将棋棋士の加藤一二三さんが22日に亡くなった。86歳だった。
「神武以来の天才」と称される実力で数々の記録を打ち立てる一方で、晩年はテレビで屈託のない笑顔を見せお茶の間でも愛された。プレジデントオンラインで配信した記事をお届けします――。
いま将棋が注目を集め、街の将棋教室はいっぱいになっているそうです。バラエティでもおなじみになった「ひふみん」こと加藤一二三さんは、「将棋は何歳からでも楽しく始められる」と説きます。「ひふみん」が教える、親子で楽しく将棋をする秘訣とは――。
■大人も子どもも「将棋」に興味津々
こんにちは、「ひふみん」こと、加藤一二三です。
2017年は、私の引退やその後のテレビ出演、また将棋界で初のデビュー戦以来29連勝を達成した中学生棋士、藤井聡太四段の大活躍のおかげもあってか、将棋界が非常に注目されています。私もテレビや講演会などで、喜んで将棋についてお話させていただいています。
また、最近では町を歩いていると「ひふみん!」と声をかけていただく機会も増え、大人の方から「将棋をはじめたいのですが……」といった声を聞くことも多いです。今回は、私の近著『天才棋士 加藤一二三 挑み続ける人生』(日本実業出版社)の中で語りきれなかった、大人も子どもも楽しめる将棋の歴史や魅力についてご紹介したいと思います。
■名人は「世襲制」から「実力制」へ
もともと将棋は、「チャトランガ」というボードゲームとして古代インドに生まれ、中国を経由して日本に入ってきたと言われています。駒を五角形にしたり、とった駒を使えたりするよう、日本人が今の将棋の形に改良して親しんできました。

江戸時代、徳川幕府が将棋を文化政策として取り入れ、将棋の名人制度ができました。「名人」は終身の称号であり、名人が亡くなると次の子どもが継ぐという世襲制でした。明治維新になり家元制および世襲制の名人は廃止されたものの、年功により推挙される「推薦名人制」に変わっただけでした。その後名人戦ができてプロ棋士が存在することになりました。さらに昭和になり毎日新聞社が実力制名人制度を提案し、将棋連盟と合意を取ってできた制度、それが将棋界発展の礎になっています。
昭和12年の第1期名人が木村義雄名人で、当時の将棋界のトップでした。私自身も昭和57年に名人になっています。また、私は、実力制第1期名人の木村さんから、今の名人である佐藤天彦さんまで、私自身を除く「すべての名人経験者12名と対局経験がある唯一の棋士」という記録を持っています。
■まずは入門書と詰め将棋から
将棋を始めようという方に対して、私は「まずは駒の動かし方や代表的な戦法を解説した『入門書』を読みましょう。詰め将棋に親しみましょう」と言っています。私も詰め将棋の本を出していますが、詰め将棋は、王手の連続で相手の王様を討ち取る(=詰ます)もの。一手詰め(一手指せば詰み)、三手詰め(一手指して、相手が逃げたり守ったりした後、次の一手で詰み)などの易しいものから取り組むと良いでしょう。

三手詰めが分かると、将棋の面白さが分かってきます。私自身、小学校4年生の時に初めて詰め将棋の本を読み、「将棋って、なんて面白くて、斬新な魅力に富んでいるのだろう!」と感動したことが、この世界に入るきっかけとなりました。
また同じ小学校4年生の時に、新聞の将棋欄の観戦記を読んで、こういう箇所が目に留まりました。
「Aという棋士が冴えた攻めを繰り出した。Bという棋士が受ける手には、2~3通りあるが、どれを選んでも対抗できない」
これを読んで、「将棋はいい手を指し続けていくと勝てるんだな。理詰めの世界なんだ」と悟りました。そしてその時に、「自分はプロになれるんじゃないか」と、なんとなく思ったのです。その思いつきが今の私に続いているのですから、人生おもしろいものですよね。
特にお子さんが小さい場合、ぜひ親御さんが入門書の内容を読み聞かせて、将棋盤と駒を使って実際に駒を動かしながら、一緒に読み進めるようにしてみてください。「歩は一マスずつ前に進むんだよ」「飛車は縦と横にどこまでも進めるんだよ」などと、実際に駒を動かしながら取り組むと良いでしょう。
将棋を始めたばかりのころは、じっくり考えずにどんどん駒を動かす子どもさんが多いものです。パッパッと指し進めていくことで、びっくりするほど早くルールを覚えてくれるでしょう。
多少の間違いをいちいち正すことはせず、温かく見守ってあげてください。
■直感の95%は正しい、理詰めの世界
将棋は理詰めの世界です。
同時に相当悩ましいのが、将棋の指し手が10の220乗あると言われていることです。観測可能な宇宙の原子の数が、おおよそ10の80乗程度と言われているので、とんでもない数になります。はっきり言って、いくら研究してもすべてを読み切ることは無理であり、詰みまでは分かりません。
無数に手があったとしてももちろん理詰めですから、プロはパッと盤面を見た瞬間に、検討する価値のある5通りくらいの手が見えます。そしてどんな場面でも、95%くらいは一番いい手が浮かんでくるのです。これは「ひらめき」「直感の手」「第一感」と言ってもかまいません。なお私は95%と言っていますが、大山康晴十五世名人は85%とおっしゃっていました。羽生善治棋聖は70%と言っていますから、これはずいぶん控えめな評価だと思いますね。
■「75歳の母が将棋を始めました」
また、将棋はどんな年代の方でも楽しんでいただくことができます。これから仕事を引退される方も、ほかの趣味もあるとは思いますが、将棋を始めてみるのもいいでしょう。

将棋は1から始めるのに遅すぎることはありません。将棋はレベルが高くなくても指していて面白いものです。最近私に取材をしてくれた記者の方は、「母が75歳で将棋を始めました」と言ってくれました。
将棋は誰でも手軽に楽しめ、必要な道具も盤と駒くらいでそれほど高価なものでもありません。最近ですと、スマートフォンでオンライン上の相手やプログラムと戦うこともできますが、できれば盤と駒を使って対戦相手とコミュニケーションを取りながらやると本当に楽しいと思います。
■お父さんが子どもに「負けました」という練習をする
余談ですが、最近将棋連盟の職員から、お父さんと子どもたちが来る将棋のイベントでは、まずは子どもとお父さんを向かい合わせて、お互いが「負けました」という練習から入ると教えてもらいました。これはすごく評判がよくて、将棋連盟の指導部はまずそこから教えます。
というのも、お父さんと子どもが将棋を指して、お父さんが負けてしまうとお父さんのほうが将棋をやめてしまうらしいのです。将棋には年齢差に関わらず勝ち負けがありますから、大人が子どもに負けることもあります。その時にショックでやめてしまうお父さんも多いのですね。
だから最初に、子どもとお父さんに練習で「負けました」と言うことに慣れてもらうのです。こうした練習をしておくと、後で実際に自分の子どもに負けたときに、潔く「負けました」と言いやすくなる。
これは目からうろこの指導でした。
将棋は負けると分かったほうから「負けました」と相手に下げるルールになっています。このはっきりと勝ち負けをつける競技だからこそ、相手を思いやる礼儀や、最初の「お願いします」というしっかりとした挨拶が必要になるのです。
私は将棋のことを、さまざまな方の知と努力が合わさり、芸術まで昇華した芸能文化だと思っています。将棋を指したことのない皆様が、これを読んで「将棋を始めてみよう」と思っていただければ、これに勝る喜びはありません。

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加藤 一二三(かとう・ひふみ)

将棋棋士/九段/第40期名人

1940年1月1日福岡県嘉麻市生まれ。仙台白百合女子大学客員教授。1954年、14歳で当時史上最年少の中学生プロ棋士となり、2017年6月20日に77歳で引退した現役最年長棋士(当時)。2000年、紫綬褒章を受章。バラエティ番組にも出演し、「ひふみん」の愛称でお茶の間の人気者になっている。

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(将棋棋士/九段/第40期名人 加藤 一二三 構成=吉川正弘)
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