組織の中で、自分の意見を飲み込んだ経験はないだろうか。元・陸上自衛隊幹部の有薗光代さんは「私は米陸軍工兵学校で『現場のリアルな声』が組織を進化させる様子を目の当たりにした。
そのため、自衛隊でも自分が必要だと思ったことは臆せず発言するようにした」という――。
※本稿は、有薗光代 『セルフスターター 自分で自分を動かすスキル 米陸軍工兵学校で学んだ仕事と人生で大切なこと』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■「波風を立てないこと=優秀」と思っていた
あなたは、自分の立場やその場の空気を気にして、本当は言いたいことをのみ込んだ経験はありませんか?
「男だったら評価されていない」

「そんなことは誰でも言える」

「育児中なのに1年も海外派遣? 子どもがグレるよ」
これらはすべて、私が実際に言われた言葉です。
女性活躍を語る会議ですら、同性の先輩から心ない声が飛んできて、無力感や罪悪感に押しつぶされ、眠れない夜もありました。
やがて私は、「波風を立てず、与えられた仕事を処理すること」が優秀だと思い込むようになっていきました。
けれども、それは違いました。黙ってやりすごすことは、組織の「死」に手を貸す行為だったのです。
■最下層兵でも上司に改善を求める米陸軍
そう思えた背景には、米陸軍工兵学校で学んだ哲学があります。
工兵は、「戦うエンジニア」。戦場で橋を架け、地雷を除去し、仲間が前進する道を切り拓く――そんなプロフェッショナル集団です。
その任務は戦場にとどまらず、災害復旧、公共インフラの整備、環境保全といった国家事業にも及びます。アメリカ社会の骨幹と言える場所には、常に彼らの技術と汗が刻まれてきました。

この工兵のプロフェッショナルを育てるのが、アメリカのミズーリ州フォート・レオナードウッドにある米陸軍工兵学校です。世界各国から選ばれた工兵の精鋭たちが集い、戦術、技術、リーダーシップを徹底的に鍛えられます。
「多様性は、組織の強さの源である」
米陸軍では、最下層の二等兵であっても、上官に堂々と改善を求めます。「現場のリアルな声」が組織を進化させると信じているからです。
戦場で危険を感じた兵士は、その日のうちに掲示板に情報を共有し、すぐに装備や訓練が改善されていく。この「現場発の改善のサイクル」こそ、巨大な組織を生かし続ける新陳代謝なのです。
■「生理用品とオムツを避難所に置いてください」
私には、忘れられない経験があります。
自衛隊で災害派遣に出たある日、私は生理の初日でした。
トイレに行けない状況を想定し、オムツを履いて対策本部に詰めていました。洪水で屋上に取り残された生徒、崖崩れ、孤立した地域、急病人。深刻な状況に、不眠不休で対応していました。
通常であれば、そんな混乱のなかで言うことは憚かられるのですが、私は男性ばかりの会議でこう言いました。

「生理用品とオムツを置いてください。対策本部と避難所に」
一瞬、空気が止まりました。
けれども、すぐに理解と共感が広がり、現場は動きました。結果として、被災直後の早い段階で授乳室が設けられ、衛生環境が整い、多くの女性や乳幼児が守られたのです。
誰も悪意があったわけじゃない。ただ「気づけなかった」だけです。
でも、もし私が黙っていたら――救われなかった誰かがいたかもしれない。
そのとき私は確信しました。自分の声は、自分だけのものではない。誰かの命綱になることがあることに。
こうした現場発の改善は、戦場や災害現場だけの話ではありません。私たちの職場や暮らしのなかにも息づいています。

1人の気づきが、製品やサービスを変え、仕組みを変え、社会を変えていく。「声を上げる」という行為そのものが、社会を進化させるのです。
■地形すら変えて仲間が戦える環境を作る
違和感を抱えながらも「仕方ない」と流そうとしている。
その瞬間こそ、「壊す」か「創るか」を選ぶチャンスです。
米陸軍工兵学校で学んだ最大の教訓は、環境とは「与えられるもの」ではなく「自ら創るもの」だということ。
工兵は、必要なら、その場の「地形」を変えることで、仲間が戦える環境を整える専門家です。橋がなければ架け、状況によっては敵の進路を防ぐために橋を破壊もします。
「破壊」と「創造」を呼吸のように繰り返しながら、戦況そのものを創り変えていく――それが工兵の仕事です。
私たちの仕事や人生でも同じです。
古い制度や慣習、思い込み。それらが前進を妨げているとき、環境が整うのを待つのではなく、自らの手で、構図を壊し、創り直す。それが、セルフスターターという生き方です。

■アフガン戦争の最大の敵は「古い常識」だった
2000年代初頭、イラク・アフガニスタン戦争に展開した米軍は、圧倒的な軍事力を持ちながらも予想外の苦戦を強いられました。原因の1つが、IED(Improvised Explosive Device:即席爆弾装置)です。
手りゅう弾や砲弾、地雷などを流用してつくられる自家製爆弾で、外見から見分けがつかず、道路脇やがれきにまぎれて設置されます。そして、敵は正面から向かってくる軍隊ではなく、街の建物や人混みにまぎれて攻撃してくるゲリラ。戦車さえ破壊され、2001年から2007年の間に約8万件の被害が発生。負傷兵の4割以上がIEDによるものでした。
それでも当時の米軍は、かつての成功パターンに縛られ、戦い方を更新できずにいました。のちに軍も認めています。「敵の戦い方が変わっていたにもかかわらず、現実の脅威に即して戦略を更新できなかったことが、被害の拡大を招いた」と。
最大の敵は、敵そのものではなく、「自分たちの常識」だったのです。
そのようななか、現場の工兵たちは動きました。恐怖と緊張のなかで、「どうすれば仲間を安全に通せるか」を起点に、対策を自ら生み出していったのです。

危険地域では遠隔操作のロボットを投入し、人が近づかずに爆発物を処理できるようにしました。さらに、IEDに耐える装甲車を導入して被害を大幅に減らしました。
作業の手順も見直し、道路わきの砂利やがれきを片づけて異変に気づきやすくし、危険な箇所を把握して表示する、一連の仕組みを全軍に広めました。
これらの変革は、上層部の命令ではなく、現場から生まれたものでした。破壊の現場で、創造の知性が芽吹いた。その呼吸が、戦術を進化させ、組織を生かしたのです。
■妊娠中の任務で気付いた自分自身の思い込み
これは戦地だけの話ではありません。私たちの周囲にも、こんな「壊しどきのサイン」が潜んでいます。
・成果が出ていないのに、やり方を変えていない

・無理や犠牲が常態化していても、誰も疑問を口にしない

・過去の成功体験が、いまの柔軟性を妨げている

・上層部と現場の目標がズレている

・改善が惰性になっている
セルフスターターとは、こうした「小さな異変」から目をそらさず、必要なら壊し、新たに創り出せる人です。
私自身もあるとき、壊すべき「自分の思い込み」に気づかされました。壊すべきは、制度ではなく、まず自分のなかの前提でした。
妊娠中の私は、防災担当として現場に駆けつけることができないことに強い罪悪感を抱いていました。
当時は、「妊婦や育児中の隊員は戦力外」という空気も、組織に残っていたのです。
ある日、人手不足で泊まりの勤務を頼まれ、無理を押して引き受けました。
翌朝、出血。流産を疑うほどの状況で、ようやく悟りました。「このままのやり方では、自分も子どもも守れない」と。
そこで私は「現場を離れる」のではなく、「役割のかたちを変えて残る」と決めました。
任務から退くのではなく、「いまの自分にできること」を探そうと腹をくくったのです。
■「戦力外」のレッテルを自分で破り捨てられた
その矢先、上司の次の言葉が背中を押してくれました。
「訓練に行けるのがえらいわけじゃない。大切なのは、仕事の生産性だ」
張り詰めていた糸がふっと緩みました。私は、妊婦服のまま地域の防災計画を調整し、自治体や警察・消防との連携を進めました。結果として、妊娠中でありながら、過去に例のない「最高評価」のボーナスをいただくことになりました。
そして、それ以上に大きかったのは、自分のなかの「戦力外」というレッテルを自分の行動で破壊できたことでした。
あの上司のひと言がなければ、私は早くに退職していたかもしれません。
人は、環境ではなく「意味づけ」で動く生き物です。言葉ひとつで、人は自分の限界を塗り替えることができる。
人生には、思いがけず立ち止まらざるをえない瞬間があります。けれども、そのときに「もうダメだ」で終わるのか、それとも「ここから創り出そう」と思えるのか。その選択こそ、セルフスターターの呼吸です。

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有薗 光代(ありぞの・みつよ)

元・陸上自衛隊幹部

1982年、大阪府生まれ。自衛隊の最下級である二等陸士として入隊。上官の靴磨きからキャリアをスタートさせ、エリート幹部の登竜門とされる指揮幕僚課程に合格。日本人女性として初めて米陸軍工兵学校に家族を帯同して留学。東日本大震災など合計4回の災害派遣、国連PKOに2回従事。令和4年には内閣府国際平和協力本部長(内閣総理大臣)から感謝状を受賞。退職後は「女性・平和・安全保障(WPS)」をテーマに講演活動を行うかたわら、コーチング等を行っている。

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(元・陸上自衛隊幹部 有薗 光代)
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