※本稿は、萬田緑平『棺桶まで歩こう』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
■緩和ケア医が見守った家族の話
僕が診てきた中で、自分から「入院したい」と言う患者はこれまでほとんどいませんでした。転んで骨折しても黙っている。誰だってできるものなら、自分の家にいたいのです。
家に帰れば、家族がいる。一人暮らしの人だって、家にいれば友だちが来てくれるし、何より起きる時間、寝る時間、食事の時間などが自由です。
余命1週間と言われていたのに家に帰ったら、数カ月、すごい人は年単位で生きた人もけっこういました。
友人・家族の例も、驚きの連続でした。ブログで紹介したのですが、自宅で看取るための体制作りもわかるので、少し長いのですがご紹介しましょう。
友人・家族の奇跡の「6日間」です。
■脳梗塞で意識不明になった父
〈1日目〉
友人の寿実子からこんな電話がありました。
「父が昨日脳梗塞(こうそく)で入院して、意識もないの。神経内科の医師からは回復しないと言われて、脳外科の医師からは手術をすすめられたんだけど断ったの。そしたら今朝、突然娘が『じいちゃんを家で看取ろうよ』と言い出したの。私もそうしたいと思ったので、他の兄弟姉妹にも連絡したら、みんな『そうしたい』と言うんです。がん患者じゃないけど、そんなことできますか?」
「家で看取ろう」と言い出した娘さん、寿実子の三女M子はなんと僕のファンで、ブログや著書も読んでくれています。M子と会った時に、患者さんたちの動画も見せると、感動していました。
僕はもちろん承諾しました。
「いいねえ。大丈夫だよ。実は今日、予定があいてるんだ。で、いつ退院させたい?」
意気込みを聞きました。これまでの経験から、こう聞いて、家族が「今日」と言ったら本気です。
「今日じゃダメ? 私、休みとったの。娘たちも時間つくれるし、誰かいると思うの」
寿実子はこう答えました。「おおっ、本気だ!」と、僕も臨戦態勢に入り、詳しい状況を聞きます。
父親のOさんは86歳。デイサービスを利用しながら一人暮らしをしていたそうです。今はK病院に入院中。退院させたら、自分の家に連れていくと言います。
「じゃあ、すぐ主治医に『今日退院したい』って伝えて。『萬田に手伝ってもらう』ってちゃんと言っといて。俺はK病院の患者支援センターの看護師に仲間がいるから、そこに頼んで今日退院させてもらえるようにする。家にベッドを入れなきゃならないね」
僕は、その他ケアマネジャーへの連絡や、訪問看護師の手配を請け負いました。
■入院先に掛け合い、急きょ退院
まずはK病院のT看護師に電話します。
「久しぶり! 早速だが、緊急退院お願い」
T看護師に状況を話し、今日退院させたい旨を伝えると、こころよく引き受けてくれました。
「了解! 目処が立ったらまた連絡するわ」とT看護師。
訪問看護師はどうするか少し考え、やはり仲間の訪問看護ステーションのKくんにショートメールを送りました。
「今日退院やる? 何時からなら受けられる?」
「やります。15時以降でお願いします」
「お願い」
文面はほんとうにこれだけ。信頼できる仲間がいるのは実にありがたい。あとは、患者の状況、連絡先などをMCSに記載して見てもらうことになります。
MCSとはMedicalCare STATIONというシステムで、LINEのグループ機能の在宅医療版という感じでしょうか。
患者に関わるスタッフが登録され、時系列に情報を共有できるシステムです。
僕はすべての患者についてMCSに登録し、毎日、診察した4、5人の情報を流します。
「MCSお願い!」
妻に言うと、「もうできてるよ!」の声。すでに妻が作成登録してくれていました。
MCSへのケアマネと訪問看護師の招待も追加でお願いし、まずは第一段階は完了です。
■若手の主治医は危険だと反対した
30分後、寿実子から電話がありました。
「主治医と話しました。退院させられないって……」
「そんなはずないよ。病院は刑務所じゃないんだから。若い医者なの?」
「そう。でも主治医の先生は『娘さんの気持ちはわかる』って言ってくれてるのよ」
主治医は彼女に、「看護師と上司とも話したうえで、状態が悪いので動かしたら危ないから、病院としては倫理上退院させられない」と告げたそうです。
僕は彼女の気持ちをもう一度確認しました。
「じゃ、俺が交渉するよ。大丈夫、そんなはずないから。退院できるよ」と伝え、一旦電話を切りました。
■娘や孫たちの待つ家に搬送した
たしかに、突然の退院は病院にとっては迷惑です。患者側のペースで、急いでいろいろな準備をしなければならないのは大変でしょう。さらに、病院の使命は「生かすこと」です。「看取るから家に連れて帰る」などという考えを、受け入れられない医療者もいます。僕がこの仕事を始めた17年前は、「すぐ家に連れて帰る」と言っても認められませんでした。
強引に退院させたり、説得したり、お互いに大変でした。でも、次第に病院側も退院を喜んで手伝ってくれるようになり、特に看護師たちは協力的になっていったのです。T看護師もその一人でした。
T看護師に電話すると、どうも経験の少ない若い医師なのでそんな話になってしまったとのこと。その後、寿実子のお父さんは無事退院OKとなりました。彼女に退院許可が出たことを伝え、K病院には15時に伺うと伝えました。
たまたまその日は時間があったので、どんどん話が進みました。僕の予定が埋まっていると、こんなスピード感はありません。ふだんは妻にマネジメントを頼むので、食い違いや勘違いも出てきますが、こうして自分で段どれると速い。しかも入院先の看護師やケアマネたちが仲間だというのもラッキーでした。みんな、5伝えれば、10わかってくれる仲間です。
その後K病院に向かい、主治医に病状を確認。滞在時間は10分。予定していた診察を終え、ちょうど15時半に無事家に到着しました。
広いリビングのど真ん中、庭に面した最高のポジションにベッドが入っています。それを確認した直後に、介護タクシーが到着。娘2人と孫娘2人、介護タクシー業者さんと6人でOさんをベッドに移し、「退院おめでとう!」と全員で拍手。すでにOさんは無呼吸が長くなっています。
■孫娘の声掛けで奇跡が起きた
お孫さんたちは、「よかったね~おじいちゃん」「もう大丈夫だよ~」と、呼吸が止まっているじいちゃんの顔にすりすりします。
「お茶なんかいらないよ、側にいてあげて」と家族に伝えました。もうじき呼吸が完全に止まるのはわかっています。娘、孫たちに「死」を経験させたいと思いました。
孫たちがじいちゃんに話しかけます。
「じいちゃん、今日はパーティーしよっか。じいちゃん、みんなで集まるの好きだったよね~」
すると、なんとじいちゃんが呼吸を再開!
「うご~っ」
■無呼吸状態から呼吸が再開
いびきのような呼吸音。孫の呼びかけに返事をしているように思えます。
「じいちゃん、反応する! 聞こえてるよ!」孫たちが叫びます。
僕も「絶対に聞こえてるよ!」と口を出します。
「しらす」という白い犬が、じいちゃんのベッドに潜り込みます。じいちゃんの身体に乗っても誰も止めません。
この家庭で「看取り」はもちろん初めてのこと。けれど、すでに「死が日常の延長」になっているのです。すごい、と思いました。
海外に住んでいる孫とテレビ電話もしました。そのお孫さんが、「じいちゃん、ありがとうね~」とスマホ越しに伝えました。
瞬間、またもじいちゃん、「グオッ~!」と反応。家族が涙ぐんでいるのを見て、僕も涙が出ました。僕は呼吸が止まるのはもうすぐだろうと思いながら、寿実子の家を去りました。
〈2日目〉
翌朝、寿実子にメールをすると、少し時間がたってから、こんな返事が来ました。
「じいちゃんも私も熟睡でした。昨日より呼吸がいいみたい」
あれまあ……。僕は、Oさんの予定表の「看取り往診マーク」を「訪問診療のマーク」に変更しました。
昼すぎ、彼女の家にうかがうと、家族のふだんの生活と、Oさんを看取るという、日常と非日常がみごとに同居していました。Oさんの呼吸は昨日より安定しています。認知症で施設に入居しているOさんの妻とリモート面会の時間が来ました。
「お母さん、お父さんが見える⁉」
「お母さん、お父さんだよ!」
「随分歳とったねえ~」
「お~わかった、わかった!」
お父さんはしゃべれないだけで、聞こえているのかもしれません。2日目の夜は「餃子パーティー」。親戚が大勢集まって、Oさんの好きな「パーティー」でした。
■3日目、目を開けビールを飲んだ
〈3日目〉
午前10時頃、寿実子からの電話が鳴りました。僕はいよいよ亡くなったのだと思って出たら……。
「おじいちゃんが目を覚ましたの!」
「なに~!?」
「看護師さんが胸をおしてたら、『Oさん、目を開いてますよ』って。ほんとうに目をあけてたの! スポンジでビールを吸わせたら、チューチュー吸うのよ! どういうこと⁉」
「すげ~!」
「生き返っちゃうのかな?」と寿実子。
「死んでないから生き返るとは言わないだろ!」
「どういうことなの?」という彼女の問いに、僕はこう答えました。
「医学でわかってることは、ほんのわずか。医学で全部わかっていれば、それは不思議なことだけど、そもそも解明できていないんだよ。だから……そんなもんなんだよ。俺の世界ではこういうこと、『あるある』なんだ」
■家族でワイワイ、在宅の看取り
「……でも、在宅ってすごいね」としみじみ。
「そうだよ。おもしろいだろ~? 俺はこれが日常だけど。今回はみものだな、ここまでおもしろいのは、そうはないぞ」
ほんとうにいろいろな例を見てきたが、Oさんほどすごい復活はめったにない。
「おもしろい」なんて不謹慎だと思う方もいるかもしれませんが、当の家族である実の娘が「そーでしょ!」と笑っているのです。
夕方、寿実子の家を訪ねました。孫娘M子の髪がショートになっています。
「昨日の夜、みんなで喪服着てファッションショーしたのよ。じいちゃんに『これどう?』と見てもらったの。そしたら美容院行かなきゃってことになったってわけ」
看護師である長男の妻が合流。ここ2日間の報告を聞きながら、Oさんを観察していると、目が開いています。
〈4日目〉
相変わらず30秒ほどの無呼吸があるが、今日は手を握り返すことが多く、顔を拭くとうれしそうに笑うそうです。
水をしみ込ませたスポンジは吸わず、舌で押し返す。それなのに、なんとビールのスポンジはチューチューと吸って、むせながらもゴクリと飲み込むらしい!
寿実子はいつまでも休めないので、明日から仕事に行くことにしたそうです。
■在宅後6日目まで生き延びた
〈5日目〉
意識低下。とうとう看取り態勢なのか……。
すると、Oさんのベッドから見える庭の正面に花火が上がったそうです。
「こんな3月の時期になんの花火だろう? じいちゃんが上げてるのかねえ」なんて話したそうです。
後から判明したことですが……。Oさんには、仲のいい施設仲間がいました。その息子さんが花火師になり、新人練習の花火だったようです。まさか、そんなつながりがあるなんて!
〈6日目〉
深夜に呼吸停止の連絡があり。朝8時過ぎに訪問しました。玄関をあけて、リビングに入るが誰もいません。そのうち、2人の孫娘が眠そうな顔で起きてきました。
Oさん、昨晩はずっと目をあけており、「じいちゃん、もう寝るね!」とみんな床についたそうです。
「明日は冷たくなってるんだろうね」と言いながら……。寿実子が深夜に起きたら呼吸が弱かったので、そろそろだと思ってみんなを起こしました。孫娘たちは、「あれ~じいちゃんまだ生きてたの~。待ってたの~?」と声をかけました。
■「6日間の生前葬って感じだった」
みんなで、また息が戻ったらどうしようか、逝(い)ったかな、逝ったかな、と見守りました。そして……「逝ったらしい?」という看取り。みんなが起きてきてから、3分くらいのこと。
「最期、顔がくしゃっとして……ありがとって感じで。ちゃんと最期は目を閉じました」。孫娘たちが看取りを報告してくれました。
寿実子も起きてきました。
「私たちも体力使い切ったよね。葬儀の後は大変だって聞いてるけど、きっと大変じゃないだろうね。『6日間の生前葬』って感じだった。最期はにっこり笑ってから目を閉じたのよ!」
するとM子が言う。
「お母さん、違うよ、目を閉じてから笑ったんだよ!」
こんな感じで、息を引き取った時の様子を楽しそうに報告してくれました。
■がん患者でも死因は「老衰」
それを聞きながら、死亡診断書を書いて渡します。僕は、「十分生きた」と家族が思えれば、がん患者でも死因は「老衰」にしています。Oさんはもちろん、「老衰」ということになりました。そう萬田診療所では、家族が死亡診断書の病名を決めるのです!
人は病気で死ぬのではありません。老化で死ぬのです。病気は老化の段階に名前をつけているだけで、治らないし、治療すれば死なずに済むわけではありません。病気にやられたわけでもない。誰もが老化して弱って死ぬのです。
それを認められれば、人は穏やかに逝ける。認められなければ、老化の治療にチャレンジして敗れる。死は「敗北」となってしまうのです。
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萬田 緑平(まんだ・りょくへい)
医師
「緩和ケア 萬田診療所」院長。1964年生まれ。群馬大学医学部卒業後、群馬大学医学部附属病院第一外科に勤務。手術、抗がん剤治療、胃ろう造設などを行う中で、医療のあり方に疑問を持つ。2008年から緩和ケア診療所に勤務し、在宅緩和ケア医として2000人以上の看取りに関わる。著書に『穏やかな死に医療はいらない』(河出書房新社)、『家で死のう! 緩和ケア医による「死に方」の教科書』(三五館シンシャ)など。
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(医師 萬田 緑平)

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