■当の本人たちは丙午生まれに満足
2026年、60年ぶりの丙午(ひのえうま)年が始まった。筆者は1996年、前回の丙午にあたる1966年生まれの女性をテーマにした本を上梓したことがある(新津隆夫、藤原理加『1966年生まれ 丙午女(ヒノエウマ・ウーマン):60年に一度の元気者』、小学館)。その時から、今のこの日を楽しみに待っていた。
2026年の丙午では、世の中はどう変わっているのかを。
「昭和の丙午」である1966年は、出生数が前年より25%も減る特異な年となった。「丙午生まれの女性は気性が激しく、夫を食い殺す」という江戸時代以来の迷信の影響で、少なからぬ女性が出産を避けたためだ。歴史人口学を専門とする麗澤大学の黒須里美教授によれば、「宗教戒律が厳しいような国でもこのような極端な例はなく、日本独特の傾向」だという。
だが筆者は、今回の「令和の丙午」には前回の1966年のような極端な「生み控え」は起こらず、それどころか新生児が増えるかもしれないとすら予測している。
江戸時代の迷信を信じる人が少なくなったというだけではない。筆者は取材で多くの66年生まれの女性や、同年に出産を経験した女性たちに話を聞いた。その誰一人として、丙午生まれであること、丙午に子を産んだことを悔いていなかった。
な恩恵を受け、彼女たち自身もそれを実感していたのだ。
還暦を迎える昭和の丙午女性たちは間違いなく、自分の子供や甥や姪、あるいは知り合いのカップルに、むしろ2026年の出産を薦めるだろう。
■お得感を決定づけた要素「コーホートサイズ」
昭和の丙午生まれはどれくらい「お得」だったのか、具体的に見ていこう。
「丙午で損をしたことはないです。逆に受験はおかげさまでラクだったし、バブルにも当たりましたから」(1966年6月17日生まれJ・Yさん)。
「丙午生まれということで、自己主張しなくても注目されました。とくに年配の方々には。だからいつも『私、丙午なんですよ』って自慢してきました。(80年代の)女子大生ブーム、学生起業家ブームにも当たりました」(1966年6月13日生まれN・Aさん)
「お得」の最初のタイミングは、昭和の丙午たちが高校を卒業する1985年だ。当時は高卒就職組と大卒就職組がほぼ半々で、文部科学省の学校基本調査のデータによれば、この年高校を卒業した生徒の41.1%が高卒で就職している。
1985年は好景気の入り口にあたり、企業からの求人数が前年より増えた。にもかかわらず、高卒で就職する若者たちの数は前年の9割だった。
■好景気や「民営化路線」にも恵まれて
大学受験組にも、同様のメリットがあった。「一般選抜試験は例年2.5倍前後の競争率であるところ、1985年に限っては1.38倍でした」――。社会学者で自身も1966年の丙午生まれである大阪大学の吉川徹(きっかわ・とおる)教授は、著書『ひのえうま 江戸から令和の迷信と日本社会』(光文社新書)で自身の受験経験(大阪大学人間科学部を受験・合格)をこう語っている。
ちなみに、東大や京大は例年と変わらず2.5倍ほどの競争率だったが、この2校は志願者の約6割を浪人(既卒生)が占めるという特殊性があってのことだそうだ。
当然、大学卒業後の就職にもこれらのメリットは働いた。「この年(1988年)の求人倍率は2.68倍で、史上3番目の高さだった」と、吉川教授は言う。時代は平成となり、当時の中曽根康弘内閣の行政改革路線の下、NTT(元日本電信電話公社)やJRグループ(元日本国有鉄道)、JT(元日本専売公社)など、元国営企業を民営化した新しい巨大企業が次々と誕生した頃でもあった。
■「丙午男子」にもメリットがあったはずだが…
昭和の丙午女子の就職には、もう一つの追い風があった。高校卒業の翌年にあたる1986年に施行された、男女雇用機会均等法(雇機法)だ。雇用という分野で「男女の均等な機会及び待遇の確保を図る」ことを目的としたこの法律は、それ以前に比べ女性の就業機会を拡大し、働き方を多様化させた。コーホートサイズ+バブル経済+雇機法という、「トリプル恩恵」を受けたのが1966年の丙午女性たちだった。
「コーホートサイズの恩恵は男女ともに得ているはずなのに、丙午は女性ばかりが注目されるのも特徴です。長嶋一茂さんはじめ丙午生まれの男性の著名人は多いのに、なぜか彼らは”丙午だから”という言われ方はしない点も面白いところです」(吉川教授)。
丙午を回避するための計画出産が行われた結果、1967年の新生児は早生まれ(1月1日~4月1日生まれ)が極端に増えるという特殊な傾向も表れた。干支はお正月からの1年間を指す一方、日本の学校や会計年度は4月に始まる。そのため、1966年の早生まれベビーは昭和の丙午としてのメリットをまったく得られなかった一方、1967年の早生まれは干支では丁未(ひのとひつじ)なのに、前年の丙午の人口減の恩恵を得ている。
■そもそも「八百屋お七」は丙午生まれではない
そもそも、「昭和の丙午」がなぜ、年間出生数が4分の3になってしまうほどの大騒ぎになったのか。
「丙午の女性は気性が激しく……」という迷信の元は、1682年に恋人に会いたさゆえに火事件を起こした「八百屋お七」とされている。東京消防庁のウェブサイトにある「消防雑学辞典」の項目「ぼやで身を焼く八百屋お七」によれば、火災自体はぼや程度で済んだようだが、当時の江戸において放火は重罪であり、お七は翌年火あぶりの刑に処せられた。
この事件が井原西鶴の「好色五人女」に描かれ、お七が1666年の丙午生まれという設定だったことから、丙午女性に対するヘイトが始まったとされる。とはいえ、その後の検証でお七の生年は1666年ではないことがわかっており、あくまで小説の設定として使われたにすぎない。
■昭和ほど人口が減らなかった「明治の丙午」
吉川教授は江戸時代の享保11年(1726年)を、日本における丙午の迷信元年と定めている。この年以降、世相を反映した「文献」といえる川柳に、丙午を唄ったものが多く現れるからだ。
明治になっても丙午生まれの受難は続く。2人の丙午女性が結婚できないことを悲観して文金高島田姿で心中をした。「友人たちはみんな結婚したのに自分だけ縁談の話もないのは丙午生まれのせいだ」と秋田県の女性が服毒自殺――。そうした事件が、当時の朝日新聞紙上で報じられている。
その一方で人口統計が始まり、より詳しい丙午の情報が残されるようになった。それによると明治の丙午にあたる1906年の出生数は約139万4000人。1905年の約145万3000人と比べて減ってはいるものの、1966年ほどの差ではない。
昭和の丙午騒動を煽り立てたのは、主にマスメディアだった。とりわけ、1964年の東京オリンピック開催時には世帯普及率が87.8%にまで達したテレビ、1955年から1967年までの12年間で総発行部数を約4倍に伸ばした雑誌、とりわけ週刊誌という当時の新興メディアにとって、1966年の丙午は鉄板のネタとなった。
■昭和の新興メディアが煽り立てた「丙午伝説」
「丙午は生きていた」(サンデー毎日)、「迷信。貴方も信じるか?」(週刊読売)、「出生率が3分の1に減るかもしれない」(週刊大衆)――。
1966年3月に結婚し、1967年4月に出産したY・Aさんは、結婚直後に出かけた新婚旅行のときのこんな出来事を振り返る。
「旅館に着いて荷物を開けると、そこにトランキライザー(精神安定剤・睡眠薬)とサンプーン(殺精子剤。避妊薬の一種)が入っていました。知らぬ間に姑が入れておいたようです。主人は真面目に睡眠薬を飲んでました」
今や新聞とともにオールドメディアと揶揄される当時の新興メディアが、いかに丙午迷信をあおり立て、それに少なからぬ人々が影響されたかがうかがえる。
そんな煽りとは裏腹に、昭和生まれの“ヒノエウマ・ウーマン“は、江戸や明治の丙午女性たちと異なり、結婚に苦労することもなかったようだ。
1973年に創業し、昭和の丙午女性の婚姻時期とも重なる90年代半ばまでの間に、2万6000組以上の結婚をまとめたアルトマンという大手結婚情報サービス会社があった。同社で10年以上アドバイザーとして働いたT・Nさんは、「丙午だから結婚できない」という相談は1件も受けたことがないという。
■時代の追い風を受ける運周り?
2026年の丙午、世の中はどうなるのか。吉川教授は著書『』をこう結んでいる。
「もはやひのえうまの出生減すら起こせないほどの少子化状況。
厚生労働省の人口動態統計によれば、コロナ禍以降、日本の婚姻数は2019年の59万8965組から、2020年には52万5490組と急減。その後も毎年少しずつ減り続けた。だが2024年の婚姻数は前年より1万322組増加し、その傾向は2025年も続いているという。
2026年度からは、児童手当の大幅拡充(2024年~)や育児休業期間中の収入支援(2025年~)といった少子化対策を加速するための「子ども・子育て支援金」制度がスタート。昭和の丙午生まれたちと同様、令和の丙午ベイビーが時代の追い風を受けてすくすくと育ち、「60年に一度の元気者」として活躍することを期待したい。
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新津 隆夫(にいつ・たかお)
ジャーナリスト、コラムニスト
1959年、東京・浅草生まれ。1993年「激安主義」(徳間書店)にてバブル後の激安ブームを牽引。1997年からイタリア在住。テーマはスポーツ、車、グルメ、政治、歴史、教育などイタリアのカルチャーすべて。主な著書に「丙午女」(小学館)、「会社ウーマン」(朝日新聞社)など。福岡RKBラジオ「桜井浩二 インサイト」に不定期出演。
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(ジャーナリスト、コラムニスト 新津 隆夫 構成=川口昌人)

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