■「絶対に譲れない」全国大会の金賞
毎年1月初旬、品評会が近づくと瑞雲ファームの空気が変わる。奈緒美さんがピリピリしだし、夫が機嫌を伺うようになる。しいたけの全国大会での金賞は、彼女にとって「絶対に譲られへん」ものだからだ。
2019年10月に栽培を始め、翌年の初出品で銀賞と奨励賞。2年目で金賞を獲得し、2023年から3年連続金賞という記録を打ち立てた。2025年の第35回品評会では、全国から556点が出品され、金賞はわずか18点。しかも奈緒美さんが栽培する品種での金賞は、18点中8点しかない。
4500菌床の小規模農家が、何万菌床を抱える大規模農家を押しのけての快挙。「分母が小さい中でいいものを取るのと、分母が大きい中で取るのでは価値が違うと思っていて。本気なんです、私」と力強く言い切る。
品種を絞って今年で5年目。
「言うことをきかせたい時は、こっち主導でコントロールできるようになりましたね」
しいたけの売り上げだけで、年商800~1000万円。この実績の裏には、栽培を始める2年も前から動き出していた奈緒美さんの執念があった。
■「絶対あそこに並べる」栽培前から狙っていた金賞
急逝した義父のアスパラ栽培を継いだ2016年。
10月以降、アスパラ栽培は“待つ期間”に入る。緑の葉が黄色、そして茶色に変わり、養分が根に移っていく。1月頃に枯れた葉を刈り取れば、春には新芽が顔を出す。「10月~1月、手が空く時期に何か作れないか」。
まだしいたけ用のハウスもない2017年1月、さっそく品評会に足を運んだ。「栽培しているの?」と聞かれれば「まだしていません」と答える。周囲は驚いたが、奈緒美さんには明確な目的があった。
「アスパラを継いだ時、一番困ったのは相談する人がいないことでした。だから栽培を始める前から品評会や研修会に出向き、三重県内のしいたけ農家と行動を共にしたんです。栽培方法を学ぶだけではなく、横のつながりを作りたくて」
右も左もわからずに訪れた品評会で、忘れられない光景がある。会場一面に並ぶしいたけ。その最前列に「金賞」の札とともに飾られた逸品の数々。
自分が栽培したしいたけを、絶対にあそこに並べる――。
■「売り上げ」より「賞」
2019年10月、アスパラの売り上げ600万円を投じて、ついに栽培を開始。4000個の菌床でスタートし、初年度で投資額を回収した。
「受賞は、第三者の評価です。義父のアスパラを継いだ時、『あんな嫁、すぐ辞めるわ』と言われました。だから、『絶対見返してやる』って、決めていたんです」。静かに、だが力を込めて続ける。
「金賞を取れば、私が積み重ねた事実の根拠を示せる。5年目の今は、金賞を取り続けることが自分へのいいプレッシャーにもなっています」
■しいたけ栽培で「時間を作る」
2019年にしいたけを栽培し始めてから、瑞雲ファームの経営は変わった。4~9月はアスパラ、10月から3月はしいたけ。年間を通じて収入が途切れることがなくなった。
取材で訪れた10月末、筆者は収穫後のしいたけハウスに足を踏み入れた。4500個の菌床が棚にびっしりと並び、ところどころ小さな芽が顔を出している。この塊一つひとつは、半年間で最大1キロのしいたけを生み出す。
菌床は、収穫を終えると10日ほど休み、また次の収穫のピークが来る。このサイクルは半年で9回から10回。どれだけの収穫量を引き出せるかは、栽培者の腕次第だ。
「1年目、2年目は正直、下手でしたね。今思えばもっと出せたはず」。5年目の今、奈緒美さんは9ターンをきっちり回し切る。
2年目には、4000床から4500床に増やした。乾燥しいたけや全国発送も軌道に乗り、しいたけだけで年商800万~1000万円。初年度から200万~300万円は伸びた。
さらに、しいたけ栽培にはアスパラにない強みがある。アスパラは気温に関係なく毎日伸び続け、収穫を止められない。一方、しいたけは成長速度をコントロールできるのだ。
「例えば、息子のサッカーの試合を見に行きたい日は、朝だけ収穫して暖房を切ったりしていて。農業と生活を回すのは大変だけど、設備を利用してなんとか時間を作っている感じです」
アスパラではできない、「時間を作れる」利点。栽培する作物が増えれば忙しくなると思いきや、しいたけ栽培は収入と家族の時間の両方を作ってくれている。
■夫も脱サラ、事業を拡大
「もう、いつ辞めてもええで」
奈緒美さんが夫に言い続けていた言葉が、2021年、現実になった。しいたけだけで年商800~1000万円、アスパラと合わせれば2000万円超。農業で生活できる収入に達していた。夫の脱サラと同時に、1500万円を投じてアスパラハウスを8棟から15棟に拡張した。
アスパラの収穫期、奈緒美さんは朝4時過ぎに家を出て、薄明るくなった4時半から収穫を始め、11時に2回目の収穫。真夏は午後1時には作業を終えないと熱中症の危険性がある。息子のサッカーの送迎は、片道1時間半。
「私と旦那は、ガチで365日仕事してます」
ただ、毎日働いているからといえど、休みがないわけではない。「今日絶対やるべき仕事」と「今日やらなくてもいい仕事」を分け、朝に「昼寝する」と決めて、出荷作業だけ終えて帰る日もある。
「米や野菜が高いって報道されるけど、それは当たり前やと思います。『私たちの早朝手当、誰がつけてくれるん?』って。こういう背景は、農家になって知ったことですね」
それでも投資はやめない。「これいいかも」と、いつも何かアイデアが浮かんでくる。その一つが、野菜の自動販売機だった。
■自動販売機とガチャガチャ戦略
全国発送が軌道に乗った一方で、奈緒美さんには新たなジレンマが生まれていた。ネット予約の反響が大きすぎて、地元の人に野菜が行き渡らなくなったのだ。
自動販売機なら、朝の収穫後すぐに商品を入れておける。地元の客は好きなタイミングで購入でき、奈緒美さんは別の作業ができる。
アイデアを思いついたその日にメーカーに電話し、数日後に担当者が説明に来た。話を聞き終わる前に、「もうオーダーしてください」と即答。電話した時点で、もう決めていた。
2023年5月、200万円を投じて導入した自動販売機の横には、ガチャガチャを設置。
「完全に遊び心やねん」
商品を購入すると中にメダルが1枚入っていて、1回無料で回せる仕組みだ。中身は瑞雲ファームのグッズ、ハズレならラムネ。当たりは、季節の商品や加工品のセットで3000~4000円相当の詰め合わせを後日発送する、大盤振る舞いだ。
「損して得取れ、じゃないですけど。当たり券で届いた商品を気に入ってくれたら、瑞雲ファームのファンになってくれるかもしれない。10人に届けて1人でもファンになってくれたら、その人がまた誰かに広めてくれると思って」
当たり券は、これまで20件以上出ている。
■早朝から行列、30分で売り切れる
インスタグラムで「自動販売機を開けます」と告知をすると、アスパラのシーズンは朝6時から客が列を作る。「5時にタイマーかけてきました」という人や、県外ナンバーの車も並んだ。早ければ30分で売り切れ、追加してもすぐなくなる。半年で200万円の投資は回収できた。
2024年、奈緒美さんは農山漁村女性活躍表彰の女性起業・新規開拓部門で農林水産大臣賞を受賞した。現地視察に来た審査員たちは特にガチャガチャに注目し、「新しい農業の展開」と評価。
筆者が受賞について聞くと、しいたけの話をしていた熱量よりもトーンが落ちた。
「とても光栄な賞とは理解しています。でも、しいたけの金賞の方が嬉しいんですよね……」
小声でそう言い、うつむきながら申し訳なさそうに笑った。県から推薦されて評価された賞と、自分が絶対に取ると決めて取りに行った賞。その言葉と表情からにじむ温度差が、彼女の農業への熱を物語っている。
■「農家ってかっこいい」
義父からアスパラ農家を継ぐ前、奈緒美さんが農業に抱いていたイメージは、「ダサい、儲からない、汚い、時間がない」。だから「かっこいい農家になる」と決めた。自分のテンションが上がる服を作って着て、好きな髪型で畑に立ち、“農家らしくない農家”を目指した。
それから10年目を迎えた今、瑞雲ファームは年商2000万円超、自動販売機には早朝から行列、しいたけで金賞3連覇。かつて抱いていた偏見は、自分の手で一つずつ塗り替えてきた。
儲からないと思っていた農業で稼ぎ、時間がないと思っていた仕事で家族の時間を作り、ダサいと思っていた世界で、自分を貫く。
「農業の“かっこよさ”って何ですか?」。そう聞くと、奈緒美さんはニカっと笑って即答した。
「子どもからお年寄りまで、絶対に切り離せないのは食ですよね。農業は食にガッツリ携われる。作っている作物は違っても、スーパーに並んでいる野菜の一つひとつに、誰かの思いが詰まっている。老若男女の食を支えている農業って、めっちゃかっこいいと思いません?」
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みつはら まりこ
フリーライター
1986年生まれ、香川県出身。大学卒業後、大手コーヒーチェーン店で6年、薬局事務8年の勤務を経て、2022年に独立。現在はインテリアデザイン・SDGs・社会福祉分野を中心に、オウンドメディア・PR記事・地方自治体の広報など幅広く執筆中。従来の常識や価値観をそっと解きほぐし、新しい生き方や心の豊かさに光を当てながら、誰かの小さな一歩となる記事を目指して取材を行う。
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(フリーライター みつはら まりこ)

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