※本稿は、櫻井武『意識の正体』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■どんな動物も「睡眠」を放棄できない
無防備な姿勢で、外界との接点を断ち、意識をそっと手放す――この儀式を、私たちは毎晩のように繰り返している。睡眠中、私たちの意識の機能は大幅に低下し、五感は鈍化し、脳は世界との交信を静かに閉ざす。私たちは毎日、一定の時間「世界の観察者」であることをやめているのだ。
一見、生物が生き残るために重要なのは、環境からの情報を絶えず処理し、それに適応することにあるように思える。その観点からすれば、意識は世界と常時接続しているべきだろう。
睡眠をとらない動物がいたとしたら、それは常に活動が可能であり、生存の上で圧倒的に有利な立場にたつように思われるが、実際には進化の過程で睡眠を放棄することは不可能だった。
進化の歴史を通じてすべての動物が「睡眠」をとる。それは、睡眠が生命維持に不可欠なメカニズムであるか、そうでなければ、システム上どうしても削除できないものであるかのいずれかであることを示唆する。
■「脳を持たない生命」でも眠っている
少し、視点を変えてみよう。私たちは意識を灯している覚醒のときにしか世界を認知できていないから、当然のように覚醒という状態を基準に生物の在り方を考えている。
私たちは、生物は「睡眠という機能」を進化の過程で獲得したかのように思いがちだが、近年では、クラゲやヒドラといった、神経系がきわめて原始的な動物にさえ、睡眠に似た周期的な活動の変化が観察されて、驚きをもって迎えられている。
これらの生物は、一定の時間、刺激に対する反応が鈍くなり、その後に回復するというリズムをもっている。つまり「眠り」という行為は、脳をもたない生命にすら見られる、根源的な生理現象だというのだ。
■「眠った状態」こそがデフォルトモードだ
しかし、それならば、睡眠こそが本来の生物の基本形と考える視座をもつべきではないのか? 生物は「時おり眠る」というより、むしろ、「時おり、外界の刺激にしたがって反応している」というべきではないか?
それならば、「眠り」が原始的な動物にも存在することを驚くべきではない。眠りこそ生物本来の在り方であり、進化に伴って覚醒を獲得し、その結果として清明な意識をもつことができるようになったのだ。
ヒトにおいても、睡眠は空腹や喉の渇きと同様に、抗いがたい生理的衝動として現れる。眠気は意志では抑えきれず、脳と身体の深部から行動を支配する。
私たちは「目を覚ましている=自然な状態」だと信じがちだが、むしろ覚醒は、必要に応じて現れるオンデマンドの“作動モード”とも考えられる。
個体発生・発達の観点からも、私たちは「眠りの中で」生まれてくる。胎児は妊娠後期の90%以上を睡眠様の状態で過ごし、その脳波活動はレム睡眠に似ている。つまり、目覚めた状態で誕生するのではない。周囲の世界に気づき、それに適応していく覚醒こそ、「後から加わる能力」なのだ。
■睡眠によって、思考を整理する
神経科学の進展により、睡眠の本質的な役割も明らかになってきた。
たとえばノンレム睡眠中、脳の活動は静かに見えるが、海馬やそれに関連する皮質では覚醒中の神経活動が再現される“リプレイ”が起きている。これは学習に関わった神経回路の再活性化であり、記憶の強化に関与すると考えられている。また、海馬から大脳皮質へと記憶の転送が行われるプロセスも、このとき進む。
睡眠はまた、神経回路の構造そのものを最適化する。覚醒中、情報処理の過程でシナプスが次々と強化され、ネットワークは複雑化していくが、そのままでは情報処理能力が低下する。これを防ぐために、ノンレム睡眠中には不要なシナプスを刈り込む作業が行われる。
これが「シナプティック・ホメオスタシス仮説」であり、睡眠とは、思考の配線を整理する夜ごとのリノベーションでもある。覚醒することによって脳にかけられた「無理な情報の負担」を、睡眠中に解消しているのだ。
■睡眠が、認知症に関与する老廃物を除去
こうした情報の整理と転送のみではなく、物質の除去も起こる。
ノンレム睡眠中には「グリンパティック・システム」と呼ばれる排出機構が働き、覚醒中に蓄積された老廃物――たとえばアルツハイマー病に関与するアミロイドβ――が除去されている。脳は眠りによって機能的にも物理的にも“自己洗浄”を行っているのである。
私たち生物は、危険な状況への対処や食物の確保など、必要に迫られて覚醒しているが、その無理は長く続くことはなく、時おり、本来の生命のデフォルトモードともいえる睡眠によって、情報および構造上の整理を進める必要があるのだ。
■起きることは「危機対応モード」である
進化の歴史を俯瞰(ふかん)すれば、覚醒とは環境の複雑化に対応するための“戦術的な発明”だったのだ。原始的な生物にとっては、生き残るために複雑な認知や意識など不要だった。
世界を理解する必要などなく、危険を避け、食物を得るための機械的な動きさえできればいい。刺激がなければ眠りのような状態で待機し、必要が生じれば反射的に対応すればいいだけだ。
そして、進化の過程で、覚醒や原始的な意識が芽生えると、それによって周囲の情報収集と分析をするようになった。
外敵などの危機に対応したり、報酬を得るための行動をより確かなものにしたりするために、さらには社会の中でうまくやっていくために後から実装されたモードが覚醒なのである。
つまり覚醒とは、生存競争の激化に伴って獲得された“危機対応モード”とでもいうべきものであり、覚醒と関連の深い機能である意識も危機対応モードに必要な機能ともいえるのではないか。
■ブタやトカゲを用いた実験
そして、意識や覚醒の成立には、外界とのつながりが不可欠である。脳がそれ単体で「目覚める」ことはできない。
たとえば2019年、イェール大学の研究者は死直後のブタの脳に人工循環を施すことで、電気活動の一部を回復させたが、そこには覚醒や意識の兆候は見られなかった。
同様の実験はトカゲなどでも行われており、感覚入力のない脳は覚醒せず、睡眠様の静かな状態にとどまることが確認されている。
■外界との接触により私たちは目覚める
つまり、覚醒とは脳の自律的な状態ではなく、感覚刺激によって「駆動される」ものである。意識には覚醒が不可欠だが、私たちが“意識する私”として目覚めているのは、外界との接続とその情報によって駆動されているからだと考えられる。
このように、睡眠は単なる休息ではなく、記憶の再構成、神経配線の最適化、老廃物の排出といった再生のプロセスの中核を担っている。デフォルトモードともいえる睡眠の状態で脳が再生のプロセスを行うのは自然だともいえる。
覚醒とは、その静寂の上に築かれた仮の状態にすぎない。それを端的に示すのが、1963年に行われた有名な断眠実験である。
■ショートストーリー「11日間寝なかった男」
1963年12月、カリフォルニア州サンディエゴ。17歳の高校生、ランディ・ガードナーは、科学フェアで発表するためにひとつの大胆な実験を決行した――「人間は、どこまで眠らずにいられるのか?」を、自らの身体で試すというものだった。
最初の数日は順調だった。友人たちや、スタンフォード大学の睡眠研究者ウィリアム・デメント博士らが交代で見守る中、ランディはゲームをしたり、インタビューに応じたりしながら眠気と闘った。注意力や集中力は失いがちだったが、体調は良好で、言葉もはっきりしていた。
しかし、5日目を過ぎた頃から、ランディに明らかな異変が現れ始める。
視界の端に人影がちらつくような錯覚。ラジオが話しかけてくるような感覚。ランディの脳は徐々に、幻覚と現実の境界を見失い始めていた。記憶の抜け落ち、言葉に詰まる瞬間が増え、今いる場所や時間の感覚も不安定になっていく。
■彼に次々に現れる妄想や幻覚
彼は、「道路標識が人の顔に見えた」「テレビの司会者が自分の思考を読んでいる」などと語った。また、自分がプロフットボールチームのスター選手だという妄想も抱くようになり、周囲の制止にもかかわらず、「試合に行くんだ」と言い張った。
そして、11日目の朝――1964年1月8日。
ランディはこう記録している。「鏡の中の自分が、知らない誰かのように見えた」。
目を閉じればすべてが崩れてしまいそうだった。まぶたは重く、脳は眠りを切望しているように感じたが、眠ることが“自己”の消失につながるような恐怖も感じていた。
その日の午後、264時間に及ぶ断眠の記録を達成した後、彼はようやく眠りについた。15時間眠った後、彼は穏やかに目を覚まし、日常へと戻った。(ショートストーリー終わり)
■眠らずにいると、正常な自己意識を保てない
このショートストーリーは、1963~64年に実際に行われた断眠実験に基づいている。ランディ・ガードナーは、記録的な断眠によって、人間の意識が睡眠によってどれほど支えられているかを示す歴史的な実例となった。
幻覚、記憶障害、自己認識の混乱――いずれも、「連続しすぎた覚醒」が生んだ意識の歪み、世界認識の変容であった。
ここにあるのは、断眠、つまりは連続しすぎた覚醒の結果である。彼は、幻覚を見て、妄想を抱いた。連続した覚醒がむしろ、皆が共通して認知している“リアル”との乖離を生むのだ。
私たちは眠ることなくして正常な自己意識を保つことはできない。睡眠という静寂の時がなければ、私たちはやがて、自分のかたちを崩してしまう。
■睡眠とは「神秘の工房」だ
眠りとは、意識という繊細な器がいったん解体され、再び組み直される、神秘の工房だ。私たちは眠りの中で「私」を更新している。
生命の根源に刻まれた“静寂”の時間は、単なる休息ではなく、記憶の再構成、神経回路の整理、老廃物の除去といった多層的な再生のプロセスに支えられている。
覚醒とは、その静寂の上に築かれた一時的なモードであり、目覚めることで時おり「観察者」としての自分を起動している。つまり、“意識する私”は、眠りの中で更新された“無意識の私”の上に、毎朝、築き直されているのだ。
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櫻井 武(さくらい・たけし)
筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長
1964年東京生まれ。筑波大学大学院医学研究科修了。筑波大学基礎医学系講師・助教授、テキサス大学ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授、金沢大学医薬保健学総合研究科教授などを経て、現職。医師、医学博士。1998年、覚醒を制御する神経ペプチド「オレキシン」を発見。睡眠・覚醒機構や摂食行動の制御機構、情動の制御機構の解明をめざして研究を行っている。第十一回つくば奨励賞、第十四回安藤百福賞大賞、第六十五回中日文化賞、令和七年度文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)などを受賞。
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(筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長 櫻井 武)

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