■米国の協力で円安は一服
日本は選挙戦の真っただ中だが、争点の一つである消費減税の議論はいささか後退した感がある。高市早苗総理は、衆議院の解散を表明した際の記者会見で、2年間に限定し、食品類に課す消費税を撤廃することを検討するとの公約を掲げた。
さらに、行き過ぎた緊縮財政を見直すとも発言し、先行きの財政拡張に対して含みを持たせた。
これらの発言が材料視されて、債券相場と円相場の下落に拍車がかかった。国債に関しては、外国人投資家の保有比率は発行残高の10%を超える程度だが、売買そのものに占める割合は5割を超えている。円相場も、金融要因で売買を行うのは主に外国人投資家だ。彼らが総理の発言を材料に、国債売り・円売りを加速させたわけである。
その後、片山さつき財務相は米国のスコット・ベッセント財務長官と会談を設け、円相場の下落に関して話し合った。日米でドル売り円買いの協調介入が行われることへの思惑が高まったこと、さらに、ニューヨーク連銀が実際に介入の前段階であるレートチェックを行ったことで、160円間近だったドル円レートは152円まで急騰した。
■後退した消費減税議論
こうした動きと歩調を合わせるように、高市総理は消費減税に関する発言を抑制するようになった。そもそも円安ドル高是正のために日米が協調介入をすること自体、異例中の異例である。この異例中の異例を行う以上、ベッセント財務長官は消費減税に関する発言を抑制するよう、片山大臣を通じて、高市総理に要請したのではないか。
仮に正しいとして、ベッセント財務長官はなぜそう要請したのか。それは米国自身が急速な金利高でありドル安に直面しているからだろう(図表1)。
日米の経済は密接であるため、日本が危機的な状況になれば、米国のみならず世界経済に混乱をもたらす可能性が高まる。ゆえに、ベッセント財務長官はクギを刺したのだと考えられる。
■歩調を合わせた日米
米国の金利高ドル安のトリガーを引いたのは、ドナルド・トランプ大統領である。昨年来の関税紛争に端を発し、不確実性をばら撒き続けるトランプ大統領に対し、投資家は不信感を募らせている。特に年明け以降の米国は、ベネズエラの大統領夫妻の拘束やグリーンランドの帰属を巡る欧州勢との対立と、立て続けに国際社会に衝撃を与えた。
特に、グリーンランド紛争に関して武力行使の可能性をチラつかせたことは悪手だったのではないか。ベネズエラに陸軍の特殊部隊を派遣したばかりであったため、それがブラフだったとしても、欧州勢の強い反発を招くことにつながったのだろう。実際、グリーンランドを領有するデンマークの年金基金は、保有する米債を売却すると発表した。
■米国から対価を求められた可能性
欧州勢は、合わせれば米債の最大の投資家となる(図表2)。もし彼らが結託し、米債を売るとの思惑が高まれば、米国の金融市場は大混乱に陥る。ベッセント財務長官は直ちに火消しに追われたが、米国の長期金利は上昇が続き、ドル売りも和らがなかった。そこに、日本発の急速な円安と金利の上昇という看過できないノイズが加わった。

円安を放置できない日本が為替介入を行うとして、その際、保有する米債を売却して円を買う。そうなれば米債の需給が緩むため、米国の長期金利の上昇に弾みがついてしまう。これを防ぐためには、まず金融市場で広がる一段の円安に対する思惑に歯止めをかける必要がある。そこでベッセント財務長官は、協調介入をにおわせたのではないか。
そして、ニューヨーク連銀によるレートチェックという異例の手段を用いることで、米国が円安を是正する用意があることを金融市場に強く印象付けた。代わりにベッセント財務長官は、日本発の不確実性を和らげるために、片山財務相に対して消費減税の議論の抑制を強く要請したとのだ考えられる。恩を売った対価を求めたというところだ。
■実弾の投入を控えたい米国の意向
円相場が急騰した直後、ベッセント財務長官は、米国が円安の是正のために介入を行うことはないと発言した。この発言は2つの側面から読み解くべきだろう。1つは、投資家との神経戦だ。投資家を疑心暗鬼に陥れることで、実際に介入を行わなくても円高をある程度は維持できると、ベッセント財務長官は踏んでいるのではないだろうか。
もう1つは、可能な限り実弾の投入を控えたいという米国の意向である。
円買いドル売り介入を行えば米債が売られるため、米金利に上昇圧力がかかる。ベッセント財務長官としては、米国自体が信用不安の渦中にあるのだから、米金利の上昇に弾みがつく事態は回避したいところである。実弾の投入に向けたハードルは相応に高いようだ。
国単位では、日本国籍の投資家が米債を最も保有している。特に日本政府は、外貨準備資産として、多額の米債を保有している。その日本が円安に窮し、為替介入のために米債を売るなら、米国の金融市場の混乱に拍車がかかる。だからといって、日本を積極的に支援すれば、米国が足をすくわれる。米国にとって日本は実に厄介な存在だ。
少なくとも、日本政府から外国人投資家を刺激するようなメッセージを発することは控えさせなければならない。ベッセント財務長官がそう考えて片山財務相に要請し、その意を汲んだ高市総理が消費減税に関する発言を抑制したと整理すれば、この間の消費減税議論の後退も腑に落ちる。問題は、それがいつまで続くかということである。
■選挙に勝っても見捨てられる
衆院選で自民党が勝利すれば、高市総理は続投となる。
そして高市総理が消費減税の検討を再び口にすれば、外国人投資家は必ず、日本の国債に売りを浴びせると考えられる。消費減税の検討だけではなく、先行きの財政拡張に対して積極的な発言を行えば、それを材料に外国人投資家は国債を売るリスクがある。当然、長期金利は急騰する。
長期金利が急騰した場合、その抑制のために日銀が国債を購入する。そうなれば円安が進むが、果たして、米国がそこで本当に協調介入に応じるかは謎である。米国がクギを刺したにもかかわらず、日本が自ら金利高と円安を悪化させたのだから、米国としては日本など救いようがないということになる。これでは日本の単独介入すら危うい。
それに、野党は自民党を上回る規模の減税パッケージを主張している。与党が敗北し、少数与党政権の下で消費減税論議が加速するとの思惑が高まれば、外国人投資家は国債を売ることになる。日本だけでは対応力に限界がある中で、米国から協力を拒まれれば、日本の金融市場は大混乱に陥り、国民の生活がなおさら悪化することになる。
世界各国は現在、トランプ大統領が率いる米国から距離を置いている。その米国からも距離を置かれてしまうリスクを日本は抱えている点、きちんと認識すべきである。

(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員

1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)
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