高市早苗首相は19日、衆議院を解散すると表明した。選挙の争点は何になるのか。
キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁研究主幹は「自民党も、立憲民主党と公明党が結成した『中道改革連合』も物価高対策として食料品の消費税ゼロを打ち出しているが、これでは争点がない選挙になってしまう。物価高対策に取り組むなら、国民が困っているコメ価格を下げる政策を打ち出すべきだ」という――。
■「食料品の消費税ゼロ」は自民党による争点つぶし
各種世論調査で物価高対策が選挙での最大関心事となっている。
高市総理は、今回の総選挙を「高市早苗が総理大臣でよいのかどうか」という高市信認選挙だと言明した。立憲民主党と公明党が結成した新党「中道改革連合」は19日、基本政策を発表し、「生活者ファースト」を政治の原点に据えるとした。
いずれの陣営も物価対策を意識したのだろう。双方とも食料品の消費税ゼロを提案している。対立するから争点なのに、これでは選挙の争点はなくなるのではないだろうか? 単に「高市早苗」が好きか嫌いかだけの選挙になってしまう。圧倒的に高い支持率に支えられている高市総理の思うつぼではないだろうか? これで「中道改革連合」は選挙を戦えるのだろうか?
おそらく高市総理をサポートする人が知恵を出したのだろう。これは選挙の争点をつぶす企みである。高市総理の絶対負けない後出しジャンケンである。「中道改革連合」には、このような策士はいないようだ。

しかし、この2年近く、国民・消費者の関心を集めてきたのは、コメである。24年夏にスーパーの店頭からコメが消え、その後農水省がコメの値段は下がると言ったのに逆に高騰した。コメこそが物価上昇の核心である。2025年11月の消費者物価指数は2020年を100として113.2。つまり13.2%の上昇である。生鮮食品を除く食料の物価指数は128.3。28.3%の上昇である。なかでもコメの寄与度は大きく、対前年同月比で37.1%上昇している。
次はコメの消費者(小売り)価格(精米)の推移である。2023年の倍以上の上昇である。
コメこそ物価高騰の中心的な品目であり、国民生活を苦しめてきた。それなのに、「中道改革連合」がなぜコメを争点にしようとしないのだろうか? 攻めるところはいくらでもあるはずだ。

■「農家・農協ファースト」の自民党
高市総理は農水大臣に鈴木憲和氏を任命した。
前政権と異なり、同氏はコメの値段を下げるどころか米価維持にまっしぐらの「農家・農協ファースト」を貫いている。JA農協と二人三脚で農政を行ってきた古い時代への復古である。新農水大臣は「物の値段は市場で決まるもので行政は価格に関与しない」という立場を繰り返している。消費者や生活者のことは眼中にない。「中道改革連合」は「生活者ファースト」を掲げ、「農家・農協ファースト」に対峙できるのではないだろうか?
図表2で昨年9月に価格がジャンプしていることが示すように、昨年9月25年産米が供給され始めてからの価格高騰はそれ以前の価格上昇とは異なる。図表2にある相対取引価格とはJA農協が卸売業者に販売する際の価格である。24年産の価格上昇は前年産の23年産米が猛暑によって40万トン程度影響を受け、その分24年産米を先食いしたために供給が不足して生じたものである。
ところが、25年産米は70万トンほど生産が増加した。本来なら米価が下がるはずなのに逆に上昇している。不足から過剰に変わったのに、米価は一段と上昇しているという不思議な現象が起きている。これは他の集荷業者が参入したため、24年産米の集荷率が低下したJA農協が、25年産米の集荷率を上げるため、通常の年なら農家に払う1万2000円の概算金(仮払金)について3万円を超えて支払い、それに手数料を加えて3万6000円で卸売業者に販売しているからである。

もちろん、供給が増えれば米価は下がるので、この異常に高い相対価格は維持できないはずである。しかし、JA農協は在庫量を増やすことで生産が増えても市場への供給量を増やさないようにできる。図表3が示す通り、昨年9月以降在庫は急増している。
■異常な高米価を招いた張本人・JA農協
つまり昨年夏までの需給を反映した価格上昇と異なり、現在のコメ価格の高騰はJA農協が人為的に引き起こしているのだ。
しかし、JA農協も、いつまでも在庫を抱え続けるわけにはいかない。コストがかかるからだ。ところが、農水省は備蓄米を70万トンほど放出している。残りの30万トンも家畜のエサに処分寸前である。適正な備蓄量に積み増すとして同省が70万~100万トン市場から買い上げると、JA農協の過剰在庫は消滅し、米価を維持できる。
おコメ券も特別な需要を作り上げてJA農協の過剰在庫を減少しようとしたものだ。米価はそのままなので農家は史上最高の米価の恩恵を受け続ける。おコメ券を受けられない消費者は高い米価を払い続ける。
高米価の根源に3500億円の減反補助金があるうえ、おコメ券も4000億円ほどの財政負担がかかる。マッチポンプ政策だ。
市場からの買い入れにも、とんでもない財政(納税者)負担がかかる。10万トンで600億円。70万トンなら4200億円となる。JA農協のために国民の負担で高いコメの価格を維持しようとしているのだ。もちろん、消費者は高い価格を払い続けることになる。
生産者の利益は十分に考慮するが消費者の利益は考慮しない。犠牲者は多数の消費者と納税者だ。自民党農政は一部の奉仕者であって全体の奉仕者ではない。
■このままでは26年秋以降も高いまま
それだけではない。農水省は需要に応じた生産と称して減反(生産調整)を法律に規定しようとしている。
つまり、今年の秋以降も米価は下げないということなのだ。
バブル米価で本来市場から退出するはずのコストの高い零細な兼業農家も農業を続ける。規模を拡大したい主業農家に農地は貸し出されない。それどころか、農地を貸していた元農家が自分で作りたいとして主業農家から農地を貸しはがす事態も起きている。健全な農業を作るための構造改革は頓挫する。
高市氏の支持率は高いが、国民はコメ政策には怒り心頭だ。JA農協をパートナーとする自民党は米価を下げられない。これは同党の弱点である。「中道改革連合」がコメを争点化したら、突っ込みどころ満載ではないだろうか?
「生活者ファースト」を政治の原点に据えるという「中道改革連合」は、なぜコメを争点にしないのだろうか?
■消費税よりコメ対策だ
ゼロにするという消費税の対象は食料品すべてである。これには主食であるコメなどの必需品だけでなく、キャビアや高級ワインなど所得の高い人が購入する奢侈品も含まれている。貧しい人が買わない奢侈品について消費税を課しても逆進性の問題はない。必需品より奢侈品の方が単価は高い。

飲食料品の消費税をゼロにすれば所得の高い人の負担が軽減されるだけでなく、貧しい人のための政策に必要な税収も失われる。
そもそも28%も食料品の価格が上がっている。8%の消費税をゼロにするよりも食料品の価格自体の対策を打つべきではないだろうか。つまり、コメ対策を争点にするのである。
■鈴木農水大臣は農家の味方でもない
かつて存在した日本社会党には貧農を救うべきだというドグマにとらわれた人たちがいた。自民党だけでなく野党にもこれと似た考えを持つ政治家が少なくない。しかし、今では農家所得は勤労者所得を上回る。農家は貧しくない。
また、農家票が逃げることを心配する必要はない。数年前まで玄米60キログラムあたり米価は高い時でも1万5000円ほどだった。ほとんどの農家は今の3万7000円の価格がバブルだと思っている。いずれバブルははじける。このバブルを維持しようとしている農水省が異常なのだ。
減反についても、規模の大きな主業農家は否定的である。増産を唱えた石破政権からの政策転換を好ましくないと思っている農家は少なくない。コメの価格と数量はトレードオフの関係にある。数量(生産量)を減少させて米価を高く維持するというのが減反だ。小さな兼業農家はそれで良いのかもしれないが、コメ農業の将来を考える農家は、生産量が米価維持のための減反でどんどん減っていくことに反対する。
■国民無視の衆院選を許すな
米価が下がっても、EUのように財政から直接支払いを行えば主業農家の所得は維持できる。本業がサラリーマンの兼業農家の農業所得を補償する必要はない。高い米価にJA農協がこだわるのは、これによって零細兼業農家がコメ農業に滞留し、組合員であり続けてくれるので、農協は莫大な兼業収入を預金として海外等で資金運用できるからだ。
民主党の戸別所得補償も直接支払いの一種だった。しかし、民主党は減反を維持して米価を高いままにして、それに加えて戸別所得補償をすべての農家に払った。EUのように価格を下げて直接支払いをしたのではなかった。消費者は価格低下の恩恵を受けず、単に生産者が利益を得ただけだった。減反を廃止して米価を下げEUのような直接支払いをすれば、消費者も生産者も利益を受ける。
農家に補助金を出してコメの供給を減らす減反も米価が下がると市場から買い入れるのもおコメ券も、市場に介入して米価を上げるための生産者政策だ。他方で、関税の削減、輸入枠の拡大、先物市場の認可による公正な価格形成、農協への独占禁止法(不当な対価引上げ)の適用、減反の緩和・廃止など、下げるための消費者対策はいくらもあるのに自民党は行わない。
都市政党である日本維新の会は、そもそも減反廃止を提案していた。自民党と日本維新の会の齟齬(そご)を突くのも、攻めどころだろう。
問題は消費税ではない。コメなのだ。

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山下 一仁(やました・かずひと)

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。

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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)
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