150万部を突破し、令和イチのベストセラーになった『人は話し方が9割』(すばる舎)は、なぜ売れたのか。著者の永松茂久さんは「この本は『本を読む人』ではなく、むしろ“本を読まない人”に向けて作った。
売り場から逆算した」という。出版不況のなかで異例のヒットを生んだ“逆転の発想”とは何だったのか。『読まない人に、本を売れ。』(ライツ社)より、その勝因の一部を紹介する――。
※本稿は、永松茂久『読まない人に、本を売れ。』(ライツ社)の一部を抜粋・再編集したものです。
■「本を読まない人」に売るしかない
出版業界には、書店の数がどんどん減っているという現状がある。これはつまり、本の売り場が日本中で減っているということだ。
ということは、すでに本を読む習慣のある既存顧客にだけ向けて商品開発を進めると、当然、パイの縮小にともなって、売り上げ部数はジリ貧になっていくということになる。よって必須なのは、何をおいても新規の読者の獲得だ。
しかもそれには、ほかの著者のファンをこっちに引っ張ってくるというようなセコいことではなく、ふだん本を読まない人たちまでが読む本をつくる、というチャレンジが必要になる。その人たちがつい手に取ってしまうような本でなければ、日本一の大ベストセラーを狙うなど到底できない。

「読まない人に、本を売れ」という天からのお題が、僕たちのもとに降ってきた。そう感じた。
僕の大好きな番組で、NHKの「プロジェクトX」という番組がある。多くの人が「不可能だ」と言ったことに、わずかな勝機を見出し、あきらめずに立ち向かい、困難を乗り越えながら奇跡を起こした人たちのドキュメンタリーだ。
■「いい商品」と「売れるか」は別
「日本一」も「100万部」も、この出版不況の中で、ほとんどの人が「不可能だ」と思うくらい壮大な夢だ。口にするたびにバカにされた経験もある。世の中から見ると「何を夢みたいなこと言ってるの?」と確実に突っ込まれるくらい壮大だが、自分たちで思い込むのは勝手だ。前提条件は十分だし、なんだかワクワクする。
ということで僕たちは、このチームのコンセプトを「出版業界のプロジェクトX」ということにした。
出版も含めてだが、ビジネスというのは本当におもしろい。いい商品だったら絶対に売れるというわけではない。「一生懸命」や「心を込めて」が通じないこともある。
それはある意味、ビジネスにおける残酷な真実とも言える。
ではどうすれば、勝機が見出せるのか? それは、「読者が心の底で求めているものに対して、チューニングを合わせられるかどうか」つまり、「市場がはっきりと見えているかどうか」だ。
本づくりに力を入れることは大前提だが、一番のキモは、読者のニーズにピントを合わせるということなのだ。そのピントさえカチッと合えば、勝機はある。
■「誰に届けるのか」がすべてを決める
ということで、上江洲さん、大輔、そして僕は、この本の企画を再スタートさせた。これは僕が思うことだが、企画で一番大切なこと、それは「そもそもこの本は誰が読むのか?」というところだ。
※上江洲さん=担当編集者、大輔=すばる舎の営業マン
「大輔に向けて」と机の上に大輔の写真を置いて書いてはみたものの、そうするとあまりにもビジネスマン寄りの会話術の本になってしまう。ということで、いったん大輔を想定読者から外し、あらためて読者がどんな人なのかを考えた。
「たくさん売るためには、ふだん一番忙しくて、本を読まない人に向けて書いたほうがいいってことだよね?」

「ですね」

「それってどんな人だろう?」

「うーん、あ!」
大輔が何かを閃いたように言った。
「この本はしげ兄のことを知らない人めがけて書いてください」

「知らない人?」

「はい。正直、いまのしげ兄の知名度では、マックスで10万部までです。ファンだけに向けて書いてたら、その壁を越えることはできません」
たしかに大輔の言う通りだった。
それまでの僕にとって、10万部というのは1つの壁だった。だから、どうすればその限界をもっと引き上げられるのか、そこを深く議論した。
■「イオンに買い物に来る主婦」をターゲットに
都心部だけで売れるビジネス書だと、マックスでも10万部だ。そもそも多くの人が名前を知っている有名人の本だって、10万部というのはそんなに簡単な数字ではない。その限界を超えるには、より大きな市場をカバーしなければならない。それはどんな市場かというと、ショッピングモールに入っている未来屋書店やくまざわ書店やTSUTAYAなど、いわゆる、郊外にある書店でも自然と売れるような客層の広い本ということになる。
「すでに、しげ兄を知っているビジネスマンや、もともと啓発本が好きな人たちが目的買いするような本じゃなくて、イオンに買い物に来る主婦が気軽に手に取ってくれるような本を目指しましょう」という言葉が、大輔の口から飛び出した。
大輔は、足で稼ぐ現場主義の最たる人間だ。その行動は一貫している。どんなに交通の便が悪いところでもタクシーは使わない。地元の人たちが乗っているバスを使うし、とにかく歩く。そしてショッピングモールに着いても、エレベーターには乗らない。
必ずエスカレーターで書店のあるフロアに上がっていく。
それらの行動はすべて「どんな人が、どんな導線で、どんな本を目当てに集まる書店か」を知るためだそうだ。
■口コミの中心にいる人を狙う
そうした徹底した現場目線から出てきた「イオンに買い物に来る主婦が、気軽に手に取ってくれるような本」という言葉には、ものすごく説得力があった。
ショッピングモールに来た家族連れ、お茶を飲みに来た人、マンガを買いに来た人、そういった方々についでに手に取ってもらえる本でないとヒットは狙えない。
そして、40代50代の女性は、つながりの中心にいる人たちだ。そのネットワークは驚異的で、その層に支持されれば、その人の子どもにも、ママ友にも、おじいちゃんおばあちゃん世代にも、オールターゲットで口コミが広がっていくはず。
「一番忙しくて、本から縁遠い人。それは子育て中のお母さんです。この人たちが読んでくれれば、ほぼすべての層をカバーできるはずです」

「まじ? 俺、その人たちに一番縁遠いんだけど」

「いえ、その人たちに向けて話し方の本を書いてください」
子育て中のお母さんと話し方? いったい何を書けばいいんだ? 僕は焦った。
商売には「プロダクトファースト」と「マーケットイン」という二軸の考え方がある。プロダクトファーストは「私は思いを持ってこの商品をつくりました。この思いに共感してくれる人だけがどうぞ」という、商品ありきのスタンス。

■「相手の困りごと」から商品を考える
これに対してマーケットインは「世の中の多くの人が困っていることを解決する商品ができました」という、お客さんの要望ありきの商品づくり。
同じ本でも、小説を書く作家さんは前者でいい。むしろある意味、プロダクトファーストであることが読者の要望そのものだからだ。しかし、大輔が言っていたのは後者だ。つまり、「売り場から逆算して、読者との接点から本をつくっていきましょう」ということだった。そうなると、徹底的な市場調査が必要となる。
これはあくまで僕の私見ではあるが、最近の多くの読者が本を買う動機は、「おもしろそう」「読みやすそう」「あ、私に関係あることだ」というこの3つの要素のような気がしている。もちろんすべての本においてこれが正解かどうかはわからないが、僕は本を書くとき、特にここを大切にしている。
ということでチームで議論を重ねたその結果、見えてきた第1読者。それは「ローカルの郊外スーパーに買い物に来た主婦」。第2読者は「基本的に本を読むのが苦手な人」。第3読者はもっと大きく広げて「意識普通系」。
これはつまり、いつも本を読む意識の高い人ではなく、ほとんど本を読まない人、もしくは、年に数冊本を読む程度の人たちが当てはまる。
■「自分のこだわり」より「共感」
となれば、かぎりなく著者である僕の色を薄め、自分語りのエピソードもできるかぎり少なくしよう。普通の本より文字数と行数をはるかに減らそう。かと言って内容が浅いわけでもなく、「そうそう、それあるよね」と、とにかく読者に共感してもらえる本をつくろうといった、本の性格みたいなものが決まっていった。
それまでの僕は自分流のスタイルや表現、つまり自分の在り方にものすごくこだわって本を書いてきた。もちろんそこを愛してくださる読者もいてはくれたが、結果的にそれが故に部数が頭打ちになっていたことは否めない。
これまでつくってきた飲食店、スタッフ、そして九州の仲間たち。そのすべてを置いてでも東京に来た僕の目標は「日本一の著者になる」ということだ。当然、僕のことを知らない人が本に手を伸ばしてくれなければ、日本一はおろか、10万部を超えることなどできない。
こうした流れから、それまでの熱めの生き方論やビジネス論を書いてきた永松茂久というイメージは、すべて取っ払って書くと決めた。

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永松 茂久(ながまつ・しげひさ)

人財育成JAPAN代表取締役

大分県中津市生まれ。2001年、3坪のたこ焼きの行商から商売を始め、2003年に開店したダイニング陽なた家は毎年4万人を集める大繁盛店になる。自身の経験をもとに体系化した人材育成法には定評があり、全国で多くの講演、セミナーを実施。講演の累計動員数は延べ80万人にのぼる。著作業では『人は話し方が9割』(すばる舎)が140万部を突破(2024年11月現在)。このほか『拝啓、諭吉様。もし現代の若者が『学問のすすめ』を学んだら』『喜ばれる人になりなさい』『人は聞き方が9割』『リーダーは話し方が9割』(すばる舎)、『30代を無駄に生きるな』『20代を無難に生きるな』(きずな出版)、『君はなぜ働くのか』『君は誰と生きるか』(フォレスト出版)、『感動の条件』(KKロングセラーズ)などがある。

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(人財育成JAPAN代表取締役 永松 茂久)
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