なぜマイナンバーカードは不人気なのか。地方自治総合研究所特任研究員の今井照さんは「便利に見えて、かえって国民の負担が生じているからだ。
デジタル化で行政の効率化が進まないのには、日本特有の原因がある」という――。(第2回)
※本稿は、今井照『自治体は何のためにあるのか』(岩波新書)の一部を再編集したものです。
■“デジタル化”なのになぜか増える手間
デジタル化そのものは社会の趨勢ですし、そのことによって解決できる問題が多々あることは事実です。ただし、国の進めているデジタル化が、なんかチグハグだと感じている人は少なくないでしょう。
たとえば、マイナンバーカードは、暗証番号の更新のために、少なくとも5年に一回は老若男女を問わずに役所の窓口に出向くことが大きな負担になっています(代理人手続きもありますが、相当に煩雑です)。デジタル化によって、かえって役所に出向く回数が増えるとは、何かが間違っているとしか思えません。
当然、市町村にとっても新たな負担となり、作業量の増加はもとより、人員や財源の確保が必要になっています。しかもこの事務は導入期の一時的な増加ではなく、現在の制度が続く限り永遠に続く事務量の増加です。
したがって、市町村によっては、新しい組織を作り、別に事務所を借りて対応しているところもあります。これらを国全体で積み上げたら、相当大きな負担増になっているに違いありません。
■韓国が行政のデジタル化に成功したワケ
このようになってしまう原因はさまざまに想定できますが、最大の問題点は現在の政策や制度をそのままシステム化してしまうことではないかと思います。たとえば、日本の社会政策は世帯単位になっているので、そのままではマイナンバーと齟齬が生じます。

いくらマイナンバーと個人の預金口座とを紐づけても、世帯単位で給付金を出すことになれば、個人単位でできているマイナンバーをそのままでは使えません。一手間も二手間も増えて、かえって事務は煩雑になり、時間もかかって、ミスも多くなります。
本来なら政策執行過程を徹底的に分解したうえで、システム化を進めればよいのですが、大手ITベンダー企業からの出向者が半分を占めるデジタル庁職員に、そのような役割を期待するのは酷でしょう。
たとえば、韓国は、行政のデジタル化などを目的として、戸籍制度を廃止したと伝えられています。それくらい思い切った行政改革をしないと、行政のデジタル化の意義は達成できないのです。
■誰にとっての「最適化」なのか
国のデジタル化がチグハグであることは、本書の主旨ではありませんが、2024年自治法改正でも似たようなことが起こりそうです。日々改変される政策や制度によって、システムは巨大化、複雑化し、効率化どころか、そのメンテナンスのための負担が増え続け、システムダウン時の影響が大きくなることが想像されます。
技術的な論点は多数あるのですが、ここでは一つだけ原則的な問題について挙げておきます。今回の改正では、第11章に「情報システム」という章が新設され、そこに情報システムの利用に係る基本原則という条文一つが加えられています(第244条の5)。
そこには、自治体は「その事務を処理するに当たって、〔中略〕他の普通地方公共団体又は国と協力して当該事務の処理に係る情報システムの利用の最適化を図るよう努めなければならない」とあります。
あまりにも当然のこととして、つい見逃してしまいそうですが、問題は「最適化」という言葉の使われ方です。一般的に最適化を求めるのは当然のことです。
結果はともかくとして、いままでも自治体はそれなりに最適化を目指してきたと思います。
■あくまで国主導のシステム移行
しかし、ここで新設された「最適化」は他の自治体や国と協力することを指しています。それぞれの自治体で最適化を目指すことではないのです。どうしてこのような文言が自治法に書き加えられたのかを想像すると、自治法改正の3年前、2021年5月に成立した自治体システム標準化法(地方公共団体情報システムの標準化に関する法律)を思い出します。
この法律は、自治体の基幹20業務(住民基本台帳、固定資産税などから子ども・子育て支援、健康管理まで)について、現在、自治体で使っているシステムを、国が作成する標準仕様書に基づくシステムへリプレイスする義務を自治体に課すものです。
その期限は2025年度末となっていましたが、当初から指摘されていたとおり、それまでに終わる見込みはなく、2025年5月成立の第15次分権一括法で2030年度末まで延期されました(正確に言うと、この作業のために国が自治体に対して用意した基金を5年間延長しました)。
■「最適化」なのに経費は5.7倍
念のために確認しておきますが、それぞれの自治体では、これらの業務のほぼすべてで既にシステム化が行われていて、実際に運用されています。しかも、基幹系データを情報連携する必要から、実質的に自治体間での標準化が進みつつありました(データ標準レイアウト)。
少なくとも自治体の側には、国の標準仕様書に合わせて、まるごとリプレイスする必然性がありません。もしあるとすれば、国の法律や制度が変わる都度、いちいちシステムを修正する手間とお金が発生し、それが半端ないということです。
2025年1月29日、全国の中核市市長会(人口20万人以上の市のうち、申し出により政令で指定される市の市長で構成)は、総務省とデジタル庁に緊急要望をしています。それによると、国が進める標準化移行後の運用経費の平均は2.3倍となり、最大で5.7倍にもなるとのことです。
これらは今のところ全て自治体の負担増となります。
仮に今後、システムの移行経費や運用経費などの全額が、国から自治体に支援されるとしても、国全体では膨大なコスト増になるはずです。
■「デジタル化で行政の効率化」にならないワケ
国が唱えてきた「デジタル化による行政の効率化」とは、ますます乖離してしまうのです。マイナンバーカードと同じです。
システム移行作業中の2024年度だけでも、定額減税、特別徴収税額通知書の電子化、国税森林環境税の徴収など、大きな制度変更が次々と起きています。そのたびに移行作業が中断され、標準仕様書の修正を迫られます。こうして、5年間、延長されたのです。しかし、このようすでは、5年後にできるかどうかも、確たる見通しはありません。
これは国が進めるデジタル化にしばしば起こる宿命的な欠陥です。たとえば、企業が合併するときにはいずれかの企業のシステムを中軸にして改修するのが一般的です。ゼロから新しいシステムを作って、一斉にリプレイスする(フルスクラッチ開発)とエラーが頻出する可能性が高くなるからです。
しかし、国のシステム開発を担っているデジタル庁は、大手ITベンダーの複合体なので、どこかの特定企業が開発した既存システムを利用して改修するよりは、全く新しいシステムを開発してリプレイスする方向に傾きがちです。

■市民の声が自治体に届かなくなる
自治体基幹20業務の標準化も、そのように進められています。
全体のコストが上がれば、それぞれの自治体の財政負担も相応に増えますが、加えて自治体独自の事情によって、費用が増大する可能性もあります。たとえば自治体では地域特性や住民の要望に応えて、法制度で決まっている業務のほかに、自治体独自のさまざまな事業を行っています。今後は、そのたびに、標準化された国のシステムをカスタマイズする必要とコストが生じます。
結果的に、自治体独自の政策が立てにくくなるかもしれません。これまでも数多くの分野で自治体政策が先行し、その積み重ねによって、国全体の制度改正に結び付くことがありました。地域の課題は自治体が発見するからです。古くは公害対策や開発対策から、個人情報保護もそうですし、空き家対策もそうです。
■さらに地域の負担は増える
今後は、標準化されたシステムが壁になって、自治体自らが行動できず、国になんとかしてほしいとお願いするだけのパターンが増えるのではないかと危惧します。それは市民にとっても大きな損失です。
また、市町村は規模の違いが大きいので、たとえば人口数千人の町と数十万人の大都市とでは、それぞれに合わせたシステムが構築されてきました。今後は標準化されるので、個々の自治体にとってはシステムが過大になったり過少になったりする可能性があります。
これらのコストも自治体全体で負担することになるのです。
自治体システムでは「標準化」と呼ばれていますが、これが2024年自治法改正で言われているところの「最適化」の中身です。他の自治体とともに、国の行政に一本化することが最適化という意味なのです。しかし、言葉の真の意味の最適化には程遠い結果をもたらすことになります。

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今井 照(いまい・あきら)

公益財団法人 地方自治総合研究所特任研究員

1953年生まれ。東京大学文学部社会学専修課程卒業。東京都教育庁(学校事務),大田区役所(企画部,産業経済部など),福島大学行政政策学類教授,地方自治総合研究所主任研究員などを歴任。著者に『未来の自治体論――デジタル社会と地方自治』(第一法規)、 『地方自治講義』(ちくま新書)、『図解よくわかる地方自治のしくみ(第7次改訂版)』(2011年、学陽書房)などがある。

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(公益財団法人 地方自治総合研究所特任研究員 今井 照)
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