NHKの連続テレビ小説「ばけばけ」の舞台、島根県松江市が揺れている。街の象徴である松江城の近くに、19階建てマンションの建設が進んでいるからだ。
歴史評論家の香原斗志さんは「名誉市民である小泉八雲の精神を市長以下、だれも理解していなかったことが背景にある」という――。
■松江の美しさを世界に発信した小泉八雲
島根県の古都松江を訪れる観光客が急増している。いうまでもなく、松江ゆかりの小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)夫妻をモデルにしたNHK連続テレビ小説「ばけばけ」の効果が大きいと思われ、とりわけ松江城周辺のエリアがいつになく賑わっている。
番組がはじまった昨年10月には、小泉八雲記念館は前年同月比2.02倍の2万1634人、小泉八雲旧居は同3.57倍の1万9152人と客数が急増。番組に登場する名所旧跡も、たとえば大亀の石像で知られる月照寺は、同2.81倍の2187人が訪れた。
松江城の内堀端の、かつての家老屋敷跡に建つ松江歴史館も、3月29日まで「連続テレビ小説『ばけばけ』の世界と小泉セツと八雲の時代」という企画展を開催中で、セツと八雲が愛した古き良き松江のPRに余念がない。
もちろん、小泉八雲は古くから松江市にとって誇るべき人物とされてきて、昭和33年5月3日には名誉市民に憲章されている。
八雲が松江で暮らした期間は1年3カ月にすぎなかったとはいえ、著作をとおして、明治の日本人が気づいていなかった松江の美しさや精神文化の価値を、世界に向けて発信した。なかでも代表作『知られぬ日本の面影』では、松江を「神々の国の首都」と呼び、八百万の神を敬う精神性のほか、城下町松江の素朴な美しさを高く評価し、松江の人たちに郷土に対する自信をもたせた。だから、いまなお八雲は「市民の誇り」とされている。
■災害も空襲も免れたが
八雲は明治23年(1890)8月30日に松江に到着し、翌明治24年11月、熊本の第五高等学校(現熊本大学)の招聘に応じて熊本に転居した。熊本では2年をすごしたが、西南戦争で城下町が焦土と化した熊本の風景を好まず、松江で親友になった西田千太郎(「ばけばけ」で吉沢亮が演じる錦織友一のモデル)に宛てた書簡にも、熊本のことを「わたしがこれまで日本で住んでいた一番興味のない都市であることに変わりありません」と書いている。

一方、城下町の面影がたもたれ、それゆえに八雲が深く愛した松江は、幸いにもその後、大きな災害に遭うことがなく、太平洋戦争の空襲も免れて今日に至っている。市内玉湯町の基地や列車が爆撃されはしたものの、都道府県庁所在地にしては珍しく、市街地は焼かれずに済んでいる。
結果として、慶長16年(1611)に完成した4重5階の松江城の天守も現存し、平成27年(2015)には国宝に指定された。日本の主要都市の大半が焼夷弾や原爆の投下を受け、古き良き町並みや貴重な文化財が失われたなか、松江は例外的に、町全体が貴重な歴史遺産として残された。いまでは松江は、日本として誇るべき財産であり、いまなお町自体に八雲の精神が息づいている。
ところが、そんな松江がいま、大きく変貌し、その価値が著しく毀損されようとしている。松江城の近くに、山上にそびえる天守の高さを約3メートル上回る、19階建て57.03メートルの高層マンションが建設中なのである。
■「マンションが景観を壊す」発想がなかった
これだけの歴史都市に、奇跡的に維持された歴史的景観を台無しにするマンションが忽然と建つことが許されることも、そもそもそんな計画が持ち上がることも、たとえばヨーロッパではありえない。歴史的街区においては、多くの自治体が文化的および都市計画的な側面から、建築工事を厳重に規制している。
一方、松江市においては、文化的な景観維持の観念も、都市計画的な視点も、皆無だったと思われる。
というのも、八雲の精神を継承するようにいいながら、松江市には景観を守るための基準が、「天守から見える東西南北の山の稜線の眺望を妨げない」というものしか存在しなかったのである。山の稜線を妨げなければいいのなら、市街地を高層マンションで埋め尽くしても、19階建て程度であればいい、ということになる。
この基準の決定的な落ち度は、城下町からの展望という視点がゼロだったことにある。
このため、歴史都市としての松江を根底から否定するようなマンションの建設計画が提出されながら、市は「景観計画を満たしている」と判断。さらには市の景観審議会までもが2023年10月、市の判断を前提に、「景観基準を満たす」と答申してしまった。2024年3月下旬には着工され、すでに19階まで工事が進んでいる。
■遅すぎた景観基準の見直し
建設計画が了承されたのち、市民団体が「城下町の景観が損なわれる」と指摘し、はじめて問題が浮上した。驚くべきことに、それまで松江市も、市の景観審議委員も、高層マンションの建設が景観破壊につながるという認識を、まったくいだいていなかったようなのだ。
マンション建設を許してしまったことを受け、松江市は2025年1月、一定の高さを超えるビルなどを建てる事業者が対象の事前協議制度を導入した。7月には松江城天守からの眺望基準を見直している。また、市の景観審議委員会も、市街地から天守を眺める「視点場」を市内の9カ所に設置するという案を了承。城の周辺エリアに関して、建物の高さだけでなく色彩なども規制することを検討中で、視点場と合わせて今後の景観計画に盛り込まれる予定だという。
こうした見直し自体は評価できる。だが、京阪電鉄不動産とタカラレーベンによるこのマンションに関しては、景観計画が改訂される前に了承されたため、もはやどうすることもできない。
上定昭仁市長が親会社である京阪ホールディングスに、高さを引き下げてほしいと直談判したが、採算を理由に断られている。
また、建設反対を訴える市民団体「まつえ/風景会議」のメンバーら住民41人は、松江地裁に対して2025年9月、景観利益の保全を理由に15階を超える部分の建設中止を求める仮処分を申し立てたが、11月27日に却下されてしまった。
■もはや世界遺産登録は赤信号
住民側は今後、16階以上の解体および撤去を求めるとともに、松江市の景観対応のまずさを問うて、松江地裁に提訴する計画だというが、どうなるだろうか。
松江市は現在、松江城をユネスコの世界文化遺産に登録することを目指しているが、マンションが建ったことで、黄信号どころか赤信号が灯ったことはまちがいない。
ユネスコが登録のためにもうけている種々の条件のひとつに、バッファーゾーン(緩衝地帯)の設定がある。松江城であれば、城域の周囲にそれを保護するための地帯を設置し、景観を保全するために、条例で土地や建物の利用を規制することが求められる。
具体的には、建築物に高さ制限をもうけ、素材や色彩などを周囲の景観と調和させることも必須である。前述のように松江市がようやく取り組みはじめた景観計画は、ユネスコの条件も意識したものだと思われる。
しかし、現実に、島根県庁が建つ松江城旧三の丸の向かい側で、かつて上級武士の屋敷が並んだ松江城下の中枢である殿町に、19階建てのマンションが建ってしまっている。景観を考えたとき、すでに松江城には、世界遺産に登録されるべき価値がなくなった、と考えたほうがいいのではないだろうか。
■私企業の利益追求で街が破壊される
要するに、歴史都市の歴史エリアに一棟の巨大なマンションが建つということは、潜在的な価値をそれほど大きく毀損するということなのである。
そもそも、なぜ高層のマンションが建つかというと、土地の所有者や建設業者が一定の土地から利益を最大限に得ようとするからである。
しかも、ディベロッパーは売り切ってしまえば、以後はなんら責任を負わなくていい。こうした私利追求のために公共の利益が大きく損なわれるという事態に際して、地方自治体がまったく無策に終始し、公共の利益を守れなかった、というのが松江市の事例である。
私企業の利益追求の結果としての1棟の巨大なマンションは、周囲の環境を圧迫することで、地方自治体が第一義的に守るべき「住民の生活向上や福祉の増進」に抵触する。とりわけ松江は、前述したように、奇跡的に破壊を免れた世界に誇るべき遺産である。それが私企業の利益追求のために破壊されるという事実に、えもいわれぬ無力感を覚える。
しかも、それを許してしまったのが、松江の景観美を必死に訴えた小泉八雲を名誉市民に憲章し、いまも地元が「誇るべき人物」とする当の松江市なのである。八雲の精神を市長以下、だれも理解していなかったからこうなったというほかない。
いうまでもなく、松江もインバウンドが増加している。だが、こんなマンションが建ってしまった松江を、それを許してしまった松江を外国人に見られるのが、筆者には恥ずかしくて仕方ない。だが、それは松江を愛するがゆえであることを、最後に書き添えておく。

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香原 斗志(かはら・とし)

歴史評論家、音楽評論家

神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。
日本中世史、近世史が中心だが守備範囲は広い。著書に『お城の値打ち』(新潮新書)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)。ヨーロッパの音楽、美術、建築にも精通し、オペラをはじめとするクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』、『魅惑のオペラ歌手50 歌声のカタログ』(ともにアルテスパブリッシング)など。

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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)
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