台湾海峡をめぐる緊張が高まっている。米ハドソン研究所上席研究員の村野将さんは「台湾有事における日本の役割は大きい。
中国は日本に向けて精神的に追い込んでくるだろう」という。『世界の大転換』(SB新書)より、東京大学准教授の小泉悠さんとの対談を紹介する――。(第6回)
■アメリカが考える「備えるべき最も深刻な戦争」とは
【小泉】村野さんはアメリカの安全保障サークルに日本人として関わっているわけですが、将来考え得るシナリオや防衛力のプランニングが議論されていますよね。
「極東有事や日本の防衛体制は?」という話のプライオリティは高いんでしょうか?
【村野】非常に高いです。今はウクライナ戦争が続いているので、「今後のヨーロッパをどうするか?」という議論も盛んですが、米国が備えるべき最も深刻な戦争は、中国とのものだということで一致していますし、少なくともどのTTX(Table Top Exercise、机上演習)でも、「台湾有事で日本が脱落してしまったら、勝ち目がない」というのは共通認識になっています。
例えば一番広く参照されているこの手の資料として、CSIS(戦略国際問題研究所)が2023年1月に公表したウォーゲームの報告書があります。そこでは台湾有事に関連する24通りのシナリオが検証されており、その大半で中国の台湾制圧の阻止に成功しています。「中国軍は台湾を武力で併合できなかった」という結末です。
逆に、侵攻阻止に失敗するシナリオも二つだけあります。一つは台湾が単独で中国に立ち向かうという「米軍が介入しないシナリオ」。
■台湾有事のカギを日本が握るワケ
【村野】もう一つは、「米軍が介入できないシナリオ」です。これは日本が在日米軍基地の使用を許可せず、米軍の出撃拠点がより遠いグアムやハワイに限定されてソーティ(出撃回数)が減るというものです。
これでは戦闘攻撃機による、中国の水陸両用部隊への攻撃が非効率になります。
また日本の基地から飛び立つ戦闘機には、遠方からやってくる爆撃機の安全を確保する役目もあります。中国の水上艦艇に対する爆撃機からの対艦攻撃は着上陸阻止の要ですから、これができなくなると作戦効率がどんどん下がって、結局は押し込まれてしまうことになります。
根源的なこととして「台湾が戦うことを諦めない」というのがありますが、同じぐらい重要なこととして「日本が台湾防衛戦線から脱落しない」がある。逆に言うと、日本を心理的な脅しか物理的な妨害で脱落させられれば、中国としては勝ち筋が見えてくる。中国はこの「セオリー・オブ・ビクトリー(勝利の方程式)」をよく理解しているはずで、だからあれほど大量の戦域打撃能力を構築しているわけです。
■中国がやりかねない“核の恫喝”
【小泉】僕はまさにそれを懸念してます。ロシアの核戦略論では1990年代以降、開戦初期段階とか米軍が介入してくる前の段階で核兵器を限定的に使うデモンストレーションをやり、ロシアが有利なうちに(あるいは決定的な不利になる前に)戦争を終わらせるというシナリオが議論されてきました。「escalate to de-escalate(E2DE)」、つまり戦争のエスカレーションを止めるために自ら小規模なエスカレーションをやってみせるという戦略ですね。
これを中国の戦略に応用するなら、南西正面で誰も死なないように核爆発を起こして見せ、「米軍に協力すると次は本当に被害が出るぞ」という核のブラックメーリング(脅迫)を行うようなシナリオが考えられます。
その上で、今のお話を伺いながら一つ疑問に思ったのは、「日本は早期に拠点として使えなくなる」という話と「日本が脱落すると困る」という話の関係性です。
つまり、開戦初期において米軍は日本から退避し、反撃の局面では、ある程度日本周辺の航空優勢を再獲得できた段階で戻ってくる。
それで台湾に対する侵攻阻止の反撃作戦を行う、ということなんでしょうか?
【村野】軍種によって多少違いはあるかと思います。東日本大震災のときと同じで、空母や強襲揚陸艦、厚木や岩国の艦載機は日本を離れるでしょう。他方で、空軍の戦闘機部隊は一時分散するとしても西太平洋の範囲内、数時間で移動できる距離だと思います。
■日本に課せられる重要な任務
【村野】しかしいずれにせよ、これらのアメリカ軍が戻ってきて日本周辺を反攻の拠点にすることができるよう、戦力発揮基盤を維持して守り抜くというのが、日本に課せられた一番重要な任務です。この足がかりがなくなるとアメリカが戻ってこられなくなるので、ゲームオーバーです。
【小泉】その場合、反撃の拠点となる基地は嘉手納(かでな)と三沢?
【村野】全部です。使える基地は全てです。
【小泉】とにかく反撃フェーズでは、日本を基地にできるようにしておかないと抑止の信憑性が疑われるということですね。前述した、中国の海上・航空優勢下でもあくまでも抵抗を続ける能力と、海上・航空優勢を取られるエリアを限定する能力とが求められますね。
でも、全てを日本から引き揚げることはできないはずだし、それができるなら最初から日本を基地とする必要もないはずです。空軍力は一時退避するとしても、日本に残り続ける戦力もあるということですね?
【村野】動かすべきでないものとしては、地上発射型の長距離ミサイルがあります。日本も量産し始めていますし、場合によってはアメリカが持ち込むこともできる。
一方で、貴重な航空戦力と空母は基本的に退避させないといけない。つまり有事には「航空機ベースの対艦攻撃能力が一時的に使えなくなる」前提に立つ必要があるので、今の防衛力整備では長距離対艦ミサイルをさまざまなプラットフォームから発射できるよう多様化させているんです。
■数字では測れない軍事力
【小泉】だから、「12(ひとに)式(地対艦ミサイル)」をまず造り、「12式能力向上型」として長射程の対艦ミサイルを開発しているわけですね。「こんな12式があるか!」ってほどかけ離れてますが。
【村野】文書上、「全く新しいミサイルを造る」よりも手続きが簡単だったのでしょう。
【小泉】役所がよくやる手ですね。昔のソ連も「Tu(ツポレフ)-22Mです」とあたかもTu-22の改良型であるかのように言って、全然違う飛行機を造ってきた。
【村野】今の中国の「H-6」もアメリカの「B-52」も、昔とはだいぶ違う、全く別の爆撃機になっていますからね。
【小泉】H-6に至っては完全に魔改造されてる(笑)。そう言えば2025年5月にインドとパキスタンの衝突が起きたときに、インド空軍のフランス製戦闘機ラファールを撃墜した、パキスタン空軍のJ-10戦闘機は中国製でした。
【村野】いろんな国の技術が混ざって、新しい戦闘機が生まれていますよね。
【小泉】それからいわゆる軍事力ランキングみたいなものには出てきませんが、飛行場そのものの抗堪性とか回復能力がとても重要です。
今の『国家安全保障戦略』や『国家防衛戦略』がそのあたりに焦点を合わせているのは大事だと思います。
■日米双方にとって有益な防衛努力
【村野】幸か不幸か、それはトランプ政権が日本に防衛費のさらなる負担を求めていることと、うまく折り合う余地があると思っています。昔で言う「思いやり予算」、最近は「同盟強靱化予算」と言っていますが、駐留米軍に関連する予算には基地の補強や滑走路などの整備予算も含まれています。
要するに、中国に攻撃をされるのは避けられないとしても「より面倒くさい攻撃をしなければいけない」という体制を構築して、「大変そうだから、攻撃はやっぱりやめておこうかな」と思うように仕向ける。
いわゆるコスト賦課という発想ですが、こうした努力にお金を投じるのは日米双方にとって有益です。これはトランプ大統領にゴマをするために要らないものを買うというようなことではないし、前方展開するアメリカ軍をより安全にしてリスクを減らすための措置です。それが結果的に日本の安全を高めることにもなるのだから、全く損のない防衛努力ですよ。
【小泉】なおかつ、日本の「レジリエンス(機能を維持・回復する能力)」を上げるというのは、量的に軍事力を増やすという話でもないので、「対抗軍拡のジレンマを招いている」と非難されにくいと思います。「あくまでも簡単に殴り倒されないように防御してるだけですからね?」「それで向こうがミサイルを増やしてくるんだったら、軍拡してるのは向こうですよね?」って話にしやすいし、とてもいい方法だと思います。

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小泉 悠(こいずみ・ゆう)

東京大学先端科学技術研究センター准教授

1982年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。民間企業勤務、外務省専門分析員、未来工学研究所特別研究員などを経て、現職。
専門はロシアの軍事・安全保障。著書に『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版、サントリー学芸賞)、『現代ロシアの軍事戦略』『ウクライナ戦争』(ともにちくま新書)、『ロシア点描』(PHP研究所)、『オホーツク核要塞』(朝日新書)、『情報分析力』(祥伝社)など。


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村野 将(むらの・まさし)

ハドソン研究所研究員

岡崎研究所や官公庁で戦略情報分析・政策立案業務に従事したのち、2019年より現職。専門は日米の安全保障政策、とくに核・ミサイル防衛政策、抑止論など。拓殖大学大学院国際協力学研究科安全保障専攻博士前期課程修了。著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房、共著)、Alliances, Nuclear Weapons and Escalation: Managing Deterrence in the 21st Century(Australian National University Press, 2021、ブラッド・ロバーツとの共著)などがある。

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(東京大学先端科学技術研究センター准教授 小泉 悠、ハドソン研究所研究員 村野 将)
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