■少年マンガのような民俗学の本
――日本の地方の民間信仰は、過疎高齢化などの影響で廃れつつあります。一方で、『中国TikTok民俗学』で取り上げられた中国の民間信仰には、生き生きとした活気を感じました。
日本を舞台に書かれる民俗学のルポルタージュは、消えゆく文化を記録するという目的で書かれたものが多い気がします。そのためか、どことなく文学的な切なさが漂っている作品が多いですよね。
一方、『中国TikTok民俗学』の場合は、読者から「少年マンガみたい」という感想がチラホラ寄せられている。鋭い指摘だと思います。確かに本書には少年マンガチックな脳天気さが濃厚に漂っていますから。
しかし、それもそのはずです。私が中国各地で見聞きした民間信仰はいずれも現役で活躍する現在進行形の文化。衰退の予兆など微塵も感じさせません。そのテンションの高さを文章で忠実に再現しようとした結果、世にも珍しい少年マンガみたいな民俗学の本になってしまいました。
■中国で人気を集める“日本の神さま”
――現役で活躍する中国の民間信仰にはたとえばどのようなものがあるのでしょうか?
本書で取り上げた“大黒天の逆輸入”なんかいい例だと思います。大黒天というのは、もともとはインドのマハーカーラという恐ろしい神でした。それが密教の伝播とともに、チベット、中国を経て、日本に伝わります。その後、日本神話に登場する大国主命と習合し、日本特有のふくよかなおじさんの姿になりました。
私が暮らす福建省厦門(アモイ)では、毎年、国内外から1000を超える仏具屋が一堂に会する大規模な仏具展覧会が開かれます。私はそのイベントが大好きで、毎年通っているのですが、数年前から奇妙な光景が観測されています。おびただしい数の日本の大黒天像が展示販売されているんです。
「なぜ、和式大黒天が中国に⁉」
不思議に感じて調べはじめると、中国における和式大黒天ブームは“密教の逆輸入”とも呼べる現象であることがわかりました。
■同時多発する“大黒天の逆輸入”
日本の密教は、遣唐使として空海が長安に留学して持ち帰った宗教です。その後、日本では高野山を中心に密教が定着しました。一方、中国の密教は衰退の歴史を辿ります。そうした背景のもと、現代中国に密教を復元するべく、多くの中国人が高野山に留学し、密教を逆輸入している状況があります。
その代表的な人物が、香港で大きな影響力を持つ李(り)居明(きょめい)という占い師です。日本でいうところのDr.コパさんのような人です。高野山に留学した彼は、和式大黒天の存在を知り、香港に戻ってから「和式大黒天像を拝むとお金が儲かるぞ」と盛んに宣伝しはじめました。
ただし、李居明による逆輸入は“大黒天の逆輸入”の一例に過ぎません。その他の宗教家が高野山から逆輸入しているケースもあります。また、宗教家ではない一般の中国人にとっても和式大黒天のふくよかな見た目は琴線に触れるものらしく、日本旅行のついでに大黒天像を見つけては「おめでたそう」「御利益がありそう」という感じで購入し、自宅でおのおの祀っているケースも少なくないようです。
中国人は現世利益を叶えてくれる霊験あらたかな存在に対して雑食なところがありますからね。和式大黒天に対し「発財」(商売繁盛や金運上昇)を叶えてくれそう……そんな素朴な感覚で、中国全土で信仰が広まっているようです。
■大黒天信仰とシャーマニズム
――中国における“大黒天の逆輸入”は経路がひとつではなく、同時多発的に生じているということですか?
そうですね。しかも中国各地で独特な大黒天信仰も展開されつつあるんですよ。
――独特な大黒天信仰……とても気になります。
TikTokで〈大黒天〉と検索すると大量の動画がヒットします。なかでも私が注目したのが、小槌を持って、福袋を担ぎ、赤い服を着たとある男性の動画です。“生き仏”ならぬ“生き大黒さま”と呼びたくなるような姿で、儀式を執り行っていました。
儀式を行う一室には、“生き大黒さま”を崇拝する人々でひしめき合い、動画の片隅には〈大黒天財神の祭壇なり。この動画を目にした者は、富と福と健康がえられるだろう〉というメッセージが書かれてありました。
和式大黒天を利用した怪しい新興宗教なのではないか。正直、そんな疑念がよぎりましたが、思い切って“生き大黒天さま”のお宅がある広東省普寧市を訪ね、インタビューを試みました。その結果、彼の正体がシャーマンであることが判明しました。
■お供え物は赤ワイン
シャーマンというのは、自身に神を憑依させ、神の代弁者として悩める人々を救済する宗教的職能者のことです。多くの読者は意外に思うかもしれませんが、中国ではこうしたシャーマニズムの伝統が今なお各地に息づいています。
つまり、私がTikTokで見つけた“生き大黒天さま”は、怪しい新興宗教の教祖などではなく、むしろ地元に根付くシャーマニズムの伝統をベースとしながら、そこに日本の大黒天信仰を融合させた人物だったのです。
ところで、シャーマニズムには「こうあるべき」という永遠不変の真理は存在しません。
――大黒天に赤ワインをお供えするなんてはじめて聞きました。
私もです(笑)。“生き大黒さま”によれば、大黒天は赤ワインの他にもチョコレートなどの甘い物が大好きだそうです。また、取材先の祭壇に柄の部分が異様に長い不思議な小槌がお供えされていたので気になって尋ねると、「『柄の長い小槌がほしい』と大黒天が言ったからだよ」と“生き大黒さま”がこっそり教えてくれました。
■中国には信教の自由がないのか
――こうした“民間信仰の隆盛”に触れると、中国社会の印象がずいぶんと変わる気がします。大谷さんのなかでも中国観の変化はありましたか?
当初は私も中国というのは信教の自由がない、無宗教の国だと考えていました。もちろん、それは一面では事実です。しかし、各地をほっつき歩いているうちに、中国というのは日本と同等かそれ以上に神や妖怪が健やかに生き続けている場所でもあることが段々とわかってきたんです。
たとえば、中国における廟の役割に注目するとわかりやすいかと思います。
というのも、中国の廟を訪れると、そこには瞑想したり、ぼんやり黄昏れている人が必ずいます。“生き大黒さま”の自宅にも、ふらりと訪れては悩みや愚痴を零(こぼ)し、祀られた和式大黒天像にお祈りして、リフレッシュしたり、心を落ち着かせたりして帰って行く人々で溢れています。つまり、中国各地の廟にせよ、“生き大黒さま”の自宅にせよ、そこは地域の人たちの生活に密着した心を癒(い)やす場としての役割を果たしているんです。
私はその様子を眺めながら、「これは日本でいうところの喫茶店もしくは銭湯だな」と直感的に思うと同時に、日本の神社仏閣がそのような役割を十分に果たせているのか疑問を覚えるに至りました。
つまり、信教の自由がないはずの中国を観察しているうちに、むしろ日本における信教の不自由さが見えてきたということです。仮に日本の神社仏閣も、地域の人たちがもっと気軽に足を運べる、まさに喫茶店や銭湯のような場になれば、きっとより多くの人が救われるでしょうし、信者を不当に搾取する悪徳宗教も減っていくのではないかと個人的には思うのです。
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大谷 亨(おおたに・とおる)
民俗学者
1989年、北海道生まれ。2012年、中央大学文学部卒業。2022年、東北大学大学院国際文化研究科修了。博士(学術)。現在、厦門大学外文学院助理教授、無常党副書記。
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山川 徹(やまかわ・とおる)
ノンフィクションライター
1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大学二部文学部史学科に編入。大学在学中からフリーライターとして活動。『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)で第30回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。著書に『カルピスをつくった男 三島海雲』(小学館)、『最期の声 ドキュメント災害関連死』(KADOKAWA)などがある。最新刊に商業捕鯨再起への軌跡を辿った『鯨鯢の鰓にかく 商業捕鯨再起への航跡』(小学館)。
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(民俗学者 大谷 亨、ノンフィクションライター 山川 徹)

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