■西田も本庄も“名門出身”
NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」。ヘブン(トミー・バストウ)とトキ(髙石あかり)の生活の一方で、物語は周囲の人々にもスポットライトをあてている。
1月26日から始まったのは、サワ(円井わん)に急接近する錦織(吉沢亮)の同級生、庄田(濱正悟)のエピソードだ。正規の教員になりたいと勉強するサワに、自分が勉強を教えるという庄田。なんとも微笑ましいエピソードだ。
この2人もまったく架空の人物ではない。庄田のモデルとなったのは、松江中学で西田千太郎の同級生だった本庄太一郎、そして、その妻となった渡部トミは島根県で初めて女性教師となった人物だ。ところが史実の2人のその後を調べてみると、驚くようなことばかりが……。
本庄も西田も、松江市雑賀町の生まれである。この町は総理大臣になった若槻礼次郎をはじめ、島根県の著名人を多数輩出してきた。今でも松江市立雑賀小学校は市内随一の名門校で、地域は「歴史と伝統と文化の町・雑賀」を誇っている。
そんな町に生まれた2人は、単なる秀才ではなく、現代とは感覚の違うエリートだった。
■成績優秀の西田、突然退学して「授業手伝」に
西田は1875年、同年設立された教員伝習校附属小学校に入学している。これは当時松江に滞在していた旧宇和島藩主家の伊達隆丸の学友として、県から直々に指名されたためだ。明治時代とはいえ殿様の子供と同居生活を送っていたというから、その優秀さは折り紙付きである。
1876年には松江中学に入学、成績は常に首席だった。ところが1880年、西田は突然中学を退学している。『松江北高等学校百年史』(島根県立松江北高等学校1976年)によれば、その事情は次のように記されている。
退学して授業手伝になることは、かれの本意ではなかったと思われる。両親の意向に沿ったものであろうと想像される。父平兵衛はこのころ県庁に勤めていた。
西田家は、資料によっては「卒の家」と書かれている。武家では末端の足軽の家計なのだが、士族のセツの実家・小泉家や養家の稲垣家のように没落するまではならなかった。
この授業手伝というのは、後の代用教員などと呼ばれるもの。当時は制度が定まっておらず、学校の裁量で雇うことができた。とはいえ、優秀な学生でなければ採用されない。先日まで一緒に学んでいた同級生に教える立場になるというのは、なかなか居心地が悪そうだ。
■待遇が“上”の本庄、昇給ペースの速い西田
本庄は西田と入学以来の旧友で、しかも同じ雑賀町生まれである。本庄のほうは退学することなく1882年に中学校を卒業し、彼もまたそのまま授業補助として雇われている。
ここで興味深いのが、卒業したほうが有利だったのか、という問題だ。
『松江北高等学校百年史』によれば、西田は月俸3円の授業手伝として採用され、その後1881年に中学校教諭補助(月俸6円)、1883年に8円、1884年には10円まで昇給している。対する本庄は、1882年に月俸5円の授業補助として雇われた。
スタート地点では本庄のほうが2円高い。
普通に考えれば、本庄としては面白くないはずだ。「くっそ、あいつ中退なのに俺より給料高いのか……」と関係がギクシャクしてもおかしくない。
■2人とも公費で東京へ送り出されたエリート
だが、2人の関係が悪化した形跡はない。なぜか。
おそらく2人とも、もっと大きな問題を共有していたからだろう。このままでは「先生、先生」と呼ばれてはいるが、所詮は「なんちゃって教員」でしかない。正規の免許もなく、いつまで雇ってもらえるかも分からない不安定な立場だ。「どがにかせんといけん!」2人の危機感は一致していたはずだ。
ここで、島根県では最高ランクの秀才という肩書は大いに効果を発揮する。記録がきちんと残っている西田のほうを追っていくと、既に同級生や後輩が上京して進学したのをみて周囲が進めたことで上京を決断したとある。こう聞くと「ボロは着てても心は錦……」といった風に貧しさに負けずに学問に励む姿が想像される。ところが『松江北高等学校百年史』には、こう記されている。
18年7月に退職、県から学資15円の補助を得て、当時浜田の第二中学に勤めていた本庄太一郎と共に、8月上京する。
(本庄は)上京中の上京はよくわからないが、西田とほぼ同様であったと察しせらる。
つまり、県が2人の上京費用を出しているのだ。貧乏苦学生どころか、島根県が「この2人は投資する価値がある」と判断して公費で送り出したエリートである。しかも本庄も「ほぼ同様」ということは、彼も同じように補助を受けていたということだ。
さらに、この時に西田のほうは既に結婚、娘まで生まれている。おそらくは西田のほうが「このまま松江で授業手伝のままじゃ、娘に胸張れんけえ。よーし、パパ勉強して偉くなるぞ~」とやる気だったのだろう。
■本庄は全科目で及第、西田は英語だけ不合格
そして2人は1886年5月の文部省中学校師範学校教員検定を受検。当時の試験は5科目を選択して受験する方式である。西田は選択した5科目中、4科目で1位を獲得し合格。この試験、例えば「経済」は受験者数37名中及第5人とあるから、かなりの難関であったことが窺える。それで、4科目も1位なのだから驚異的……なのに、もう1科目選択した英語は、なんと不合格になっている。
八雲をあちこちに案内し、通訳も見事に果たした西田なのに、英語がまさかの不合格! 驚いてしまうが、現代でもTOEICの点数がやたら高いのになにも話せない人、その真逆の人もいることを考えると不思議ではない。
一方の本庄は、全科目及第で合格。英語は3位だし、植物学では、及第は本庄一人だった。
いずれにしても、県が学資まで出したのは大成功……だったはずなのだが、その後、八雲の協力者として島根県の文化に寄与したのは西田だけだった。
どういうことか?
正規教員となったことで、西田はすぐに教員として就職。最初は兵庫県の姫路中学に赴任している。月俸は45円。
■西田は帰郷、本庄は出世コースへ
ところが1888年、島根県から島根県尋常中学校(松江中学校)教諭に就任せよという要請が来る。西田はこれを断りきれずに帰郷した。その結果、八雲との運命的な出会いが生まれることになる。
一方、本庄はといえば……郷里は完全にスルーである。東京府尋常師範学校教諭から、京都府尋常中学校校長へと華々しく出世街道を突き進む。島根県が学資補助まで出して育てた人材だというのに、「島根? ああ、出身地ですね」程度の扱いだ。
県としては「せっかく投資したのに……」という思いだったかもしれない。だが本庄からすれば、地方の名門校より、都会の一流校のほうが出世である。合理的判断といえば、合理的判断である。
この時点で既に、2人の人生の方向性は決定的に分かれていた。西田は「地元への恩返し」、本庄は「立身出世」というわけだ。
そんな本庄と結婚したのが、サワのモデルである渡部トミであった。このトミも、1875年に雑賀南小学校の初めての卒業生になった人物。当時は小学校を卒業するだけで勉強が優秀かつ、家庭の理解があると見做されたので父母と共に表彰されている。ドラマのような出会いがあったかどうかは定かではないが、同じ町の人間という繋がりで結婚に至ったのであろう。
■“試験の不正”で退職した本庄
ところが、この夫婦の後半生はなかなか酷い。
出世をしていった本庄は、1915年には長野県の松本中学校の校長に就任。ところが、翌年には退職を余儀なくされている。理由は試験の不正である。校長に就任した本庄は学力や体力、素行などが優秀な者に限って特別入試の枠を設けると決定し、試験を実施した。現代でいう特別推薦入試である。
これによって松本中学は優秀な学生を獲得してめでたしめでたし……とはならなかった。合格者の中に本庄の息子・益男がいたのである。
当時を知る人によれば、多くの人はこう考えたという。
入学してみると、各組にこの無試験組が優越感をもって君臨している。その中に本庄校長の長男が交じっているので、さては校長は自分の倅を入学させたいので、こんな制度をやったのだなと勘ぐったし、同輩がその目で見るのだから本庄君こそ可哀想であった。
(『長野県松本中学校・長野県松本深志高等学校九十年史』松本深志高等学校同窓会1969年)
■西田がいたから、八雲とセツの物語が生まれた
この文章、本庄君を「脂ぎってはち切れそうな親父」とは似ても似つかぬひ弱そうなおとなしい少年とまで書いている。ドラマの庄田がそんな俗物となるなんて! と思うと愕然としてしまう。
いや、こうしてみると島根県が県の費用で正規教員となった優秀な人材を呼び戻せ! となった時に西田に要請したのは大成功だったろう。これ、まかり間違って「試験の時に西田は落第、本庄は3位でした」と本庄を戻してたらどうなってたか。
八雲は「ジゴクジゴク」と松江を去って、セツにも出会わず、当然『怪談』が執筆されることもなかっただろう。西田千太郎という、立身出世より地元への愛着を選んだ男がいたからこそ、小泉八雲と小泉セツの物語が生まれたのである。
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昼間 たかし(ひるま・たかし)
ルポライター
1975年岡山県生まれ。岡山県立金川高等学校・立正大学文学部史学科卒業。東京大学大学院情報学環教育部修了。知られざる文化や市井の人々の姿を描くため各地を旅しながら取材を続けている。著書に『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)『おもしろ県民論 岡山はすごいんじゃ!』(マイクロマガジン社)などがある。
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(ルポライター 昼間 たかし)

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