名古屋鉄道は2025年12月、名古屋駅地区での再開発計画の見直しを発表した。東京都中野区の中野サンプラザ、JR博多駅の複合ビル計画など、再開発計画の中止や見直しが相次いでいる。
文筆家の御田寺圭さんは「これまでの日本が選んできた“選択のツケ”が回ってきている」という――。
■「名駅再開発が事実上の白紙化」という衝撃
名鉄が名古屋駅周辺地区で予定していた総工費8880億円という超大型の再開発工事が、名鉄百貨店の閉店のみ従来通りの計画のままでそれ以外はすべての計画が未定となる、衝撃的なニュースが昨年の12月にあった。名鉄側は計画の白紙撤回こそ否定していたものの、しかし事実上の白紙化となってしまった形だ。
名古屋鉄道は12日、今年3月に事業化を決めていた名古屋駅地区での再開発計画の再検証と見直しに着手すると発表した。
従来は2026年度に解体を始め、33年度に1期工事が完成する計画だったが、着工や竣工(しゅんこう)時期を未定とした。施工の入札に応募参加していたゼネコン(総合建設業)が急きょ辞退したためだ。さらに工事費が倍増する見通しであることも明らかになった。
中部経済新聞「名鉄、名駅再開発見直し 人材難、工事費倍増で 着工時期など『未定』計画白紙は否定」(2025年12月13日)より引用

繰り返し強調するが、名鉄百貨店の閉店という計画“のみ”が予定通り進められ、ビルの解体もすべて「未定」という計画に変更となってしまった。
名古屋鉄道の高崎裕樹社長は「にぎわいの維持に努める」とは言明しているものの具体的な計画があるわけではなく、名鉄百貨店の閉店にともなう人流の減少を埋め合わせられる解決策があるとは考えにくい。
そうした希望的観測を抜きにしてあえて悪い言い方をすれば、2026年の春以降には東海地方の最大ターミナル駅には、使われなくなった「巨大な廃墟」がそびえ立つ状況が生じてしまうのである。これは名古屋市どころか愛知県、いやもっといえば東海地方にとっては経済的にも心理的にも大きな禍根を残すことになる。SNSでもこの一報を受けた愛知県民・名古屋市民を中心にしてショックと失望が広がっていた。

■建設業界全体の人手不足や資材高騰が急速に進む
計画の見直しを余儀なくされた最大の原因は言うまでもないが、昨今異常なペースで加速する建設業界全体の人手不足・資材高騰・需要超過である(図表1)。
これによって名鉄は再開発を担当するはずだったゼネコン(JV:ジョイントベンチャー)側に“切られて”しまったのである。
計画見直しを発表した会見によると、名鉄も十分なインフレリスクを折り込んで長期計画を練っていた。そもそも8880億円という総工費も前代未聞のスケールだ。大阪万博会場の建設費用が2350億円、東京の麻布台ヒルズが6400億円であることを考えれば、どれだけ巨額の予算であったかがうかがい知れるだろう。
だがそれでも昨今の情勢はその計画の許容範囲を超えていたのだ。
ゼネコンが工事を完遂するに足る十分な人員が確保できず、また建設工事費の予算もなんと2倍に膨れ上がってしまうことが判明し、断念せざるを得なかったのだ。名鉄側の発表によると建前上はあくまで「時期未定に差し戻しただけ」とあるが、ペンディングしたところで今後事業を再開する好条件が整う見込みはないので、やはりこれはもう白紙化というほかない。
日本経済新聞の調査によれば「大手・中堅の建設会社の約7割が2026年度内は大型工事を新規受注できないとみている」という(日本経済新聞「大型工事『26年度受注できず』建設会社の7割 成長投資阻む人手不足」1月16日)。
■「建設ラッシュ」な景色が広がる東京都心部
東京で暮らしている自分が街を歩くときに見ている景色だけで判断すると状況を見誤ってしまう。というのも、たとえば東京中心部に出てみると、そこでは規模にかかわらず「建設ラッシュ」と言ってよいほど開発工事がそこかしこで広がっているからだ。
いたるところで「建設計画のお知らせ」の表示が出され、新築マンションが連日のように着工している。
たとえば日本橋エリアでは、東京でも過去最大規模の大規模再開発が(隣接する八重洲エリアと同時並行で)進められている。日本でも最高レベルの高さを持つビルが日本橋に建てられようとしている最中であり、数ブロック離れた場所からでもその巨大なビル建設の進捗が見えていた。
だが、それは本当に限られたごくごく東京都心だけの話だ。地方はもちろんだが、東京でも都心部を少し離れるだけで様相は一変して、当初予定していた再開発計画が白紙や延期になってしまうケースが続出している。中野サンプラザ、新宿駅西南口地区の一部、五反田TOCビルなど枚挙にいとまがない。地方でも同じように再開発の中止は大小さまざまな規模で起こっている。
■人手不足が解消することは今後もない
このような状況が続出しているのは、先述のとおり人手不足と資材高騰が最大の理由だが、それだけではない。
折しも半導体工場やデータセンターの建設ラッシュが続いていて、そもそも受注単価自体も上がっているのだ。ゼネコンとそれに連なる建設業者は同時発生するすべての需要に応じられるほどの人的・物的・技術的リソースを持っておらず、いま一番単価が高い(儲けが大きい)半導体工場とデータセンターそして東京中心部の再開発の受注を最優先しているという事情もある。そうした需要の集中がまた周辺の相場を引き上げるという循環が続いている。
残念ながら人手不足は今後も解消することはない。現場の作業員も高齢化していて、技術者は十分な後継者が育っていない。
とにかく全体として若い人材はまったく足りていない。人手不足は恒久的なインフレ圧力で、建設にまつわる費用が2010年代の水準に落ち着く可能性はないに等しい。建設作業ロボットが現場作業員の不足を補えるくらいに進歩すれば別かもしれないが、少なくともいまのところそういう技術が実用化・現場導入されるという話は聞かない。
■都心以外の大規模再開発プロジェクトは実現困難に
これから東京都心以外の大規模再開発プロジェクトを自治体や事業者が起こそうとしても、おそらくその大半は絵に描いた餅で終わる。そういう時代が来てしまった。
いやそれどころではない。今後の計画についてはそもそも絵に描くことすらなく非現実的だと却下されてしまうこと請け合いだ。建設価格がひと昔前の2倍や3倍に膨れ上がり、人員が少ないから工期も延び、工期が延びているうちにまた費用が膨れ上がって予算を上乗せすることを余儀なくされ――というリスクに耐えられないからだ。
ゼネコン側も長い工期のプロジェクトによるインフレリスクにはセンシティブになっている。麻布台ヒルズの大規模開発の一部を受け負った三井住友建設の巨額損失のケースもあり、それが業界全体の苦い教訓となって及び腰になっているのもあるだろう。
名駅のケースでいえば、名鉄は過去に類を見ない大規模な難工事になることを見越して大手ゼネコンを参画させたし、予算にもしっかりバッファをつけて、相当に堅固な体制で臨んでいたはずだった。だがその名鉄ですらこうなってしまうのだから、いわんや他の地域ではもっと厳しい。
それこそ自治体と行政と国が一体になって、ある種の国策事業レベルにまで持っていかなければ、いまの市況では民間事業者のみで行くのは耐えられないだろう。
■廃墟化した商業施設は今や「記念碑」
逆にいえば、近年に大規模再開発事業を起こした自治体や事業者のうち、時代がデフレから本格的なインフレへとガラっと変わってしまう“直前”に滑り込む形で計画を終わらせたり、大部分を進捗させていた自治体や事業者はただただラッキーだったというほかない。具体例を挙げれば大阪のグラングリーン、福岡の天神ビッグバンのワン・フクオカ・ビルディング、熊本のサクラマチ クマモトなど、そのいずれも地域経済の振興や人流の活性化に大きく貢献している成功事例だといえるが、これらのプロジェクトは本当に幸運だったというほかない。
だが大阪や九州でさえも、インフレが本格的にやってきて「間に合わなかった」プロジェクトは続々と延期や白紙撤回に追い込まれてしまっていることは付言しておく。
2026年以降に新しくゼネコンと契約するとなると、本当に絶望的かもしれない。地方では、それこそ国策的なインフラ事業でもないかぎり大規模な再開発はできないし、ましてや大型商業施設が建つこともない。地方で数十年前に建設され現在は廃墟化ないしゴーストタウン化した大型商業施設がSNSやYouTubeでときどきネタにされているのを見かけるが、あれは見方を変えれば円が強くて人も資材もそれなりに安く買い支えられた、豊かだった時代の存在を私たちの生きる時代に伝える記念碑でもあるのだ。
■建設業に若い人材を呼び寄せるべきだった
すべては“たられば”になってしまうし、いまさら言っても詮無いことなのは百も承知だが、もし「失われた30年」というデフレと人余りの時代がはじまったときから、もっと建設業に市場にダブついた若い人材を受け入れる方向にこそ公金を使っていたら、いまごろ日本はもっと違うシナリオを描けていたかもしれない。
建設業は2013年ごろから公共工事の労務単価が改定され、また東日本大震災の復興需要が本格的に高まり出して一気に賃金も上がり始めた。その出口が見えるまでの間に若者を建設業に迎え入れて繋ぎ止められていたらと思うと残念でならない。だが実際に国がなにをしたのかというと建設業界ではなく医療・福祉業界に天文学的な公金を投入してダブついた若者をかき集めることだ。
■福祉業界に集められた人材
いわゆる氷河期世代を医療・福祉業界にかき集めてしまったことが、いまの建設業の後継者不足問題にも直撃していて、また膨れ上がった社会保障費を賄うための国債発行とそれにともなう財政悪化もまたインフレ要因になっている。
バブル崩壊の「失われた30年」とともに現れた「福祉産業を失業者の受け皿にする」という国策が、巡り巡っていまこの国が直面する人手不足と財政悪化とインフレの悪循環を生み出す時限爆弾になってしまっていた。
これからの時代は、国策的に進められる大規模再開発を除けば「いまあるストックを大事に使っていく」という方向に舵を切らざるを得ない。古いビルは(周辺区画も一緒に解体して)美しく建て直す――のが定石だったが、今後はそうではなく、耐震化したり内部をリノベーションしたりして、社会の資産として大切に使っていくのだ。すでに市場はそうしたトレンドを反映しはじめており、古ビルのリノベーションを手掛ける事業者が注目されはじめている。
■「選択のツケ」が回ってきた
正直に告白すると、日本各地の主要駅では再開発された美しいビルが東京と同じように建ってまたいくらか活性化するのだろうと、少し前まで私は無邪気に考えていた。
けれども現実はそうはならなかった。
大規模建設事業に堪えられる人的・物的リソースは半導体工場とデータセンターと東京中心部にほとんどが取られていて、地方には提供されなくなってしまったのだ。そうなる前に滑り込めた地域とそうでない地域にはこれからくっきりと格差が生じることになる。東京ばかりが新しいビルで華やかになって(しかも華やかなわりにはテナント誘致に失敗したり人流の確保に失敗しているケースも少なくない)本当にそれでいいのだろうか。
今回のニュースは、これまでの日本の歩みの「結果発表」になっている気がしてならない。バブル崩壊後のデフレと人余りの時代に、医療介護に人員も公金も全力投入してしまったこと、東京一極集中を選んだこと、円安に対応しなかったこと、その一つひとつの選択のツケがいま回ってきたのだ。
■まるで「伏線回収」のようだ
生産性を高め、外貨を稼ぎ、未来のインフラを築くはずだった若い労働力を、生産性が構造的に上がりにくく、税金を大量消費するセクターに固定化してしまった。
結婚できない若者を増やした結果として、ただでさえ少なくなった新社会人を各業界が奪い合う構図が常態化し、もともと不人気だった建設業はさらに人手が足りなくなり、最新技術を学ぶ人材も足りず、人手不足のインフレ圧力はさらに強まった。
もちろん日本の選択責任によらない外部性(最たる例がウクライナ侵攻)の影響もあるが、いま日本で加速するすさまじいインフレと物価高騰は、私たちがこの30年にわたって選んできた道の果てに直面したものだ。こうもすべてがあとから「伏線回収」のように繋がってくるものかと、いまはため息が出るばかりだ。

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御田寺 圭(みたてら・けい)

文筆家・ラジオパーソナリティー

会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』(イースト・プレス)を2018年11月に刊行。近著に『ただしさに殺されないために』(大和書房)。「白饅頭note」はこちら

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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)
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