JA農協や農林水産省が「悪者」に仕立て上げられ、驚くほどたたかれている。これはどうしてなのか。
現役農家のSITO.さんは「農業政策について、あまりにも誤解されている部分が大きい。農産物の安定した供給と価格の維持のためにも、ぜひ仕組みを知っておいてほしい」という――。
■主食である米の価格高騰への不満が爆発
一昨年から、農林水産省やJA(農協:農業協同組合)をひどく敵視する人が増えています。いまや根拠のない内容や事実誤認が含まれる言説であっても、両者を批判しさえすれば、多くの人の賛意を集めることができるほどです。
これはまず、米の価格があまりにも急激に高騰したからでしょう。米は日本人にとって主食であり、特別な食品です。その価格が大きく上がれば、家計にとって大打撃となるため、多くの人が不満を募らせるのは当然だと思います。
ただし、最近の米価上昇は、猛暑などによる不作、外食需要の回復といった短期的な要因により需要が供給を上回ってしまったことがきっかけでした。そのうえインフレや円安によって、米だけではなく食料品全般が値上がりしたためでもあります。それでも最も大きく価格高騰したのが米であること、また主食であることから、農水省やJAが批判の的になったのです。
もちろん、農水省もJAも完璧とは言えませんが、それほどおかしな政策や運営をしているかというと、決してそんなことはありません。なのに、どうしてこんな誤解が生じたのでしょうか。
一つずつ例を挙げて解説していきます。
■既に「減反政策」は完全廃止されている
まず、よく聞かれるのが「国が減反政策を行っているせいで米が不足している」という説です。しかし、そもそも今現在、減反政策は行われていません。
国が都道府県ごとに米の生産目標を決め、JAが農家へ米の作付面積である「反」を直接割り当てることで削減し、これに応じた農家に補助金を支給する「減反政策」は、1970年から2017年まで長く続けられました。
この減反政策は、食生活の多様化によって、米が大量に余ったために行われた政策です。なんとか米の需要を増やそうと盛んに「お米を食べようキャンペーン」が行われたのを覚えている人も多いでしょう。当時においては、米の過剰生産をなくすことで需給バランスをとり、価格を安定させるために必要で効果的な政策でした。しかし、一方で離農を促進したり、米農家の競争力を失わせたり、必要なときにすぐに米を増産することが難しい状況を招いたともいえます。
その後、2018年に減反政策は廃止され、現在「国が米を作るなと命じる制度」は存在しません。今は、国が予測した需要量を基に各都道府県で生産目標が策定され、各農家はその生産目標と各種補助・助成制度等を踏まえた上で生産量を決定しています。つまり、市場原理プラス各種制度によって、安定した生産量と価格を目指しているわけです。
■「水田活用の直接支払交付金」とは何か
ちなみに今現在の米政策で行われている補助金制度の「水田活用の直接支払交付金」(通称:水活)は、減反政策とは仕組みも目的も異なります。

水活は、主食用米を作らないことを強制する制度ではありません。農家が、飼料用米、麦、大豆、WCS(稲発酵粗飼料)、加工用米などの特定作物を作り、販売実績や面積などの要件を満たした場合に交付金を受け取ることができるインセンティブ型の制度です。つまり農家の自主選択に基づき、多様な作物の生産を促すことで水田資源を有効活用し、飼料・麦・大豆などの不足作物の生産拡大を狙った政策です。
かつての減反は、先述の通り、国が強制的に米の作付けを制限する仕組みで、過剰生産を抑えて価格を安定させることが目的でした。一方、今の水活は強制力のないインセンティブ型の仕組みで、水田活用と不足品目の生産拡大が目的です。にもかかわらず、「主食用米以外を作ると補助金が出る」という側面だけが注目され、「昔の減反政策と同様に米の作付けを強制的に削減している」という誤解が広まっています。
こうして、一部の報道、専門家が既に廃止済みの「減反」という言葉を使って今の農政を説明することが、国民の正しい理解を妨げているのです。米価高騰への怒りの矛先が農水省やJAに向かったのも、この誤解が大きく影響しているでしょう。
■JAが米価をつり上げているわけではない
一方、最近の米価高騰について「JAが値段をつり上げているせいではないか」という見方もあるようです。しかし、実際の仕組みを考えると、そうではないでしょう。
1994年までは「食糧管理制度」に基づき、国が米を買い上げて価格をコントロールしていました。しかし、1995年以降、米の値段は市場原理に任されています。
そして、JAが勝手に価格をつり上げることはできません。なぜなら、米は民間卸売業者やスーパー、外食産業などとも直取引されており、JAはそれらのなかの一つの窓口にすぎないからです。
さらに、最近では卸売も小売も通さず、農家が個人に直接販売するケースも増えています。つまり、「また米が不足するのではないか」という不安感から米の市場価格が上がり、結果的にJAも高値で仕入れをすることになったのです。
また、JAの本来の役割は農作物の流通を支えるだけでなく、農家が安定的に生産・販売できるよう支えること。肥料や燃料などの価格が上がり、農家の負担が確実に増えているなか、ある程度は米の価格を上げないと、農業そのものが続けられなくなります。こうした事情を無視して、米価の上昇をJAの責任にするのは不適切でしょう。
■「癒着」と決めつけると不信感は膨らむ
「JAは金融事業のために米価を高騰させた」「国はJAを守ろうとしている」という説もよく聞かれますが、これも不正確です。JAの金融事業は米の価格と直接的には関係ありません。また、国はJAではなく、農地を保全することで将来的にも農作物を作ることができるような体制を守ろうしているのです。
こうした偏った見方が広がるのは、農業政策が広く正確には知られておらず、理解されづらいため、また一部だけに注目すると特定の組織が得をしているように見えてしまうためではないでしょうか。
例えば、物価高のなかでお米を買いやすくするための支援策の「一例」として「おこめ券」が提案されると、「米」「補助」「JA」という言葉だけが抽出され、目的やコストを確認しないまま癒着を疑われる事態となりました。
しかし、その後、「おこめ券」のコストは他の手段よりもかからないことがわかっています。
なんの証拠もなく「癒着」と決めつけるのは、あまりに乱暴です。何事でも癒着と決めつけてしまうと不信感が大きく膨れ上がり、事実からかけ離れ、陰謀論めいてしまいます。まずは冷静に背景を調べ、十分に理解することが必要ではないでしょうか。
■関税を撤廃したら食料品は安くなるのか
そのほか「国民の生活のためには、関税をなくして農産物の価格を下げるべきだ」という意見も見かけました。しかし、この考えには大きな問題があります。
確かに関税を撤廃すれば、一時的に輸入食品は安くなるかもしれません。しかし、結果として国内の農業が衰えれば、将来的に海外で不作や紛争が起こって輸入が難しくなったり、今以上の円安になったときに、食料品の価格がさらに大きく跳ね上がったり、最悪は手に入らなくなる恐れがあります。目先の安さと引き換えに、不安定さを抱え込むことが本当に国民のためといえるでしょうか。安心して暮らすためには食料自給率を維持することは必須で、そのためには関税も必要なのです。
また、家計の負担を軽くする方法は、関税を下げることだけではありません。国が必要な人に支援を行ったり、流通コストを見直したり、農業の効率を高めて価格を下げたりする方法も考えられます。
国内農業を守りながら、消費者を支える道は存在するのです。感情に流されず、複雑な議論を避けることなく、将来も安心して食料を手に入れられるかという視点で冷静に考えるべきでしょう。
■人の不満を煽る単純な言説にはご用心
近年は米をはじめとした農産物の価格高騰に苦しむ国民の不満や憎悪を煽るような不正確かつ極端な言説が広められたり、農水省やJAなどを悪者にする風潮があることに対し、私は一農家として危機感を持っています。
全てがウソならともかく、事実に誤情報を混ぜられると、真偽を見抜くのは困難になります。例えば、過去の減反政策が現在の米価に少し影響しているという事実に、それだけが米価高騰の原因であるとか、じつは減反政策は今も続いているなどの虚偽の情報を混ぜられると、全体が真実かのように見えやすくなります。
また、何かに対する不満や怒りに対して、特定の「悪者」が示されると、とてもスッキリしますね。しかし、どんな事象においても絶対的な「悪者」がいることはあまりありません。例えば、米不足や米価高騰は、先に述べたように異常気象による不作や外食需要の急増、民間を含む卸業者間の競争、インフレなどが大きく関係しています。ですから、農水省やJAだけをやり玉に挙げるのはおかしいのです。しかし、何らかの原因や犯人がわからないとモヤモヤするため、人は「悪者」を断定する話を好意的に受け止めてしまうことがあります。
■むしろより深刻な米価高騰を招く恐れ
農水省やJAは、日本の食の安定と安全を守るために重要な役割を果たしています。ですから、いわれのない誹謗中傷や誤解のせいで政策が改悪されたり、JAによる農家支援が滞ったり、結果として農家が減少したり、農産物の収穫量が減少したりすれば、その負担は国民に返ってくるでしょう。

例えば、需給バランスを考えずに「米を増産」した場合、まず市場で米が余り、価格が大きく下がります。そのときだけを切り取れば消費者にとって「お得」ですが、農家は生活できなくなるので、米作りをやめる人が増えるでしょう。結果、数年後には国産米の収穫量が減少します。不足分を輸入に頼れば、海外の不作や輸出制限の影響を受けやすくなり、米の価格が今以上に高騰する可能性が高くなるのです。すると、ますます国民は米を手に入れづらくなりますし、食料安全保障の面でもマイナスでしょう。安定して米を食べ続けるためには、増産だけでなく需給バランスを考えた生産が必要だといえるのです。
それなのに「需給バランスに応じた生産」を「減反政策」と同等に捉えたり、「とにかく増産しろ」と言うのは無理があるでしょう。もちろん、異常気象などによって需要予測が外れることもありますが、そこは予測精度を上げながら調整していくしかありません。農産物の安定した供給および価格、自給率の維持のために、ぜひ農業や農業政策について正確な情報を知っていただけたらありがたいです。

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SITO.(シト)

農家、農業ライター

1993年、愛知県生まれ。キャベツとタマネギを栽培する露地野菜農家で、農業ライター。就農前から日本農業の諸課題に関心を持ち、生産現場の知見と幅広い農業情報を融合しながら「農業とそれに携わる人たちの持続可能な社会」を模索し続けている。また、農業分野にまつわる誤情報やデマと戦う姿勢を貫き、学術的な知見と実践的な経験の両面から、正確な情報発信に努めている。

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(農家、農業ライター SITO.)
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