■あっという間に成功した夜明けの謀反
信長討取りも、あっけないくらい簡単に成功した。本能寺(この時代四条西洞院にあり)に攻めかかったのが卯の刻というから午前6時、7時か8時頃にはもう埒(らち)があいていた。
信忠の宿所妙覚寺(室町薬師寺町)にも同時に兵を分けて攻めかかっていたのであるが、信忠には信長とちがって500人ほどの手兵がある。囲みを突破して二条御所に入ったが、本能寺を屠(ほふ)った明智勢が一手になって攻撃にかかったので、これまたささえ得ず、自殺して果てた。大体9時頃であったろう。
問題は、光秀はなぜ謀叛したかだ。
■無防備な信長の姿に野心が芽生えた?
最も世に行なわれているのは、怨恨説だ。次は久しい計画であったという説。現代の学者の代表的見解を上げると、高柳光寿博士と徳富蘇峰氏は全面的の否定説だ。とくに高柳博士は専門学者だけに、これらのことがらの記載された書物が信用出来ないものであることを説いて、痛快なまでに否定している。
桑田忠親博士は、怨恨説についての個々の事実は信じないが、光秀が信長にたいして怨みをふくんでいたことは事実であろうと言っている。
「然れば、光秀こと近年信長に対して憤りを懐(いだ)き、遺恨黙止(もだ)しがたく、今月二日、本能寺において信長父子を誅(ちゅう)し、素懐(そかい)を達し候」
とあると言っている。
桑田博士はまた明智軍記の、信長が光秀から近江・丹波の旧領をとり上げて、そのかわりに出雲・石見をあたえると言った記事も、ある程度認めて、そのよりどころを、丹波の「人見文書」と「言継(ときつぐ)卿記」にもとめている。
「人見文書」中には織田信孝が四国出陣のために丹波の国侍にあたえた天正10年5月14日付の軍令書があるから、この頃光秀の丹波における軍事権はとり上げられていたと見、この処置にたいして斎藤利三が憤慨反抗したことが「言継卿記」にあると説いている。
そんなら徳富氏や高柳博士は、どこに光秀の謀叛の原因をもとめたかというと、信長が最も無防備な姿で本能寺に来たので、ふっと光秀の胸に天下取りの野望が兆したのである、当時の大名で力量才幹に自信ある者は皆天下がほしかったのだから、乗ずべきすきがあった場合これに乗じたのに何の不思議もないと説くのである。
ぼくはこれらの学者達の説を一応買うが、別に一説がある。
■いたずら好きな信長の格好のターゲット
ぼくは光秀の性格を重要視したいのだ。光秀は知識人で、古い文化を身につけた人であったが、そんな人だけに行儀が正しく、態度に重々しいところがあった。性格もまじめで誠実であった。
ところで、信長は天性の野人で、いたずら好きで、わがままものだ。彼は誰にたいしてもいたずらをし、無礼をはたらいた。
甲州征伐から凱旋する時、信長は東海道を取って富士山を見たいと思った。
「近衛、わごれ(和御料)などは木曾路をのぼりませ」
と言いすてて通りすぎたという。
天皇につぐ尊貴な身分にある前関白、現太政大臣殿下にたいしてさえこうだったのだ。くりかえして言う。信長は誰にたいしても無礼であり、いたずらをしたのだ。その信長の目から見る時、光秀のようなきまじめで礼儀正しく、態度の重々しい人間は、もったいぶっているように思われ、いたずら心がムズムズとそそられ、からかってみたくなり、いじめてみたくなりしたにちがいなかろう。
■光秀は怒りを溜め続け、そして爆発した
この意味では、秀吉もまた信長のいたずらのいい対象であったに相違ない。チビで、猿眼(さるまなこ)で、色黒の醜悪な顔をして、したり顔で小マメに走りまわっている秀吉がいたずらの対象にならないはずがない。
秀吉は天性横着もので、ものにこだわらない性質なので、さらさらと受け流して、これを腹にのこさなかったが、光秀はそうは行かなかった。まじめな性質だけに、真正面から受取り、人一倍苦悩したろう。そのため、それは深い怨恨となって胸中に積み重なり、ついに最も無防備な姿でいる信長を見たことによって爆発したと、こう見たい。
ぼくは叛逆を企てる人間の性質に二通りあると思っている。深刻冷酷型と誠実型との二つだ。
光秀は誠実型なのである。その叛逆には全然計画が立っていなかった。本能寺に信長をたおすまでの手際は見事であったが、それ以後のことは、彼ほどの戦術家にあるまじき拙劣さだ。
■有力な部下はすぐに戻れないはずだった
思うに、光秀が大事に踏み切ったのは、当時信長麾下の有力な将軍らが、皆京都から遠い土地にいて、急には駆けつけることが出来ないと見たからであろう。
最も有力な徳川家康は国許を離れて堺見物に行っており、柴田勝家は越前にあって上杉氏と対峙しており、滝川一益は関東探題として上州厩橋(まやばし)にあり、丹羽長秀は四国征伐のために6月1日か2日には渡海すべく大坂地方に下っており、秀吉は備中で毛利氏の大軍と対陣中だ。
いずれもとても急場の間に合うものでない、彼らが動きがとれるようになるまでには、どう短くつもっても1カ月や2カ月はある、その間には近畿をかためてしまえると、こう思ったのであろう。
この見切りは、人間のなし得る計算としては限界である。秀吉がわずかに13日の後には駆けつけて決戦をいどみかけ得たのは、秀吉の働き以外に天運がはたらいている。
■運のよかった秀吉、運の悪かった光秀
本能寺の変報が秀吉の許にとどく数日前から、毛利家の方から秀吉に和談を申しかけていたのだ。だからあんなに迅速に和を結んで駆けつけることが出来たのだ。毛利側からの和談の申しかけがなかったら、秀吉がいかに知恵者であり機敏であっても、あの迅速な機動が出来るものではない。
だから、この点では、秀吉を天下とりたらしめ、したがって曠古(こうこ)の英雄といわれるまでにしたのは秀吉の運のよさであり、光秀をして十三日天下の逆臣でおわらせたのは光秀の運の悪さであるといえるし、人間が英雄たるには運のよさが欠くべからざるものであるとの感を痛切にするのである。
だから、ぼくはこの点では光秀の策の拙劣さを責める気はないのであるが、しかもなお拙劣さを指摘せずにはいられない。
彼は細川幽斎・忠興父子が、古くからの親友であり、忠興にいたっては彼の娘聟でもあるので、必ず味方してくれると思っていた。ところが、父子はそれを拒絶した。筒井順慶は以前彼の与力(よりき)大名であり、また親しい仲であったので、これも味方してくれると思っていたのに、これにも背かれた。見通しの甘さであり、その甘さはその叛逆が周到な観察と緻密な計画を欠いた爆発的なものであったためだ。
■厳密にいえば秀吉も「叛逆者」だが…
彼は朝廷や社寺に献金したり、京都の町の地子(じし)銀を免除したりして人心を収攬(しゅうらん)しようとしているが、そんなことより、戦備に努力を集中すべきであったろうと思うのだ。順序がちがっていると思うのだ。
光秀は後世逆臣の代表者として、まことに評判が悪いが、こういう倫理価値の判断は、実際にはあいまいをきわめている。厳密に理づめに論ずるなら、秀吉だって織田氏の天下を奪っているのだから、叛逆者といってよい。
小牧の戦いの時、徳川方の榊原康政が、この意味で秀吉を叛逆者と罵った建札<たてふだ>を、両軍対峙の中ほどに立てたところ、秀吉は激怒して、重賞をかけて康政の首をもとめている。一番心にとがめるところを突かれたから激怒したのである。
秀吉をさん奪者であると見るのは、秀吉と敵対関係にあった徳川家の者だけではない。記録は、秀吉が織田家の将校であった頃最も秀吉に好意を抱き、秀吉に味方し、色々な場合にその危機を救ってくれた丹羽長秀や堀秀政が、晩年秀吉に心平かでなかったと伝えている。つまり、一般にもそうした考えを抱いていた人が当時相当にあったのだ。
しかし、後世になると、徳川家の御用学者以外には、秀吉を奪者と見る者はほとんどない。そのやり方が巧妙自然であったこと、その性格が豪放闊達(かったつ)であったこと、その功業が未曽有の壮大さを持っていたこと等に目をくらまされて、倫理を忘れているのである。
つまり、歴史上の人物にたいする世の倫理価値の判断はあいまいをきわめたものであり、はなはだしく感情的であるのを常とする。
光秀にたいする評価が、日本人が朱子学流の倫理観から解放された明治以後、論ずる人によって色々と違うのも、このためである。
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海音寺 潮五郎(かいおんじ・ちょうごろう)
作家・小説家
1901年生まれ。国学院大学卒。中学の国漢教師を勤めた後、創作に専念。1929年「うたかた草紙」が「サンデー毎日」大衆文芸賞に入選。1932年長編「風雲」も同賞を受賞。1936年『天正女合戦』で直木賞を受賞。1957年に完結した『平将門』は新時代の歴史小説の先駆となった記念碑的大作。日本史への造詣の深さは比類がない。他に『武将列伝』『列藩騒動録』『孫子』『天と地と』『西郷隆盛』『西郷と大久保』『幕末動乱の男たち』『江戸開城』『二本の銀杏』など著書多数。1977年、逝去。写真(かごしま近代文学館所蔵)
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(作家・小説家 海音寺 潮五郎)

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