米国のトランプ政権によるベネズエラ攻撃やグリーンランド「領有」要求などが続いている。トランプ大統領の真の狙いとは何か。
日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「『トランプ2.0』は、19世紀型の帝国主義的思考を参照しながら、21世紀という全く異なる条件の世界でそれを実行しようとしている」という――。
■冒頭章:トランプ2.0は「世界地図」を本気で塗り替え始めた
ベネズエラへの電撃的軍事行動。
同盟国デンマークの主権を顧みない、グリーンランド獲得構想。
この二つを「トランプ流の強硬姿勢」や「交渉のための脅し」として読み流すのは危険である。なぜなら、トランプ2.0は戦後80年かけて米国自身が築いた「ルールに基づく国際秩序」そのものを、意識的に無効化し始めているからだ。
本質は、トランプ2.0が“突飛な外交”をしていることではない。むしろ、彼が世界をどういう時代の眼鏡で見ているかである。トランプ2.0を読み解く鍵は、21世紀の安全保障・資源・地政学の現実に、19世紀の帝国主義時代の米国大統領の思考が重ね合わされているという一点にある。この「時代をまたいだ重ね合わせ」が、ベネズエラやグリーンランドを「政策の一部」ではなく「歴史の反転」として成立させてしまっている。
トランプ氏が参照しているのは、戦後秩序を構築した大統領ではない。彼が尊敬を公言してきたのは、力で勢力圏を押さえ、国家の拡張を正統化した19世紀の大統領たちである。具体的に言えば、法や制度よりも結果と力を優先し、既成事実で勢力圏を拡張したアンドリュー・ジャクソンと、高関税と軍事力を組み合わせて資源・拠点・通商路を押さえ、国家の繁栄を実現したウィリアム・マッキンリーである。

しかし、ここからが決定的に重要だ。トランプ2.0は、19世紀型の帝国主義的思考を参照しながら、21世紀という全く異なる条件の世界でそれを実行しようとしている。情報は瞬時に拡散し、ナショナリズムは外圧で増幅され、戦争は非対称化し、同盟は取引化する。もはや「取れば終わり」の時代ではない。
それでもトランプ2.0がこの道を選ぶのは、国家運営のOS(オペレーティングシステム、基本ソフト)において、内向きの求心力(ポピュリズム)と、外向きの遠心力(帝国拡張)という、互いに矛盾する二つのプログラムを同時に走らせているからである。
では、この構造は、どこへ向かうのか。次章では、トランプが参照する2人の大統領を掘り下げ、なぜこのOSが「強さ」を演出しながら、不可避の自壊を内包するのかを解剖する。
■第1章:トランプが参照する2人の大統領
アンドリュー・ジャクソンとウィリアム・マッキンリーは「何をした人物」だったのか
トランプ2.0を読み解く上で欠かせないのが、彼が繰り返し尊敬を公言してきた2人の米国大統領である。重要なのは、彼らが「立派な制度設計者」でも「戦後秩序の建築家」でもない点だ。トランプが参照しているのは、力と結果によって国家の輪郭を変えた人物である。まずは善悪判断をいったん脇に置き、2人がそれぞれの時代に「具体的に何をした大統領だったのか」を押さえる。そのうえで、彼らが動かしていた国家運営の論理=OSを抽出し、最後にトランプ2.0の矛盾へ接続する。

1.アンドリュー・ジャクソン
国内を「力でまとめ直した」大統領――民意直結・結果主義の統治
アンドリュー・ジャクソン(第7代大統領、1829~1837年)は、米国史上でも特に強烈な形で「民衆の代表」を名乗った大統領である。白人男性普通選挙の拡大という社会変化を追い風に、「自分は民意の体現者であり、制度がそれを妨げるなら制度のほうが間違っている」という世界観を持った。
象徴的なのが、先住民の権利を認めた最高裁判断を事実上無視し、インディアン強制移住(トレイル・オブ・ティアーズ)を断行したことだ。ここに見えるのは、制度の正当性よりも、国家が目指す結果を優先する統治観である。現代の価値観から見て許されない側面を含むが、ここで重要なのは倫理評価ではなく、「制度より結果」という統治ロジックそのものだ。
もう一つの軸が「反金融・反エリート」だ。ジャクソンは第二合衆国銀行を解体し、金融特権を「腐敗」と断じた。これは単なる金融政策ではない。国民の生活不安(賃金、物価、雇用)の原因を「見えない支配者」に投影し、「国を取り戻す」という物語で求心力を作る政治技術である。彼の政治は、国内の怒りや不満を束ね、内向きの結束を力で作り直すことに成功した。
この点が、トランプがジャクソンに自己同一化しやすい理由でもある。ジャクソンは外交や世界秩序の設計者ではなかった。
彼の関心は徹底して国内にあり、「我々の税金と生活を守る」ことが正統性の中心だった。だからこそジャクソンの統治は、内向きの求心力を最大化する方向へ自動的に収束する。
■領土を「戦略資産」とみなす視点
2.ウィリアム・マッキンリー
外に出て「帝国を築いた」大統領――関税と軍事で資源・拠点を押さえる
ウィリアム・マッキンリー(第25代大統領、1897~1901年)は、米国を事実上の帝国国家へ転換させた大統領である。彼の特徴は、国家の繁栄を「国内の再分配」ではなく、外部空間の確保によって作ろうとした点にある。
マッキンリーが象徴する政策は高関税だ。ただしここでの関税は、現代の「交渉カード」ではない。国内産業を守り、競争相手を締め出し、国家が市場を主導するための恒常的な主権行使として位置づけられる。国家が前に出て、国内の製造・雇用・賃金を守り、その経済余力を軍事・拠点へ転換する。関税→産業→軍事→拠点という連結が、マッキンリー的国家観の中核にある。
1898年の米西戦争で米国はフィリピン、グアム、プエルトリコを獲得した。ここで重要なのは、マッキンリーが領土を「統治すべき共同体」ではなく、資源・通商路・軍事拠点という戦略資産として捉えていた点である。領土は“面”ではない。
“点”であり、世界に打ち込む杭だ。世界をルールで調整する対象ではなく、競争し、押さえ、排除する空間として見る。この外向きの遠心力がマッキンリーOSの本質である。
トランプが関税、資源、軍事拠点を一体で語るとき、その背後には「世界は資産であり、押さえた者が勝つ」というこの視線がある。ベネズエラやグリーンランドが、道徳や国際法の話ではなく「戦略資産の争奪戦」に見えているのは、このマッキンリー的国家観が作用しているからだ。
3.2人が実装した「国家運営のOS」
史実の背後にある統治ロジックを抽出する
ここまでの史実を、国家運営のOSとして抽象化すると、次のようになる。
ジャクソンOS(内向き・求心力)

・正統性:民意と結果(制度より勝利)

・主戦場:国内(生活不安の処理)

・統治技術:怒りの動員、敵の明確化、強い決断

・成果の形:短期での結束、支持の熱量
このOSが恐れる最大の敵は「外敵」よりも「生活コスト」だ。物価、雇用、賃金。つまりインフレである。内向きの求心力は、生活の安定と引き換えに維持される。
マッキンリーOS(外向き・遠心力)

・正統性:国家成果(繁栄と拡張)

・主戦場:国外(勢力圏・資源・拠点)

・統治技術:関税・経済強要、軍事的示威、拠点の既成事実化

・成果の形:外で勝ち続けることで内を支える
このOSは、外で勝つことを前提にしているため、持続的な財政負担と国民の忍耐、同盟の信用を必要とする。
■トランプ2.0「自壊メカニズム」の出発点
4.ジャクソン=マッキンリー・パラドックス
なぜ2つのOSは同時に走らせられないのか
ここで、トランプ2.0の構造的矛盾が表れる。
トランプ2.0は、ジャクソンOSで国内の求心力を高めながら、マッキンリーOSで外向きの勢力圏拡張を行おうとしている。だが、この二つは同時実行を前提に設計されていない。
ジャクソンOSは、内向きの求心力を維持するために、低インフレ・低負担・内政最優先を要求する。一方でマッキンリーOSは、関税・軍事・占領・拠点維持という持続的コストを要求し、財政と物価に圧力をかける。両者は同じ国家資源――税、財政、国民の忍耐、同盟の信頼――を奪い合う。
外向きの圧力が強まるほど、インフレと赤字が進み、生活不安が増す。生活不安が増すほど、ジャクソンOSは怒りを動員し、さらなる強硬策を求める。結果として、外向きの拡張は加速し、統治コストは増大し、さらに内向きの支持基盤が破壊される。これは政策の是非の問題ではない。構造的な自己増幅ループである。
このループが回り始めたとき、国家には二つの亀裂が走る。財政的破綻(Fiscal Ruin)と、政治的分裂(Political Schism)だ。
短期的には「強いアメリカ」を演出できる。しかし中長期的には国家が内部から裂けていく。これがトランプ2.0の自壊メカニズムの出発点である。
■第2章:経済・財政の崩壊可能性
「帝国維持コスト(Imperial Overhead)」が、資源略奪のROIを上回る理由
トランプ2.0をそのまま突き進めれば、その自壊は、まず経済・財政から始まる可能性がある。これは道徳論ではない。冷酷な会計の問題だ。帝国主義が成立するためには、外で得る利益(資源・拠点・通商)で、外で支払う費用(軍事・治安・統治・再建)を上回らなければならない。すなわちROI(投資対効果)がプラスである必要がある。
19世紀には、この計算が成立しやすかった。だが21世紀では、世界の条件が変わった。現代の帝国は、「取ること」より「維持すること」にコストがかかる。しかもそのコストは、単に膨らむだけではない。政治的に回収不能な形で膨らむ。これが、ジャクソン×マッキンリー・パラドックスが財政破綻へ接続する第一の回路である。
1.ベネズエラ攻略は「宝の山」ではなく、巨大な負債になる
――“重質油の罠”と“占領下CAPEX”という現実
ベネズエラは「資源帝国主義」の象徴として語られやすい。石油埋蔵量という数字だけを見ると、確かに魅力的に見える。しかしここには、19世紀型帝国主義が理解できない現代の罠がある。それが重質油だ。
■帝国政策が生む「負債」と「コスト」
ベネズエラの原油は超重質油が中心で、精製には高度な設備(アップグラダー)と希釈剤が必要になる。さらに、長年の制裁と投資不足により、油田・パイプライン・精製設備・港湾・電力といったインフラは深く傷んでいる。つまり、仮に「油田を押さえた」としても、そこから直ちにキャッシュが湧くわけではない。石油は“掘れば儲かる”資産ではなく、大規模な再投資を前提とする工業システムなのである。
ここで必要になるのがCAPEX(設備投資)だ。石油産業を正常化し、輸出を増やし、トランプ氏が望むような利益を生むためには、初期投資だけで数千億ドル規模が必要になる。しかもこれは、単なる工場投資ではない。治安、保険、輸送、労務、法的枠組みの再設計が同時に必要になる「占領下CAPEX」である。平時の投資とは桁が違う。
問題は次だ。誰がその金を出すのか。
ジャクソンOSを支える支持層は「我々の税金を外国に使うな」である。税金投入は政治的に許容されにくい。
民間企業にとって、占領下でゲリラ攻撃や契約破棄のリスクがある油田に巨額投資をする合理性は厳しいものとなる。さらに投資したとしても、次の政権交代や国際的制裁、国内ナショナリズムの反発で“収奪企業”として狙われる可能性もある。
結論は明白だ。ベネズエラは「宝の山」ではない。米国の財政と政治資本を吸い尽くす巨大なブラックホールになり得る。つまり、帝国政策は「収入」を生む前に、「負債」と「統治コスト」を先に生む可能性を秘めている。
2.「略奪の不可能性」――21世紀は資源を“運べない”
19世紀の帝国主義は、資源を押さえれば、それを比較的単純に運び出せた。だが21世紀は違う。資源は、採掘→精製→輸送→販売までが巨大なサプライチェーンであり、どこかが破壊されれば価値はゼロに近づく。占領下では、抵抗勢力は「油田そのもの」を守る必要がない。彼らはパイプライン、港湾、送電網、希釈剤供給、労働者の安全――つまり脆弱な結節点を狙えばよい。少額のコストで、巨額の損害を生み出せる。これが後の第3章につながる「非対称性」だが、経済の観点から言えば、これは「略奪が成立しない」という意味である。
■支持層の怒りが向かう先の「転換」
3.インフレ・スパイラル――帝国政策は支持基盤を内側から破壊する――マッキンリー的外向き拡張が、ジャクソン的生活防衛を直撃する
トランプ2.0の経済・財政が崩れる第二の回路はインフレ可能性である。ジャクソンOSは、国内の生活不安を抑えることで求心力を維持する。とりわけ労働者階級にとって最大の敵は、抽象的な地政学ではない。日々のスーパーの価格だ。ところがマッキンリーOSは、外向き拡張のために、インフレを招く政策を組み合わせてしまう。
①コストプッシュ・インフレ(関税)
一律関税は、輸入品価格を押し上げる。企業はコストを価格に転嫁し、生活必需品にも波及する。関税は「相手国に払わせる」と語られがちだが、現実には国内の価格体系に組み込まれる。
②財政ファイナンス型インフレ(帝国維持費)
帝国には維持費がかかる。軍事費、占領費、治安維持、復興、行政運営、情報戦、サイバー防衛、同盟への補填。これを賄うために国債が増発され、金利とドルの安定が揺らぐ。市場が疑い始めるのは「戦争に勝てるか」ではなく「この支出が持続可能か」だ。
③支持層の離反(政治の臨界点)
インフレが臨界点を超えると、ポピュリズムの熱狂は反転する。支持者は「中国に勝て」と言っていたのではない。「生活を良くしろ」と言っていたのだ。帝国政策が生活コストを押し上げた瞬間、熱狂は「裏切られた」という怒りに変わる。ここでジャクソンOSの求心力が崩れる。
4.財政的破綻(Fiscal Ruin)の正体――“経済の話”ではなく“政治の話”
ここまでの議論は経済の話に見えるかもしれない。だが本質は政治である。
帝国政策が持続不能になる最大の理由は、「金がない」からではない。金を使う政治的正統性がないからだ。帝国維持コストは、米国の外で生まれる。しかし支払うのは、米国の有権者である。この構造は、ジャクソンOSの第一原理――「我々の税金を外国に使うな」――と正面衝突する。したがって帝国政策は、最初から国内政治において“正統性の赤字”を抱える。これが、帝国主義が21世紀で長続きしない経済・財政上の理由である。外で勝ったように見える瞬間に、内側では財政と物価が揺れ、支持基盤が崩れ始める可能性がある。
なお、これらの点は、筆者の独自見解にとどまらない。政治リスク分析で知られるユーラシア・グループも、2026年の世界10大リスク分析において、トランプ政権の対外姿勢を「ドンロー主義(Donroe Doctrine)」と名付け、明確に構造化している。
同社は、ドンロー主義を「西半球において中国・ロシア・イランなどの域外勢力の影響力を制限するだけでなく、軍事圧力、経済的強要、選別的同盟構築、そしてトランプ個人の政治的決着を組み合わせることで、米国の優位性を積極的に主張しようとする姿勢」と定義する。
■米シカゴ大教授が説く「大国の行動原理」
重要なのは、ユーラシア・グループがこれを完成した戦略ではなく、複数の手段が未分離のまま混合された「姿勢(posture)」と位置づけている点だ。軍事・経済・同盟・個人政治が同時に動くことで、短期的には成果が出ても、中長期的には「政策の行き過ぎ」や「意図しない結果」を招くリスクが高まると警告している。これは、トランプ2.0が内向きの動員と外向きの拡張を同時に走らせているという、本稿の問題意識と重なる。
さらに、この構造は、国際政治学の理論的蓄積とも整合的である。米シカゴ大学のジョン・J・ミアシャイマー教授は、代表作『The Tragedy of Great Power Politics』において、いわゆる「攻撃的リアリズム」の立場から、大国の行動原理を説明してきた。
ミアシャイマーの理論の要点は明快だ。国際社会は無政府状態であり、国家は生存を最優先し、他国の意図を完全には読み切れない。こうした条件の下では、大国は防衛だけでは不安を解消できず、合理的に勢力拡張へと傾く。
重要なのは、彼がこれを「悪意」や「狂気」の結果としてではなく、合理性の帰結として描いている点である。だからこそ、彼は大国政治を「悲劇(Tragedy)」と呼んだ。善意と合理性をもって行動した結果、避けがたい構造によって破局に近づいてしまう――それがギリシャ悲劇型の悲劇である。
しかし同時に、ミアシャイマーは一貫して警告する。勢力を取ることはできても、占領し、治めることは難しい。外部からの支配は正統性を欠き、時間とともに現地のナショナリズムを刺激し、抵抗を統合してしまうからだ。帝国主義が長続きしない理由は、軍事力の不足ではなく、ナショナリズムという反作用にある。
トランプ2.0の行動は、攻撃的リアリズムが予測する方向に沿っている一方で、ミアシャイマー自身が繰り返し警告してきた「悲劇的帰結」を自ら再演しつつあるようにも見える。
次章では、ここで生じた歪みが、なぜ「恐怖」ではなく「憎悪」を生み、なぜ「取っても治められない」状態へ転化するのか。統治・心理の崩壊メカニズムを解剖する。
■第3章:「恐れられる」から「憎まれる」へ
トランプ2.0はなぜ“力の行使”そのものに制約されていくのか
トランプ2.0を読み解く鍵は、21世紀の安全保障・資源・地政学の現実に、19世紀の帝国主義時代の米国大統領の思考が重ね合わされている点にある。ジャクソンは法や制度よりも結果と力を優先し、既成事実によって勢力圏を拡張した。マッキンリーは高関税と軍事力を組み合わせ、資源・拠点・通商路を押さえることで国家の繁栄を実現した。
だが、歴史が示す通り帝国主義は長続きしない。外からの恐怖による支配は、時間とともに被支配側のナショナリズムを刺激し、必ず抵抗を生む。取ることはできても、治めることは難しい。トランプ2.0は短期的には強く見えるが、その先では力の行使自体が米国の制約となる――この結論に至る論理を、ここでは二つの歴史モデルで“必然”として示す。
1.「マキャベリズムの限界点」を突破する――恐れられることは安全だが、憎まれてはならない
トランプ氏の持論として「真の力とは恐怖だ」という趣旨の言葉が繰り返されるとするなら、それはマキャベリ的直感に近い。マキャベリは『君主論』で「愛されるより恐れられる方が安全だが、憎まれてはならない」と説いた。ここには政治の冷徹な真理がある。恐怖は服従を生む。だが憎悪は反乱を生む。
19世紀の帝国主義が成立したのは、恐怖が「憎悪」へと変質しにくい条件が揃っていたからだ。通信は遅く、支配の可視化は限定的で、反抗の連携は難しく、抵抗のコストは高かった。圧倒的な国力差があれば、恐怖は長く維持できた。しかし21世紀は、その前提がすべて逆転している。恐怖は、維持される前に変質する。しかも一方向に――憎悪へ。
①変質を加速するのは「SNS=感情増幅装置」
現代の戦争・介入が19世紀と決定的に違うのは、武器の性能以上に、感情の拡散速度である。米軍が首都カラカスを制圧する映像が、TikTokやXで拡散された瞬間、それは単なる軍事的勝利ではなく、地域の若者にとっての「屈辱の象徴」になる。恐怖の映像は、服従を生む前に、屈辱と怒りを生む。そして屈辱は、最も強い政治的エネルギーに変換される。それがナショナリズムだ。
②ナショナリズムの「相転移」
外圧がかかった瞬間、バラバラだった不満は結晶化する。「腐敗した独裁者」への反発、「経済苦」への怒り、「米国への不信」――それぞれが独立していた感情が、侵攻という物理的圧力で一本の物語に収束する。「打倒・米国帝国」という、単純だが強力なイデオロギーへと相転移する。これは核分裂のように爆発的エネルギーを生む。ここで重要なのは、帝国の側がどれほど正当化の物語を用意しても、相手側では別の物語が生まれる点だ。外からの恐怖は、必ず内側の物語を起動する。「指図されること」への拒否が国民感情を統合し始める。つまり、トランプ2.0の力の行使は、短期の服従を生んでも、長期の敵を育てる。
■「勝つ」ことはできても治められない
2.「非対称戦」の罠――圧倒的な力に、安価な破壊で対抗される世界
次に、21世紀の戦争が帝国に不利な理由は、戦いのコスト構造が非対称化したことにある。帝国は「守る側」に立つ。守る側のコストは高い。攻める側のコストは低い。ここに終わりのない消耗戦が生まれる。防衛側は、パイプライン、港湾、タンカー、送電網、通信網を24時間守らねばならない。そのためには高価な監視網と防空システム、警備部隊が必要だ。攻撃側は、市販ドローンに爆薬を載せて突っ込ませるだけでよい。サイバーでもよい。小規模ゲリラでもよい。
重要なのは、相手の「脆弱な結節点」を叩けば価値が止まることだ。この非対称性の下では、帝国は「勝つ」ことが難しいのではない。勝っても利益にならないのである。治め続ける限り出血が止まらない。これが「取ることはできても治めることはできない」という構造的な意味だ。ベトナムやアフガニスタンの教訓は、領土の色を塗る感覚では見えない。勝利の映像の裏側で、コストが指数関数的に積み上がる。だからこそ、トランプ2.0は「力」を振るえば振るうほど、力の行使自体が政治・経済の制約になっていく。恐怖で統治しようとするほど、憎悪が生まれ、抵抗が常態化し、コストが膨らむ。ここに歴史的必然がある。
3.「同盟の属国化」が招く遠心力――アテネ帝国(デロス同盟)の崩壊と、トランプ2.0の未来
帝国が長続きしないもう一つの理由は、帝国が外に敵を作るより早く、内側の同盟を壊すからだ。この点を理解する最適な歴史モデルが、古代ギリシャのアテネである。
当初、デロス同盟は対ペルシャ防衛のための「同盟」だった。だがアテネはこれを次第に自国のための「帝国」へ変質させた。同盟国から金銭を取り立て、従わない国を武力で制圧し、同盟を「パートナーのネットワーク」から「搾取のシステム」へ変えた。結果、同盟国は離反し、スパルタ側につき、アテネは孤立して滅びた。この崩壊ロジックは、現代にも驚くほど当てはまる。
■「鞭」を振るうほど敵を招く
①同盟をATM扱いした瞬間に、同盟は“静かに離反”する
トランプ2.0が日本や欧州、あるいは中南米諸国に対して行おうとしているのは、「同盟のネットワーク」を「コスト回収の装置」に変えることだ。「関税を払え」「駐留費を全額出せ」「言うことを聞け」。これは短期的には米国に得をもたらすかもしれない。だが長期的には、同盟国を“属国化”し、遠心力を生む。同盟国は表面的には従う。しかし水面下ではDe-Americanization(米国離れ)を加速させる。ドル決済の回避、独自防衛網の構築、そして中国との天秤外交。同盟の弱体化は、ある日突然起きるのではない。静かに、しかし不可逆的に進む。
②そして真空が生まれ、そこが中国化する
米国が鞭を振るうほど、中国はアメを差し出す。インフラ投資、資源購入、市場アクセス。経済合理性に従えば、中南米諸国は中国を選ぶ。物理的には「裏庭」でも、経済的生命線は太平洋の向こうへつながっている。米国が軍事力で介入すればするほど、地域は「外部勢力を招く口実」を得る。こうして帝国は、自らの手で真空を作り、自らの敵を招き入れる。
ここに歴史的皮肉がある。帝国主義的な振る舞いが、皮肉にも「パックス・アメリカーナ」の終焉を早める。同盟の属国化は、覇権の短期回収に見えて、長期の覇権基盤を破壊する。
まとめ:力の行使が“力の制約”に変わる瞬間
ここまでの論理を一文に凝縮すると、こうなる。
トランプ2.0は「恐怖」によって秩序を作ろうとするが、21世紀では恐怖は憎悪へ変質し、ナショナリズムが相転移し、非対称戦がコストを無限化し、同盟の属国化が遠心力を増幅する。その結果、力の行使それ自体が、米国の制約として跳ね返る。
次章では、この心理・同盟の崩壊が「地政学の構造崩壊」へどう接続し、世界がブロック化し、真空が中国化していくのか――さらに詳しく、上記の局面を見ていく。
■第4章:地政学・構造の崩壊可能性
「同盟の空洞化(Hollowing Out)」と「真空地帯の中国化」――帝国はなぜ“勝ちながら負ける”のか
前章で見た通り、トランプ2.0を突き進めた場合での力の行使は、短期には「恐れ」を生むが、時間とともに「憎悪」を生み、ナショナリズムの相転移を引き起こす。さらに同盟国に「保護料」や「服従」を迫るほど、同盟は静かに離反し、De-Americanization(米国離れ)が進む。ここから先に起きるのが、地政学の構造崩壊である。
重要なのは、これは個別の外交失策の積み重ねではないという点だ。トランプ2.0が採用する「勢力圏主義」は、その性質上、同盟を空洞化させ、世界をブロック化させ、最終的に競争相手に“真空”を渡してしまう。帝国はこの局面で、勝っているように見えながら負ける。なぜそうなるのかを、構造として解剖する。
1.同盟をATM化した瞬間、同盟は「制度」から「損得計算」に落ちる
――同盟の空洞化は“目に見えない速度”で進む
同盟の強さは、軍事力の合算ではない。信頼の合算である。そして信頼は、条約文書ではなく「運用」で作られる。同盟国が安心して米国側に立てるのは、米国が同盟国の主権と国内政治を理解し、一定の予測可能性を維持してくれるからだ。トランプ2.0は、この同盟の条件を根底から変える。「関税を払え」「駐留費を全額出せ」「投資を上納せよ」「言うことを聞け」。同盟国をパートナーではなく「貢納者」として扱い始めると、同盟は制度から損得計算へ落ちる。ここから“空洞化”が始まる。
空洞化は、反米宣言の形では表れない。むしろ逆である。表向きは協力し、微笑む。しかし水面下で、次のことが起きる。情報共有が鈍る、共同作戦の設計が遅れる、装備調達・標準化が分散する、「米国が不確実な時のための第二ルート」が整備される。同盟は壊れるのではない。薄くなる。この“薄さ”が臨界点を超えた瞬間、抑止力は崩れる。
2.「ブロック化」は各国の意思ではなく、米国の圧力が自動的に生む
――世界が“二択”を迫られるとき、中間層は消える
トランプ2.0が同盟国に対して行っているのは、単なる強硬姿勢ではない。各国に「どちら側につくか」を迫る政治だ。関税・投資・安全保障を一体化し、「従うか、払うか、外れるか」を迫る。この瞬間に、世界で起きるのは「ブロック化」だ。重要なのは、ブロック化は世界の自然な帰結ではなく、二択を迫る側が作り出す現象だという点である。国際秩序の強みは、曖昧さを許容することにあった。
同盟国でも、対米依存度には幅がある。中国とも部分協力しながら、米国とも協調する。国益に応じて揺れ動く余地がある。この「曖昧さ」が、安定のための潤滑油だった。しかしトランプ2.0がそれを許さず、二択を迫ると、中間層が消える。世界は硬直化し、ブロック化は加速する。
そしてブロック化が進むほど、米国は「力で縛る」コストを背負い、同盟国は「逃げ道」を作るインセンティブを持つ。つまり、ブロック化は米国の覇権を強化するどころか、覇権の運用コストを跳ね上げる。
■米国の「鞭」と中国の「アメ」
3.真空地帯の中国化――米国が“鞭”を振るうほど、中国の“アメ”が効く
――勢力圏は軍事ではなく、経済で決まる時代に入っている
ここで最も重要な逆説が表れる。米国が勢力圏を守ろうとすればするほど、米国は「鞭」を振るう。関税、制裁、軍事的圧力、政治介入。しかし「鞭」は一時的な服従を生んでも、生活を改善しない。生活を改善しない同盟は長続きしない。
そこに中国は「アメ」を差し出す。インフラ投資、資源購入、市場アクセス、工業製品の供給。重要なのは、中国が提示するのは「理念」ではなく「経済合理性」だという点だ。
ここで“真空地帯の中国化”が起きる。米国が圧力を増すほど、地域は経済的生命線を守るために、中国へ傾く。これは政治思想ではなく、家計と雇用の問題として起きる。中南米の例が典型だ。物理的には「米国の裏庭」だとしても、経済的にはすでに中国が最大の顧客になっている国が増えている。資源を売る相手、インフラを作ってくれる相手、工業製品を供給してくれる相手が中国であれば、地域は合理的に中国へ傾く。米国が軍事力で介入すればするほど、その介入は「域外支援者」を呼び込む口実になり、結果として中国の浸透を加速させる。
ここに、トランプ2.0の最大の誤算がある。19世紀的世界観では「裏庭」は物理的距離で決まる。しかし21世紀では、勢力圏は経済の重力で決まる。経済の重力が中国側に移った地域に、米国が軍事で圧力をかければ、反発と離反を生み、重力移動をさらに促進する。
4.帝国は「征服」で勝ち、「維持」で負ける
――パックス・アメリカーナが崩れる“歴史的皮肉”
ここまでの構造をまとめると、こうなる。
・同盟を搾取に変える→同盟が空洞化する

・空洞化した同盟を力で縛る→ブロック化が進む

・ブロック化した世界では中間が消え、各国は逃げ道を作る

・逃げ道を提供するのが中国→真空地帯が中国化する

・その結果、米国は勝っているように見えながら、影響力を削る
つまり、帝国主義的振る舞いが、皮肉にも「パックス・アメリカーナ」の完全な終焉を早める。トランプ2.0が作ろうとしているのは「強いアメリカ」だが、構造的帰結として表れるのは「高コストで、頼られず、嫌われるアメリカ」になりやすい。
5.次に起きること――“支配”は拡張ではなく「収縮」を呼ぶ
トランプ2.0の最終局面は、外での拡張ではない。
外で膨らんだコストが内に回り、国内の求心力が崩れ、政治が分裂し、結局は内向きの孤立へ向かう。これが、ジャクソン×マッキンリーOSが同時実行されたときの終着点である。
次章では、この構造が時間軸の上でどう進み、トランプ2.0がそのまま突き進んだ場合、2027年以降にどのような「帝国の黄昏」が訪れるのかを、シナリオ分析として描く。そして最後に、日本がこの世界で何を磨くべきかを結論として示す。
■最終章:「煉獄(Purgatorio)」としてのトランプ2.0時代
――試練の山は偶然ではない。「安売り国家」を焼き尽くすための歴史的装置である
トランプ2.0の出現を、単なる混乱や例外として理解するのは誤りである。それは世界の終わり(地獄)ではない。むしろ、戦後秩序が抱え込んできた歪みを強制的に露出させるための「煉獄」である。
ダンテの『神曲』において、煉獄は罰の場ではない。地獄と天国の間に置かれた、再生のための通過点だ。苦しみはあるが、そこには明確な方向性と意味がある。トランプ2.0が世界にもたらしているのも、まさにこの種の試練である。重要なのは、この煉獄は偶然生まれたのではないという点だ。グローバリズムの下で、安全保障は米国任せ、通貨秩序も米国任せ、市場アクセスも米国任せ、という“依存構造”を放置してきた世界が、自ら用意した必然的帰結なのである。
1.煉獄の炎は「必然」だった――トランプは原因ではなく、結果である
トランプ2.0が突きつける関税、圧力、同盟への要求は、気まぐれではない。それは、米国自身が長年抱えてきた矛盾――「覇権を維持したいが、そのコストは払いたくない」という自己矛盾が、政治的に噴出した形である。
米国は今、軍事力、通貨、市場という三つの公共財を世界に提供してきた国家である。だが同時に、そのコストを国内有権者が負担することへの耐性は、確実に低下している。
トランプ2.0は、この耐性低下を「力で押し返す」政治である。だからこそ、これは一時的な逸脱ではない。世界が依存を続ける限り、第二、第三の“トランプ的局面”は必ず表れる。煉獄の炎は、偶発的な火災ではない。構造的に点火された。
2.日本の「罪」は精神論ではない――それは構造的怠惰(Acedia)である
煉獄の中腹で裁かれる「怠惰(Acedia)」とは、何もしないことではない。本来やるべきことから目を逸らし、楽な代替手段に逃げ続けることだ。
日本が長年続けてきたのは、まさにこの怠惰である。円安で価格競争力を保てばよい。賃金は上げなくても輸出は回る。技術投資は選別的でよい。安全保障は米国に任せればよい。これは保守でも改革でもない。「決断の先送り」を制度化した国家運営である。
トランプ2.0は、この逃げ道を意図的に塞ぐ。関税は、日本に「為替と価格で逃げる道」を与えない。通貨批判は、「金融緩和による時間稼ぎ」を許さない。過酷である。だが同時に、これは日本にとって数十年ぶりの構造改革の強制装置でもある。
■従う国でも、安い国でもない「真の独立国家」へ
3.「クオリティ・ステート」は抽象概念ではない――到達条件はすでに決まっている
煉獄の先にある「地上楽園」は、夢物語ではない。それは、国家として満たすべき明確な条件を備えた状態である。クオリティ・ステートとは、次の三条件を同時に満たす国家だ。
①価格ではなく「代替不能性」で選ばれる産業構造

安いから買われるのではない。「これがなければ困る」技術・部材・システムを持つ。
②同盟に依存せず、同盟から信頼される安全保障姿勢

ただ守られる国ではない。役割を分担できる国。
③通貨・技術・制度が一体となった国家信用

円安・金利操作に頼らない。制度そのものが信頼資産である状態。

これは精神論ではない。国家戦略の設計図である。
結語:火の中を通り抜けよ――煉獄は、通過した者だけを次の時代へ送る
トランプ2.0という時代を、恐れる必要はない。だが、通り抜ける覚悟は必要だ。炎は熱い。関税は痛い。要求は理不尽に見える。しかし、それらを避けようとする国は、「依存」と「安売り」に戻り、次の煉獄でより深く焼かれる。
顔を上げよ。見るべきは地獄ではない。登るべき山と、その先にある国家の姿である。
この煉獄を通過したとき、日本は「従う国」でも「安い国」でもなく、価値と信頼で選ばれる真正の独立国家として、次の秩序の設計側に立つだろう。

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田中 道昭(たなか・みちあき)

日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント

専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント 田中 道昭)
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