※本稿は、高原美由紀『できる人は25分で「場所」を変える』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■「環境」は思考や集中力に影響する
私はこれまで9回の自宅の引っ越し、4回のオフィスの引っ越しのたびに、内装や配置を工夫し、改装して実験しました。その過程で見えてきたのは、環境によって思考の質や睡眠の質、集中力が大きく違うということでした。
デザインを考えるときは、明るく視界が開けた開放的な空間や、景色のいい場所のほうが創造的なアイデアが生まれやすいと感じました。
一方、経理などの細かい作業は、余計なものが目に入らず、小さな空間のほうが集中しやすくなりました。会議も、立って行うと早く終わり、私が会議テーブルの中央に座らないほうが、スタッフの意見が活発になりました。
また、内省するときは、より小さな空間のほうが、自分の感覚や気持ちにアクセスしやすくなりました。寝室では、スタンドの灯りをつけたまま眠るよりも、暗くしたほうが熟睡できました。
本棚の本も、色や形をそろえて並べたほうが視界が落ち着きました。デスク上にカタログや書類を積み上げていると、アイデアは浮かびにくいのに、視界をすっきりさせたら創造性が高まりました。
■なぜか「部下に厳しい」と言われる50代管理職
この傾向は、私だけでなくスタッフやクライアントにも共通していました。
では、この法則は実際の現場でも同じように働くのでしょうか。次に示すのは、職場と家庭で起きた2つの事例です。
【距離を変えただけで部下との衝突が減った(50代男性管理職)】
50代の男性管理職は、ずっと「部下に厳しい」と言われていました。本人は「普通に話しているつもり」でした。
原因は、デスクの位置にありました。スタッフの背後で、しかも3.6m以上離れた位置から声をかけていたのです。人は3.6mを超える距離から話しかけると、声が届きにくく、自然と言葉尻が強くなります。これを私は、言葉尻の法則と呼んでいます。
背後から強い語気で声をかけると、部下たちに“いつも怒られている”印象を与えてしまい、警戒心を生み、職場の空気を凍らせていました。そこで、デスクの位置を3.6m以内、スタッフの斜め前方に移動しました。すると、同じ言葉をかけていても、伝わり方が大きく変わりました。
■「話しかけやすい距離」にしただけ
3カ月後には、部下との衝突が減り、職場の空気が柔らかくなりました。
本人は「自分が変わったわけではなく、話しかけやすい距離になっただけ」と話していました。それまで彼は、「部下との関係がうまくいかないのは、自分の指導力不足だ」と思い込み、さらに部下に厳しくしようとしていました。その結果、完全に負のスパイラルに陥っていたのです。
しかし「環境が人を変える」ことに気づいてから、会議の座席配置、オフィスのレイアウト、コミュニケーションの取り方を見直し始めました。やがて離職率が下がり、意見交換が活発な社風へと変わっていきました。
最も大きな変化は、彼の“マインド”でした。「努力や根性」から「環境を整える」へ。この気づきは、家庭、趣味、人間関係など、人生のさまざまな場面に広がっていきました。
「椅子ひとつ、位置ひとつでこんなに変わるなんて。これまで、どれだけムダな努力をしてきたんだろう。もっと早く知りたかった」そう言ってくれました。
■会話が減ってギクシャクしている40代夫婦
【座る位置と向きを変えただけで夫婦仲がよくなった(40代夫婦)】
40代前半のご夫婦と、妻の母の3人家族からいただいたご相談は、「ダイニングの椅子が大きくて邪魔だから、買い替えたい」というものでした。ところが、間取りを拝見して、ご家族が得たい感情をうかがうと、本当の問題は椅子では解決しないことがわかりました。
リビングを見ると、その確信はさらに強まりました。夫はテレビ前のソファで一人で過ごし、その周りは夫のもので散らかり、「俺のリビング」と“なわばり化”していました。
一方、妻と妻の母は、ソファの後ろのダイニングに並び、夫の背を見ながら座っていました。夫はテレビに向かい、妻たちはその背後にいて、夫婦が顔を合わせない配置です。この配置では夫は疎外感を感じていました。
一方、妻も夫に背を向けられていて、寂しさを募らせ、喧嘩が増えていました。
つまり、テレビ、ソファ、ダイニングの配置が、会話を減らし、不満と衝突を生んでいたのです。
そこで、テレビ、ソファ、ダイニングの位置と向きを変えました。目指したのは「会話が自然に弾む配置」です。
■「視野60度以内」「距離3~3.5m」に配置を変える
人は相手が視野60度以内に入っていると、会話が生まれやすくなります。
そして、それぞれが自分のことをしながらも、一緒に過ごしていると感じられ、話したいときに自然に会話できる距離は、約3~3.5mです。
これらを、「視野60度の法則」「つながれる距離の法則」と名づけています。
この2つの法則に沿って、夫婦がお互いの視野に入り、3~3.5mの距離で座れる配置に変えました。すると、変化が起きました。夫婦の会話が自然に増え、仲のよさも戻り、夫の“なわばり化”による散らかしも減りました。
安心できる居場所を取り戻したご夫婦は、「会話が増えて仲良くなりました。家族としての時間が戻ってきたんです」と話してくれました。必要だったのは、椅子ではなく“ご家族が感じたかった感情”が自然に生まれる空間だったのです。
■最も手を入れやすく、効果が出やすい
これらに共通していたのは、環境を変えただけで人の行動が変わったことです。
行動科学では、私たちの日常行動の多くが、意志ではなく、“その場の条件”によって引き出されると考えられています。
実際、声の届き方が変わるだけで衝突が減り、座る位置が変わるだけで発言が増えました。配置や距離といったごく小さな違いが、行動を引き出していたのです。
こうした環境の影響は、とくに40代、50代と年齢を重ねるにつれて強まります。仕事や家族の役割が増え、脳も心も常にフル稼働になります。さらに、性格や思考パターン、人間関係、生活習慣など、変えにくい要素も増えていきます。
そうなると、意志だけで気持ちや行動をコントロールするのが少しずつ難しくなり、環境の影響が行動に表れやすくなります。
環境は、最も手を入れやすく、効果が出やすい領域なのです。本書では、この仕組みを「環境が人を動かす3つのルート」として整理しています。
■環境を変えれば無意識に動く
多くの人は「行動を変えよう」「成果を出そう」としますが、行動や成果は結果にすぎません。大切なのは、「望む行動が生まれる環境」をつくることです。
環境という「入り口」を変えれば、体・感情・行動のすべてに影響が及びます。
(1)環境→行動
ホワイトボードがあれば書き、なければ書きません。環境は、それだけで行動を引き出します。
(2)環境→感情→行動
快適な空間では安心し、「長くいたい・また来たい」という行動が生まれます。
(3)環境→体→感情→行動
硬い椅子は体を緊張させ、「早く出よう」という行動を誘発します。姿勢が整うと気分が上向き、気分が沈むと姿勢も丸くなるように、体と感情はつながっています。
環境は、感情や行動を動かす入り口です。意志や努力で頑張るよりも「場所」を変えることが最も負担の少ない“成果への起点”なのです。
(参考文献)
・Awad, S., Debatin, T., & Ziegler, A. (2021). Embodiment: I sat, I felt, I performed – Posture effects on mood and cognitive performance. Acta Psychologica, 218, 103353.
・Edwards, J. R., & Cooper, C. L. (2013). Person–environment fit and stress: Recurring problems and some suggested solutions. In J. R. Edwards (Ed.), International review of industrial and organizational psychology, (pp. 167–199). Palgrave Macmillan.
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高原 美由紀(たかはら・みゆき)
一級建築士、空間デザイン心理学協会代表理事
早稲田大学大学院人間科学研究科修了。職業能力開発総合大学校講師。空間デザイン歴30年超、累計1万件以上の間取り指導実績を持つ。心理学・脳科学・行動科学・生態学など、多分野の科学的知見を空間デザインに統合し、「空間デザイン心理(r)」を体系化。深層のニーズを引き出し可視化する「LDNメソッド(r)」を開発。著書に『ちょっと変えれば人生が変わる!部屋づくりの法則』(青春出版社)がある。
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(一級建築士、空間デザイン心理学協会代表理事 高原 美由紀)

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