■イクスピアリにはミッキーがいない
東京ディズニーリゾート(TDR)を訪れたゲストがイクスピアリに足を踏み入れた際、最初に抱くのは言語化しにくい「違和感」ではないだろうか。
精巧に作られた建築デザインやテーマ性の強い街並みは、一見すると極めてディズニー的だ。しかし、そこにはディズニーを象徴するミッキーマウスやプリンセスたちの姿が一切ない。
TDRという広大な敷地の中にありながら、施設全体を牽引するメインキャラクターがいない。この「ディズニーのようでいて、ディズニーではない」という独特の空気感こそが、イクスピアリのアイデンティティーであり、同時に現在の「わかりにくさ」の根源にもなっている。
しかし、この空気感は偶然生まれたものではない。その裏には、かつて「舞浜リゾート」という独自の街づくりを死守しようとしたオリエンタルランド(OLC)と、自社ブランドの厳格な管理を求めた米国ディズニー社、両者のプライドが激しくぶつかり合った歴史があった。
なぜ、これほど作り込まれた街に、あえてミッキーを入れなかったのか。本稿では、現地でのルポとOLCの歩みをたどりながら、その理由をひも解いていく。
■施設内にいる“謎の動物”たち
イクスピアリの「わかりにくさ」は、施設を歩いているうちに、徐々に店の中で可視化されていく。
1920年代のハリウッドを模した街並みや、中世の市場を思わせる路地が次々と現れる。その内装は一見すると非常にディズニー的だが、中に入っているテナントは「ABC-MART」や「WEGO」といった、ショッピングモールでよく見かけるチェーン店が大半を占めている。
さらに戸惑ったのが、店頭に並ぶ商品のモチーフだ。たとえば、巨大な熱帯雨林をテーマにしていると思われる「レインフォレスト・カフェ」の入り口には、巨大なワニやカエルのオブジェがたたずみ、ぬいぐるみなどのグッズが販売されている。
一瞬、「ディズニー映画のキャラクターだろうか」と錯覚したが、それらはディズニーとは一切無関係な、その店独自のモチーフに過ぎない。
「物語」を想起させる街並みがありながら、そこで展開されているのは日常的な消費であり、登場するのは普通の動物たち。この「世界観はあるが、誰の物語なのかが分からない」状態が、ゲストの没入感を削いでしまっているように見える。
強力なIP(知的財産)と結びつかない物語は、ゲストの記憶に残りにくく、わざわざ足を運んでまで消費する動機になるのが難しい。この曖昧さこそが、施設全体に感じる「入りにくさ」や「選びにくさ」の正体なのかもしれない。
■「何もなく誰もいない」噴水と公園
イクスピアリが「街」としての豊かさを追求して設計されたことは、施設内に点在する広大な公共空間からも見て取れる。
ディズニーアンバサダーホテル手前に広がる庭園「リリーポンド・ガーデン」や噴水、そして十分すぎるほどに設置されたベンチ。
週末は一定数の利用者が見られたが、それでも空間の規模に対して人は少なく、どこか持て余している印象を受ける。庭園には白雪姫の物語に登場する「願いの井戸」風の造形もあるが、実際はベンチになっていた。
かつては、パークの合間に街歩きを楽しみ、こうした空間で予定のない時間を過ごすことが、リゾート滞在の「ゆとり」として機能していただろう。
だが、タイパ(タイムパフォーマンス)を重視し、一分一秒を惜しんでパーク内での体験を最大化しようとする現代のゲストにとって、目的のない広場は「消費されない広すぎる通路」に過ぎない。
開発者が意図したはずの「街としての奥行き」は、現在の利用実態と乖離し、少なくとも現地を歩く限り、「誰のために、何のためにつくられたのか分からない場所」に映ってしまう。
物語や目的を失った公共空間は、人を引き留める力が弱い。店舗と同様に、この屋外空間もまた「人は通るが滞在しない」という、現在のイクスピアリの姿を象徴している。
■大盛況だった“ディズニー土産店”
イクスピアリの落ち着いた空気とは対照的に、舞浜駅前は常に熱気に包まれている場所がある。国内最大級のディズニーショップ「ボン・ヴォヤージュ」だ。
店内は常に、人とぶつからずに歩くのが困難なほどの混雑を見せ、レジには長い行列が絶えない。ここでは、カチューシャやぬいぐるみといった「公式キャラクターグッズ」という明確な目的を持った消費が一点に集中している。
筆者が訪れた日は新商品の発売日だったようで、外まで長蛇の列が続いていた。一方で、目と鼻の先にあるイクスピアリ内で行列を作っていたのは、飲食店のとんかつチェーン「和幸」くらいだ。
もちろん、イクスピアリ内にも「ディズニーストア」は存在する。しかし、それはあくまで約140あるテナントの一つという扱いに過ぎない。
決して閑散としているわけではないが、ボン・ヴォヤージュほどの吸引力は見られない。街全体の物語を支配し、施設全体の求心力となる「主役」として機能しているわけではないのだ。
この違いは、現在のゲストが何を求めて行動しているかを端的に示している。曖昧な世界観や雰囲気よりも、「ここでしか買えない」「ここが正解だと分かっている」という公式性。その一点に、消費は強く集中している。
この消費行動の変化が、独自性を追求したイクスピアリと、公式性を象徴するボン・ヴォヤージュの明暗を分ける決定的な差となっている。
■“ディズニーに頼らない独自性”を目指したが…
イクスピアリは、開発コンセプトの策定から運営に至るまで、OLCが独自に手がけた事業だ。構想段階で同社が目指したのは、ディズニー施設の「付属」ではなく、独自の「舞浜リゾート」というエリアの確立だった。
しかし、その誕生の裏には米国ディズニー社との激しいブランド交渉があった。当初、ディズニー社はブランド戦略の観点から「舞浜リゾート」という名称に同意せず、事前の合意なく「東京ディズニーリゾート」と記した文書を送付。
これに対し、オリエンタルランド元社長でイクスピアリの初代社長である加賀見俊夫氏は、著書、『海を超える想像力』のなかで「だれがいつこの名称を認めたのか。当社では『東京ディズニーリゾート』と名づけたつもりはない!」と一喝したと当時を振り返っている。
加賀見氏は、前掲書のなかで、当時の緊迫した状況をこう語っている。
「周辺地区全体の整備が必要だと強く考えていた。たとえば自社運営のホテルであり、舞浜駅前を活用した新しい商業施設である。(中略)ディズニー社は最初から全体をディズニー関連施設としてやりたがっていたので、こちらの考えとは相当な開きがあった。それは早急に対案を作らねばならない」(p.162~163)
OLC側は、長年のパーク運営で培った実績を背景に、「ディズニーの一般理念に矛盾しない」「ディズニーの名称を損なわない」「東京ディズニーランドを損なわない」という、「ディズニー三原則」を提示。ディズニー社が未経験だった「商業施設」という分野において、自社独自の正当性を主張したのだ。
■「独自性」が強みとして機能していない
さらに、商業施設としての在り方についても、次のように述べている。
「おみやげを売るのか、生活用品に絞るのか。
最終的に加賀見氏は、顧客ニーズを優先してエリア名に「ディズニー」を冠する柔軟な決断を下す。
「ディズニーの名前をつけたエリアに、当社の独自事業が共存している。これは最良の形である」(p.207)。
この信念は、当時の経営判断として極めて合理的で、先進的な多角化戦略だった。
しかし現在、ディズニーが想定を超える規模へと成長したことで、この「独自性」は、強みとして機能する場面が減り、パークの熱量から距離を生む要因になりつつあるようにも感じられる。
■“ディズニーから取り残された街”になってしまった
イクスピアリは、決して失敗した施設ではない。むしろ、隣接するディズニーパークが「成功しすぎた」結果、その熱量の外側に置き去りにされてしまった場所だと言える。
「ミッキーを入れない」という判断は、かつてのOLCにとって、ディズニーに過度に依存しないための誇りであり、ブランドを守るための戦略だった。当時としては合理的で、先進的な選択だったことは間違いない。
しかし、開業から四半世紀を経て、TDRを取り巻く環境は大きく変わった。
非日常体験は極限まで濃密化し、チケット価格の高騰に伴って、ゲストの期待値も限界まで引き上げられている。
かつては正解だった「ディズニーからの自立」という戦略が、今の時代、ゲストのニーズとは噛み合わなくなってきているのだ。
パーク一強時代において、もはや「ディズニーには頼らない」という段階は過ぎたのかもしれない。いま問われているのは、ディズニーとどう距離を取り、どう関係を結び直すのか、という点だ。
かつて「最良の形」として選ばれたイクスピアリの自立心は今、その在り方を再定義すべき大きな転換点を迎えている。
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杉浦 圭(すぎうら・けい)
街歩きライター
街歩きを趣味とし、全国各地を巡り歩いてその街ならではの魅力を発見することをライフワークとする。旅行メディアでライターとしても活動し、旅行者の視点を交えながら、街の魅力を多角的に伝えている。東洋経済オンラインや、現代ビジネス、ジモコロなどに寄稿している。
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(街歩きライター 杉浦 圭)

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