒だけが飲めるのは残念だ。洗礼を施してサタンを欺き、キリスト教徒の飲み物にしてしまおう」。
ウィリアム・H・ユーカーズ著/山内 秀文訳『ALL ABOUT COFFEE コーヒーのすべて』(角川ソフィア文庫)
■コーヒーが宗教を問わず愛飲されるワケ
キリスト教徒にとってのワインは、磔刑(十字架にはりつける刑)に処せられたイエスの流した血をあらわすもので、今でも宗教儀式の際に用いられますが(ただし、ぶどうジュースで代用することがほとんど)、イスラーム教の聖典『クルアーン』では、ワイン(お酒)を飲むことが禁止されていました。
けれども、コーヒーを知ったムスリムたちは、頭が覚醒して夜通し祈ったり議論をたたかわせたりすることができると大いに喜んでいました。
当時キリスト教徒であったヨーロッパの人たちも、目覚めもよく、気持ちを高揚させ、胃腸の調子を整えてくれるコーヒーを気に入らないわけはありません。
悪魔の飲み物は瞬く間に人々の心をわしづかみにしたのです。
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増田 ユリヤ(ますだ・ゆりや)
ジャーナリスト
1964年、神奈川県生まれ。27年にわたり、高校で世界史・日本史・現代社会を教えながら、NHKラジオ・テレビのリポーターを務めた。テレビ朝日系列「大下容子ワイド!スクランブル」でコメンテーターとして活躍。著書に『揺れる移民大国フランス』『世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ』など多数ある。また池上彰氏との共著に『歴史と宗教がわかる!世界の歩き方』などがある。「池上彰と増田ユリヤのYouTube学園」でもニュースや歴史をわかりやすく解説している。
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(ジャーナリスト 増田 ユリヤ)

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