■従事者減少の裏で起きている「農業の大変革」
日本の農業を支えてきた「人」の減少スピードは、待ったなしの状況にある。農林水産省が発表した「2025年農林業センサス(概数値)」によれば、農業を主業とする「基幹的農業従事者」は以下の通り激減している。
2015年:175万人
2020年:136万人
2025年:102万人
わずか10年で70万人以上、地方都市が丸ごと一つ消滅する規模の人口が現場から消えた。それでもなお、2025年時点の102万人の内、65歳以上は71万人にも及ぶ。平均年齢は67.6歳。2015年の65歳以上の割合は65%であったのに対し、2025年は69%とむしろ増加傾向にある。100万人を割り込むのは、もはや時間の問題である。
一方で、農業の「形」は確実に変化している。個人農家が激減するなか、法人経営体は5年前から約8%増加。この10年で、法人が耕作する面積のシェアは全農地の約1/3から1/2へと急拡大している。
ここで一つの疑問が生じる。従事者が減ったのなら、日本の食料生産も壊滅的な打撃を受けているのではないか。しかし、統計を見てみると、そこには「機械化による維持」と「手仕事の喪失」という二極化が浮かび上がる。
農林水産省から発表されている作物統計によると、野菜全体では、2015年の生産量1,166万トンに対し、直近でも1,114万トンと、減少幅はわずか4%にとどまっている。たまねぎ(+4%)やキャベツ(▲4%)のように、大規模化と機械化が進み、加工・業務用需要にシフトした品目は、人が減っても生産量を維持、あるいは増産さえしているのだ。
しかし、その「維持」の裏側で、機械化が難しい品目は大きく減少している。
■価格高騰が避けられない品目
大きく生産量を落としているのは、次のような品目だ。
だいこん:▲20%
1本1~2kgという重量を土中から「引き抜く」動作は、腰への負担が極めて重い。さらに、だいこん特有の「洗浄・磨き」という調整工程には、洗浄設備や膨大な手作業が必要となる。加工用としての需要はあっても、この身体的負荷と設備投資の壁が、高齢化した個人農家のリタイアを加速させている。
ほうれんそう:▲19%
葉が柔らかく傷みやすいほうれんそうは、機械での一斉収穫が難しい。さらに深刻なのが、収穫後の「調整」という手作業だ。
果実全体:▲21%
果樹園の多くは、大型機械が入れない中山間地の傾斜地にある。さらに、果樹栽培は「剪定」から「摘果」「収穫」に至るまで、脚立に登っての作業が中心だ。高齢の農家にとって、足場の悪い斜面での高所作業は重労働となる。また、長年の経験に基づく熟練の技術が必要な点も簡単に参入できない要因ともいえる。
平地の法人が大型機械で回せる品目は数字を維持できるが、中山間地で培われてきた「人の手」を要する品目は、減少傾向にある。数字上では全体で「横ばい」とも見て取れるが、細かく見てみると二極化が進んでいるといえる。
■効率化が難しいエリアの“強み”
実際、岩手県の中山間地を抱える「JAいわて花巻」の野菜部会員数は、2016年の1506組から2025年には961組へと、3分の1以上が姿を消した。当地域の長ネギにおいては、全盛期には約80haあった作付面積は、現在約30haまで縮小している。
とはいえ、「条件不利地=貧困・衰退」という図式は、必ずしも正しくない。実際、標高差を活かした夏場の冷涼な気候で、平地が端境期となる時期に高単価な高原野菜を安定供給する長野県や、特定のブランド果樹で盤石な経営を築いている和歌山や山形の産地など、「中山間地だからこそ強い」産地は全国に点在する。
「地域商社」としてのJAの機能:小規模農家が多くても、JAが強力な集荷・販売網を維持することで、個々の農家は生産に集中し、有利な価格交渉ができる。JAいわて花巻でも、今なお900組以上の部会員が残っているのは、この共同販売の仕組みが機能しているからに他ならない。
「適正規模」の家族経営:必ずしも法人化しなくても、数ha程度の農地や数十aの施設園芸を家族経営で効率よく回すことで、可処分所得を確保している「隠れた優良経営体」は多い。
■過疎集落の棚田で米栽培「Wakka Agri」の戦い方
私は、車中泊で全国各地の農家を取材して回っている。しかし、人口わずか60人、その大半が70~80代という長野県伊那市長谷中尾の集落を訪れたとき、私の本音は「ここで農業を維持するのは、あまりに無謀ではないか」というものだった。
大型機械の導入が難しい急峻な棚田、さらに手間のかかる「自然栽培」。既存の農業のモノサシで見れば、それは極めて非効率で、いつ破綻してもおかしくない挑戦に見えたからだ。
その疑問を、株式会社Wakka Agriの取締役社長、細谷(ほそや)啓太(けいた)さんにストレートにぶつけてみた。
「失礼ですが、条件の悪い中山間地で、わざわざ効率の悪い自然栽培。普通に考えれば、経営としては詰んでいるように見えます。なぜ、あえてこの場所だったのでしょうか」(筆者)
細谷さんは、私の少し意地悪な問いに対し、穏やかに、しかし確信に満ちた表情で答えた。
「確かに、ここは『不便で生産性が低い場所』かもしれません。でも、世界に目を向ければ、全く別の価値が見えてくるんです。私たちは、ここを単なる過疎地ではなく、『世界が求める高付加価値な米を生み出す場所』だと考えています」(細谷さん)
これまで、日本米の輸出における最大の障壁は「酸化による品質劣化」であった。精米した米は、白米になった瞬間から空気に触れて劣化が始まる。日本で精米された後に、高温多湿のコンテナ輸送や海外の店頭に並ぶ長い時間の中で、本来の甘みや香りを失ってしまい、海外の消費者が食べる頃には、「日本米は高いだけで、そこまで美味しくない」という誤解を生んでいたのだ。
同社の母体となるWakkaグループは、この課題に対し、あえて玄米のまま冷蔵輸出し、ニューヨークやロンドンなど世界9拠点の店舗で、顧客の注文を受けてからその場で精米する「現地精米」モデルを構築したのである。それにより、日本国内の食卓と遜色のない「最高の状態」の日本米を世界の食卓へ直接届けることが可能になった。
それにより、日本国内で生産を担うWakka Agriは、国内の価格競争を飛び越え、米文化を理解する現地の日本人や富裕層をターゲットに据えることで、中山間地の小規模生産でも成立する収益性を確保している。
■「戦略的品種」の使い分け
細谷さんは、中山間地の特性とニーズを戦略的に掛け合わせている。
巨大胚芽米「カミアカリ」:1998年に発見された突然変異種で、コシヒカリの約3倍の胚芽を持つ玄米食専用種。その独特の食感と味は、海外の健康志向の消費者から好評を得ている。白米のように食べやすいこの品種を最高の鮮度で届けることで、高値でも指名買いされるブランドへと成長させた。
「ササシグレ」の復活:1950年代には広く生産されたが、病気に弱く倒伏しやすい性質から姿を消した。その一方で、味が良いことから現在でもごくわずかに生産をされている品種。同社はこの「倒れやすさ」を、肥料を使わない「無肥料・自然栽培」によって背丈が大きく成長しないことで克服。
大型機械が入らない土地を、あえて「手間をかけた高付加価値の米」へと読み替えたのである。
■地域インフラを維持するための「村づくり」
細谷さんが重視するのは、単なる生産効率ではない。
人口60人の集落では、水路掃除や獣害柵の補修といった「共同作業」が止まれば、農業そのものが継続不能になる。そこで、同社は海外で稼いだ外貨を地域に投資し、古民家を再生してカフェやジビエ料理店を誘致。さらには、15年途絶えていた「子ども神輿」を復活させた。
これは、住民の誇りを取り戻し、地域住民という「農業インフラ」を盤石にするための経営戦略である。
■「攻め」と「守り」双方の戦略が必要
中山間地を語る際、全てを「衰退する弱者」としてひとくくりにすると、本質を見失う。地域によってポテンシャルも課題も全く異なるからだ。
例えば、標高差やブランドとして確立されている果樹に恵まれ、高付加価値な農業が可能な地域には「自立のための投資」が必要だ。
その中で、標高差やブランドとして確立されている果樹に恵まれていない地域においては、Wakka Agriのような存在が重要になる。
同社が示しているのは、自社完結の成功を目指すモデルではない。自ら築き上げたノウハウや販売網を次世代の担い手に開放し、地域の生産基盤を支える「プラットフォーム」としての姿だ。実際、若者を研修生として受け入れ、独立後も機械レンタルや販路確保をサポートしている。
こうした成功事例を共有し、その知見を賢く活用することも、今の時代には不可欠な生存戦略といえるだろう。
■二極化で強くなる「新しい農業のカタチ」
日本の農業は「二極化」という大きな節目を迎えた。デジタルと論理で生産性を極め、日本の食の「量」を支えるインフラとしての大規模法人。そして、地域の特性を繋ぎ、日本の「質と国土」を守る地域経営体。
これからの時代に求められるのは、この「二つの農業」が互いの役割を認め、共生する視点だ。平地ではスマート農業を駆使したコスト競争力が、中山間地ではWakka Agriのような「不利を価値に変える」独自のブランド戦略や公的支援が、それぞれの現場で正解となる。
大切なのは、減少する数字に注意を奪われるのではなく、残ったリソースをいかに再配置するかにある。もはや、すべての農地を旧来の形で維持することは不可能だろう。しかし、攻めるべき地域には民間の活力を投じ、守るべき地域には「多面的機能の維持」という大義のもとで国が支援を行う。この役割分担を明確にすることこそが、100万人まで減少した先にある「新しい農業の形」ではないだろうか。
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鈴木 雄人(すずき・ゆうと)
農業ライター
1997年、茨城県石岡市生まれ。農学部を卒業後、青果卸会社に就職。全国の農家と繋がり、現地で得た情報を発信することで、農業界を盛り上げていきたい。という気持ちが強まり、約2年勤めたのち退職。2022年より、車中泊で全国の農家を周りながら現地で得た情報をメディアやSNS、ブログ「はれのちアグリ~農業情報~」で発信する。
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(農業ライター 鈴木 雄人)

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