2026年は丙午(ひのえうま)だ。女の子を産んで後悔しないだろうか。
社会学者の吉川徹氏は「1966年の『ひのえうま』生まれの女性3000人を対象に調査を実施したところ、人生で『損をした』『得をした』人の割合がわかった」という――。
※本稿は、吉川徹『ひのえうま 江戸から令和の迷信と日本社会』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■「ひのえうま」生まれの人生を調査
昭和のひのえうまの人生の諸局面におけるメリット/デメリットの実態がどのようなものであったのか。昭和のひのえうま前後の生まれの女性だけに絞って、十分なケース数のある調査を新たに実施し、50代後半になった時点で彼女たちが振り返った人生をみることにしました。
調査内容は、母親の生年、きょうだい順位ときょうだい数、学歴、職業経験、結婚、子育て、孫の有無、人生についての評価などで、ここまでに示してきた事実を再確認する項目も一部含まれています。
調査方法はインターネット調査で、クロス・マーケティング社の登録モニターを利用しました。対象は、昭和のひのえうま前後、1965(昭和40)年、1966(昭和41)年、1967(昭和42)年の3カ年に出生の女性各1000人、計3000人です。無作為抽出によるものではありませんが、既存調査の同じ年齢幅のデータと比べると、おおよそ10倍のケース数があります。
調査実施は2024(令和6)年6~7月で、対象者が56~59歳の時点での回答となります。残念ながら、男性は調査対象としていません。
昭和のひのえうまとその前後の生まれの女性たちについて、先述した(A)(B)(C)

の3つの出生グループに前後の生年集団を加えた5つの出生グループに分けてみていきます。
(1) 前年生まれ(1965年1~12月生まれ)

特性:●迷信対象外(出生減なし)、●ひのえうま学年外

(A)ひのえうまの早生まれ(1966年1~3月生まれ)

特性:〇迷信対象(出生減あり)、●ひのえうま学年外

(B)ひのえうまコア・グループ(1966年4~12月生まれ)

特性:〇迷信対象(出生減あり)、〇ひのえうま学年

(C)翌年の早生まれ(1967年1~3月生まれ)

特性:●迷信対象外(出生減なし)、〇ひのえうま学年

(2)翌年の次学年(1967年4~12月生まれ)

特性:●迷信対象外(出生減なし)、●ひのえうま学年外
データ全体の数値からは、この3カ年に出生した女性たちの標準的な人生の歩みを知ることができます。
そして(A)(B)(C)グループの結果をみることで、昭和のひのえうまの特性を知ることができます。
■「ひのえうま」生まれは「姉」が多い
出生についての情報をみると、母親生年の平均は1938~39(昭和13~14)年であり、出産時母親年齢は、おおよそ27~28歳であったことがわかります。これは人口動態統計からみた結果と一致しています。そして、母親生年には出生グループ間の異なりはほとんどありません。
出生順位では、一人っ子の比率は15%前後で出生グループ間の差はみられませんが、弟妹がいる長子つまり「お姉さん」の比率は、(A)1966年早生まれで48.4%、(B)1966年コア・グループでは46.4%と、他より5%ポイントほど高く有意差があります。母親たちに対する受胎調節実地指導の意図せざる結果が、60年後にもなお、はっきりと確認できるのです。
きょうだい数はいずれも2.3人前後で、ひのえうまだけの特性はみられません。この数は、1960年代中盤の出生動向調査における完結出生児数とほぼ一致しています。
■学歴と結婚に対する影響
最終学歴については、出生グループごとにごくわずかな違いがみられます。(A)1966年早生まれでは、短大卒が他より3%ポイント程度、四年制大学卒が他より2%ポイント程度少なくなっているのです。そして(B)1966年コア・グループでは、短大卒比率が23.2%と若干高くなっています。これらは、ひのえうま周辺学年の高等教育進学状況の異なりと対応した比率ですが、この調査のケース数でも、いずれも統計的に有意な差ではありません。

続いて、迷信の焦点である婚姻について、50代後半に至った時点で尋ねた結果をみてみましょう。次にはひのえうま周辺の各生年の婚姻形態を男女別に示しています。データは2020(令和2)年国勢調査で、同年の全数確定値です。調査のタイミングから、いずれの生年も人口動態調査の生涯未婚率(50歳時未婚率)とほぼ同じ値が得られています。
グラフ全体から読み取れるのは、この生年周辺の日本人男女の既婚率は7割前後、未婚率は男性が2割前後、女性が1割前後であり、男女ともに生年が若くなるにつれて、徐々に未婚化が進行しているということです。
■「夫を食い殺す」俗言の信憑性は
そんななかで、1966年のひのえうま生年だけに、特別な力が加わっているかということが見極めるべき点ですが、結果は一目瞭然です。まず離死別については、前後の年と同様に12%弱であり、「夫と結婚を繰り返す」、「七人の夫を食い殺す」などという俗言は、今さらながら否定されます。
未婚率は、1966(昭和41)年生まれの女性では14.6%、男性のほうは22.7%です。「女性の8人に1人以上、男性のほぼ4人に1人が未婚で還暦!?」というのは、全数データをみた動かしがたい数値であるとはいえ、同年生まれの私にとっては、にわかには受け止めがたい現実です。もっとも、男女ともに趨勢(すうせい)に従った結果であり、やはりこの年だけの特異な動きは確認できません。
続いて、夫(初婚時)との年齢関係をみましょう。江戸期には、ひのえうま女性は不相応な相手との結婚を強いられたとされますが、この「不相応」には、女性が初婚であるときに相手が再婚であったり、身分が釣り合わなかったりということのほかに、年齢が離れているということがありました。
また、これとは全く別の観点として、相手となる男性のコーホートサイズ(同年に生まれた人口の多さ)の凸凹が、女性の婚姻のチャンスに影響している可能性(マリッジ・スクイーズといいます)も、みておく必要があります。
そこで、各出生グループの初婚の結婚相手(夫)の生年の分布をみてみました。その結果をグラフで示しています。ここからは、この生年前後の女性たちは、全般的に自分と同年か、数歳年長の男性を配偶者とする傾向にあり、とくに知り合う機会の多い同年結婚の比率が高いことがわかります。
■「ひのえうま」生まれは誰と結婚しているか
出生グループごとの差は、いずれも結果としては有意なものではありません。けれども、分布の形状が1965年コアと1966年早生まれのグラフ、1966年コアと1967年早生まれのグラフで類似していることから、夫の年齢については、暦年ではなく学年を単位として傾向を考えるべきであることがわかります。
そしてひのえうま学年では、同年結婚の比率が前学年に比べてやや低く、前学年では逆に同年結婚の比率が高く、1歳下のひのえうま男性との結婚の比率が低くなっています。
1967年コアの分布では、夫の年齢にひのえうま前後の山―谷―山の人口分布が反映されています。いずれも、女性側からみた夫婦の年齢差が、マッチングの相手側の男性のコーホートサイズの影響を受けて、少しずつ異なっているものと解釈できます。この傾向は赤林(2007)の分析でも示唆されています。しかし、ひのえうま女性が忌避されたり、不相応な相手との結婚を余儀なくされたりした形跡は、夫年齢からは読み取ることができません。
初婚年齢は、どの出生グループもおおよそ27歳前後であり、夫との年齢差は2歳前後で、これも人口動態統計と整合する結果となっています。
ここでもひのえうま女性の婚期の遅れは一切確認できません。
■恋愛結婚の増加による影響は
初婚の夫と知り合ったきっかけについては、この生年世代では見合い結婚が5%前後にとどまっていることがわかります。ひのえうま生年が重要な意味をもつのはお見合いをした場合です。その比率が著しく小さくなっていることは、弘化や明治のひのえうまとの大きな違いだといえます。しかしここでもまた、前後の生年間の出生グループごとの違いはみられず、ひのえうま生まれのために、特段の不利益はなかったようです。ちなみに恋愛結婚は約66%、友人・知人・親戚の紹介は約21%です。
さらに、未婚率や離死別率、結婚年齢、知り合うきっかけ、配偶者の年齢などのいずれについても、旧来いわれてきた厄難の形跡を確認することはできませんでした。昭和のひのえうま女性には、婚姻をめぐる不利益はなかったことが、エビデンスに基づいて断言できるのです。
思い返すに、1989(平成元)年の礼宮文仁親王(今の秋篠宮皇嗣)の婚約が発表されたとき、お相手(紀子妃)がひのえうまの生まれであることが話題になることはありませんでした。1987(昭和62)年に始まった「サラリーマン川柳」の入賞作をみても、江戸期のようにひのえうまの婚姻を詠んだものは、一句もありません。
ひのえうま迷信は、出生時にはあれほど大騒ぎになったにもかかわらず、肝心の婚期には、もはや人びとにほとんど取り合われていなかったのです。享保以降のひのえうまの歴史において、女性の婚姻厄難が生じなかったのは、昭和のひのえうまが初めてのことです。
社会的事実としてのひのえうまの婚姻厄難は、ここで消滅してしまったといえるでしょう。
■人生で「悲痛な経験」をした割合は
続いて、結婚後の家族形成についてみていきましょう。子どもがいる女性は、全体の6割前後で、第一子出生年は28歳前後、完結出生数にあたる子ども数はいずれも1.8~1.9であり、一世代前より0.4人ほど子ども数が少なくなっていることを確認できます。しかし出生グループ間に有意な差はなく、やはり、昭和のひのえうま女性が家族に恵まれないということはないことがわかります。
人生における不幸や不利益については、浪人、留年、失業、解雇や雇止め、配偶者との離死別、大病の経験などを尋ねましたが、いずれも出生グループ間に差はみられません。失業については、ごくわずかにひのえうま学年の経験率が高く、その分、不利益を一切経験していない人の比率が他より若干低くなっているようにみえますが、これも有意な差ではありません。
50代後半に至った現在の暮らしぶりをみると、いずれの出生グループも、早期退職者を含む専業主婦率はほぼ3割であり、孫がいる、すなわち祖母となっている女性の比率は15%前後です。全般に、穏やかに壮年期を迎えているという印象をもつ結果です。
以上、昭和のひのえうま女性の人生について、新たに実施した調査のデータを用いて、周辺生年との異なりを確認してきたのですが、調査を実施した私の思惑に反して、昭和のひのえうま生年、昭和のひのえうま学年に特有の傾向が見出されることは、ほとんどありませんでした。昭和のひのえうま女性には、婚姻に限らず人生全般において、悲痛な経験は一切みられないのです。
■同年人口の少なさによるメリットも
昭和のひのえうまの人生を顧みると、学齢期と高卒就職/大学受験では、コーホートサイズが小さいことによるメリットが確かにありました。ただしその有利さは、ひのえうま生年ではなく、ひのえうま学年が同年集団とみなされることから、いくぶん緩和されたものになっていました。
加えて、学級数や募集定員の調整がなされていたために、少人数であることのメリットはさらに減っていました。昭和のひのえうまは、確かに得をした人びとではあったのですが、それは人口ピラミッドの切り欠きの深さをそのまま反映した大きさではなかったのです。
社会に出てからは、この生年に生まれたことのメリットは、コーホートサイズではなく、バブル経済などの時代的幸運に移り変わるのですが、周辺の生年とともに有利な歩みを進めることができました。そして女性に注目した調査の結果からみた婚姻や家族形成では、迷信による厄難が見出されることはありませんでした。
以上から、客観的にみると、昭和のひのえうまの人生は、他の生年世代の人びとよりは少しだけ幸運なものであったということができます。「何かと得をした人たちだった」というのは事実ではありますが、驚くほどのメリットがあったというわけでもなかったのです。では、当人たちのひのえうま生まれに対する主観的な思いはどうなのでしょうか。
■ひのえうま生まれ本人の「人生に対する感想」
最後に、「壮年女性3000人の人生調査」から、人生についての認識を問う、次の3つの質問の回答傾向をみてみます。
(1)これまでの人生において、ご自分の生まれ年で得をしたことがありましたか。

(2)これまでの人生において、ご自分の生まれ年で損をしたことがありましたか。

(3)あなたは、ご自身の生まれ年について、その年に生まれてよかったと思いますか。
結果は次のグラフに示しています。
まず「人生において得をしたことがあるか」については、統計的に有意な出生グループ間の異なりが認められます。(B)ひのえうまコア・グループにおいては、得をしたことが(よく/ときどき)あったという回答が約22%と、他よりも5%ポイントほど多くなっているのです。
ところが、「人生において損をしたことがあるか」という問いについても有意な差がみられ、同じ(B)ひのえうまコア・グループにおいて、損をしたことが(よく/たまに)あったという回答が25%を超えており、他の出生グループよりも6~14%ポイント多くなっているのです。
「損をした」とは、いったいどんな経験が念頭にあるのか、この調査からはわかりません。おそらくは、「ひのえうま女性は気性が荒い」などという決めつけをされたのが嫌だったというような経験によるのでしょう。何しろ、ほかの生年では、生まれ年に関して何かを言われることは全くないわけですから。
■「ひのえうま生まれ」で良かったのか
ここからわかるのは、昭和のひのえうまのうち、暦年と学年が一致するコア・グループでは、この年に生まれたことについて、「得もしたけど、損もした」、という他の出生グループとは異なる人生評価をしているということです。これは、ひのえうまに生まれたということを常々意識しているために、そこに利害の原因を帰属させがちであることによると考えられます。
けれども「その生年に生まれてよかった」と思うかどうかという評価をみると、このような功罪相半ばする認識のためか、ひのえうま生年の3出生グループの回答分布は、いずれも周辺の生まれの人たちと大きく異なるところはありません。
(B)ひのえうまコア・グループの回答について、この年に生まれてよかったと思うかの賛否の比率をみると、「ややそう思わない」と「そう思わない」、を合わせた否定回答は、9.9%にとどまっています。しかし「そう思う」と「ややそう思う」を合わせた回答は、34.1%で、この問いへの肯定率は否定率の3倍以上です。この肯定傾向は、他よりもわずかに高いものですが、統計的には有意な差ではありません。
それでも、昭和のひのえうま女性たち当人は、ひのえうまに生まれたことについて、特段に恨みに思っているわけではなく、多くがこの年に生まれてよかったと評価しているといえる結果です。
昭和のひのえうま女性たちが、壮年期に至って顧みるとき、その半生における「ひのえうま」の意味は功罪相半ばしたもので、禍福はあざなえる縄の如し、というところなのでしょう。

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吉川 徹(きっかわ・とおる)

大阪大学大学院 人間科学研究科教授

専門は計量社会学、特に社会意識論、学歴社会論。SSPプロジェクト(総格差社会日本を読み解く調査科学)代表。著書に『現代日本の「社会の心」』(有斐閣)、『学歴分断社会』(ちくま新書)、『学歴と格差・不平等』(東京大学出版会)、『階層・教育と社会意識の形成』(ミネルヴァ書房)、『日本の分断』(光文社新書)、『ひのえうま 江戸から令和の迷信と日本社会』(光文社新書)などがある。

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(大阪大学大学院 人間科学研究科教授 吉川 徹)
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