▼第1位 秋篠宮家とも三笠宮家とも全然ちがう…「愛子天皇」待望論の背景に家族関係のお手本"求める国民感情"
▼第2位 佳子さまがお気の毒でならない…31歳の「輝き始めたプリンセス」を待ち受ける皇族のジレンマ
▼第3位 「愛子さまは象のぬいぐるみを優しく抱き続けた…」皇室研究家が見た愛子天皇待望論"世界的発展の兆し"
天皇、皇后両陛下の長女、愛子さまは、11月に初の海外訪問となるラオスを訪れた。神道学者で皇室研究家の高森明勅さんは「国内では既に、『愛子天皇』待望論が高まっているが、今後、敬宮殿下(愛子さま)が海外公務を重ねることで、それが海外にも波及する気配がある」という――。
■看護学部の記念式典にご出席
12月14日、天皇皇后両陛下のご長女、敬宮(としのみや)(愛子内親王)殿下は、千葉大学の看護学部創立50周年記念式典にお出ましになった。同看護学部は、国立大学で唯一の学部で、これまでに約4000人の看護人材を輩出して来たという。
午後1時半頃に到着された敬宮殿下は、出迎えの関係者に「50周年おめでとうございます」とにこやかにお声をかけられた。
式典ではおことばを述べられた。
「私は、幼少の頃より折に触れて、看護師の的確な判断や対象者の意をくんだ臨機応変な対応に接し、相手の心身に寄り添う誠実な姿勢に、看護師の素晴らしさを感じてまいりました」
「地震や豪雨などの様々な自然災害が発生する中で、災害時の看護や被災者への支援に力を注ぐこともますます大切になってきているものと思います」
借り物ではない、ご自身の言葉で語ろうとされるお気持ちが伝わる。
おことばの中では、ご自身が5月に能登半島の被災地を訪問された経験も踏まえながら、学生たちのこれからの活躍に期待を寄せられた。その場にいた学生たちにとって、この上なく大きな励ましになったに違いない。
壇上のお席に座っておられる時に、姿勢を動かさないで、静かに会場を広く見渡しておられたお姿が、印象に残る。年齢が近い学生一人ひとりの表情に目を止めながら、おそらく心の中で優しく思いを寄せておられたのではないだろうか。
■「看護師の愛子」というファンタジー
この時のニュースに接して、敬宮殿下が学習院中等科1年の時に書かれた作文を思い浮かべた人もいただろう。
この作品は、空想上の「看護師の愛子」が務める診療所が海に流され、愛子はその「海の上の診療所」で傷ついた海の生き物たちを「精一杯」看護する、という物語だ。その締めくくりは次のようになっていた。
「愛子の名は海じゅうに知れ渡り、私は海の生き物たちの生きる活力となっていったのである。そう。愛子の診療所は、正に海の上の診療所になったのだ。今日も愛子はどんどんやってくる患者を精一杯看病し、沢山の勇気と希望を与えていることだろう」
他者への献身の象徴として、「看護師」は当時の敬宮殿下にとって、“憧れの職業”だったのかもしれない。式典での「幼少の頃より……」というおことばと重なる。
■「貴重な休日」のご公務
殿下がこの式典にお出ましになった事情について、メディアでは「社会福祉に関心があり、日本赤十字社でボランティアなどの仕事に携わっている愛子さまは、能登半島の被災地などを度々訪問されています。こうしたことから大学側から出席の願い出があった」(ANNnewsCH 12月14日配信)などと報じていた。
同大学で、この種の式典に皇族をお招きしたのは、敬宮殿下が初めてだった。ならばこの時も、皇族を招かない形の式典だって当然あり得たはずだ。
そのことを考えると、ひょっとして大学関係者の中に誰か殿下の作文のことを知っている人がいて、このたびの式典に最もふさわしい来賓として、とくにお招きする運びになったのかもしれない。
それにしても、この日は日曜日だった。日本赤十字社に務めておられる敬宮殿下にとって、貴重な休日のはずだ。
しかし、敬宮殿下は自ら「ご公務とお仕事の両立」という難しい選択をされている。今回も宮内庁を介した大学からのオファーを、こころよくお受けになられた。
皇族として、つねに他者への献身を心がけるお姿に頭が下がる。
■初海外訪問は「大成功」
敬宮殿下のご公務への取り組みにとって、大きな飛躍となったのは今年の11月17日から22日までのラオスご訪問だった。
何しろ初めての海外公務だ。しかもラオスは王制を倒し、社会主義革命を起こした国という事情もある。
天皇陛下が皇太子時代にすでに訪問されたことがあったとはいえ、事前には「大きな試練」(島田裕巳氏)という見方もあった。
だが改めて述べるまでもなく、ご訪問は大方の予想をさらに上回る、大成功だった。
まず、君主や大統領などの「国賓」に準じる待遇で迎えられたことは、同国が敬宮殿下のご訪問をいかに重視していたかを物語る。
敬宮殿下はご成年の記者会見で、ご自身のことを「人見知り」と打ち明けておられた。しかし、ラオスの国家元首のトーンルン・シースリット国家主席との一対一の会談の席でも、終始笑顔をたやさず、細やかな配慮を示しつつ、落ち着いて堂々と対応された。
ほかにも印象深い場面がいくつもあった。
■現地でのお心くばり
たとえば敬宮殿下は異例の厚遇として、晩餐会でおことばを述べる機会を与えられた。この時、おことばの内容が周到なご配慮と格調の高さを感じさせたことはもちろんながら、通訳がラオス語に翻訳している間にも、穏やかなご表情で会場の参加者に目を向けて、ご自分のメッセージが人々にどのように受け止められているかを、感じ取ろうとされていた。これは、出席者たちと誠実に向き合う姿勢とともに、心に余裕がなければできない振る舞いだ。
また、敬宮殿下が次に移動される近くの場所を伝えた現地の男性に対して、その一瞬すらお座なりにされず、しっかりとその人にお顔を向けてほほ笑まれ、感謝の気持ちを伝えられた。殿下が通りすぎられた後に、その男性がいかにも幸せそうな笑顔を浮かべている映像が、話題を呼んだ。
あるいは、日本のNPO法人が開設した「ラオ・フレンズ小児病院」を見舞われた時、入院している子どもから象のぬいぐるみを贈られた。その後、敬宮殿下のご移動に合わせて、側近の者が何人か、次の場所でそのぬいぐるみが邪魔にならないように気を遣って、途中で受け取ろうとしても、すぐには渡されないで、優しく抱き続けておられた。子どもの好意をないがしろにされない殿下のお気持ちがよく表れていた。
■国際的な存在感
現地で大きな共感を呼んだ殿下のお姿は、もちろん国内でも好意的に受け取られた。
さらに今回のラオスご訪問は、敬宮殿下の存在感が国際的にも高まるきっかけになった。海外メディアでは、天皇皇后両陛下のお子さまなのに、単に「女性だから」というだけの理由で皇位継承資格を認めない時代錯誤なルールが、日本ではいまだに残っている残念な事実も紹介されている(AP通信12月1日配信など)。
私も海外メディアの取材を受けることがある。しかしその時は、皇位継承ルールの立ち遅れについて、しばしば恥ずかしい思いをしている。
■ご公務の高い“ノルマ”
皇族としてのご公務への取り組みについては、天皇陛下と秋篠宮殿下の妹にあたられ、皇族時代は紀宮(のりのみや)清子(さやこ)内親王殿下とお呼びしていた黒田清子さまが、ご結婚によって皇籍を離れられる際に、以下のように述べておられた(「三六年間を振り返って」平成17年[2005年])。
「目に見える『成果』という形ではかることのできない皇族の仕事においては、自分に課するノルマやその標準をいくらでも下げてしまえる怖さも実感され、いつも行事に出席することだけに終始してしまわないように自分に言い聞かせてきたように思います」
当事者だからこそ言える率直なご心境の吐露だろう。皇室のご公務においては、内面的な責任感、使命感こそが最も大切だということが分かる。
これは逆に言えば、そのノルマや標準をどこまでも“上げる”こともできることを意味する。
敬宮殿下のご公務への取り組みを拝見すると、とてつもなく高いノルマ、標準を自ら課しておられるように感じられる。
ご公務にあたって、そのつど入念な事前準備をして臨まれることは、よく知られているだろう。その上で、つねに相手のことに配慮しながら、その場で全力を尽くされる。
このような敬宮殿下の使命感、責任感を支えるものは何か。生来の資質に加えて、恵まれたご成育環境に目を向ける必要がある。
■天皇陛下の座右の書
天皇陛下は浩宮(ひろのみや)殿下と呼ばれた頃から、最高の帝王学の教科書とされる花園天皇の『誡太子書(かいたいしのしょ)』を、座右の書としてこられた。同書では、自分の血統にあぐらをかくのではなく、国民の暮らしの大変さを思いやって身を慎み、道徳的な人格を磨くことの大切さを厳しく教えている。
「皇太子は宮中で優しく育てられたから人民の大変さを知らない。きれいな着物を着ても、その着物を作る苦労を知らない。おいしいご馳走に飽いても、農民の耕作の困難さを知らない。いまだ国への功績が少しもない。人民に対する貢献もない。にもかかわらず、先祖のおかげで将来、天皇の地位に上ろうとしている。すぐれた人格的な価値も身につけないで、人々の上に君臨することは、自分に恥ずかしくないのか……」(要約)と。
天皇陛下はこの書についてこれまでに3度、学習院大学のご卒業を控えた昭和57年(1982年)、皇太子として50歳を迎えられた平成22年(2010年)、さらに天皇として即位されてからの令和4年(2022年)に、それぞれ言及しておられた。
敬宮殿下はこのような天皇陛下のお側で、その感化・薫陶を受けながら、愛情豊かに育ってこられた。敬宮殿下が、先の中学時代の作文にもすでに表れていたような、ひたむきに他者への献身を願う心がけを、早くから身につけておられるのは、そのような理由によるだろう。
■ラオスでの「皇太子」待遇
敬宮殿下に接する人々は、その誠実さと思いやりに心を打たれ、笑顔になり、自然に敬愛の気持ちを抱く。その共感は、難なく国境も飛び越える。そのことが、このたびのラオスご訪問で証明されたのではないだろうか。
興味深いのは、敬宮殿下の初の海外公務をきっかけとして、国内で高まる「愛子天皇」待望論が、海外にも波及する気配があることだ。
ラオスはすでに国を挙げて敬宮殿下を「皇太子」にほぼ等しい待遇で迎えてくれた。これは異例の厚遇なので、あるいは敬宮殿下が将来、日本の天皇として即位されることを期待する気持ちの表れかもしれない。
敬宮殿下がラオスにご滞在中、同国において女性初の国民議会議長、さらに国家副主席として何枚もの“ガラスの天井”を打ち破ってきたパーニー・ヤートートゥ副主席が丁寧に、敬宮殿下に付き添って下さっていたのは印象的だった。
■「愛子天皇待望論」海外にも
今後、敬宮殿下の海外へのお出ましが増えていけば、愛子天皇待望論はさらに国際的にも広がる可能性がある。国内では、敬宮殿下のご公務へのお出ましが重なるたびに、「愛子さまフィーバー」が起き、共感と敬愛の輪が広がっている。
今年の女性天皇をめぐる世論調査では、毎日新聞(5月)が賛成70%/反対4%、読売新聞(12月)が賛成69%/反対7%という結果だった。多くの国民が賛成し、反対はごく限られている。
それに加えて海外から応援の声も予想されるとなると、ひたすら皇位継承問題の解決を先送りし続け、民意に背を向けて無為怠慢を決め込む政府・国会の無責任ぶりが、国の内外から“挟み撃ち”される場面もあり得る。
本気で安定的な皇位の継承を願うならば、どうすべきか。政府・与党などが企てている旧宮家系子孫男子の養子縁組策は、憲法違反の疑いや実現の困難さ、国民の違和感、そもそも皇位継承の安定化に無縁など、問題が山積みだ。だから、そんなごまかしプランではなく、側室不在の一夫一婦制で少子化も進む条件下なのに伝統でもない「男系男子」限定、という皇室典範が抱えるミスマッチな“構造的欠陥”を解消することが最優先の課題だ。
その欠陥さえ解消されれば、多くの国民の願い通り、本来の親から子へという「直系優先」の原則(皇室典範第2条)にのっとって、令和の皇室で唯一の皇女、まさに直系の長子でいらっしゃる敬宮殿下こそが、次の天皇になられる。
(初公開日:2025年12月26日)
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高森 明勅(たかもり・あきのり)
神道学者、皇室研究者
1957年、岡山県生まれ。国学院大学文学部卒、同大学院博士課程単位取得。皇位継承儀礼の研究から出発し、日本史全体に関心を持ち現代の問題にも発言。『皇室典範に関する有識者会議』のヒアリングに応じる。拓殖大学客員教授などを歴任。現在、日本文化総合研究所代表。神道宗教学会理事。国学院大学講師。著書に『「女性天皇」の成立』『天皇「生前退位」の真実』『日本の10大天皇』『歴代天皇辞典』など。ホームページ「明快! 高森型録」
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(神道学者、皇室研究者 高森 明勅)

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