東京や横浜など大都市を直撃する災害が起きたらどうなるのか。地方自治総合研究所特任研究員の今井照さんは「効率性を求めて巨大化した東京のような自治体は、市民の数に対する備えが十分とは言えない」という――。
(第3回)
※本稿は、今井照『自治体は何のためにあるのか』(岩波新書)の一部を再編集したものです。
■自治体は“ディフェンダー”であるべき理由
自治・分権にとって、「融合」から「分離」への再編が重要ですが、一気に転換できない以上、現在の自治体を「あるべき自治体」へ少しずつ、近づけていく実践が大切になります。このとき重要なのは、自治体のミッション(使命)を揺るがせないことです。
これまで幾度となく書いてきましたが、私は自治体のミッションを、「今日と同じように明日も暮らし続けられることを市民に保障する」、と考えています。つまり、自治体は市民生活のディフェンダーであるべきなのです。
一見すると、このミッションは、ややネガティブな印象を与えるかもしれません。得点を取るフォワードのほうが、一般的には華やかな存在です。現代サッカーでは、ディフェンダーも攻撃の一番手と言われていますし、自治体もそうであってほしいですが、まずは守備です。
一点も取られてはならないのです。一方で、自分の生活は標準以下ではないか、この状態のまま暮らし続けろと言うのか、というお叱りもあるはずです。もちろん、このミッションには、生活の最低基準(シビル・ミニマム)を自治体が市民とともに策定し、市民生活をその水準まで高めることが前提です。
つまり、シビル・ミニマム以下の生活があれば、自治体としてその水準まで引き上げる責務を負うのは当然です。

■自治体は誰一人取り残してはいけない
水準を維持するとは、何もしなくてよいということではありません。むしろ、その正反対です。常に、あらゆるところに目を配り、改革を進めていかないと、水準を維持することは困難です。たとえば、驚異的なスピードで進む情報消費社会の果実を、自治体の政治行政に活かさなければなりません(現状の課題については、本書で触れています)。
特に、自治体の政治行政で重要なことは、市民一人ひとりの全員を対象にしていることです。この点が、一般の経済活動と大きく異なるところです。なぜなら、自治体は「開放的強制加入団体」だからです(太田 2015)。
市民は、今の自治体から別の自治体に移るという選択肢を持っていますが、決して自由気ままに移れるわけではありません。現実的には、何らかの事情によって、その自治体で生活することになる偶発性や必然性があるのです。
しかし、決して意思的にではなくても、選択した以上、強制的にその自治体へ属することになります。だからこそ、自治体の政治行政は、誰もが零れ落ちることのないように、市民一人ひとりの全員を対象にしなければならないのです。
一般の経済活動は違います。
もちろんビジネスの発展のためには対象を拡大したほうがよいかもしれませんが、網羅的に全ての人を対象にする必要はありません。特定の人に特定のサービスを提供するだけでも、持続可能であればビジネスは成り立ちます。
参考文献:太田匡彦(2015)「居住・時間・住民―地方公共団体の基礎に措定されるべき連帯に関する一考察」嶋田暁文・阿部昌樹・木佐茂男編著『地方自治の基礎概念――住民・住所・自治体をどうとらえるか?』公人の友社
■自治体の使命は稼ぐことではない
自治体の行政活動と一般的な経済活動を混同したのが市町村合併です。合併すれば効率化するという理屈は、経済活動では成り立つかもしれませんが、自治体の行政活動では成り立ちません。自治体の行政活動は、そこにいるすべての人を対象にしなければならないからです。
国の地方創生政策では、「稼ぐ」実績を挙げた自治体を支援することが目指されました。当時の石破担当大臣も、頑張った自治体を応援する、と言っていました。
結果的に、「稼ぐ」条件の整わない地域は切り捨てられることになります。仮に、「稼ぐ」ことに成功したとしても、地域経済の循環構造を作らない限り、水が漏れるように「中央」へ還流してしまうので、持続可能性に欠けます。
国には国の役割があり、自治体には自治体のミッションがあります。地方創生政策に象徴される国の地域政策は、国の責任を自治体に転嫁し、自治体には自治体のミッションを見失わせます。一般的な経済活動のロジックを自治体の政治行政に持ち込もうとするからです。

自治体は、このような経済活動から距離を置くことに、その存在意義があります。自治体に属する一人ひとりの全ての人たちに対して、市民とともに定めた生活の最低基準(シビル・ミニマム)で、生活を維持できるようにすることが使命なのです。
逆に考えれば、そのようなセーフティ・ネットの存在こそが、経済活動を活性化する条件でもあるのです。
■災害が起きれば東京はパニックになる
社会問題が複雑化し、大災害やコロナ禍のような突発的な出来事が頻発するようになると、ますます自治体に求められる役割が肥大化します。たとえば、災害時に必要不可欠な避難所の環境整備は市町村の役割です。段ボールベッドや、生活環境を守るためのテントなどの設備は、徐々に整備されているとは言うものの、決して十分ではありません。
さらに現実的なことを言えば、避難者数に見合った避難所が確保されていません。大都市部では、ちょっとした河川氾濫の情報が出ただけでも、指定された避難所が避難者であふれてしまいます。
やむなく、損壊した自宅や車内で避難生活をおくれば、生命の危険と隣り合わせになるばかりか、支援物資も届きません。民間の事業所やマンションの空きスペースも、避難所として整備しておく必要があります。
当面の生活場所を確保する仮設住宅の整備は都道府県の役割です。こちらも木造による恒久化や「みなし仮設」制度など、少しずつ、工夫されてきていますが、ほとんどは原則2年で退居となるプレハブ住宅頼みになっています。
各地の被災地で、避難所や仮設住宅から出た後の住まいや生活に困難が生じるという課題が発生し、あるいはそれに伴う行政との紛争が起きています。
■誰のための、何のための組織か
これらの政策も、今日の生活を明日も維持する自治体のミッションに含まれます。むしろ、最大のミッションかもしれません。各地の被災地で見聞きしたことを踏まえると、このような緊急時に、自治体がそれなりの役割を果たしてくれさえすれば、自治体の存在意義があると思えるくらいです。
ここでの重要なポイントは市民自治です。市民がガバナンスできる自治体であることです。一般的な経済活動のポテンシャルや知恵を活用することは重要ですが、市民がガバナンスできなければ、ただ誰かに利用されるだけになってしまいます。
また、市民活動が、のびのびと地域で活動できる環境づくりは大事ですが、市民活動を自治体の政治行政が束ねたり、それらの活動に依存したりすることは、むしろ市民活動の活力を削ぎます。
仮に不祥事のようなことがあっても、最終的には市民自治が機能して、問題を明るみに出すことができれば、それは自治体の強みになるのです。
過疎ビジネス』によれば、町議会がまとめた百条委員会報告書の記者会見で、かつてA社から議員が「雑魚」と呼ばれていたことについて、今はどう思うか、という質問がありました。それに対して百条委員会で委員長を務めた議員は、「雑魚でも生きていますから」と答えたとのことです。
■大都市は分割すべきだといえる理由
私はこの部分を読んで、思わず目頭が熱くなりました。
人口8000人程度の小規模な自治体で、市民自治が生きていたことを知らされたからです。こう考えると、市民がガバナンスできる範囲こそが自治体の最適規模ではないかと思うのです。
地域環境や人口密度にもよるので、最適規模を人口や面積などの数値で示すことは困難ですが、少なくとも身の回りの生活圏(面識社会)から議員を出せないような市町村の規模は過大です。都道府県に匹敵するような広大な面積を所管する市町村は、もはや自治体としての基礎的な条件を満たしていないのではないかと、私は考えます。
指定都市市長会(全国に20ある指定都市の市長で構成される団体)は、新たな大都市制度である特別市の法制化という提言を出しています。市民自治の立場から、私としてはむしろ、大きすぎる指定都市を市町村に分割し、指定都市は自らが県になるくらいのことを覚悟するべきではないかと思います(法制的には現状でも可能です)。
提案されている新たな大都市制度では、ただ単に、指定都市の市長権限を強化する結果となり、市民自治からさらに遠く離れてしまうことになりかねないからです。

----------

今井 照(いまい・あきら)

公益財団法人 地方自治総合研究所特任研究員

1953年生まれ。東京大学文学部社会学専修課程卒業。東京都教育庁(学校事務),大田区役所(企画部,産業経済部など),福島大学行政政策学類教授,地方自治総合研究所主任研究員などを歴任。著者に『未来の自治体論――デジタル社会と地方自治』(第一法規)、 『地方自治講義』(ちくま新書)、『図解よくわかる地方自治のしくみ(第7次改訂版)』(2011年、学陽書房)などがある。

----------

(公益財団法人 地方自治総合研究所特任研究員 今井 照)
編集部おすすめ