■昔では考えられない白馬・ニセコの風景
【養老】日本人って意外と日本のことをわかっていないんですよ。外国人のほうが日本の良さを知っている場合がよくある。例えばインバウンドでも北海道のニセコとか、長野の白馬みたいな場所とか。
【内田】白馬のゲレンデはもう外国人のほうが多いです。オーストラリアの人がホテルやペンションやレストランやスキースクールまで所有している。
【養老】路線価が出ていますけど、不動産が一番高くなってるでしょ。
【内田】増えてきたのは十数年前からでしょうか。僕は前は毎年白馬村にスキーに行っていたんですが、やはり年々外国人が増えてきた。「エヴァーグリーン」というスキースクールがありましたが、これは英語ベースの学校なんです。インストラクターも生徒もみんな英語話者。
何年か前に、宿について荷物を開けたら、スキー用の靴下を入れ忘れていて、近くに新しいスポーツ用品店ができたので、買いにゆきました。
オーストラリア人が白馬ではいくつもホテルやレストランを所有しているので、いずれその人たちにも帰化して村会議員になってもらって、自治体の運営に関わってもらうことになるだろうと、僕のスキーの先生が言ってました。
■日本人こそ日本のことが全くわかっていない
【養老】そうなる以前の白馬を考えると、あんな田舎に誰が? という感じを日本人はもっていたと思います。
日本人ってものすごい頭がカタいんですよ。現実を見ない人たちが多い。今インバウンドの市場が膨らんでいますけど、日本はもっとインバウンドを受け入れたほうがいいと、最初に指摘したのは、僕が知る限り、イギリス人のデービッド・アトキンソンです。彼はオックスフォード大学で「日本学」を専攻して、ゴールドマン・サックスに入るんだけど、来日して、2015年に『新・観光立国論』(東洋経済新報社)という本を書いた。
彼はアナリストだから、日本のことをよく分析していて、日本のGDPの中で、観光の占める率が低すぎることに気づくんですね。当時わずか数%しかない。タイとかいろいろな国の例を挙げて、日本ならばGDPの1割は超えるはずだということを言っていたんです。たぶん、それを一番よく利用したのが元総理の菅(義偉)さんだと思います。
日本人は日本のことならわかっていると思っているけど、全くわかってないですよ。
■日本人ほど日本を客観的に知らない人はいない
もう5、6年前だったかな、京都駅で珍しくアトキンソンに会った時に、新幹線の隣に座り込んでずーっと東京まで話していた。彼はこう聞いてくるわけ。
「あなた、輸出産業のことを日本は非常に大事にしているけど、輸出はGDPの何%になると思う?」
「知らない」と言ったら、「15%」ですと。
“トランプ関税”とか、日々大事件みたいに報道されているけれども、日本経済全体からすれば、1割ちょっとの話なんだと。輸出が全部潰れたとしてもその程度。GDPにおける輸出は、大抵の人は、感覚として「半分以上」だと思ってるんですよ。輸出を担っている企業が、言ってみればずっと威張ってきたわけだけど、これは全部詐欺ですねっていうわけです。
別に輸出産業が偉いわけではなくて、日本人の錯覚の上に成り立っているんだと。アトキンソンはイギリス人ですから、そういうところは非常に冷静に見ていますね。
じゃあ、GDPの中で大きく占めているのは何かといえば、半分以上は個人消費ですよと。
【内田】いろいろな人に自分の家のご飯を撮影してもらって、食卓の変化を研究している人ですよね。
■何かのプロほど他人の意見を聞き入れない
【養老】そうそう。一週間、朝ごはんの写真を撮ってね。30年以上前に始めたらしいんだけど、岩村さんに聞いてみると、食のプロほど、岩村さんの言うことを聞かないと言うんです。栄養関係の仕事をしている人の食卓が、まったく本人たちが言っていることと180度違う食卓だったとも言っていた。
だから、経済もそうだと思う。僕らは経済についてはまったくの素人もいいところだけど、アトキンソンの言うことを聞いていると、なるほどなと思う。経済についても、もうちょっと客観的に見たものを知ったほうがいいんじゃないのかなと思いますね。
【内田】アトキンソンさんは、観光をGDPの1割以上にするように進言したんですか?
【養老】「しろ」というのではなくて、なるに決まってますよと。
■日本人の日本論は面白くない
【内田】どういうふうにですか?
【養老】わからないですね。例えば、京都の二条城や東京の迎賓館(赤坂離宮)については、彼が口を出したんです。日本では、官僚にやらせるとめちゃくちゃ安い拝観料・入館料にするからダメだと。迎賓館で1500円とか2000円、二条城も1000円前後にすると。
【内田】何百円だったものを。
【養老】そうです。思い切って金を取れと。アトキンソンは、お茶が好きなんですね。うちの女房はお茶を教えているので、それで友だちだったんですね。彼はイギリス人の貴族なんですが、東京に家があって、一度夕食に招待されたことがありますし、茶会をやるからと誘われたこともあります。
今のインバウンドの大騒動の仕掛け人の一人がアトキンソンだと思うんですが、日本のいいところ・悪いところは、外国人の目で見ないとわからないものです。日本人が日本論をやっても面白くないんですよね。
【内田】「観光立国」を目指すという方向には僕も賛成です。観光だけではなく、劇作家の平田オリザさんが提唱していたような、「エンターテインメント立国」「芸術立国」をあわせて目指すべきだと思います。日本人は日本のエンターテインメントや伝統芸能が世界レベルだということがあまりわかっていないと思うんです。それをたいせつに育てることにもっと予算を投じるべきなんです。
文化産業のいいところは、いくら使っても目減りしないし、環境負荷もないという点です。
■日本が持つ観光資源の「アドバンテージ」
【内田】日本の観光資源は海外と比べても豊かだと思います。列島の山河はほんとうに美しいし、神社仏閣もスキー場も温泉も桜や紅葉の名所もある。
僕はフランスのほぼ全域を旅行しましたけれど、どこに行っても、観光資源は同じなんです。街並みは同じだし、教会も同じだし。最初はどこに行っても、時代を経ても変わらない風景は素晴らしいと思っていたんですけれど、そのうちどれも同じに見えてきた。ドイツに行っても、イタリアに行っても、観光名所は似たような景色なんです。さすがに、バルセロナはガウディ建築があり、ヴェネツィアは運河があって他とは景色がまるで違ってますけれど、だからこそどちらの街もオーバーツーリズムで苦しんでいる。
日本は、この狭い列島の北から南まで、それぞれ景色のまったく異なる多様な観光資源が点在している。風土、気象が多様だから、観光資源がひとつひとつ違っている。これは日本のアドバンテージだと思うんです。
■外国人を魅了する「日本の風景の非均質性」
【養老】僕は、小さい山を螺旋状に虫を取りながら上がったことがあるんです。そうすると、同じ山で小さな環境なのに方角によって取れる虫が違いますから。これは日本だなと思います。
【内田】そうですよね。ヨーロッパは本当に平らですから。フランスで高速道路を走っていて感じるのは、どこまでも同じ風景なんです。ランドマークになるような山や川や湖があまりないんです。高速道路に乗る時も降りる時も同じ風景なんです。だからこそ走りやすいことは走りやすいんです。どこもシステムが同じだから。それに比べて、日本の高速道路って、ほんとに走りにくい。どこも表情が違うんですよね。
海外の映画作家が東京の首都高をよく撮影して映画に使いますけれど、それはあんな奇妙な高速道路は世界のどこにも存在しないからですよ。だって、わざわざ走りにくく設計しているとしか思えないんですから。でも、そのような風景の非均質性が日本の場合観光資源の本質なんじゃないでしょうか。
【養老】日本に来る人もそれを見て、ほっとするんじゃないですかね。中国にしてもヨーロッパにしても、アメリカは特にそうですけど、均質なものに慣らされてきているから。日本のやり方は本当の意味で多様性というんですけどね。
【内田】ほんとにそうだと思います。
■飛行機から見える日本と欧州の風景の違い
【養老】戦後は、その多様性が経済とぶつかったんですよね。経済は「普遍性」を重視しますからね。普遍性を重視すると、今内田さんが言われたようにどこも同じになる。でも日本はそうではないんですよ。
飛行機に乗って上空から見下ろすとよくわかります。日本は「シダの葉っぱ」みたいに地形が見える。細かく分かれている。しかしヨーロッパの上を飛んだら、イタリアだろうがイギリスだろうが、「ヤツデの葉っぱ」のように掌状になっているんですよ。
【内田】「ヤツデの葉っぱ」ですか。
【養老】風土が全然違う。そういう細かい地形の日本列島なのに、「農業の生産性向上のために、田んぼをデカくしないとダメだ」とか言っていた農水大臣がいたでしょ。小泉進次郎。アホかと。地形を見てごらんなさい。日本の地形のようなところで田んぼを作ろうと思ったら、条件がいちいち違って当たり前だろうと。そんな現実を見もしないで、機械でやったら生産性が上がるなんてアホですよ。
戦後はそういうことをずっとやってきたんです。つまり「普遍化」ですよね。一般化して通じるようなものだけを伸ばしてきた。とても無理がありますね。
新幹線がその典型で、いったい何本の川を切っていると思いますかね。川というのは、元来流域で成り立っていて、水を集めてひとつの川になっているわけです。新幹線を通すために、何本の川を切っていますかね。東京駅を出てすぐ、多摩川を切って、神奈川に入って、鶴見川を切って、相模川を切って、静岡では富士川を切っている。そういう形で作り上げてきた日本というのは、やがて分解するに決まってますよね。
田中角栄さんが自然条件を一切無視して開発したけれども、この国はほんとうに自然に合わせたやり方はしないですね。僕らが見ると、実に乱暴なやりかたをしている。
■落とし物が返ってくる日本、すぐになくなる欧州
【内田】もう一つヨーロッパとの違いを挙げれば、日本のシステムがもともとは性善説に基づいているということだと思います。最近はそれを破る人が出てきましたけど、基本的には性善説でした。
ヨーロッパの場合は、旅行中にカバンをその辺に置いて1分でも目を離したらまずなくなっている。でも、友だちのフランス人に訊いたら、「それは置いた人が悪い」と言うんです。「持ち主が近くにいないカバンは『持っていって』というシグナルを発信しているんだから、別に悪意がなくても、とりあえずそのカバンは持っていく」と言うんですね。
僕の兄貴がドイツの駅で両足の間にトランクを挟んだまま切符を買っていたら、後ろからそのトランクをずるずる引っ張って持って行こうとする人がいたそうです。「やめろ!」と言ったら、しぶしぶ立ち去ったとか。列車を降りる時に、ウェストポーチを座席に忘れてきたことに気づいて、席に戻ったら、もう消えていたということもあったそうです。通路を少し歩いたところで気がついたので、ほんとうに数十秒のことだった。
■「性善説」はコストゼロで合理的
日本だと、忘れ物・落とし物をしてもだいたい出てくるじゃないですか。新幹線に一人で乗っていて、バッグを席に置いたままトイレに行って戻ってきても、誰も持っていかない。
野沢温泉の貸しスキー屋は、夜の間スキーとスキー靴を預かってくれるんです。100円で。ただ、でもそれ、缶にコインを入れるだけなんです。店員さんが引換券をくれるわけでもないし、鍵のついたロッカーに入れてくれるわけでもない。ただ「置きスキー」の棚に置いておくだけなんです。でも、翌朝来ると、ちゃんと自分の板と靴がある。誰も人の物を持っていかない。それを前提にしているシステムなんです。
そうすると、たしかにコストは安くつきます。見張りを立てておく必要もないし、鍵付きのロッカーを作る必要もない。引換券も要らないし鍵も要らない。だから、わずか100円だけれど、店にしたら、コストゼロで得られた収入になる。性善説で設計すると、管理コストがかからない。きわめて合理的です。
【養老】人を信用するほうが絶対に安くつく。これも当然のような気がするんですよ。日本は、可住地面積あたりの人口密度が世界一高い国なのではないでしょうか。そういう環境では、お互いを信用しないでいるより、互いに信用したほうが全体として安くつく。
【内田】性善説は、明らかに経済合理性に基づいていると思うんです。性悪説は「人を見たら泥棒と思え」ですから、それを防止するためのコストを投じなければならない。でも、「泥棒」はその防犯システムをつねに出し抜こうとしますから、防犯コストはエンドレスで増えてゆく。
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養老 孟司(ようろう・たけし)
解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)、『こう考えると、うまくいく。~脳化社会の歩き方~』(扶桑社)など多数。
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内田 樹(うちだ・たつる)
神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長
1950年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。2011年、哲学と武道研究のための私塾「凱風館」を開設。著書に小林秀雄賞を受賞した『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)、新書大賞を受賞した『日本辺境論』(新潮新書)、『街場の親子論』(内田るんとの共著・中公新書ラクレ)など多数。
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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司、神戸女学院大学 名誉教授、凱風館 館長 内田 樹)

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