■日本の養殖業を牽引し、輸出も盛んな「出世魚」
日本で一番養殖されている魚をご存じだろうか。農林水産省の令和6年漁業・養殖業生産統計によれば、答えは圧倒的にブリ類。ブリ、ヒラマサ、カンパチの3種で13万2100トンにも達し、2位のマダイ(6万8400トン)にダブルスコア近い差をつけている。さらに驚くべきは、天然ブリ類の漁獲高(約8万トン)をも大きく引き離し、いまや「ブリといえば養殖」がスタンダードになりつつある点だ。
縁起のいい出世魚として日本の老若男女に愛されているだけが生産量1位の理由ではない。アメリカや韓国を中心に輸出も盛んに行われており、2024年の輸出額は414億円。政府は2030年に736億円という高い目標を掲げており、国の戦略的輸出品目となっている。
養殖がどれほど隆盛でも「やっぱり天然のほうが品質は上でしょ」、とはブリに関しては言い切れない。普段は天然魚だけを扱っている鎌倉の鮮魚店「サカナヤマルカマ(以下、マルカマ)」も年末年始だけは鹿児島県長島町の生産者による養殖ブリを販売している。その理由をマルカマの企画・広報の狩野真実さんが説明してくれた。
「養殖は、天候が不順で天然物が安定しない冬場にも安定供給できるだけでなく、脂のりなどの品質が安定していて、寄生虫もいないからです。年末年始は家族が集まる特別なときなのでハズレは許されませんから。うちで扱っているのは生態系や資源の持続性にも配慮したエコラベル認証の養殖ブリです。丁寧な下処理を行い、鮮度抜群のままお届けしています」
なお、近年は養殖ブリ用の藻ジャコ(ブリの稚魚)不漁が続き、天然よりも養殖のほうが高価になるという逆転現象も起きている。用途と価格を考慮して、我が家に合ったブリを賢く買えばいいのだ。
■スーパーで血生臭いブリを避ける方法
と、ここまで書いておいて、実は筆者はブリがさほど好きではなかった。脂が強すぎるとたくさん食べられないし、特有の血生臭さが鼻につくことがあるからだ。こんな短見を払拭してくれるのが、マルカマでアドバイザーを務める元水産庁職員の上田勝彦さん。日本各地の漁業と魚食文化を知り尽くしている「魚の伝道師」だ。一口にブリと言っても、体長40センチほどのイナダ(関西ではハマチ)から体重10キロを超える巨大なものまでさまざまで、季節や産地によっても脂ののりや味わいが変わるという。
「いまや北海道を含めた全国各地でブリが水揚げされるようになった。しかも、1年中どこかで獲れている。
上田さんによれば、ブリは血が臭い魚の代表格。つまり、血の処理が生臭さの有無を左右する。獲ってからの扱いも重要なので、小売店で確認できる場合は「神経締め」や「活締め」のものを選ぶと良い。一方、血抜きもされていないブリは生臭い可能性もあるが、正しい下処理の方法を知っていれば大丈夫だ。
■「血生臭い」を払拭するプロの知恵
この日にマルカマで買えたのは60センチほどの鹿児島県阿久根産の天然ブリ。70センチ未満なので関東ではワラサ(関西や九州ではメジロ)と呼ばれるサイズだ。半身1.2キロで3750円。もちろん、あら(頭や骨など)も入れてほしい。サイズが大きすぎて使いにくい場合は、購入する際に「ブリ大根にしたいのであらを切り分けて」などと店の人に頼めばいい。
骨付きの半身のブリ。流水で洗ってから吸水布などで水気を拭く。このとき、切った面に布を当ててグッと押さえてやると、身のすき間や骨の中から血がにじみ出てくる。
あらはさらに血が多い。まずは氷水に浸けて軽くゆする。冷たい水で身を締めることで体液が押し出されやすくなるのだ。5分ほどで引き上げると、表面はふやけて白っぽくなっているが、塩をまぶして10秒ほど待てばその水分は抜けて色が元通りになる。流水で塩を洗い流せば、ほとんど臭みのないあらができあがる。
■切ることによる味の最適化=刺身
筆者が買ったブリは脂がほとんどなく、張りがあって引き締まっていた。こんなブリもあるんだな……。上田さんは、刺身、りゅうきゅう(胡麻あえ。大分の郷土料理だそうです)、しゃぶしゃぶで食感と味覚の違いを堪能することを提案してくれた。ここで重要なのは切り方だ。
「コリコリした食感の筋肉質のブリなので厚く切ってはダメ。
この刺身はりゅうきゅうにも使える。醤油を入れたボウルに、醤油の塩気が丸く感じるまでみりんを少しずつ加えてタレの味を決める。生姜、紫蘇、長ネギのみじん切りとブリの刺身をタレに入れて混ぜて、ブリがべっこう色になるまで置き、ザルで汁気を切る。すりごまを振って完成だ。熱いご飯にのせてもいいし、お茶漬けにすると魚がより柔らかくなってちょうどいいらしい。
■ブリしゃぶで迎える冬の食卓のクライマックス
そして、しゃぶしゃぶ。日本海で水揚げされる10キロ越えの「寒ブリ」の脂を溶かしながら食べるのが最高だが、今回のような硬めの若いブリの身を表面の加熱をすることによって食べやすくする効果もある。刺身よりも少し厚めに切っても食べ応えがあって良いかもしれない。
長ねぎは斜めに細切り、えのきと木綿豆腐は食べやすい大きさに切り分ける。鍋に水を張り、昆布を入れ、豆腐とあらを入れて火をつける。
あらから出てくるアクをすくったら準備完了。長ネギ・えのき・ブリを好きなように入れて火が通ったものからポン酢やレモン醤油で食べる。上田さんはこの料理を「協奏曲(コンチェルト)」と呼ぶ。
「魚というソロ楽器と、野菜や豆腐のオーケストラが響き合い、最後は雑炊というクライマックスを迎えるからね」
こんな気分でしゃぶしゃぶしたら、冬の食卓も華やぐ気がする。
■生臭さは一切なし。さっぱりと食べやすい
ブリの半身を持ち込ませてもらったのは千葉県浦安市で一人暮らしをしている叔母の家。元後輩だという52歳のA子さんとその息子くん(22歳)も招いてくれた。1.2キロもあるので、大人4人でも十分に満腹するだろう。
まずは刺身。切りながら試食したところ、思った以上に張りがある。
我ながら驚いたのは血生臭さが一切ないこと。血抜きされたブリを買い、さばく過程でさらに血をしっかりと拭い取った成果である。
「さっぱりとして食べやすいですね。ブリは脂でダルダルなイメージがあるけれど、まったく違うので驚きました」
自他ともに認める飲食好きだというA子さんが笑顔で評価してくれた。確かに、ブリの概念を覆すような刺身だった。
ただし、やはり食感が強すぎるのでさほど箸は進まなかった。残りの刺身はりゅうきゅうとしゃぶしゃぶに回そう。
りゅうきゅうのお茶漬けには煎茶よりもほうじ茶の香りが合うと判断したのは叔母。それが正解だった。ブリ独特の匂いとほうじ茶の香ばしさが混ざり合い、生姜、紫蘇、長ネギの薬味が加わると、ブリそのものの味が際立つように感じた。
「おいしいです!」
さきほどまで静かに食事していた22歳が急に力強く発言。正直な若者だな。
■「人生を損しないため」に食べるべき魚
そして、メインディッシュのしゃぶしゃぶ。茶漬けよりもさらに火が通った状態になるが、煮たわけではないのでブリの味はしっかりと残っている。
「ブリは加熱するとボロボロになるかパサパサになるイメージだったけれど、このしゃぶしゃぶはまったく煮崩れしないね。刺身ではコリコリしていたのが、サクサクの歯応えになった!」
若々しい叔母もすでに60代。脂っこさは皆無で、ブリ本来の味をしっとりと楽しめるしゃぶしゃぶを大いに気に入ってくれたようだ。
1.2キロの半身を携えて料理し、20代、40代(筆者)、50代、60代の大人4人で囲んだ食卓。「ブリ=脂でダルダル」「ブリ=血生臭い」というかつてのイメージは、正確な知識と丁寧な処理によって完全に上書きされた。
養殖技術の進化で安定した品質を享受でき、天然ものの多様性も楽しめる。世界が認めた日本の魚、ブリ。食わず嫌いをするにはもったいなさすぎる魚だ。
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大宮 冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター
1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せの見つけ方~』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。
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(フリーライター 大宮 冬洋)

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