中国の成長はいつまで続くのか。現代中国研究家の津上俊哉さんは「この10年間中国は賢くない方向に金をガバガバ使い過ぎた。
この負債を大掃除していかないと経済はもたない」という。『世界の大転換』(SB新書)より、東京大学准教授の小泉悠さんと法政大学教授の熊倉潤さんとの鼎談を紹介する――。(第2回)
■中国にはイーロン・マスクが出てこないワケ
【津上】アメリカにはイーロン・マスク、ピーター・ティールのような大金持ちの「テック(テクノ)・リバタリアン」がいますが、中国は違います。
【熊倉】ジャック・マー(馬雲)も叩かれましたね。
【津上】政府外のプラットフォーマーが影響力を持つことを、中国共産党は許さない。最近はジャック・マーも赦されて表に顔を出すようになってきましたが、共産党が「叩きすぎた」と反省して軌道修正したからじゃありません。締め上げたら相手が屈服したので、「逆らったらどうなるか、よくわかっただろう? 改心したなら、赦してやるよ」という構図なんです。
ただ、全ての権力の独占を続けるには、共産党のもつ経済的な力が持続することが必要ですが、その先行きについては「当分保ちますけれども、未来は暗い」というのが僕の持論です。「共産党を中心とするカチッとした国家」は、5年以内には消えないけれど、20年後も安泰というのは無理だと思います。
【小泉】2030年代から40年代あたりに、中国はいろんなことができなくなっていく、と?
【津上】限界が来ると思うのは、まず経済の面です。過去10年間、経済資源を支配した中国政府は、賢くない方向に金をガバガバ使いすぎました。その結果、中国のバランスシートは、資産の部には大量の「なんちゃって資産」、負債の部には実質不良債権と、大量のゴミが堆積してしまいました。

■乗車客はいないのに維持費だけがかかる鉄道
【小泉】その「ガバガバ」のうちで、一番賢くなかった使い道はなんですか?
【津上】不動産バブルに勝るとも劣らず問題だったのは、地方政府のインフラ投資ですね。他の国では考えられないぐらい巨額のお金を吸い上げて一気に投資する、中国ならではの現象です。高速鉄道網は発達しましたが、「黒字路線は北京‐上海以外にあるのか?」みたいな状態です。特に蘭州‐新疆のような中西部は「造ってみたけど乗客は少なく、維持費だけで大変だ」という有様。
しかも中国のインフラって、駅舎も空港も政府の建物も、「なんでこんなに豪勢にしたのか」みたいなのがいっぱいあるでしょう? 投資額を増やして足元の成長率を上げると、将来の重荷になっていきます。
「無駄なインフラ投資ではなく、社会保障に富を回すべきだ」というのは理論的にも国民経済的にも真っ当ですが、そうなると田舎にでっかい駅を造っていた党や政府の人たちの仕事が減ってしまうし、共産党の実権が縮小してしまう。よほど経済が崖っぷちまで追い詰められないと、実権を手放さないでしょうね。
■広大に広がる“イケイケ時代の墓標”
【熊倉】2010年代に中国の地方に行くと、巨大な高速道路があちこちに建設されていました。かなり辺鄙(へんぴ)な場所でよく見かけましたので、「仮にできたとしても経済効果があるのかな?」と思っていましたが、案の定、途中で建設が見直しとなったケースもあるようです。工業団地を造るつもりが土地の整備だけで止まっている広大な空き地とか、「中国がイケイケだった時代の墓標」が地方には多くありますね。
【小泉】経済の先行きがあまり明るくないなら、「再生産に寄与しない兵器ではなく、役に立つことに投資しよう」という話に持っていけるかどうかだと思います。ソ連はゴルバチョフが軍事費を削ろうとしました。
「ソ連軍を大幅に縮小し、核兵器も大幅に減らす。西側に攻め込むレベルの軍事力はやめて、純粋に防御的な軍事力に転換する」と主張した。
ゴルバチョフの軍縮プランに協力的な軍人もいましたが、もちろん主流派は不満でした。この点は、中国の人民解放軍はどうでしょう。習近平が「こんなに軍事費ばかり使っていたら未来はない。削るんだ!」と言えば人民解放軍は従うのか? それとも面従腹背で、利権を維持しようと画策するのか?
【熊倉】そもそもなんですが、「軍事費が莫大すぎて経済を圧迫している」という発想が中国にあるか疑問です。ソ連のように「改革の重要課題=軍事費の削減」になっていくのかは、私にはわからないですね。
■毒素が溜まりまくっている中国
【小泉】2025年の中国の国防費は1兆7800億元、日本円で36兆5000億円くらいというのが公表値ですね。また、国防費の額というのはカウントの仕方次第というところがあり、例えば『ミリタリーバランス』では「狭義のカウントなら1兆6900億元、広義のカウントなら2兆2000億元」というふうに記載しています。いずれにしても膨大な軍事費に思えますが、それでも「一番大きな負担は軍事費ではない」というのが中国の人たちの認識ですか?
【津上】経済を圧迫している大きな負担と言えば、インフラと不動産ですね。最近、僕は中国人にこんなたとえ話をするんです。「投資は経済効果を生まないと意味はないし、儲からなければ富は循環しない。
だが、中国は経済効果を生まず、儲からないインフラや不動産に富を注ぎ込みすぎた。これは悪くなった食べ物を誤って口に入れたようなものだ。
普通の人なら吐いたり下痢したりするが、中国は鉄の胃袋らしく吐きも下痢もしてこなかった。政府がガチッと経済を支配してきたからだ。でも、「吐いたり下痢したり」は、身体が毒素を体外に排出する生理現象で、必要だから起きることなのに、中国はそれをしていない。
【小泉】毒素をお腹の中に溜め込んでいる(笑)。
■習近平が主席である限り厳しい経済が続く
【津上】鉄の胃袋の持ち主でも、毒素は回るわけです。だから溜まった毒素の大掃除をしないと中国経済は健康になりません。でも大掃除には時間がかかるから、「この先10年はゼロ成長、低成長」に耐えなければなりません。そんな我慢は、習近平が実権を握っている間はできないんですよ。だって主席として三選、四選されるために「中華民族の偉大な復興」っていう大風呂敷の公約をしちゃったんですから。
【小泉】本丸である不動産・インフラ投資の清算ができるかどうかが、この先、今のような人民解放軍を維持できるかどうかにも影響してくるんでしょうね。

【熊倉】中国の財政ですが、90年代に思い切った税制改革があり、その結果、中央財政だけはひとまず大丈夫という国になりました。
【津上】確かに中央財政は非常に健全だから、中国はしばらくやっていけますね。国債発行残高のGDP(国内総生産)比率は日本の7分の1強。最近日本の後を追って国債を大量発行して、問題の先送りや成長低下の穴埋めをする道に入り始めましたが、続ける余力はまだまだあります。
■地方分権を進められるかがカギ
【熊倉】中央優先をやりすぎたから、再び軌道修正も必要です。そのとき、ハードルになるのは、「地方に権限を与えすぎると、二つの司令部になる」という不安感を克服できるかどうかですね。
【津上】「中国はデカすぎるから分権のほうがいい。ロシアでエリツィンがやったような、ある種の妥協的地方分権はどうか?」と言われますが、中国人にはそれはできない。毛沢東と林彪(りんぴょう)のときに言われた「二つの司令部」という有名な言葉通り、中国にとって権力の分散、つまり分権は混乱を意味します。
皇帝と臣民の間には皇帝の手足となる官僚しかおらず、封建諸侯といった夾雑物(きょうざつぶつ)が挟まらない二元構造が中国統治の理想型なので、「地方に権限を与える」というのは、中国では難しいでしょう。
【小泉】エリツィン的なやり方は、「行き着く先はロシア連邦解体だ」と思われて、ロシア人にも不評でした。
【津上】それをプーチンが立て直せたのは、やはり資源の値段が上がったからでしょう。
プーチンにとっての石油価格の上昇みたいな僥倖(ぎょうこう)が、中国にも今後あるかどうかですね。

----------

小泉 悠(こいずみ・ゆう)

東京大学先端科学技術研究センター准教授

1982年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務、外務省専門分析員、未来工学研究所特別研究員などを経て、現職。 専門はロシアの軍事・安全保障。著書に『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版、サントリー学芸賞)、『現代ロシアの軍事戦略』『ウクライナ戦争』(ともにちくま新書)、『ロシア点描』(PHP研究所)、『オホーツク核要塞』(朝日新書)、『情報分析力』(祥伝社)など。


----------
----------

津上 俊哉(つがみ・としや)

日本国際問題研究所客員研究員、現代中国研究家

1957年生まれ。1980年、東京大学法学部卒業、通商産業省入省。通商政策局公正貿易推進室長、在中国日本大使館経済部参事官、通商政策局北東アジア課長を歴任。2002年、経済産業研究所上席研究員。東亜キャピタル取締役社長を経て、2012年より津上工作室代表。2018年より現職。
主な著書に『中国台頭―日本は何をなすべきか』(日本経済新聞出版、2003年サントリー学芸賞受賞)、『中国台頭の終焉』(日本経済新聞出版、日経プレミアシリーズ)、『米中対立の先に待つもの』(日本経済新聞出版)。

----------
----------

熊倉 潤(くまくら・じゅん)

法政大学法学部 国際政治学科 教授

1986年、茨城県生まれ。2009年、東京大学文学部・歴史文化学科(東洋史)卒業。2011年、東京大学大学院法学政治学研究科(旧ソ連政治史)修士課程修了。同研究科(国際政治)博士課程在学中の2012年から2016年にかけて、イェール大学、ロシア人文大学、北京大学に約1年ずつ留学。2016年、同博士課程修了。日本学術振興会海外特別研究員・政治大学(台湾)客座助研究員、アジア経済研究所研究員を経て、2021年から現職。著書に『民族自決と民族団結 ソ連と中国の民族エリート』(東京大学出版会、2020年)、『新疆ウイグル自治区 中国共産党支配の70年』(中公新書)がある。

----------

(東京大学先端科学技術研究センター准教授 小泉 悠、日本国際問題研究所客員研究員、現代中国研究家 津上 俊哉、法政大学法学部 国際政治学科 教授 熊倉 潤)
編集部おすすめ