関西を中心に人気のテレビ番組「探偵!ナイトスクープ」が、炎上している。元関西テレビ社員で、神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「背景にあるのは、この番組をめぐる関西とそれ以外の地域との『温度差』ではないか」という――。

■ナイトスクープは「やらせ」なのか
大阪・朝日放送(ABC)の人気番組「探偵!ナイトスクープ」(毎週金曜日・夜11時17分から放送)は、「やらせ」をしていたのか。1月23日放送の「6人兄妹の長男を代わって」という依頼について、「放送内容の一部について誤解を招く受け止めが広がっている」と、同社は、ウェブサイトで述べている。
同番組に関して、関西の人に説明は不要だろう。1988年3月5日初回から、あのオープニングテーマ曲とともに、おなじみ、というか、もはや生活の一部と言えるほどの存在であり、いちいち番組のフォーマットを確かめるまでもない。
しかし、それ以外の地域、とりわけ関東の人間にとっては、大きく異なる。東京で生まれ育って18歳で初めて関西に移り住んだ私もまた、番組の存在感の大きさに驚倒したからであり、この東西の違いが、今回の騒動の根っこにあるのではないか。同じ番組を見ても、関西の人間と関東の人間では、お笑いの作法が異なる。今回の炎上では、その文化についての断絶が表面化したのではないか。
ABCが【1月23日放送回に関して】と題した文書で縷々(るる)述べている「誤解を招く受け止め」について、ここでは立ち入らない。小学6年生の「長男ばかりが家事・育児をしているかのような印象を与え」た編集が「やらせ」か「演出」か、といった、古くて新しい、というよりも、十年一日のお決まりの議論を繰り返しても、何も面白くないからである。それよりも、今回の「1月23日放送回」が浮き彫りにした、日本のテレビ番組の歴史と現状を考えたい。そのほうが、取材対象者だけではなく、この番組を愛する私たちにとってはるかに有益ではないか。

■上岡龍太郎の「才能」を活かすための番組
とはいえ、最低限の確認をしなければならない。この番組は、なぜ始まったのか。それは、「上岡(龍太郎)さんの才能を活かすために考えた番組」だったという。これは、スタート時にはプロデューサーとして、そして今もなお「企画」として「番組会議の参加、本番前日のビデオチェック、本番立ち会いなど」に「気楽に」携わる松本修氏のことばである。
松本氏は、その著『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』(ポプラ社、2005年)で、上岡氏について「一瞬を切り取る批評家の才能」(同書、39ページ)と評しているように、その「独自のひらめき」を全面展開するための仕掛けが「探偵」形式だった。
いまもなお番組冒頭には「この番組は、視聴者から寄せられた依頼にもとづいて、探偵局長が優秀なる探偵たちを野にはなち、世のため、人のため、公序良俗と安寧秩序を守るべく、この世のあらゆる事どもを徹底的に追求する娯楽番組である」とのテロップが流される。この「探偵」が上岡龍太郎氏の前で「プレゼン」をするスタイルが、番組に緊張感を生んできたのである。
■面白かったら、なんでもええんや
また、「ナイト」は、放送時間帯=夜に由来するものの、英語表記はknight=騎士である。「探偵」のあとの「!」は、新聞のテレビ欄の1行10文字に合わせるために足したものであり、そもそも「スクープ」にしても、昔の人気報道番組「ザ・スクープ」をもじっている。タイトルからして、この番組の「シャレ(※1)」を象徴している。
「世の中に散在する、素朴な疑問や謎を解明する」ことが探偵の第一義としつつ、「面白かったら、なんでもええんや」とする「笑いの要素(※2)」が、松本氏の、そして、今につづく、同番組の精神にほかならない。
この精神=「笑いの要素」が、今回の【1月23日放送回】をめぐる「誤解を招く受け止め」の原因ではないか。

※1:『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』(ポプラ社、2005年)、77ページ

※2:『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』(ポプラ社、2005年)、70ページ
■「テロップ」という大発明
「笑いの要素」を追い求めるために、この番組は、いくつもの発明を生み出した。その代表がテロップである。いまでこそ、ドラマやスポーツを除く、あらゆるテレビ番組で、出演者の発言を文字にしている。コメントフォロー・スーパーと呼ばれるものであり、おそらく世界で最初に用いたのが、「ナイトスクープ」だとされている(※3)。
ほかにも、カメラが「探偵」の後を追う撮影スタイルや、「ジャンプカット」というインタビューの一部を切り取る編集手法、など、いまでは当たり前になったさまざまな技術を開発していった。さらに、いまもNetflixで配信中の「自他ともに認める最強ナイトスクープヲタクが朝日放送に集結!」(2023年10月6日放送)をはじめとして、「『テレビ批評番組』としてのこの番組の特性(※4)」は、初期から変わらない。
■基本理念は「視聴者=賢い」
「笑いの要素」を「テレビ批評番組」として(も)見せる。そのために飽きさせないようにあらゆる工夫を凝らす。ただ、ほとんどの番組が使い倒しているCMまたぎ(「続きはCMの後で」)も、ワイプ(小窓)も使わない(※5)。そこには、プロデューサー松本修氏が唱える「貴男がどんなに賢くても、視聴者の方がより賢いことを認識しよう」との「基本理念」がある(※6)。「探偵」の芸人・たむらけんじが言う通り「依頼者が絶対に主役(※7)」と尊重しているからである。
番組制作者も出演者も、視聴者や依頼者を最優先している。

だから番組側は、攻めた姿勢を続けてきたし、いまも続けている。この番組の30周年にあたる2018年、ファンを公言する歌手の槇原敬之(大阪府出身)は、こうした関係を次のように分析している。
テレビがやったらアカンとこまでやってる感じですよね。そこが想像を絶してた! それに関西の人って寛容じゃないですか? そこは関西人として、誇らしいですね。東京の番組やったら、一発か二発で終わらせられるような内容を、もう30年やってるわけですからね(※8)。
作り手(番組側)も受け手(視聴者側)も、お互いがお互いを信頼している関係が長い時間をかけて作り上げられていた。それが、TVerの普及や、動画配信サービスへの展開などによって、一筋縄では行かなくなったからこそ、今回の【1月23日放送回】をめぐる「誤解を招く受け止め」が生まれたのではないか。

※3:『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』(ポプラ社、2005年)、140ページ

※4:『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』(ポプラ社、2005年)、233ページ

※5:『ウォーカームック 探偵!ナイトスクープWalker』(KADOKAWA、2018年)

※6:『ウォーカームック 探偵!ナイトスクープWalker』(KADOKAWA、2018年)、33ページ

※7:『ウォーカームック 探偵!ナイトスクープWalker』(KADOKAWA、2018年)、17ページ

※8:『ウォーカームック 探偵!ナイトスクープWalker』(KADOKAWA、2018年)、27ページ
■TVer普及で崩れた「幸福な関係」
関西ローカルで、「関西人として、誇らしい」だけの番組だった時代であれば、「面白かったら、なんでもええんや」の旗の下に「テレビがやったらアカンとこまで」許されてきた。そんな感覚が、いまやSNS上のコンプライアンスを(時として過度と思われるほどに)重視する流れに適応できていないのではないか。
この温度差は、この番組が、長年、最大時で600人、現在でも300人の視聴者観覧を取り入れているところからも生じている。競争率が10倍にのぼるほど人気を集め、番組スタッフも「探偵」たちも、みんながまずは目の前の観客を大爆笑させようとする。内輪にまとまるのではなく、逆に、その大笑いが、テレビ画面を通して、さらに多くの人に伝わる。


この好循環は、少なくとも「1月23日放送回」には、当てはまらなかったと言うほかない。加えて、局長の前で「プレゼン」する形式が裏目に出たのではないか。今回「特命局長」を務めた、お笑いコンビ・ハライチの澤部佑氏が、必ずしもその任を果たせなかったとは思えないものの、視聴者と番組側の信頼を基にした幸福な関係が変わってしまったのではないか。
■歴代局長ならどう裁いたか
初代局長の上岡龍太郎氏は「監督・演出者」の立場であり、2代目の西田敏行氏は「自分が依頼者になった気持ち」だったと、同番組の構成を担当する平野秀明氏は語っている(※9)。上岡局長なら、探偵を務めたお笑いコンビ「霜降り明星」のせいやに、家事や育児に関する常識を問い直したかもしれないし、西田局長なら、長男に同情して涙を流しながらも、明るい方向に着地させたかもしれない。この2人の後を受けた松本人志氏なら、どうだっただろうか。不条理なお笑いに昇華させたかもしれない。
澤部氏を責めたいのではない。今回の原因は、視聴者のリテラシーが変わったからではないか。観客の前で「プレゼン」される時点では、関西の空間にとどまるから、問題は生まれない。けれども、ひとたび、TVerで見られ始めた途端、幸福な関係は成り立たない。この背景には、あえて単純に言えば、視聴者のリテラシーが、関西型から、コンプライアンスに重きを置く関東型へと変化したことがあるのではないか。

※9:『探偵!ナイトスクープ アホの遺伝子』(ポプラ社、2005年)、299~300ページ
■関西型「リテラシー」が許されなくなった
私はここで、お笑いの本場=関西を、関東の人間はわかっていない、などと、ありふれたお説教を繰り返したいのではない。そうではなく、もう「面白かったら、なんでもええんや」との関西型のリテラシーは、許されなくなっていると指摘したいだけなのである。
実際、関西では38年にわたる人気長寿番組であるにもかかわらず、関東、というか、それ以外の地域では、決して見やすい曜日・時間には放送されていない。特に系列局・テレビ朝日の扱いは酷く、以前は真夜中の3時台に放送していたものの、もはや20年以上、放送していない。東京では、TOKYO MXが放送しているものの、大阪より約5カ月も遅れており、放送時間帯も日曜日の夕方5時から、と見やすいとは言いがたい。
関西以外の「視聴者」は、番組を放送で見るよりも、TVerや、あるいは、切り取られ拡散された断片を見ている。さらには、その切れ端さえ見ずに、ネットニュースだけを目にして炎上に加担している可能性もある。
時あたかも、同じ大阪の毎日放送(MBS)の情報番組「よんチャンTV」も毀誉褒貶を巻き起こした。いや、というよりも、同社の社長が謝罪するところまで追い込まれた。1月22日の放送で、自民党や日本維新の会、参政党が「強くてこわい日本」を目指していると説明したからである。
■「強くてこわい日本」炎上との共通点
この件についても、その中身に立ち入るよりも、「探偵!ナイトスクープ」との共通点を見たほうが、私には興味深い。「よんチャンTV」が偏向していたかどうか、というよりも、番組のジャンルは違えども、これもまた「面白かったら、なんでもええんや」のノリが見られるからである。
多少の誇張というか、大雑把な表現は許されるし、そのほうが視聴者に伝わるし、また、視聴者もそれらを織り込み済みで見てくれているに違いない、との目論見が「よんチャンTV」にあったのではないか。
こうした姿勢を甘えだとか、時代遅れだとか、非難するのはたやすい。「オールドメディア」たるテレビを貶めて、「ニューメディア」たるSNSのほうが優れている、とでも言っておけば仕事をしたつもりになれる。実際、「探偵!ナイトスクープ」についても「よんチャンTV」についても、どちらも、「オールドメディア」では、あまり取り上げられていない。その姿勢を槍玉にあげれば、溜飲を下げられる。
ただ、そんなカタルシスに酔いしれるのではなく、関西型のメディアとの距離感が、いまや成り立たない、この現実を受け止めなければならない。「探偵!ナイトスクープ」が突きつけるのは、テレビ番組と視聴者が織りなす幸せな関係が、すでに成り立たなくなっている、寂しいと言えば寂しい、当然と言えば当然の、変化にほかならない。
今回の「1月23日放送回」について、「探偵」に、その理由を探ってもらいたい。なぜ炎上したのか。どうして批判されるのか。その背景をこそ、「探偵」が探り、プレゼンしてもらいたい。だが、そんな「面白かったら、なんでもええんや」の精神こそ、もう、許されないのかもしれない。

----------

鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)

神戸学院大学現代社会学部 准教授

1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

----------

(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)
編集部おすすめ