夢を見ている間、脳内では何が起きているのか。筑波大学の櫻井武教授は「夢は、感情と記憶のネットワークを再編集し、意識の自己像を調整している。
夢の断片の中に、ふとしたひらめきが紛れていることがある」という――。
※本稿は、櫻井武『意識の正体』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■夜見る夢は、どうしてヘンなのか?
本来、覚醒中には前頭前野が情報を補足しながら、秩序だった世界を構築する機能を発揮している。
しかし、その機能がレム睡眠中には停止しているため、夢の中では無秩序な出来事が発生する。夢の中では、因果律や時間軸が崩れる。登場人物が入れ替わったり、自分が複数の存在になったり、死んだはずの人が現れたり……。
夢の中では何が起こっても決して不思議に感じないが、目覚めた後、夢を思い返すと「おかしな夢を見たな、今のは何だったんだろう?」と思うだろう。前頭前野が活動を開始した結果、論理だった思考ができるようになるからだ。
だが、その不可解さこそ、夢が現実の意識構造とは異なるルールに基づいた「もうひとつの知覚モデル」であることを示している。
■夢は、感情と記憶を再編集している
しかし、この変容した意識は、現実から切り離された自由な想像の場を提供する。現実では抑圧された欲望や恐れ、解決されない記憶の断片が、象徴的なイメージとして浮かび上がる。
精神分析学の父ジークムント・フロイトは、夢を「無意識の王道」と呼び、精神活動を理解するものとしてその内容を重視した。
夢は潜在的な感情や葛藤を象徴的に表現する場であると考えた。
一方で、現代神経科学は、夢のステージであるレム睡眠を記憶の再編や情動(感情)の調節機構として捉える視点を重視しており、夢の内容そのものを解釈することにはこだわらない。夢は、感情と記憶のネットワークを再編集し、意識の自己像を調整する“編集室”のような役割を果たしているという考え方もできる。
■脳内で進行する「何か」の正体
よく知られているように、多くの夢――とくにストーリーや感情を伴った夢――はレム睡眠中に見られる。
レム睡眠では、脳の活動は覚醒時に近いほど、あるいは覚醒時を上回るほどに活発となり、視覚野や情動系が強く反応している。眼球は急速に動き、筋肉は弛緩し、外から見る限りは静止しているのに、脳内では「何か」が進行している。
脳機能画像解析研究などにより、とくに扁桃体、海馬、視覚連合野、そして橋被蓋(きょうひがい)(レム睡眠を駆動する脳幹部)といった部位が強く反応していることがわかっている。
これらの多くは情動・記憶・視覚イメージの生成に関わる領域であり、夢がしばしば感情的で、視覚的で、かつ不条理である理由もそこにある。
■変な出来事も、夢の中だと不思議に思わない
夢は「現実の鏡」ではない。だが、私たちの脳はそこで現実以外の何かを体験している。夢とは、“制御の外れた脳が即興的に構成するイメージの連なり”なのだ。
現実にはありえないような出来事も、夢の中では不思議だと思わない。
前頭前野の「秩序だった世界を構成する機能」が働かなければ、ヒトは脳が創った勝手なイメージの連なりを真実だと思い込む。
一部の精神疾患で見られる妄想や幻覚がそれであるが、誰もが夢の中ではそれを毎晩体験しているのである。
■目覚めると「夢」を覚えていないワケ
夢の中では、現実ではありえない風景や、不条理な出来事が淡々と展開される。ときには、現実よりも鮮やかで、強く感情を揺さぶるような夢に出会うことすらある。しかし奇妙なことに、私たちはその内容をほとんど思い出せない。
目覚めた直後にうっすらと記憶していた夢も、数分後には霧が晴れるように消えてしまう。なぜ夢は、あっけなく忘れられてしまうのか。これは「正しい人生史を記録するため」である。
夢があまりにリアルで、情動的で、かつ明晰(めいせき)に記憶されたならば、現実との境界が曖昧になる恐れがある。私たちの脳は、夢を体験しながらも、それを“記録”することには慎重なのだ。
明確に記憶されないからこそ、私たちは夢を“現実と切り離された体験”として受け入れられる。
つまり、夢を記憶から除外することで、現実世界における自分史のリアリティを守っているのかもしれない。
夢は幻覚であり、リアルワールドの出来事でないので、本来、覚えておく意味はない。
レム睡眠中の脳の営みを、意識が“偶然目撃”したとき、そして、おぼろげながらもそれが記憶にとどまった場合に、私たちはそれを「夢」と呼ぶのだ。
■フロイト・ユングの「夢分析」
では、夢そのものには、いったいどんな意味があるのだろうか?
古くから、夢は神の啓示や霊的なメッセージと捉えられてきた。現代においても、夢に象徴的な意味を見いだし、深層心理の手がかりとして解釈する向きは根強く残っている。フロイトやユングの夢分析はその代表例だ。
しかし、神経科学の観点から見れば、夢は“無意味”で“偶発的”な現象である可能性が高い。
現代の研究者の多くは、「夢はレム睡眠中に生じた脳の活動の副産物にすぎない」と考えている。つまり、脳が情報処理や記憶の整理を行っている最中に発生した神経活動の“ノイズ”を、意識が後から物語として組み上げたものが夢だというわけだ。
先に述べたように、情動に関わる大脳辺縁系はレム睡眠中に活発に働いており、これが夢の感情的な性質を生むと考えられている。
■夢の中で作曲をした作曲家
その一方で、夢がもつ効用についての研究もされている。たとえば、夢を見ることでネガティブな記憶に伴う感情的反応が和らぐ、という知見もある。
カリフォルニア大学バークレー校のマシュー・ウォーカーは、「レム睡眠は感情の治療の場である(REM sleep is emotional first aid)」とし、夢の最中にネガティブな記憶が情動的に再処理されることで、伴っていた過剰な感情反応が弱まる可能性があると指摘している。

さらに夢は、創造性を解き放つ場でもある。論理的な枠組みから解放された脳は、夢の中で思いがけない連想や組み合わせを生み出す。
夢の中で悪魔がヴァイオリンを弾いているのを聴き、それに触発されて“悪魔のトリル”という曲を作曲したジュゼッペ・タルティーニ。そして、ミシン針の構造を夢の中で発見したエライアス・ハウ。
こうした逸話は、夢という無意識の舞台が、創造的ひらめきの母胎となりうることを物語っている。
■夢の中でひらめきを得た科学者たち
科学史の中にも、夢が新しいアイデアのきっかけとなった例が数多く残っている。
たとえば、神経伝達物質(アセチルコリン)の存在を証明する実験方法のアイデアを夢の中で得たオットー・レーヴィ、ベンゼン環の構造を夢で思いついたアウグスト・ケクレ。ドミトリ・メンデレーエフは夢で見た表を書きとめ、「元素を原子量順に並べると化学的特性が周期的に繰り返される」という周期表を発明した。
これらは、夢そのものがメッセージをもっていたわけではなく、夢という現実の論理的制約が一時的に緩む状態において、覚醒時には到達できなかった組み合わせや視点を浮かび上がらせた結果なのだろう。
こうした例はまれではあるが、人間の脳がもつ創造的回路が、無意識下でも活動しうることを示している。ただし、それを秩序だったものとしてまとめ上げるには、覚醒と

意識が必要であるが……。
■エジソンは金属の球を握りしめた
夢は、レム睡眠のときだけに見るものではない。
ノンレム睡眠中――とくに、ノンレム睡眠のうち浅い第1段階(「まどろみの状態」)においても、断片的で思考的な「夢様体験」が報告されている。
そしてさらに、眠りに落ちていく入り口、覚醒と睡眠がゆるやかに交差する“まどろみのドア”が開くときに、独特の創造的な潜在力が潜んでいることがある。
この遷移状態は、「ヒプナゴジア(入眠時幻覚)」とも呼ばれる。レム睡眠のような連続性をもつ夢とは異なり、この一瞬の状態では、風のように浮かんでは消えるイメージや、抽象的な観念が脳裏をよぎる。ノンレム睡眠の最初の段階へと滑り込む、そのわずかな隙間に咲く、もうひとつの夢のかたちだ。
発明家のトーマス・エジソンは、この「半覚醒」の時間をあえて使おうとしていた。
椅子に腰かけ、金属の玉を手に握りしめ、まどろみへと身をゆだねる。そして眠りが深まる瞬間、指先からこぼれた玉が床に落ち、その音で彼を呼び戻す。その刹那(せつな)にひらめいたアイデアを書きとめたという。
■ダリは鍵やスプーンを握りしめた
画家サルバドール・ダリもまた、鍵やスプーンを手に同じような眠りに挑んだ。手から落ちた鍵が奏でる音に起こされると、そこに浮かんでいた鮮烈なイメージを、すぐさまキャンバスに定着させた。
こうした体験は、いわゆるレム睡眠の物語的で感情豊かな夢とは異なる。
むしろ、意識の輪郭がとろけ始める浅いノンレム睡眠の中で、一瞬だけ見える幻のようなヴィジョンである。レム睡眠が「記憶と感情が編まれる編集室」だとすれば、ヒプナゴジアは「創造の扉が静かなきしみを立てて開く玄関口」とでもいえるだろう。
夢とは単に視覚的な物語ではなく、睡眠そのものが意識に波紋のような影響を与え、そこから立ちのぼるイメージが、創造性をそっと揺さぶるのだ。
夢は、意味のない断片かもしれない。だがその断片の中に、ふとしたひらめきや、新しい世界の種が紛れていることがある。無意識の水面から顔を覗かせる、それは、私たちの想像力の芽生えかもしれない。

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櫻井 武(さくらい・たけし)

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長

1964年東京生まれ。筑波大学大学院医学研究科修了。筑波大学基礎医学系講師・助教授、テキサス大学ハワード・ヒューズ医学研究所研究員、筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授、金沢大学医薬保健学総合研究科教授などを経て、現職。医師、医学博士。1998年、覚醒を制御する神経ペプチド「オレキシン」を発見。睡眠・覚醒機構や摂食行動の制御機構、情動の制御機構の解明をめざして研究を行っている。第十一回つくば奨励賞、第十四回安藤百福賞大賞、第六十五回中日文化賞、令和七年度文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)などを受賞。

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(筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構副機構長 櫻井 武)
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