■不思議な選挙
ある主要新聞社からコメと総選挙について取材された。「これだけコメの価格高騰・高止まりが問題になっているのに、なぜ選挙の争点にならないのか」というのだ。
私は逆に「コメを争点化しないマスコミに問題があるのではないか」と質問した。新聞社の人は、「超短期決戦となった今回は時間がなかったので準備が不十分だった」と苦しい言い訳をした。
しかし、考えてみるとおかしな話だ。
物価対策が大きな争点になっているといいうのに、その対策として“チームみらい”を除く各党がこぞって掲げているのは(食料品の)消費税をゼロにすることだけだ。皆が同じ政策を掲げるなら争点にならない。せいぜい財源を検討しているかどうかの違いだけだが、検討しているという政党も確かな財源を示しているのではない。そもそも、キャビア、松坂牛、高級ワインを含めた飲食料品の負担が8%少なくなったからといって、一般の消費者はどれだけ利益を受けるのだろうか。
今の物価高は消費税が引き起こしているのではない。
2025年平均の全国消費者物価指数は、生鮮食品を除く総合指数が前年比3.1%上昇し、前年の2.5%から拡大した。コメをはじめとする食料の高騰が影響した。生鮮食品を除く食料は7.0%上昇した。このうち米類は67.5%上昇と、1971年以降で最大の伸び率となった。日銀のインフレ目標はコメのおかげで達成されたと言われるくらいだ。消費者物価指数を最も押し上げているのはコメなのに、どの政党も問題視しない。これで生活者ファーストなどといえるのだろうか?
精米5キログラムで、2年前までは2000円だったコメが今は4200~4400円もしている。4200円の税込み価格のうち消費税分は311円に過ぎない(経済学的に言うと、消費税は生産者も負担しているので、消費税ゼロによる価格下落額はこれより少ない)。これをなくすことよりも2000円に戻すことを真剣に考えるべきではないか? コメは主食ではないのか。
■生産増なのにコメ価格が上がるワケ
現在のコメ高騰は、24年夏から昨年9月までの価格上昇と、原因もそれを作った主体も異なる。昨年9月までの高騰は23年産米が猛暑による高温障害を受けたことで供給量が減少したことが原因である。
これに対して、今、生産が増えている中で起きている価格高騰・高止まりは、JA農協によって引き起こされた人災である。
24年産米について他の業者がコメの集荷に参入しJA農協の集荷率が減少した。このため、JA農協は、通常の年では玄米60キログラムあたり1万2000円の概算金を、25年産米では3万円から3万円5000円に引き上げた。これから農協はマージンを加え、卸売業者に平均3万7000円という空前の価格で販売している。この価格で購入した卸売業者は高い価格でスーパー等に販売せざるを得ない。これが、現在コメが異常に高い値段となっている原因である。
25年産米の生産は70万トンも増加しているので、今はむしろ過剰で昨年秋以降米価は下がるはずである。それなのにJA農協が卸売業者に売る価格をむしろ引き上げているのは、在庫量を増やすことで市場への供給量を減少させているからだ。それができるのは、農水省が放出した備蓄米70万トンを市場から買い上げてくれるから、過剰な在庫も解消できると考えているのだ。
■コメの値段を下げるのは簡単
人災なら対策はある。
JA農協が過剰在庫を持つことができるのは、農水省がいずれ市場から買い上げてくれることを想定しているからだ。
政府買い上げがなければJA農協の過剰在庫は市場に放出され、米価は下がる。農家は困るのではないかと言うのかもしれないが、今の米価は通常年の1万5000円の倍以上の3万7000円というバブルである。バブルを作ったのはJA農協だし、元の米価に戻るだけで補償する必要はない。
■コメ不足解消も簡単
さらに根本的な対策は、コメの減反政策をやめることだ。
生産量が増えると価格は低下する。それで影響を受ける主業農家にはEUのような直接支払いを行えばよい。そもそも平成、令和のコメ騒動は、根本的には減反政策が招いたものである。
平成のコメ騒動の際は、潜在的な生産量1400万トンを減反で1000万トンに減らしていた。それが冷夏による不作で783万トンに減少した。しかし、通常年に1400万トン生産して400万トン輸出していれば、冷夏でも1000万トンの生産・消費は可能だった。
今は水田の4割を減反して1000万トンの生産量を700万トン程度に抑えている。
■政治家ができること
日本と同じように90年代初めまで政府が市場に介入したため過剰農産物を抱えたEUは、減反しないで輸出で処理した。わが国と異なり、域内の生産は制限されなかった。EUなら生産が減っても輸出量が減るだけでコメ騒動は起きなかった。EUには供給(在庫)や価格を操作できるJA農協もなかった。
第二に、コメの先物市場を認めて透明・公正な価格形成を図ることでJA農協による価格操作を困難にさせる。
第三に、コメの関税を下げることだ。恒常的に下げることが政治的に直ちには難しいなら、1年を限り時限的に半減するか撤廃すればよい。1年限りの関税削減であれば、生産に影響は生じない。平成のコメ騒動の際は、260万トンの輸入を行った。関税を下げるのが嫌なら、関税なしの輸入を行っているミニマムアクセスという輸入枠での輸入量を増やすことだ。
最後に、独占禁止法の活用である。小規模事業者や消費者が協同組合を組織する場合には、独占禁止法の適用除外が認められ、カルテル行為は許されている。しかし、これらの組合であっても、「不公正な取引方法を用いる場合」または「一定の取引分野における競争を実質的に制限することにより不当に対価を引上げることとなる場合」は、独占禁止法が適用される。今回、JA農協は通常年では玄米60キログラム当たり1万2000円の概算金を3倍近い3万~3万3000円に引き上げている。
これは「不当に対価を引上げる」ことに該当しよう。
■なぜ野党は消極的なのか
どんなに国民や消費者が困っても、自民党が盟友であるJA農協の既得権益に切り込まないことは明白である。これまでも米価が下がると、市場からのコメ買い上げと減反強化でJA農協を助けてきた。
不思議なのは野党である。
国民や消費者を味方にできる絶好のチャンスだと思うのに、コメの値段を下げようという政党はないのだ。中道や国民民主の直接支払いも、今の米価をそのままにして農家に金をバラまこうとするもので、EUのように価格を下げて直接支払いをしようというものではない。
これだけは、私にもはっきりとわからない。論理的ではない、「空気の支配」があるようだ。
■与野党が繰り広げた「農業保護競争」の歴史
コメは戦前の1942年から1995年まで戦時統制法だった食糧管理法の下にあった。1968年まで生産者は生産した量すべて(自家消費量を除く)を政府に売り渡す義務が課されていた(法律上は「政府ニ売リ渡スベシ」と規定された)。
その際政府が買い入れる価格が通称“生産者米価”と言われた。高度成長期以降JA農協をはじめとする農業団体は農民春闘だと言ってその引き上げを政府・自民党に強力に働きかけた。69年以降は政府を通じない自主流通米を認めたが、これによって流通するコメはササニシキやコシヒカリという高級米で、政府は奨励金を出して政府買い入れ価格(生産者米価)よりも高い価格が実現できるようにした。つまり、95年に食糧管理法が廃止されるまで、生産者米価がコメ農家の手取りを決めていたのだ。
米価闘争は激しいものがあった。70年代まで、5月ころから米価決定を迎える7月ころまで新聞に米価関連の記事が途絶えることはなかった。政府による米価審議会への米価引き上げ幅が少なすぎるなどとして、農民が同審議会委員のスーツを破ったりしたこともあった。
コメ農家の票が欲しい政党は、農民・JA農協と同調して政府を突き上げた。自民党の中には、政務調査会・農林部会という“正規軍”のほかに、アパッチとかベトコンとか呼ばれるより過激な集団が活動した。野党もこれに同調した。自民党が米価を5%上げろと言うと、日本社会党や民社党は10%だと言い、共産党は15%だと主張するという具合だった。都市型政党である公明党は消費者の立場に立ちそうなのに、地方出身の議員に遠慮して、農業政策は保護主義的だった。
つまり各党とも米価によって農業保護を競い合ったのだ。日本社会党や民社党から立憲民主党や国民民主党に合流した人もいる。食糧管理制度に長年漬かってきた農家も米価が手取りだと思っている人が多い。政治家も農家も慣性の原則によって米価だけが重要だと思っているのではないか。
■無視できないJAの組織票
次に、野党もJA農協によって組織された農業票に期待している面があることだ。
公明党を自民党が離さなかったのは、都市部で対立候補と50-50で競っているときに、3%の同党組織票が対立政党に行くと6%もの差になってしまうからだ。組織された票は選挙で威力を発揮する。JA農協も同じである。ある自民党の主要閣僚を経験した有力議員は、「地元で農業票は1%しかない。しかし、それでも相手候補に行くと2%の差がついてしまう。JA農協を敵にできない」と私に語っていた。
TPP交渉に参加するかどうかでもめていた時、山形県JA農協は参議院選挙で自民党と対立する野党候補を応援した。自民党候補は勝つには勝ったが、薄氷を踏む辛勝となった。
逆に、対立政党からすれば、自民党への批判が、JA農協が組織する農業票としてまとまって自党の候補者に来るかもしれないと考えると、JA農協の利益を無視するわけにはいかなくなる。
最後に、日本維新の会や公明党のように、基本的には都市型政党であっても、党内に農村部出身の議員がいると農業保護を考慮しなくてはならない。「私が落ちてもよいのか」と言われるからである。都市型政党から全国政党へ脱皮する際のジレンマである。
■食糧安全保障の議論をすべきだ
生産者の利益は十分に考慮するが消費者の利益は考慮しない。おコメ券を提案したが、米価はそのままなので農家は史上最高の米価の恩恵を受け続ける。おコメ券を受けられない消費者は高い米価を払い続ける。
高米価の根源に3500億円の減反補助金があるうえ、おコメ券も4000億円ほどの財政負担がかかる。マッチポンプ政策だ。犠牲者は多数の消費者と納税者だ。農水省は一部の奉仕者であって全体の奉仕者ではない。
バブル米価でコストの高い零細な兼業農家は農業を続ける。規模を拡大したい主業農家に農地は貸し出されない。健全な農業を作るための構造改革は頓挫する。他方で、零細兼業農家が組合員であり続けてくれるので、JA農協は莫大な兼業収入を預金として確保し海外等で資金運用できる。
戦時中のコメの配給を実現しようとすると、コメは1600万トン必要なのに、減反で700万トンしか生産はない。シーレーン破壊後、半年経たずに国民全員は餓死する。安全保障の上からも憂慮すべき問題なのに、どの政党も減反という亡国農政を争点に取り上げようとはしない。
「生活者ファースト」も「日本人ファースト」もないということなのだろう。
----------
山下 一仁(やました・かずひと)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
1955年岡山県生まれ。77年東京大学法学部卒業後、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、同局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員、2010年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。著書に『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎新書)、『農協の大罪』(宝島社新書)、『農業ビッグバンの経済学』『国民のための「食と農」の授業』(ともに日本経済新聞出版社)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書)、『食料安全保障の研究 襲い来る食料途絶にどう備える』(日本経済新聞出版)など多数。近刊に『コメ高騰の深層 JA農協の圧力に屈した減反の大罪』(宝島社新書)がある。
----------
(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)

![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 昼夜兼用立体 ハーブ&ユーカリの香り 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Q-T7qhTGL._SL500_.jpg)
![[のどぬ~るぬれマスク] 【Amazon.co.jp限定】 【まとめ買い】 就寝立体タイプ 無香料 3セット×4個(おまけ付き)](https://m.media-amazon.com/images/I/51pV-1+GeGL._SL500_.jpg)







![NHKラジオ ラジオビジネス英語 2024年 9月号 [雑誌] (NHKテキスト)](https://m.media-amazon.com/images/I/51Ku32P5LhL._SL500_.jpg)
