2025年12月6日に起きた中国軍機による航空自衛隊戦闘機へのレーダー照射事件。自衛隊の戦闘機は対領空侵犯措置としてスクランブル(緊急発進)をしていた最中の出来事だった。
航空自衛隊OBで千葉科学大学教授の松家秀平さんは「中国は何をしてくるかわからない状態になったと言っていい」という。ジャーナリストの湯浅大輝さんが取材した――。
■銃口を突きつけられた空自のパイロット
「1回1回のスクランブルの質的条件が悪化している。中国軍機が『何をしてくるか分からなくなったから』だ」
こう分析するのは、航空自衛隊OBで現千葉科学大学教授の松家秀平氏だ。
12月6日に中国のJ-15戦闘機から約30分にわたってレーダー照射を受けたのは、スクランブル(緊急発進)していた日本の戦闘機のF-15。防衛省の発表によると、同日18時37分頃から19時8分頃にかけて、沖縄本島南東の公海上空で演習中の中国空母「遼寧」から発艦した中国軍機がレーダー照射を断続的に行った。
「(レーダー照射を受けたパイロットは)気が気ではなかっただろう。火器管制レーダーの照射を30分も受けるというのは『引き金に指が入ったまま、銃口を突きつけられた』状態だったからだ」(松家氏)
日本の空の守りに異変が生じている。中国は軍拡に邁進し、高市首相の「存立危機事態発言」以降、日本にさまざまな経済的・軍事的圧力をかけている。
■スクランブルとは何か
そもそも、スクランブルとは何か。外国の航空機による領空侵犯のおそれがある場合、主権国家として領空を守るべく、空自が「警察権」を行使し、戦闘機を発進させ、当該航空機に対して監視や退去警告をする活動だ。
スクランブルの回数は、2023年度は669回、2024年度は704回と、700~1000回で推移している。
中でも、近年は中国の航空機の割合が高い。2022年度は約74%、2023年度は約72%、2024年度は約66%である。
スクランブルにおいて、中国の割合が高い中で、今回の事案のように「何をしてくるか分からなくなった」のが現実だ。緊張感が増す「空の守り」の現場で、一体何が起きているのか。
■本格化する中国のエスカレーション
まず中国側の狙いについて分析しよう。松家氏は、中国の軍事活動の目的は、中国共産党の政治思想を背景に、軍事的な野心のみならず、国内世論の統制、疲弊する国内経済からの目眩しなど複合的な動機から成り立つと読み解く。
「中国軍は2025年11月に空母3隻体制を確立させた。これにより、空母から発艦する戦闘機の運用・訓練・整備のローテーション能力が飛躍的に向上したことに加え、第二列島線(伊豆諸島・小笠原諸島・サイパン・グアム・パプアニューギニアに至る中国の対米防衛ライン)への進出もすでに視野に入り、現実化している。日米両国への圧力を強化している形だ。現に、12月6日のレーダー照射も、沖縄本島南東公海で空母打撃群が演習していたときのものだ。この距離感であれば、日本側は九州地域まで緊張感が走る。軍事的には『平時の運用は作戦準備も兼ねている』というのが常識で、奇襲も十分考慮しておく必要がある」
■中国による奇襲リスクの高まり
「中国が示威活動を強める理由のうち、軍事的な動機はもちろん、国内の経済問題も考えられる。
特に地方では経済的に疲弊しており、共産党指導部は国内世論を統制すべく『強い中国』を全面に打ち出したいという格好だ。先の『存立危機事態になり得る』という高市発言に関しても、中国側は日頃から日本の『失言』を待ち構えており、少しでも示威活動に使えそうな材料を探していたと考えられる。中国指導部は歴史的に自国に有利な『口実』を見つけるという政治スタイルを踏襲している」(松家氏)
このような明確な軍拡路線の中、航空自衛隊にとってどんな危機が想定されるのか。松家氏が指摘するのは、中国の「奇襲」リスクが高まっている点だ。もちろん、現実的に奇襲を行うメリットがなければ奇襲は行われない。ただ、奇襲の可能性を100%否定できない場合、軍事的には身構えを崩せないという。
「中国軍機におけるスクランブル措置は南西部に集中しているが、このエリアにおいて1回1回のスクランブルの緊張感が増している。2016年以前は中国軍機の飛行ルートがパターン化されており、日本側も把握しやすかった。しかし近年は、『どこから、どんなルートで中国軍機が飛んでくるか、期間や頻度など』が非常に分かりにくく複雑化している。また2025年11月の空母3隻体制確立以降、日本に対して領空侵犯しやすい体制をつくったことは言うまでもない。日本側としては空母打撃群と空母で発着を繰り返す中国軍機を常時モニターせざるを得ない」
■組織的判断より危険なこと
12月6日のレーダー照射時も、日中間の緊張が高まっていた。
「中国側は捜索レーダーを使ったという主張をしているが、状況証拠としても、技術的にも、『ミサイルを打つぞ』という目的の火器管制レーダーを使ったことはほぼ間違いないだろう。
中国も日本のスクランブル機を監視しているはずで、12月6日は『(レーダーを照射している中で)どこまで日本側が耐えられるのか、どのように反応するのかを見極めよう』と判断した可能性も捨てきれない」(松家氏)
松家氏はまた、中国共産党指導部と人民解放軍、組織の末端の軍人のパワーバランスにも注目する。
「危険なのは、中国軍機による今回のような行動が中国軍の組織的判断ではなく、組織の末端の個人のパイロットによる判断で為される場合だ。組織的な動きであればある程度行動にもブレーキが効く。ところが個人が共産党・軍指導部への評価を意識し、アピールとして日本を過剰に刺激する可能性もある。パイロット個人による暴走が、直接戦争の火種につながることも考えられ、非常に危険である」(松家氏)
■ミスが許されないスクランブル
スクランブルの1回1回の危険度が高まっている状況の中、自衛隊はどのように対応しているのだろうか。
そもそも、小泉防衛大臣も「スクランブルは隊員の負担が大きい」と話したように、スクランブルを行うパイロットは重責を担っている。24時間体制で命令を待機し、発進命令があれば一目散に戦闘機に乗り込む。
「スクランブル隊員は精神的・肉体的に負担が大きい。24時間体制でシフトを組み、待機室ではリラックスしているものの、頭・身体のどこかで緊張感を常に維持させなければならない。体調不良になることは許されないし、慣れによる緩みも厳禁。パイロット個人としても、組織としても難しい仕事だ」(松家氏)
松家氏はまた、スクランブルにおいてはパイロットの負担はもちろんのこと、地上の管制司令部(防空指揮所)も領空侵犯の可能性のある外国の航空機を常に見張っている状態であり、機体の整備士を含め、総力体制で行っているという。
「司令部(防空指揮所)が防空識別圏(ADIZ)に入ってきた航空機に対して、スクランブルを含めた措置の決定を握っている。
パイロットが空を飛んでいる時も、司令部の管制官とは常にコミュニケーションをとっている形だ。一般的には司令部がパイロットに対して離脱などの指示を与える。当然、現場の管制官の判断ミスは許されるはずがなく、彼らの負担も大きい。警告射撃の段階になると、さらに上位の司令部に確認をとる場合もあり、組織的な手続きを踏む。パイロット1人に責任を負わせない組織的な措置ということだ」(松家氏)
異例づくめだった12月6日のレーダー照射時も、パイロットと管制官は異常事態に的確な判断を下していたと松家氏は評価する。
「長時間にわたるレーダー照射を受けていた以上、その状況が組織的に把握され、撃墜という最悪の事態を常に想像しながら、地上と空で冷静な連携を取っていたことがうかがえる。常日頃から訓練などによる信頼関係が構築できていたからこそ組織的で的確な対応ができたのではないか」(松家氏)
■「抑止力」の本質とは何か
中国軍機による領空侵犯のおそれは南西部に集中していて、スクランブルの質的な負担が増大している――。南西部には小さな島が点在しており、それぞれの島にそれぞれの領空が存在する。
国家の主権を維持するため、「警察権の行使」として領空を守る責任を航空自衛隊が担っている以上、今後もスクランブルを継続していく必要がある。
「費用対効果の面から見れば、遠方への対領空侵犯措置にコストがかかるのは周知の事実だ。中国側もそれを分かっていて、無人機を頻繁に飛ばし、空自を疲弊させようとしている。だからと言って、主権国家として領空を守らないわけにはいかない。
日本の安全保障は『専守防衛』が基本で、パイロットも『撃たれるまで撃てない』のが現実だ。外国軍機から見ても、よほどのアクションをしない限り、向こうは何もしてこない、と分かれば怖くないのは当たり前だろう。
対領空侵犯措置におけるスクランブル機の危険度が上がっている中で、警察権行使のあり方を再検討するべきではないか。相手方が戦闘機の場合、情報収集機の場合、諸外国との比較、などさまざまな観点を総ざらいし、法的な議論を含めスクランブル機の対応のあり方について議論すべきだろう。議論を活性化させることそのものが、外国への『抑止力』につながるのではないか」(松家氏)
急変する日本の空の守り。1回1回のスクランブルの不確実性が極めて高くなっていることを、国民は知っておくべきだろう。

----------

湯浅 大輝(ゆあさ・だいき)

フリーランスジャーナリスト

1996年生まれ。米アリゾナ州立大学に留学後、同志社大学卒業。ジャーナリストとして活動開始。経済メディア→小売専門誌→フリーに。教育、小売、海外スタートアップ、国際情勢、インフラなど多岐にわたるテーマで寄稿する。過去携わった書籍に『フリースクールを考えたら最初に読む本』(主婦の友社)、主な特集記事に『出生数75.8万人の衝撃』『奈良のシカ』(JBpress)『リニア20世紀最後の巨大プロジェクト』(NewsPicks)『精肉MDの新常識』(ダイヤモンド・チェーンストア誌)など。


----------

(フリーランスジャーナリスト 湯浅 大輝)
編集部おすすめ