■父は本当にネット右翼だったのか
右派市民について考える入り口として、文筆家・鈴木大介さんの『ネット右翼になった父』(講談社現代新書、2023年)を取り上げます。この本は「ネット右翼」になってしまった著者の生前の父について、記憶や証言をたどり、なぜ父がネット右翼になったのかを掘り下げていくものです。
読みどころはいろいろありますが、これまでの調査研究を参考にして「父は『ネット右翼』だったのか」を「検証」する部分が、本書『「右派市民」と日本政治 愛国・排外・反リベラルの論理』の内容にも深く関連するため、以下に紹介します。
鈴木さんは、これまでの調査研究において、人々を「右翼」「保守」と認定する基準がどのようなものだったかを確認しました。社会学者らの研究では、中国・韓国が嫌いで、改憲に賛成、愛国心を重視するといった条件を満たすことを基準にしていました(*1)。また、政治学者の三浦瑠麗による調査では、外交・安保、経済、社会文化という3つの側面における価値観をもとに、保守‐リベラルを定めていました(*2)。
■バラバラの価値観だった右翼的発言
鈴木さんは三浦の指標がよりしっくりくると感じたようで、それを基準に父の「右翼」度を検討します。しかし、鈴木さんの父は「あらゆる項目においてブレブレ」だとの結果になりました(*3)。一部を抜粋すると、このようになります。
・軍事力の強化に関する発言→とくになし
・領土問題→無関心
・性別役割分担→三食の炊事は父の役割
・女性蔑視→そうした発言はあった一方、女性の活躍を高く評価する発言も
それゆえ、「(父は)ネット右翼の定義、保守の定義といった判断基準と比較しても、かなり統一性を欠いたバラバラな価値観を持っていた(*4)」のであり、「父の発言は非常にネット右翼的だったものの、価値観そのものが全面的にネット右翼的だったわけではないことがわかった」というのです(*5)。
つまり、これまでの調査研究に照らせば、鈴木さんの父は“ネット右翼ではなかった”ということになります。
■ネトウヨに認定される感覚的基準
しかし、鈴木さんによると、父は中国・韓国を批判し、南京大虐殺を否定し、女性を蔑視し、外国人の増加に危機感をおぼえる発言をしていました。
これらの情報をもとにすれば、感覚的には多くの人が彼を「ネット右翼」と認定するのではないでしょうか。
だとすると、むしろ“定義もしくは定義のとらえ方”のほうが適切ではなかったのかもしれません。
鈴木さんが参照した定義は、いくつかの基準を包括的に満たさないと「右派」認定されないというものでした(少なくとも鈴木さんはそうとらえました)。そのため、ある部分は当てはまるが、ある部分は当てはまらない(=ブレブレだ)、だから基準を満たしていないと判断してしまったのです。
しかし、基準の“すべて”を満たす必要があったのでしょうか。
■人を定義することの難しさ
何かを定義するというのは、とても難しいものです。なおかつ、その定義によって実際の人々の意識や行動を区分しようとすると、さらに難しさは増します。
多くの場合、特定の質問(たとえば「あなたは憲法9条の改正に賛成ですか、反対ですか」といった質問)への回答から判断することになります。しかし、誰もが納得するような過不足のない判断基準など、そもそも作りようがないのです。同業の研究者のあいだですら合意することは容易ではありません。
そのため、多くの人が使っている基準だからとか、偉い先生がそう言ったからとか、そういったことで仮に定義し、基準を当てはめているというのが実情なのです。
先の例に戻りましょう。鈴木さんの父は、中国や韓国を嫌ってはいたが、憲法や愛国心については何も言っていなかったし、女性を蔑視するような発言をしつつも、活躍する女性を評価するようなところもあったといいます。
同様の例はいくらでも考えられます。たとえば、「韓国大好き! でも同性愛者は気持ち悪い」とか、「男女は徹底的に平等に扱われるべきだ。そして日本人は男女とも靖国神社にこぞって参拝すべきだ」といったようにです。しかし、こうした仮想例はブレブレ(統一性を欠いている)なので、右派ではないのでしょうか。私は鈴木さんの父も、これらの仮想例もみな立派に右派市民だと考えます。みなさんはいかがでしょうか。
■右派市民を4タイプに分けてみる
繰り返しますが、とくに人間を対象とする分野においては、定義もその具体的な基準も、人々の合意にもとづく仮のものにすぎません。ですから、その定義と基準に目立った不具合がなく、多くの人が納得するのであれば、それは適切なものとして認められます。本書はそうした立場から、右派市民の基準を次のように考えます。
本書において、右派市民とは国や伝統をことさらに重視する人のことを指しますが、以下の“定義の一部を強く満たしていれば、右派市民とみなす”ことにします。
本書の定義を簡略化して示します。
① 右派は、国や伝統をことさらに重視する。
② 国を重視するとは、過去の「日本」に対する強い愛着を意味する。
③ 伝統を重視するとは、特定の伝統的規範(家族・性愛)に対する強い愛着を意味する。
④ 国や伝統を軽視するようにみえる人たちへの強い反発も特徴である。
この一部を強く満たしている人を、本書では右派市民と呼びます。具体的には次のように4タイプの右派市民を想定します。
I 国(大日本帝国から連続する日本)を愛しすぎている人=愛国主義者(②に対応)
II 伝統(家族・性愛規範)を愛しすぎている人=伝統主義者(③に対応)
III “敵国”(中国・韓国)を嫌いすぎている人=排外主義者(④に対応)
IV “政敵”(左派・リベラル)を嫌いすぎている人=反左主義者(④に対応)
■愛憎をより喚起させるものによる基準
おそらく多くの方が、雑なネーミングだなあと思ったのではないかと想像します。私もそう思います。しかし、定義とそれにもとづく基準・名称はなるべくシンプルでなければいけません。そうしないと、多くの人が理解しにくいものとなってしまうからです。
本書は学術書ではなく、一般向けを強く意識しているので、正確さや厳密さを重視して、せっかくの重要な知見を共有できなくなるほうがマイナスです。あくまでも右派市民の4つのタイプを大まかに表すネーミングとお考えください。
排外主義者というのは中国・韓国以外の外国人にも否定的な人を指すのではないか、とか、反左主義者というのはリベラル嫌いを含むならば適切な名称とはいえないのではないか、とか、もちろんそのとおりです。あくまでも、本書でこれから解説することを理解していただくための便宜的なネーミングです。その点は十分ご注意ください。
ネーミングの問題はともかくとして、“なぜこの4つなのか”、という疑問もあるかと思います。私としては、“より強い愛着もしくは憎悪の感情を喚起するもの”を選んだつもりです。
もちろん、この分類以外はありえないと考えているわけではありません。しかし、右派市民の主要なタイプは押さえられているのではないかと考えています(*7)。
*1 永吉希久子「ネット右翼とは誰か ネット右翼の規定要因」(『ネット右翼とは何か』所収)に示されている定義です。この定義は、社会学者の辻大介が提案したものです。
*2 三浦瑠麗『日本の分断 私たちの民主主義の未来について』文春新書、2021年
*3 鈴木、93~105ページ
*4 鈴木、105ページ
*5 鈴木、108ページ
*6 鈴木、第二章
*7 右派系オピニオン誌の広告に注目した能川元一・早川タダノリ『憎悪の広告 右派系オピニオン誌「愛国」「嫌中・嫌韓」の系譜』(合同出版、2015年)という本が出ています。
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松谷 満(まつたに・みつる)
中京大学現代社会学部教授
1974年、福島県生まれ。1998年、名古屋大学文学部卒業。2004年、大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程単位取得退学。現在、中京大学現代社会学部教授。博士(人間科学)。
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(中京大学現代社会学部教授 松谷 満)

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