ついつい仕事中にサボってしまう人は、どんなことに気をつければいいか。明治大学教授の堀田秀吾さんは「それは意志が弱いからではない。
“脳のクセ”をうまく利用すれば、誰でも簡単に集中力を取り戻すことができる」という――。(第1回)
※本稿は、堀田秀吾『ハーバード、スタンフォード、科学的に証明された時間をムダにしない人の習慣』(アスコム)の一部を再編集したものです。
■なぜ忙しいときほど掃除に逃げてしまうのか
納期や締め切りが迫っていて、あるいは大事な試験が近づいていて、早く取りかからなければいけないと頭ではわかっているのに、どうしても身が入らない。机の周りの掃除などを始めたり、ネットやスマホを眺めたりして、やるべきことと向き合うのを先延ばしにしてしまう。
それは「怠け」ではなく、感情のコントロールがうまくいっていない状態です。スペインのロヨラ・アンダルシア大学の研究チーム(サルゲロ=パソスら)は、2013年から2023年の10年間に行われた「学生の先延ばしを減らす教育的プログラム」32件を分析しました。
その結果、「先延ばしの本質は、意志の弱さではなく、『自己調整(セルフ・レギュレーション)』の失敗にある」と結論づけています。人の心の中では常に「やるべきことをやらなければならない」という気持ちと「やりたくない気持ち」が綱引きをしています。
このとき、不安やストレス、失敗への恐れといったネガティブな感情が強くなると、脳はやるべきことに手をつける代わりに「スマホを開く」「机の掃除を始める」など、ネガティブな感情から逃れ、「今すぐ気持ちがラクになる」行動を選んでしまうのです。
すると、その瞬間は気持ちが紛れますが、あとで「やるべきことをまったくやっていない自分」に気づいて後悔します。これこそが先延ばしの典型的なメカニズムであり、自己調整(セルフ・レギュレーション)の失敗なのです。
■「小さな成功体験」が自信になる
ロヨラ大学の研究チームの分析によると、先延ばしを防ぐうえでもっとも効果的だったのは、「自己調整スキルの訓練」と、「自己効力感(できるという感覚)の強化」の2つでした。
それぞれについて、詳しく見ていきましょう。
30件の「学生の先延ばしを減らす教育的プログラム」のうち9割は、自己調整力を鍛えることを目的としたものでした。特に効果があったのは、次のような方法です。
・時間管理:一日の予定を立て、タスクを小さく区切る。

・目標設定(SMART法):目標を具体的に、現実的に、測定可能な形で、期限付きで設定する。

・感情のマネジメント:やる気が出ないときの不快感を観察し、感情に流されず行動する練習をする。

・思考の調整:「完璧にやらなければ」といった自動思考を「できる範囲でいい」に言い換える。
これらいずれも、意志を強くする訓練ではなく、感情と行動を再びつなぐ、いわば「脳の再教育」といえます。
一方で、約3割のプログラムが、自己効力感(「できる」という感覚)を強化することを目的としていました。過去の成功体験を思い出したり、タスクを細分化して成功体験を積んだり、進捗を見える化したりするのです。
こうした小さな達成が、「自分にもできる」という感覚を育て、行動の起動力を高めるのです。なお、研究では、不安や自己肯定感への支援が十分に行われていないことも指摘されました。
不安が強い人ほど「やらない理由」を探しやすく、自己肯定感が低い人は「失敗するくらいならやらないほうがいい」と感じ、やるべきことを先延ばししてしまいます。
だからこそ、心のケアと行動のスキル訓練を組み合わせることが、先延ばしを減らすうえで欠かせないのです。
■まずは「5分だけ」と自分を騙して動く
研究で効果が実証された方法を、日常の中で誰にでも簡単にできる形に落とし込むと、「先延ばしを防ぐ5つの習慣」としてまとめることができます。
1つ目は、「最初の5分」だけやってみること。まず5分だけ、やるべきことを始めてみる。それによって取りかかりのハードルを下げ、行動のスイッチを入れるのです。
2つ目は、やる気ではなく予定で動くこと。「やる気が起こるのを待つ」など感情の波に任せるのではなく、とにかくスケジュールやリマインダーをもとに行動します。
3つ目は、タスクを細分化し、達成を可視化すること。タスクを細かく分けてチェックリストを作り、「できた」という実感を増やし、自己効力感を高めます。
4つ目は、「完璧じゃなくていい」と口にすること。「完璧じゃなくていい」と、実際に口に出して言い、「失敗したらどうしよう」という気持ちをその言葉に置き換えます。

そして5つ目は、不安を抱えたまま動くこと。不快な気持ちは「行動の前兆」ととらえ、逃げずに小さく始めます。
ついついやるべきことを先延ばしにしてしまうという人は、まずはこの5つの習慣を実践してみてください。
■脳は「将来の成果」より「現在の快楽」を好む
また、未来の自分を具体的にイメージするだけで、先延ばしが減ることもわかっています。「このタスクを終えたら、自分はどんな気持ちになっているだろう?」。その感情をリアルに思い描くだけで、脳は「未来の報酬」を現実のように感じ、行動を後押ししてくれるはずです。
先延ばしは「意志の弱さ」ではなく、「感情と行動のズレ」です。自己調整と自己効力感を鍛えることで、行動は自然に続くようになります。
先延ばしを防ぐためには、感情や意志に頼らなくても、やるべきことを自然とやってしまうような「脳の仕組み」を作るのも効果的です。ここで参考になるのが、スウェーデンのストックホルム大学のローゼンタールとカールブリングの研究です。
彼らは、3つの習慣を実践することで、人は自然とやるべきことに向けて行動するようになると提唱しています。その1つが、「すぐに得られる報酬」を作る(報酬の前倒し)ことです。

脳は「今すぐ得られる快感」にもっとも強く反応します。そのため、「後で得られる成果」ではなく、「今すぐ得られる小さな喜び」があれば、脳はやるべきことにすぐにとりかかろうとします。たとえ「資料を仕上げたら、好きなコーヒーを淹れる」「3ページ書けたらSNSを見ていい」といったことでかまいません。
■選択肢を減らせば先延ばしをやめられる
とにかく、行動の直後に報酬を配置するのです。それが脳の報酬系を刺激し、やるべきことを「先送りする対象」から「報酬を得るための手段」に、「努力」を「楽しみ」に変換します。
2つ目は、「ほかの選択肢を減らす」(環境の制御)ことです。先延ばしの多くは、目の前に「やらない理由」がたくさんあることから起こります。たとえば、すぐ手が届くところに本やゲームがある、目の前のスマホにしょっちゅう通知が届く、周囲で人が楽しそうな話をしている……。これらは、あなたをやるべきことから遠ざける「見えない敵」です。
ストックホルム大学の研究では、「行動の選択肢を物理的に減らす」ことで、やるべきことへの着手率が劇的に上がると報告されています。本やゲームを目につかない場所に置く、スマホの電源をオフにする、会話が聞こえない場所に移動するなど、とにかく「やるべきことをやらざるを得ない環境」を作ってしまうのです。環境を整えれば、行動は自動的についてきます。

■サボる自分を責めても事態は悪化するだけ
3つ目は、「失敗への不安を取り除く」(心理的ハードルの低減)ことです。多くの人がタスクを先延ばしにするのは、「うまくできなかったらどうしよう」という不安が原因です。
ローゼンタールらは、この「不安」を「やる気の欠如」と混同してはいけないと指摘しています。やる気がないのではなく、「傷つきたくない」だけ。だからこそ、不安を和らげるために「5分だけ手をつける」「完璧でなくていい」と自分に許可を出す。脳が不安を感じなくなれば、やるべきことを気楽に始められるようになるはずです。
先延ばしをし続けると、結局はあなたの自分時間がどんどん削られていきます。自分時間を今の倍以上欲しい人は、ぜひこれらの習慣を試してみてください。
■先延ばしは性格ではなく「脳のクセ」である
ロヨラ大学の研究が示した「先延ばしが起きる原因」と、ストックホルム大学の研究が明らかにした「先延ばしを解決する方法」は、まったく違うアプローチで行われた2つの研究ですが、驚くほどリンクしています。
ロヨラ大学は原因を「時間管理の崩れ、感情の乱れ、思考・自信の低下」とし、ストックホルム大学は解決策として「すぐに得られる報酬をつくる、他の選択肢を減らす、失敗への不安をやわらげる」と説きました。これらは、行動を早め、迷いを断ち、感情を安定させ、行動のハードルを下げるという点で一致しています。
調査によると、成人の20~25%が慢性的な先延ばしを抱え、大学生では70~95%が学業で先延ばしを経験しているといわれています。
先延ばしをしてしまうのはあなただけではなく、性格の問題でもありません。「人間の脳のクセ」とも言うべきものであり、「やる気が出ない自分」を責める必要はないのです。
とはいえ、先延ばしが仕事に深刻なダメージを与えることもあるでしょうし、「健康診断に行くのが怖い」などの先延ばしが、ときには健康や命を左右することもあります。先延ばしをできるだけ減らしたほうが、人生がスムーズに進むのはたしかです。
行動後に小さなご褒美を置き、余計な選択肢を減らし、まずは5分だけ始める。そうすれば、やるべきことを自然にやり、先延ばしをしなくなるはずです。

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堀田 秀吾(ほった・しゅうご)

明治大学法学部教授、言語学博士

1999年、シカゴ大学言語学部博士課程修了(Ph.D. in Linguistics、言語学博士)。2000年、立命館大学法学部助教授。2005年、ヨーク大学オズグッドホール・ロースクール修士課程修了、2008年同博士課程単位取得退学。2008年、明治大学法学部准教授。2010年、明治大学法学部教授。司法分野におけるコミュニケーションに関して、社会言語学、心理言語学、脳科学などのさまざまな学術分野の知見を融合した多角的な研究を国内外で展開している。また、研究以外の活動も積極的に行っており、企業の顧問や芸能事務所の監修、ワイドショーのレギュラー・コメンテーターなども務める。著書に『特定の人としかうまく付き合えないのは、結局、あなたの心が冷めているからだ』(クロスメディア・パブリッシング/共著)、『科学的に元気になる方法集めました』(文響社)、『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』(サンクチュアリ出版)、『図解ストレス解消大全』(SBクリエイティブ)など多数。

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(明治大学法学部教授、言語学博士 堀田 秀吾)
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