■中国版TikTokに投稿されるディープな「民俗動画」
――書籍名『中国TikTok民俗学』とあるように、大谷さんは民俗学的な調査にショート動画SNSを活用されています。そのきっかけを教えてください。
きっかけは留学時代の研究仲間の一言でした。
2017年9月から20年2月までの2年半、中国に留学していた私は「無常」と呼ばれる死神について調査していました。ちょうど中国国内向けに開発された中国版TikTok――Douyin(ドウイン)が流行しはじめた時期です。
「このドウイン(以下、TikTok)ってヤツ、中国の農村の人々が身の回りの生活をバンバン投稿しているから、絶対に見た方がいいよ」
ところが、私は新しいテクノロジーに疎いこともあり、友人の言葉を聞き流していました。「TikTokが民俗学の調査に使えるわけないだろ」と無視したんです。
その後、コロナ禍になり、帰国を余儀なくされました。実家で暇を持て余していたときに、ふと友人の言葉を思い出し、改めてTikTokを見て腰を抜かしました。「農村の奇祭」「旅芸人の記録」「誰かのお葬式」……。
以来、バーチャルフィールドワークと称して熱心にTikTokを見るようになりました。それに伴い、TikTokの真価についても段々と理解が深まりました。民俗学は“ふつうの人々”について研究する学問です。そして、TikTokというのは“ふつうの人々”が自分の視点で撮影した動画を発信するツールです。両者の親和性が高いのは至極当然の話だな、と。
■柳田国男が生きていればハマっていたはず
――どんな動画をご覧になったんですか?
例えば、私のお気に入りに“失踪老人動画”というのがあります。中国の農村では老人がしょっちゅう失踪するらしく、そんな失踪老人たちを捜索する動画がたくさん投稿されているんです。
失踪老人たちは決まって山奥で発見されるんですが、特に興味深いのが動画に付属するコメント欄。そこを覗くと、少なくない人々が「山魈(さんしょう)」や「鬼打牆(きだしょう)」そして「魔神仔(モシナ)」といった神隠しを得意とする妖怪に言及しながら、「俺の村でも似たような怪異があった」と大真面目にコメントしているんです。つまり、失踪老人動画がトリガーとなり、そのコメント欄に中国津々浦々の神隠し伝承が続々と投稿されていたんです。
――まるで100年以上前に刊行された柳田国男の『遠野物語』の世界ですね。
テクノロジーがすさまじい勢いで発展した一方で、古い文化や風習がまだまだ残っているからでしょうね。もう少し具体的に言えば、中国社会の3つの環境が関連していると考えています。
1つ目が、広大な中国には地元の人以外に知られていない習俗がいまだ膨大に残っていること。2つ目が、電子決済システムの普及に伴う、老若男女問わない高いスマホ保持率。そして最後が、自他の私生活を気軽に撮影して投稿してしまう肖像権やプライバシー意識の希薄さです。
あえて日本に置き換えて表現すれば、柳田国男が民俗学に取り組んだ明治から昭和のはじめにスマホが普及して、日本各地の人々が自分たちの身の回りを撮影してTikTokに投稿しているような状況と言えるかもしれません。もし柳田が生きていれば、間違いなく彼もTikTokにハマっていたはずです(笑)。
■原動力は「ビビビッ」の感覚
――大谷さんは、TikTokで珍しい神を見つけると、実際に中国各地の現場に足を運んで調査を行っていますが、その原動力はなんですか?
たとえば、中国の死神「無常」は血の涙を流し、長い舌をベロリと垂らすという恐ろしい姿をしています。それなのに〈一見生財〉〈天下太平〉などとおめでたい言葉が書かれたコックさんのようなひょろ長い帽子を被っています。
そんな「無常」しかり、逆立ち姿が印象的な「張五郎」しかり、本書で探訪した神々はいずれもビジュアルがかなり奇天烈です。
「なんで中国の人々は、こんなヘンテコな神を拝んでいるんだろう。こいつらにはきっと何かある!」
そんな風に“ビビビッ”と目玉に衝撃が走ると、気づけば珍神探訪に出かけているんです。子どもの頃から、特撮怪獣や変わった形の生き物が好きだったので、その影響もあるかもしれません。
■魅力は“なんでもあり感”
――張五郎の逆立ちポーズについてもう少し詳しく教えていただけますか?
狩猟の神とされる張五郎は、なぜか両手を地に着け、両足を天に向けた、いわゆる逆立ちのポーズをとっています。湖南省の山奥で見つけた巨大な張五郎像の前で、地元の方が逆立ちの由来をこんなふうに教えてくれました。
〈昔々、猟師だった張五郎は、道教の神である太上老君の娘と恋に落ちました。ぶち切れた太上老君は張五郎を殺そうとします。娘は張五郎を守るために腕を脚の位置に、脚を腕の位置に、そして頭を股間の位置に入れ替え、まったくの別人にして張五郎を守ったのです〉
意味不明ですよね(笑)。きっと漫画家やイラストレーターなど特定の個人が、「面白い神さまを生み出してやれ」と考えたとしたら、こんなビジュアルにはならないのではないかと思います。無常や張五郎の奇妙な姿は、たくさんの人の信仰や無意識が反映され、長い歳月をかけて形成されたものなのでしょう。
しかも、民間信仰には教義や経典がありませんから、時代や地域によって神のビジュアルや信仰の形も変幻自在に変わります。
■文化はそんなに柔じゃない
――中国と言えば、1966年からはじまった文化大革命で、民間信仰や伝統文化を破壊し尽くした印象があります。いまなお残る民間信仰を中国共産党は取り締まらないのですか?
確かに中国の宗教や伝統文化は、文化大革命や共産主義の唯物論によって破壊されたというイメージを持つ人は多いと思います。
しかし、中国で暮らしたり、TikTokの映像を手がかりに現地を調査したりしてみると、文化はそんなに柔(やわ)じゃないということが実感できます。文化というものは国家権力が強制したからといってそう簡単に破壊できるものではありません。その証拠が、いまだに中国各地に残る多種多様な民間信仰です。
田舎に足を延ばせば、数多のローカルな神々が祀られていたり、妖怪の話が伝わっていたりします。失踪老人の動画もそうですが、自分の子どもが妖怪や悪霊にさらわれてしまうかもしれないと本気で怯えている人々が未だに大勢いるんです。
そうそう、共産主義と民間信仰という文脈で、留学時代にとても興味深い話を指導教官から聞きました。
中国にはシャーマニズムを基調とした民間信仰がたくさんあります。先生の村には、文革期にもシャーマンがいたそうです。
■“ふつうの中国人”を知ってほしい
今、中国というと日本との関係悪化がよく報じられていますよね。そのせいで、「日本人が中国に行くのは危ないんじゃないか」と思っている人が少なからずいるはずですが、そんなに怯える必要はないと思います。
少なくとも私は現地(福建省・厦門)に住み、中国各地へ頻繁に調査に訪れていますが、日本人という理由で危険な目に遭ったことは今のところ一度もありません。
というか、拙著にも書いたとおり、調査の過程で中国各地の人々に何度も手助けしてもらいましたし、むしろお世話になりっぱなしです。馬鹿っぽい表現になりますが、みんなふつうにいい人たちですよ。
もちろん、オーバーツーリズムの問題をはじめ、身近な中国人とのあいだに軋轢を感じている日本人も多いでしょうが、多くの場合は「生活習慣の違い」を起因としたものであり、相互理解を深めることで状況は改善可能だと私は信じています。
今回の書籍を刊行した背景にも、中国という国ではなく、一人一人の“ふつうの中国人”の営みを紹介することで、先ほど述べた相互理解の一助になればいいなという思いが強くあります。
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大谷 亨(おおたに・とおる)
民俗学者
1989年、北海道生まれ。2012年、中央大学文学部卒業。
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山川 徹(やまかわ・とおる)
ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『最期の声 ドキュメント災害関連死』(KADOKAWA)などがある。最新刊に商業捕鯨再起への軌跡を辿った『鯨鯢の鰓にかく 商業捕鯨再起への航跡』(小学館)。
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(民俗学者 大谷 亨、ノンフィクションライター 山川 徹)

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