■子育てを当たり前のように「外注」する親
【養老】子どもの問題なんですけどね、僕が一番腹が立ったのは、新聞が「待機児童ゼロ」とか書くでしょ。問題は、保育園に入れるということではなくて、いったい誰がどういうふうに保育園で子どもの面倒を見てるかなんですよ。そこのところを完全に忘れて、待機児童がなければいいみたいになっている。あれはもう本当に大人の勝手だなと。
だいたい学校や保育園に子どもを預けている感覚がない。預けているんじゃなくて、あいつらが育てて当然みたいに思っている。おかしいんだよね。子育てを“アウトソーシング”している感覚なんじゃないかと。どこまで子どものことを考えて言っているのかなと。
今、学校の先生が辞める最大の理由が親のクレームでしょ。
【内田】カスタマー・ハラスメントにしても保護者からのクレームにしても、昔だったら口を開く前に、一度足を止めて「これをすることで結果的に自分に利益がもたらされるかどうか」を計算すれば、「言わないほうがいい」という判断をすることのほうが多いはずなんです。
でも、それよりいきなり相手に屈辱感を与えて、一時的な爽快感を手に入れることを優先する。そのせいで社会システムがあちこちで崩れ始めている。その被害を受けるのは自分たちですから、まことに愚かなことです。
■保育園と親のあるべき関係性
【養老】常道というのは、社会が醸成するものですからね。
【内田】言葉の厳密な意味で「利己的に」ふるまうべきだと思うんです。長期的なスパンで、安定的に自己利益を確保できるかどうかに配慮したら、その場で自分の一時の感情に流されるより、抑制したほうがはるかに利益が多い。感情を剥き出しにすることは太古的な共同体では禁忌でした。抑制するというのは別に近代的なマナーであるわけではなく、人間が共同的に生きてゆくために必須の人類学的ルールなんですけどね。
【養老】僕、保育園の理事長を30年やらされたんですよ。最初にやらされた時に理想的な保育園というのはどういうものだろうと考えて、それにできれば近づけたいと思ったんですけど、それでハッと気がついた。
それを今の親は預けて、預かってくれればいいみたいに思ってるんですから。少子化って当たり前ですよね。基本的にありがたくもなんともないんだから。
■子育ては「苦役」じゃない
【内田】フェミニズムの影響もあるかもしれないんだけれども、育児や家事が「シャドウワーク」として苦役、不払い労働であるというふうに語られたことがよくなかったと思うんです。子育てってそういう苦しい側面ももちろんあるんだけども、そればかりではない。
子育てというのは、人を成熟に導く、大変得難い経験です。そういうことを言ったら、フェミニストから手厳しく批判されたことがありました。「子どもが産めない人間は成熟できないということなのか」と。そんなことは言ってないんですけどね。
基本的に僕の立場は変わっていません。育児ってすごく楽しい経験なんです。自己陶冶の最高の機会だと思うけれども、そのことが全然アナウンスされない。不払い労働であって苦役である。だから旦那がもっと協力すべきだとか、行政がもっと支援する形でこの「苦役」を軽減しろと。育児をそういう文脈で語るのは育てられる子どもにとっても気の毒です。
僕は育児を経験して、この世にこんな楽しいことがあるんだろうかと思ったぐらいです。僕は子どもが生まれた時は大学の助手で、学校は週2日行くだけでよくて、あとは非常勤講師と予備校講師をしていただけなのですごく暇だったんです。だから子どもの送り迎えは僕がやってたし、病院に連れてゆくのも僕がやっていた。だから、保育園の卒園式で、僕が保護者代表で謝辞を述べたんです。父親が保護者代表をしたのは僕が開園以来最初だったそうです。園の行事にフルエントリーしてましたからね。
一緒にいる時間が母親よりも僕のほうが長くなると、こっちもお母さんみたいになっちゃいますよね。それがおもしろくておもしろくて。ただ、じっと見つめあってるだけで本当に幸せだった(笑)。なんでこんな楽しいことを「苦役」だって言うのか、よくわかりませんでした。
■楽しく健康に育てば「100点」
ご存じの通り、そのあと離婚して父子家庭になるわけですけども、父子家庭になった時に、子どもがいるせいで、学者としての自分のキャリア形成が妨害されているという考え方をするのは絶対にやめようと決意しました。学問的業績なんかどうだっていい。家事をきちんとやって、この子が楽しく健康に育ってくれたら、それで自分に「100点」を上げようと決めました。
もし暇な時間があったら、それは「ボーナス」としてありがたく頂いて、その時間に本を読んだり、論文を書いたり、翻訳したりする。でも、それは「余暇」にやることで、とにかく子どもを育てる方が最優先。三食栄養のあるものを食べさせて、ちゃんとアイロンをかけた服を着せて、乾いた布団に寝かせてあげて、家の中では基本的にいつも穏やかににこやかに。それができたら十分だと思っていました。
だから、そうやって12年間子育てしてたんですが、ストレスはほとんどなかったですね。
【養老】これを楽しむ者に如(し)かず、というんです。孔子が『論語』で、「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」といっていて、「楽しんでやるのが一番」だと。
【内田】なんで育児を自己実現を妨害する「苦役」だというスキームで論じるのか、僕はどうしても納得がゆかないんです。それだと苦しいばかりでしょう。僕は12年間「主夫」に徹しましたけれど、それで学術的な活動が阻害されたとはまったく思っていません。
■子どもを工業製品のように扱う親たち
【養老】なんかちょっとおかしいんですよね。ものすごい勢いでペットが増えてるでしょう。うちの娘なんかも、子どもはいないけど猫を可愛がってますからね。
【内田】子どもは謎なんです。ミステリーなんです。謎の存在なので、自分の思い通りになるはずがない。
【養老】コンピューターの世界の典型ですけど、“ああすればこうなる”ということが成立しない状況を嫌うんですよね。子育てはそうならないから。経済なんかもそうでしょう。これだけ元手をかけて、これだけ売れればこれだけ儲かる……要するに「ああすればこうなる」という論理でおおかたの世界は動いている。
それに対して、子育てはそれに反するでしょう。どんなに労力をかけても、ドラ息子ができるかもしれないし、放っておいても本当にいい子ができるかもしれない。本当はわからないんだ。人生ってそういうもんだという前提が消えてしまっているんです。
【内田】教育もそうですけども、子どもを工業製品みたいな捉え方をする傾向が強いですね。家が「ファクトリー」で、子どもが「プロダクト」だと。ファクトリーが優秀であれば優秀なプロダクトができるというような「工場」のメタファーで考える。でも、工場って、工程が100%管理できるという前提じゃないですか。
「モンスターペアレンツ」というのは子どもの生産工程を親や教師が100%管理できるんだと考えているんだと思います。子どもが思い通りに育たないのは、工程管理が悪いからだと考える。だから、クレームをつける。子どもの成長なんか管理できませんし、すべきでもないのに。
■肥料をやりすぎた作物は枯れる
僕が生まれた頃はまだ農業従事者が人口の20%近いという時代でしたから、学校教育も育児も農業の比喩で語られました。種を蒔いて水やって、肥料をやって、あとは待つだけ。台風が来るか、病虫害があるか、日照りになるか、そんなことは人間の手が届かない。
子育ても農業と同じで、人間が管理できるのは全工程の2割くらいで、後は「自然任せ」。収穫期が来ると、畑にトマトができたり、キュウリができたり、カボチャができたりする。それは「天の恵み」ですから、ありがたく頂く。「注文と違う」とか「納期に遅れた」とか文句を言うような人はいませんよ。
【養老】肥料やりすぎると枯れるんです。
■昔の子育ては「農業的」だった
【内田】そうそう(笑)。結局子育ては工程管理なんかしないほうがいいんです。親がなくても子は育つんです。親や教師の手の及ばないところで子どもはちゃんと成長してゆきますから。
【養老】さっきも言ったけど、それが「手入れ」ですよね。「手入れ」と言っても、今は警察の手入れだけになっちゃったけど(笑)。自然に対してどう手を入れるかという。
【内田】子どもも自然物ですからね、人間の手はある程度以上は及ばないんです。だから、そこはもう自然にお任せする、と。子どもは自然存在なんですから、どういう果実に育つかなんて親にはわからない。とりあえず毎日機嫌よく生きてもらえれば、それでいい。
「内田さんの子育ての基本理念は?」と訊かれた時はいつも「生きていてくれさえすればそれでいい」と答えています。娘は生きてくれていればそれで十分で、他は何も求めないと言っています。ほんとうにそう思っているんですから。
■学級通信のタイトルが「めばえ」「わかば」だった理由
【養老】農業、漁業、林業といった一次産業の人口が少なくなってきたでしょ。それが子育てに影響しているんじゃないかな。
【内田】関係あると思います。子どもを、農産物みたいなものとして考えるか、工業製品として考えるかで全く違いますからね。人間がものを作る時って、自分が普段まわりで見ているものを基準にするしかない。ですから、その時点での基幹産業のメタファーを使って子育てをすることになる。
さいわい僕たちの時代までは農業のメタファーが使われた。でも、だから、その頃は学級通信のタイトルは「めばえ」だったり「わかば」だったり、「ふたば」だったり、必ず植物的な比喩が使われたけれども、誰もそれが変だとは思わなかった。先生も子どもたちに向かって「君たちはまだ若木なんだから」という言い方をした。僕は学校でも家庭でも、工業製品として扱われた経験はないんです。
【養老】経団連の会長が、「農業を工業化する」って言ったことがあるんですよ。この野郎、何も生き物がわかってねえなと思ったことがあったんだけど、そういう頭で教育もやっているんです。
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養老 孟司(ようろう・たけし)
解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)、『こう考えると、うまくいく。~脳化社会の歩き方~』(扶桑社)など多数。
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内田 樹(うちだ・たつる)
神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。2011年、哲学と武道研究のための私塾「凱風館」を開設。著書に小林秀雄賞を受賞した『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、新書大賞を受賞した『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の親子論』(内田るんとの共著・中公新書ラクレ)など多数。
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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司、神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長 内田 樹)

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