中国はアメリカを凌ぎ、世界の中心となれるのか。現代中国研究家の津上俊哉さんは「中国はトランプが関税を利用して、賛同する国との結束を高めている」という。
世界の大転換』(SB新書)より、東京大学准教授の小泉悠さんと法政大学教授の熊倉潤さんとの鼎談を紹介する――。(第1回)
■ロシア人が日本人に好意的な理由
【小泉】ロシアと中国を結ぶ新しい天然ガスパイプライン計画「シベリアの力2」があります。「敷設費用はみんなロシアが持て」なんて中国から上から目線の条件をふっかけられて、ロシアは「そこまで言われたら、のまない!」と突っぱねるパワーバランスのようです。
2025年9月にプーチンが訪中した際にはとうとう合意が成立したとも伝えられましたが、どうもパイプラインの中を通すガス自体の価格がまだ決まっていないようなんですよね。やはりロシアはなんだかんだ言っても大国で、ある程度中国と渡り合う能力はあるんでしょう。
【熊倉】ロシアでは中国の印象もだいぶよくなりましたし、中国製品も比較的抵抗なく受け入れられていますね。
【津上】やはり中国の経済力が大いに向上したということでしょう。胡錦濤(こきんとう)時代までだと考えられなかった「各国が金目当てで中国に擦り寄ってくる」面もありますが、「お金持ちは大切にされる」というベネフィットを十二分に享受したのが習近平ですね。
【小泉】人々の日々の生活に、中国のハイテク製品や工業製品が入ってくるという影響も大きい気がします。例えば多くのロシア人は日本人に悪からぬ感情を持っていますが、その8割ぐらいは「日本車は優秀」というイメージからではないかと思うんですよ。地方では日本車の性能に絶対の信頼感がありますし、北方領土でも軍用トラック以外はみんな日本車でした。
■世界の関心は日本→中国に
【小泉】理由を聞いたら、「ここらには自動車修理工場がない。
壊れたらおしまいだから壊れない車を買う」って言うんですね。それだけ日本製品が信用されていて、そういう製品を作る日本というのもなかなかの国だと思ってもらえている。それと同じように、中国製の車やスマートフォンや日用品を通して、ロシア人や中央アジア人が抱く中国のイメージが変わっていく気がします。
【津上】アフリカも南米も同じです。日本もソニーホンダで世界に知られ、親しまれる時代がありましたね。
【小泉】80年代生まれの僕や熊倉さんが大学生の頃は、「経済やイノベーションが世の中のドライバーである」と見えていて、だから僕は安心して軍事オタクをやっていられました(笑)。しかしだんだん政治・軍事というハードな論理、純粋な利益追求ではない理論が大きい世界になりつつある気がします。かつての経済論理の中では勝ち組国家だった中国は、政治・軍事の比率が高まっていったらどうなるんでしょう?
【津上】2001年にWTO(世界貿易機関)に加盟した頃、中国は「今は戦略的機遇(Strategic Opportunity)の時代だ」と言っていました。局地紛争はあっても深刻な対立はない世界で、「この機に乗じて中国経済を発展させるのだ」と。それで20年間ブイブイやって大きな成果を挙げたところに、先ほどお話しした「90年ないし100年周期の大変局」が訪れました。
■気に食わない国は徹底的に排除
【津上】ただ、中国の政治系の人は、「大切な拠り所がなくなった」という不安感より、「中国の時代が来る」という夜郎自大な楽観が優っているようです。経済安全保障に振り子が捩れると、今まで効率至上主義のグローバリゼーションから受けてきた恩恵は消えてダメージを食らう。
だから「自由貿易体制を堅持しよう」というプロパガンダをやっているわけですが、端から見ると矛盾しています。
「気に食わない国には輸入制限をしておいて、自由貿易体制が大事なんてどの口が言ってるんだよ?」とね。それでも彼らは気にしない。大きな国だから、「自分の振る舞いを人はどう見るか」というイマジネーションが足りないんですよね。今後も「自国に都合のいい自由貿易体制を堅持!」という姿勢で仲間を募っていき、アメリカ主導のグローバリゼーションの退潮を見届けようとしているのでしょう。
【小泉】中国が自由貿易体制の守護者……結構、皮肉な話ではありますね。
■トランプを悪者にしようとする印象操作
【津上】中国はFTA(自由貿易協定)をベースにしたグループづくりの形をとって、自由貿易体制を極力温存しようとしています。中国はすでに二国間のFTAを17も締結していますが、中核になるのは、ASEAN10(東南アジア諸国連合、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジア)と日中韓と豪州、ニュージーランドが加盟する「RCEP(アールセップ)(地域的な包括的経済連携)」です。
インドは抜けちゃいましたけど、15カ国も加盟するメガFTAですから大変な財産です。さらにTPP(環太平洋パートナーシップ協定)にも加盟意欲を見せつつ、「関税の棍棒を振り回すトランプは悪玉、自由貿易を守ろうとする中国は善玉」という印象操作をしながら、イニシアチブをとろうとしている。端からは「中国勢力圏をつくろうとしている」ようにも見えます。
【小泉】ロシアの首都はモスクワで、同じスラブ民族であるウクライナの首都がキーウ、ベラルーシの首都はミンスクです。
三つの首都の間隔が数百キロずつぐらいで、きれいに三角形を描いています。この「スラブの三角形」がソ連の中心部だったわけです。この意味でソ連はやっぱりヨーロッパの国だったし、今でもロシア人の約4分の3はウラル山脈より西側で暮らしています。
■ロシア人が考えている“ぶっとんだこと”
【小泉】しかし、その国家的重心をぐーっと東側に引っ張ってくるべきだというのが前述したカラガノフの持論なんです。実は最近、カラガノフを中心とする研究グループが報告書を出したんですが、そこでは「ロシアのシベリア化」という言葉が使われていました。
経済発展が著しいアジアに近い場所へ首都を移す、というだけではなくて、関係が悪化した西側との間に物理的距離を確保し、さらにはロシア人の「精神的源流」だとカラガノフが見るシベリアに回帰するんだということまで含んだプロジェクトです。
国家の重心をちょうど国土の真ん中くらいに移転させて、欧州国家ではない独自のロシアを作ろうという話ですね。実現性はともかくとして、ロシア人はこういうぶっとんだことを考えてくるところが面白い。そして、カラガノフの唱えるロシアの将来像において、鍵を握るのがやはり中国なんです。ロシアとしては自分が世界の覇権を握れないとしても、アメリカ中心の秩序よりは居心地のいい秩序を、中国と一緒に作っていけるのではないかという期待を持っている部分があるように思うのです。
その中では旧ソ連諸国はロシアの勢力圏としてある程度までコントロールできるだろうという期待もあるでしょう。一方、中国の考える「我々の秩序」というのはなんでしょう? 中国はロシアのように勢力圏をつくる思想はあるんですかね?
■好感度を高めようとする中国政府
【熊倉】政治的外交としては、中国は自分の目的にかないそうな国々と仲良くしようとしています。
その例が2023年頃から盛んに言われるようになった「和平之友(平和の友グループ)」ですね。中国の掲げる一見高邁な理想に同調する国を集めて、世界に影響力を行使しようとしています。中国が誘っているのは、ブラジルなど、いわゆるグローバルサウスの国々で、一緒に仲介外交を展開するという主張です。
ウクライナ問題でも、国際的には善意の仲介役という立場を取りました。「和平之友」という表現は直近の中露共同声明に載っていまして、ロシア側もこれを認めざるを得なかった。
この枠組みは、ロシアの「勢力圏」という思想とはだいぶ違うと思います。ロシアの勢力圏の土台には旧ソ連とその影響下にあった東欧諸国があり、地政学的な勢力圏の広がりとも言えます。一方、中国の場合は地続きでもない遠いアフリカや南米の国々と協力して、アメリカを牽制したり、自国の利益を追求していく勢力圏です。
だからこそ、中国は彼らなりに「普遍的な理想」を掲げているのかもしれません。先ほど津上さんもおっしゃったように「他者からどう見られているか」を客観的に観察するのが苦手な彼らが、彼らなりに好感度を高める表現を考えていますね。
■ある意味ほほえましい中国人の信条
【熊倉】例えば「運命共同体」です。「人類運命共同体」という言葉が大好きで、「こう言えば、言われた国は中国のことを好きになってくれる!」と信じている節があります。
ある意味、ほほえましい気もします(笑)。しかし、実際に中国の同調者は世界に少なくありません。
【津上】中国の勢力圏はハイブリッドだとも感じます。アメリカへの対抗として「人類運命共同体」的なスローガンを叫ぶという「勢力圏づくり」には、確かに重点が置かれています。他方で中国の歴史的な勢力圏の広がりがベースにあり、それはロシア勢力圏と共通します。
東北三省(遼寧省、吉林省、黒龍江省)、「◯◯スタン国」と接している地域(新疆(しんきょう)ウイグル自治区など)やチベットについて、「あの辺には緩衝地帯がないといかん」という発想でしょうね。
緩衝地帯という発想の原型には、遊牧民に脅かされてきた歴代漢族王朝の記憶や広大な清朝時代の版図(はんと)の記憶がある。「清の版図は今の中国の勢力圏であってもいい」という発想があるとしたら、かなりロシアが考える勢力圏というものと一致しています。

----------

小泉 悠(こいずみ・ゆう)

東京大学先端科学技術研究センター准教授

1982年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務、外務省専門分析員、未来工学研究所特別研究員などを経て、現職。 専門はロシアの軍事・安全保障。
著書に『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版、サントリー学芸賞)、『現代ロシアの軍事戦略』『ウクライナ戦争』(ともにちくま新書)、『ロシア点描』(PHP研究所)、『オホーツク核要塞』(朝日新書)、『情報分析力』(祥伝社)など。


----------
----------

津上 俊哉(つがみ・としや)

日本国際問題研究所客員研究員、現代中国研究家

1957年生まれ。1980年、東京大学法学部卒業、通商産業省入省。通商政策局公正貿易推進室長、在中国日本大使館経済部参事官、通商政策局北東アジア課長を歴任。2002年、経済産業研究所上席研究員。東亜キャピタル取締役社長を経て、2012年より津上工作室代表。2018年より現職。主な著書に『中国台頭―日本は何をなすべきか』(日本経済新聞出版、2003年サントリー学芸賞受賞)、『中国台頭の終焉』(日本経済新聞出版、日経プレミアシリーズ)、『米中対立の先に待つもの』(日本経済新聞出版)。

----------
----------

熊倉 潤(くまくら・じゅん)

法政大学法学部 国際政治学科 教授

1986年、茨城県生まれ。2009年、東京大学文学部・歴史文化学科(東洋史)卒業。2011年、東京大学大学院法学政治学研究科(旧ソ連政治史)修士課程修了。同研究科(国際政治)博士課程在学中の2012年から2016年にかけて、イェール大学、ロシア人文大学、北京大学に約1年ずつ留学。2016年、同博士課程修了。日本学術振興会海外特別研究員・政治大学(台湾)客座助研究員、アジア経済研究所研究員を経て、2021年から現職。著書に『民族自決と民族団結 ソ連と中国の民族エリート』(東京大学出版会、2020年)、『新疆ウイグル自治区 中国共産党支配の70年』(中公新書)がある。

----------

(東京大学先端科学技術研究センター准教授 小泉 悠、日本国際問題研究所客員研究員、現代中国研究家 津上 俊哉、法政大学法学部 国際政治学科 教授 熊倉 潤)
編集部おすすめ