大企業はどうすれば組織体質を改善することができるか。企業や行政機関で講演活動を行う松本興産取締役の松本めぐみ氏は「組織が成熟している企業ほど、現場発の主体的な議論や提案が生まれにくいという悩みを抱えている。
そんなときは“会計を学ぶこと”を起点として、経営への興味関心を引き出すとよい」という――。
■会計の知識によって会社を変える
私は役員を務める金属加工メーカー・松本興産を「会計の知識習得」をフックにして変化・成長を後押ししてきた実績があり、さまざまな企業に講演や研修を通してその経験をお伝えしています。こうした活動をしていると、大手企業や中小企業の皆様から「若手社員が受け身で困っている」「指示は守るが、自分の意見を言わない社員が増えている」といった悩みを拝聴することも多いです。
そこで、これまで関わった大手企業や中小企業がその悩みをどのように解決してきたのかをご紹介します。
■大手情報機器メーカー「やる気はあるのに…」
最初に紹介するのは、国内外に複数の拠点を持つ大手情報機器メーカーの事例です。同社は長年にわたり安定した事業基盤を築き、売上・利益ともに一定水準を維持している企業でした。
一方で、社内では次のような課題感が共有されていました。
・ 若手社員が会議や研修であまり発言しない

・ 業務実績や売上などの話は一部の管理職や専門部署だけのものになっている

・ 業務に関する改善提案は出るが、全体最適につながっているのか分かりにくい
私に研修を依頼した中堅社員は、「若手社員にやる気がないわけではないんです。ただ、会社全体の構造が見えていないため、自分の仕事と経営の判断が結びついていないのではないでしょうか」とおっしゃっていました。
こうした背景から、「決算書を読める人を増やす」という目的で、若手社員向けに「会計研修」を実施しました。
研修ではまず、企業の財産(資産・負債・純資産)のバランスを示す「貸借対照表(BS)」と、一定期間の経営成績(収益・費用・利益)を示す「損益計算書(PL)」に関して初歩から解説しました。そして、在庫や設備、現預金といった資産が、どこに、どのような形で存在しているのか、専門用語を使わずに整理していきます。

■「自社の決算書を見ましょう」で起きた変化
研修の前半では、若手社員は比較的静かに説明を聞いていました。大きな反応はなく、メモを取る人がいる程度です。空気が変わったのは、私が次のように声をかけた場面でした。
「では次に、実際に御社の決算書を見ながら、分析していきましょう」
この一言をきっかけに、若手社員の行動に変化が見られました。背もたれにもたれていた姿勢が前傾になり、資料をめくり、数字を確認し始めます。電卓を取り出す社員も現れました。
研修開始から約30分後のことでした。
■業務や指示の「意味」が分かった
自社のBSやPL、キャッシュフロー(CF)を理解していく中で、若手社員の発言内容が変わっていきました。
「だから、ここに投資していたのですね」

「だから、営業利益の目標が前期より高かったのですね」

「だから、在庫を減らせと言われていたのですね」
これまで断片的に受け取っていた会社からの指示が、決算書の構造と結びついて理解され始めたのです。
新しい情報が与えられたわけではありません。変わったのは、数字の見方です。その理解が進むにつれ、テーブル内で自然と議論が始まりました。

「このコスト、もう少し下げられるのではないですか」

「この在庫は、BS的には重くなっていませんか」
講師が促したわけではなく、自社の数字を前提にした会話が生まれていました。
■社長と一緒に学ぶことで起きる理解の深まり
こうした変化は、大手企業に限った話ではなく、中小企業の研修現場でも同じ傾向が見られます。
特に、真面目で大人しい社員が多い中小企業の場合、「自分の意見をあまり言わない」「楽しそうに見えない」という状態に見えてしまうことも多いのです。彼らはやる気がないわけではないものの、「何を基準に考えればよいのか」が共有されていないため、発言が出にくいのでしょう。
先日、建設業を営む中小企業でも同様の「会計研修」を実施しました。中小企業では経営トップが研修に同席するケースも少なくありません。この会社の研修でも同社の社長が社員と同じテーブルにつき、自社の決算書を一緒に見ながら研修を受講されました。
その社長は研修後、次のように語りました。
「これまでも理念や想いは伝えてきたつもりでしたが、どこまで伝わっているのか分かりませんでした。しかし、BS・PL・CFを一緒に見たうえで話すと、『なぜ今この判断なのか』を説明しやすくなりました」
社員側からも、「社長の言っていることが分かりました」という声が聞かれるようになったといいます。抽象的だった“社長の想い”が、決算書という具体的な構造と結びつくことで、解像度が上がったのです。
■「情報を受け取る側の準備」も大切
研修時、私は「伝え方と同じくらい、情報を受信する側の準備が重要です」とお伝えしています。

経営者や管理職は、「どう伝えるか」に意識が向きがちです。しかし、受け取る側の頭の中に、理解するための枠組みがなければ、どんな説明も抽象的に聞こえてしまうのです。
会計研修の場合、BS・PL・CFという共通言語があることで、初めて言葉が整理され、意味として受け取れるようになります。
今回の大手企業・中小企業の事例から見えてくるのは、次の点です。
・ 若手社員は、やる気がないわけではない

・ 考える材料が示されていなかった

・ 構造が分かったとき、人は自然に考え始める
会計研修は単なるスキル教育ではなく、考える前提をそろえ、組織内の認識を合わせるための手法です。「なぜこの仕事をするのか」「なぜこの判断が必要なのか」を、組織全体で考えるための土台づくりをしている、と言えるでしょう。
■「理解しやすさ」を追求した風船会計
なお、私が研修でお伝えしているメソッドは「風船会計」と言います。風船会計の特徴は、決算書をそのまま説明するのではなく、BSとPLを絵に変換して教える点にあります。
まず、会社を一つの「風船」として捉えます。
・ 売上は、風船を大きくする力

・ 費用は、風船を重くする重り

・ 利益は、風船を浮かせるヘリウムガス
売上が伸びていても、費用である重りが増え、利益であるヘリウムガスが十分でなければ、風船は浮きません。これは、「売上は上がっているのに、利益が上がらない会社」が生まれる構造を、直感的に示しています。
次に、BSは「豚の貯金箱」として説明されます。

・ 会社が今、どれだけの資産を持っているのか

・ その資産は、自己資金なのか、借入によるものなのか
在庫や設備、現預金といった資産が、どこに、どのような形で存在しているのかが視覚化されています。
こうした基礎基本から会計を理解していくことで、自社の決算書が少しずつ読めるようになり、結果として会社そのものに自然と意識が向くようになります。人は、やる気がないから動かないのではありません。考えるための材料や基準が、これまで共有されていなかっただけなのです。
「社員に意欲的になってもらいたい」と思ったときこそ、まずはその前提となる道筋を整えること。決算書を一緒に見て、同じ構造を共有するところから、始めてみてはいかがでしょうか。

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松本 めぐみ(まつもと・めぐみ)

Star Compass 代表取締役、松本興産 取締役

北九州工業高等専門学校卒業後、米半導体企業を経て2010年にスイスへ留学しMBAを取得。帰国後は外資系ホテルへ就職するが結婚を機に退職、2015年に経理未経験のまま松本興産取締役に就任。経営を通して多くの壁に直面し、DX化など組織改革を行う。さらには「会社の利益」と「経営者と従業員が共に幸せであること」の両立を目指し、会計数字を社内の共通言語とした会計学習法「風船会計メソッド」の考案に至る。2022年にStar compassを設立氏し、2023年に風船会計メソッドの特許を取得。現在は行政や大手企業から中小企業、学校、海外まで幅広く講演・研修を行っている。
令和6年度埼玉県荻野吟子賞奨励賞受賞、2025年日本DX推進協会のアンバサダーに就任。3児の母。

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(Star Compass 代表取締役、松本興産 取締役 松本 めぐみ)
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