■家事や運動が認知症リスクを低下させる
近年、認知症の研究が進んでおり、家事も認知症のリスクを下げることが分かった。英国バイオバンクが2022年に発表した、「身体活動・精神的活動、疾病感受性、および認知症リスク:英国バイオバンクに基づく前向きコホート研究」がそれだ。英国バイオバンクは、血液や皮膚組織、尿といった生体試料やゲノムデータなどを集め、世界中の研究者にデータを提供する世界最大規模の慈善事業団体である。
この研究は、人の活動のパターンと認知症の関係などを調べることが目的。2006年~2010年に認知症がない参加者約50万人を募集し、2019年末までの確定診断を追跡した。
参加時点の平均年齢は56.53歳、女性が男性より1割ほど多い。追跡期間中、認知症症例が確認されたのは5185人。参加者の活動を分析したところ、家事、運動、友人・家族の訪問が多い人は、複数のタイプの認知症リスクが低下することが分かったのである。
では、家事はなぜ認知症のリスクを下げるのか。また、どのように家事を実践すればよいのだろうか。長年認知症の研究を行い、「脳トレ」を編み出した東北大学の川島隆太教授に、なぜ家事が認知症のリスクを下げるのか聞いた。
■なぜ家事が脳の機能を高めるのか
脳機能研究に携わってきた川島教授は、2001年から研究成果を社会に還元しようと活動を始めた。脳トレのゲームやドリルを考案したのは、計算や音読といった単純作業を行うことで、認知症予防につながりそうな結果が得られたからだ。2005年に出たニンテンドーDSのゲームソフトは大ヒットし、翌年には新語・流行語大賞のトップテンに選ばれる。
研究を重ね、分かったのは前頭前野が働くほど情報の処理速度と記憶容量が向上すること。前頭前野とは、記憶や学習、コミュニケーション、感情や行動の制御、自発性といった高度な精神活動を司る脳の重要な部位である。そのことが、家事とどう関係するのか。
川島教授は、「家事が脳の機能に良いとする理由は、大きく分けて2つあります。1つ目は、ゴールに向けて計画を立て実行すること。これは前頭前野の大事な機能の1つで、心理学では『実行機能』と呼びますが、集中力や創造性の根っこに当たります」と話す。
「前頭前野の中核機能には、いくつかのことを同時並行で行うワーキングメモリー(作業記憶)の役割もありますが、認知症になると非常に衰えやすい。コンピュータに例えればデータを一時的に保存するRAM(Random Access Memory)『作業用メモリ』に相当し、リアルの世界で言えば作業机に例えることができます。
■脳の記憶容量を増やす簡単な方法
高齢になると、同時並行で複数の料理を作ることが苦手になりがちですが、それはRAMの容量が小さくなる、あるいは作業机が小さくなる結果、複数の作業を同時に行うことが難しくなるからです」と川島教授。
2つ目のポイントについては、「できるだけ手早く作業することを意識しましょう。何時何分までに、あるいは何分以内に完成する、と目標に向かって最大限に頭の回転速度を上げると、脳を鍛えることができる、と研究で分かっています」と話す。
両方のポイントに気をつけながら行える家事の代表が、料理だ。家族が食卓につく時刻までに完成するよう作業の段取りを決めながら、手早く、同時並行で複数の料理を作る。こうした脳に負荷をかける行為で、特に効果が出やすいのが実は初心者だ。
「お仕事をリタイアされた方が、慣れない料理を一生懸命すれば、脳の健康に役立ちます。一方、家事のベテランは、初心者にとっては難しい同時並行の作業も、何も考えずに流れ作業でサッとやれてしまう。しかし、脳トレにするには考えることが必要です。その場合、新しいレシピへ挑戦すれば、改めて作り方を確認し考えることになるので、脳の記憶容量を増やすことにつながります」と川島教授は話す。
ミシンなどの縫い物も、完成品をイメージして材料を選び、作業するので脳トレになる。掃除も、時間を測って取り組むなど、効率的に行う工夫をするとよい。家事をあまりしてこなかった人こそ、一つひとつ学びながら実行する家事への挑戦が、脳を鍛えることへもつながりそうだ。
■ネット検索よりもリアルで調べる方が学習効果が高い
新しいことへの挑戦は、好奇心も旺盛にする。「前向きな気持ちを持つ人や、いろいろなことに興味を持つ人は、認知症になりづらいことが分かっています。とはいえ、単に『前向きな気持ちになりなさい』と言われても応えにくい。新しいレシピ、やったことがない家事など、具体的に目標を立て挑戦するとよいと思います」
実は川島教授、もともと料理が好きでよく作っていた時期があるそうだ。自身の体験も踏まえ、「料理のセンスはビジネスセンスとまったく同じ、と感じています。くり返しになりますが、目標を達成するために、計画を立ててどう実行するか、という過程は料理でも研究でもビジネスでも同じです」と話す。
前回配信した親子で行う料理の話とも共通するが、誰かと家事について情報交換するといった、コミュニケーションも脳トレになる。調べものも脳を活性化するので、レシピを探すのは効果的だが、不思議なことに、インターネットでの検索についてはあまり効果が期待できない。
川島教授は、「理由はわかりませんが、私たちが測定した結果、パソコンやスマートフォンで読んでも、学習効果は明らかに低くなってしまうことが分かっています。一方、レシピ本を読むなど紙の本から情報を得る、知識がある人に聞く、などリアルな世界での少し面倒な方法の場合は、学習効果が高く、脳の健康に良いです」と注意する。
脳科学の基礎研究によって、文字を読む、数を扱うという2つの活動は、脳機能を非常に効率的に活性化させることが明らかになっている。
■40代から始まる脳の変化
人間がデジタルツールを使うようになってからの歴史は、人類史の中で一瞬ぐらいの時間しかない。
また、何度も同じページに戻って確認しやすい、全体を一覧できる意味でも、紙のレシピの優位性は高い。ぜひレシピ本をストックし、掲載されたレシピを覚えることに挑戦して欲しい。
また、編み物などを始める場合も、紙の本を購入し、確認しながら新しい作品を作っていくことが、結果的に脳を鍛えることにつながる。上達していく手応えや、完成品を使う、あるいは食べる楽しみも生活を豊かにするのではないか。
老化や認知症の心配をするのは中高年が多そうだが、若い人にも認知症は関係がある。川島教授は、「アルツハイマー症につながる脳の変化は、40歳を超したあたりから始まります。20代、30代からしっかり脳の手入れをしておかないと、やがて自分の身に降りかかってきますよ」と補足する。脳の手入れとは、紙で情報を読む、人に聞く、ゴールを決めて作業する、新しいレシピに挑戦するといった、脳に負荷をかけつつ家事に取り組むことを含む。
■家事はクリエイティブ力を育てる
「家事をしっかりやっていただくことは、心身の維持向上につながることが、科学的にはかなりわかってきています。家事全般が、さまざまなクリエイティブな能力を保持できるので、人生すべての期間において、家事は脳に対して有効に働くことをわかっていただいたらいいと思います」と川島教授は語る。
結局、ラクをすることは、人の能力を衰えさせてしまうのだろう。無理をしないでゆっくり、あるいは手間をかけないで作業するのではなく、少し背伸びするぐらいのつもりで速く作業する、少し難しい作業に挑戦することが、脳を鍛える。そしてその後に休む。
家事の能力が高まれば手応えや達成感を得られるし、同居する家族がいれば喜んでくれるかもしれない。誰かの役に立てることは、人の助けを必要とする場面が増えた人ほどやりがいにも結びつくだろう。
挑戦することは、生涯にわたり人を育て、その手応えがウェルビーイングにつながるのである。
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阿古 真理(あこ・まり)
生活史研究家
1968年生まれ。兵庫県出身。くらし文化研究所主宰。食のトレンドと生活史、ジェンダー、写真などのジャンルで執筆。著書に『母と娘はなぜ対立するのか』『昭和育ちのおいしい記憶』『昭和の洋食 平成のカフェ飯』『「和食」って何?』(以上、筑摩書房)、『小林カツ代と栗原はるみ』『料理は女の義務ですか』(以上、新潮社)、『パクチーとアジア飯』(中央公論新社)、『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか』(NHK出版)、『平成・令和食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)、『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた。』(幻冬舎)などがある。
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(生活史研究家 阿古 真理)

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