※本稿は、加山竜司『「推し」という病』(文春新書)の一部を再編集したものです。
■1万枚以上のCDを買った「トップオタ」
「総選挙の時にはシングルCDを1000枚買いました。大場美奈のために買ったCDは、合計1万枚は余裕で超えてますよ」
【かちょす】と名乗るその男は、こともなげに呟いた。
アイドルグループ「AKB48」の2010年代におけるビジネススキームは、ファンに同一のCDを複数枚購入させようと誘導したところに特徴があり、俗に「AKB商法」と批判された。
同梱された握手券やAKB48選抜総選挙の投票券を目当てに、多くのオタクがCDを複数枚購入した結果、世間にも「AKBオタク=CD大量購入」のイメージは定着したことだろう。CDを買えばアイドルと触れ合えるわけである。この手法は「握手券商法」ないしは「接触商法」とも揶揄された。
もちろん、接触商法は「AKB48」だけの専売特許ではない。
たとえば「モーニング娘。」の場合、1998年にシングル「モーニングコーヒー」でメジャーデビューをした際には、全国14カ所でメジャーデビュー記念握手会を行っている。あるいは演歌の世界では、歌手本人がスナックなどで手売りするケースが昔からあり、接触商法自体は芸能界で慣例化していたものだ。
そのシステムから得られる利益を最大化したのが「AKB48」であった、というだけの話である。
ただ、「AKB48」が躍進した2010年は、音楽業界全体の売上が落ち込み「CD不況」が叫ばれていた時期であったから、セールスランキングの上位を独占したことで目立っていたのも事実だ。
2010年のオリコン年間ランキングシングル部門では、1位「Beginner」、2位「ヘビーローテーション」、5位「ポニーテールとシュシュ」、8位「チャンスの順番」と、トップ10中になんと4曲も「AKB48」の楽曲がランクインしている。
冒頭の発言をした【かちょす】は、実際に「AKB48」のCDを大量購入していた当事者であり、ファンの界隈では「TO(トップオタク)」のひとりとして認知され、テレビや雑誌でもたびたび取材されてきた。
TOはそのジャンルの界隈では、ちょっとした有名人でもある。
■「団塊ジュニア世代」が推し活にハマった背景
元来、「オタク」という語句には、侮蔑的もしくは自嘲的な意味合いが込められており、NHKでは2000年代の前半までは、言い換えを必要とする用語として扱われていた。
しかし、現在のアイドル界隈では、「ファン」を「オタク」と呼ぶことが常態化している。もはや「オタク=ファン」は同義語のように扱われ、アイドルが公の場で「私のオタクが~」と発言することも珍しくない。かつてのマイナスのイメージは完全に払拭されたといえる。
それにしても、シングルCD1枚の値段が1000円として、1000枚も購入すれば100万円だ。本来なら1枚あれば十分な商品を1000枚も購入するのはどのような心理なのか。何が彼を、過剰なまでの「推し活」に駆り立てたのだろうか。
1971年生まれの【かちょす】は現在53歳(2025年3月の取材当時。
フリースジャケットをラフに着くずし、目元には笑いじわが刻まれていて、親しみやすい印象を受ける。第二次ベビーブーム世代、いわゆる団塊ジュニアだ。
彼らの青春時代は、ちょうどバブル経済(1986~1991年)のただ中だった。
世代人口が多く、好景気によって消費が拡大し、若者向けのカルチャーが花開いた時期である。Jポップ、アニメ、マンガ、映画などの各分野で先進的な作品や先鋭的なアーティストが数多く輩出され、団塊ジュニアは多感な思春期に豊かなポップカルチャーを享受しながら育った。
インターネット環境が存在しない時代に文化発信地の東京に住む利点は大きく、彼はポップカルチャーの揺籃期を身近に感じ、その文化資本をその身に蓄積しながら育った。アイドル文化も、そのうちのひとつであっただろう。
■1席10万円で「脳汁」が出る瞬間
【かちょす】は「最前・ドセン(最前列のセンターの座席)」に強いこだわりを持つが、それというのも「推し」からレスをもらうという目的があるからだ。
最前・ドセンを確保するために、現場でその席にいる人と交渉する。自分の席と交換してもらう、いわゆる「最前交渉」である。
「僕が通っていた当時、最前交渉も黙認されていました。
彼はこともなげに言うが、定価の10倍の金額である。
「なんとなく、高い金を払って観るライブのほうが脳汁が出るというか、テンション上がる気はします」
彼が言う「脳汁が出る」とは、興奮した時に脳内でドーパミンやエンドルフィンといった快感伝達物質が分泌される状態を意味する。実際に脳内物質が分泌されているかどうかは確認のしようがないが、いわゆる「興奮してテンションが上がる」ことを指す俗語だ。
結局、峯岸みなみの「推し活」には1000万円、大場美奈には2000万円を使っていた。
■マンションを売って“投票権入りCD”を大量購入
ここであらためて、冒頭の【かちょす】の言葉を思い出してほしい。「総選挙の時にはシングルCDを1000枚買いました。大場美奈のために買ったCDは、合計1万枚は余裕で超えてますよ」
「AKB48」の代名詞的なイベントと言えば「AKB48選抜総選挙」だろう。
早い話が人気投票である。
そんななか、「AKB48」オタクのあいだで、「【かちょす】がマンションを売って大場に投票したらしい」との噂がまことしやかに囁かれた。大場美奈を上位に押し上げるために、わざわざマンションを売却し、その資金で投票券入りのCDを大量に購入した――。
「それは完全なウソではないんですけど、誇張も入ってますね。実家が不動産関係の仕事をしていて、家族所有の誰も住んでいないマンションがあったので、それを売ったという話なんです。4人家族なので売値の4分の1が僕のところに入ってきて……、ただ、まあ、そのお金を『推し活』に使ったのはたしかです」
■CDを買いすぎて感覚が麻痺
それにしても、それほど大量のCDを一度に購入するとなると、それだけで一苦労だ。クレジットカードで購入すれば、信販会社から本人確認の連絡が来るだろう。
「もちろんそのままだとクレジットカードは止まりますよ(笑)。だから、事前にこちらからカード会社に連絡を入れるんです。『これから同じCDを大量に決済しますけど、本人ですからカード止めないでください』って。あと、当時は大手CDショップの正社員だったので、自分で仕入れて自分で社販で買うんです。ふつうはその量同じ店では買えませんよね。
社販で購入したCDは、当然ながら自宅には届かない。
「自分の車で自宅まで運びました。たまたま親が家に来たときに大量のCDを見られてしまい、『アンタお金大丈夫なの?』って呆れられちゃいましたよ」
投票数を増やせば「推し」の総選挙での順位が上がるから、よりたくさんのCDを購入する――。理屈はわかるが、そもそも「音楽を聴く」という本来の目的のためであれば、CDは1枚あれば十分だ。
そこに逡巡はあってもおかしくないはずだが、【かちょす】の中では「推す」という気持ちとCDを買う行為が同一化してから時間が経ちすぎて、もはや複数枚購入に対しての躊躇が完全になくなってしまっている。
■プライドを煽る“巧妙なシステム”
一般的に「推し活」における大量消費には、実用的な面とは別に、「顕示的消費」の心理が働いていると言われている。
顕示的消費とは「誇示的消費」や「見せびらかし消費」ともいい、周囲から羨望を得ることを目的とした消費行動のことを指す。アイドル、運営、オタク仲間からTOと見なされることで、それにふさわしい振る舞いをし、またTOとしての地位を守るための行動を取る。つまり個人的な消費というよりは、社会的行為としての側面が強い。
CDに封入されているのが「握手券」であれば、「推し」と接触する時間を延ばすという実利的な側面もあるが、誰に何票投じたのか開示されない「投票券」の場合、顕示的消費としての意味合いは強まる。
そして顕示的消費は、承認欲求と結びつく。
「自分はこれだけのコスト(時間、金、手間)をかけられる」と周囲に示せば、「さすがTO」と称賛される。
「大場オタクの総数から考えると、彼女は選抜(=16位以内)に入るような人気じゃなかったんです。それまでの最高順位は22位。だから世界選抜総選挙(2018年)の時も、僕の事前予想ではギリギリ16位に入れるかどうか、といったところでした。
だから大場オタクみんなで、どうにか16位に入れようとがんばったんです。僕も気合い入れて買いました。そうしたら8位という、思っていた以上の結果で、本当によかったですね。やりきった甲斐がありました」
AKB48選抜総選挙は、オタクのプライドを煽る巧妙なシステムとして機能した。
言ってしまえば「見栄を張るために」金を使っているようなものだ。【かちょす】にもそのような一面があるのは否めない。だが、彼が「推し活」に狂奔する理由は、はたしてそれだけだろうか。
■医師もあきれた「命がけの推し活」
【かちょす】の危うさを象徴するエピソードがある。2024年3月、彼が脳梗塞で倒れて入院した時のことだ。
「入院中にどうしても行きたい『TENRIN』のライブがあって、病院をこっそり抜け出してライブに行ったんです。運営の方が見つけてくれて、座って見られるように椅子を用意してくれました。
便宜を図ってくれてうれしかったんですけど、さすがにライブ中はちょっとクラクラしましたよ(笑)。でも久々のライブはやっぱり楽しくて、意気揚々と病院に戻ったら、ものすごい大ごとになっていました。警察を呼ばれていて、病院の人に相当怒られました。
『非常に申し上げにくいのですが、うちではこれ以上受け入れできません』と言われ、病院を出禁になりました。親も平謝りしてましたねぇ」
彼はまるで武勇伝でも語るかのように、笑いながら話してくれた。
■結婚よりも「推し」を選んだ男の本音
金も時間も、生命さえも「推し活」に捧げることは、アイドルオタクのコミュニティでは称賛されるのかもしれない。だが、世間の常識を大きく逸している。
「世間一般であれば、50を超えて結婚もせずにアイドルを追っかけてるほうが異常なのはわかってるんですけど、それはそれ。自分が楽しければいいんで。周囲からいろいろ言われても、全然恥ずかしくないですよ。逆に、誇りに思ってます。だって、他の人には味わえない人生を歩んでいると自分では思ってるからね」
後悔はない。そう言いきるが、生活のあらゆる局面で「推し活」が優先されてきた結果、婚期は逃した。
「自分の子孫を残せないのは、ちょっとさびしいかな」
後悔ではないにせよ、少しだけ弱気を覗かせた。「結婚するならアイドルがいいですか?」と意地悪な質問をぶつけてみると、【かちょす】は「そりゃあね」と苦笑する。
「でもホント、ぶっちゃけた話、『推し』のことは好きなんだけど、その子がアイドルを辞めちゃうと、なんかその、急に感情が冷めちゃうところはあります」
事実、彼は従前の「推し活」をなげうって、「推し変」を繰り返してきた。
「うーん、アイドルをしている人が好き……なのであって、だからアイドルを辞めちゃうと、そこまでの感情は持てないのかな……、っていう気もしちゃうんですよね」
アイドル卒業後、「推し」がセカンドキャリアとしてタレントや女優になることもある。
「実際に自分の『推し』がそうなってみないとわからないけど、大場の例もありますし……それだったら普通に現役でアイドルをやっている別の子を推しちゃいますね」
そう、新しい“運命”を求めて。
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加山 竜司(かやま・りゅうじ)
漫画ジャーナリスト、ライター
1976年静岡県生まれ。編集プロダクション勤務を経て、2005年にフリーランスに。『このマンガがすごい!』(宝島社)をはじめ、各メディアで漫画家へのインタビュー記事を多数執筆。片渕須直・こうの史代著『「この世界の片隅に」こうの史代 片渕須直 対談集 さらにいくつもの映画のこと』、後藤邑子著『私は元気です 病める時も健やかなる時も腐る時も イキる時も泣いた時も病める時も。』(ともに文藝春秋)を構成。著書に『「推し」という病>』(文春新書)がある。
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(漫画ジャーナリスト、ライター 加山 竜司)

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