『探偵!ナイトスクープ』が1月23日に放送した内容が、いまだ騒ぎとなっている。社会学者の太田省一さんは「炎上によって、初代局長の上岡龍太郎の価値を改めて感じている。
彼の番組に込めた哲学は、ナイトスクープだけでなく今のテレビ界に必要だ」という――。
■番組の根底は「隠された社会の真実を明らかにする」
『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送テレビ。以下、『ナイトスクープ』)が炎上し、局側が声明文を出す事態になっている。そこで思い出すのは、同番組の初代局長だった今は亡き上岡龍太郎のことである。今回局が明らかにした番組の「演出」は、上岡龍太郎ならば許さなかったのではないか。いまのテレビに必要なものはなにかを考えてみたい。
「こんばんは、探偵!ナイトスクープの時間がやってまいりました。複雑に入り組んだ現代社会に鋭いメスを入れ、さまざまな謎や疑問を徹底的に究明する探偵!ナイトスクープ」。
これは、『ナイトスクープ』がスタートした1988年から2000年まで初代局長の肩書きでMCを務めた上岡龍太郎が、毎回番組冒頭で語っていた口上である。隠された社会の真実を明らかにしようとする姿勢が番組の根底にあることがよくわかる。
知られるように、『ナイトスクープ』は芸人やタレントが探偵となって調べ、一般視聴者の依頼に応える番組。バラエティではあるが、一般の人びとの願いや悩みに真摯に向き合い、隠されていた真実を明らかにすることで人気を博してきた。

当然、そこに作り物の要素があってはならない。だから、「バカ」と「アホ」の境界線を徹底的に調べ上げた「日本全国アホ・バカ分布図」のような名企画、視聴者の人生にまつわる感動的な場面などが多く生まれた。
■制作局は「演出」の重さに気付いていたか
ところが先月23日の放送で、番組を揺るがすような事件が起きた。発端は、「6人兄妹の長男を代わって」という小学6年生の男の子からの番組宛ての依頼。それに応え、霜降り明星のせいやが弟や妹5人の世話や家事に奮闘する姿が放送された。
ところが、この場面を見た視聴者からSNSなどで「ヤングケアラーでは」「育児放棄ではないか」といった声が上がり、当該家族に対する誹謗中傷が起こる事態に。
これを受けて、制作局である朝日放送テレビは2度にわたり声明文を発表。家族への誹謗中傷をやめるよう求めるとともに、「普段は基本的に家にいて家事・育児を担当している父親が乳幼児を残して外出する場面、および当該VTRの最後に母親が、『米炊いて、7合』といった発言は、番組の編集・構成上の演出として表現した」として、番組内に「演出」があったことを明らかにした(番組公式サイトより)。
しかしその結果、今度は「演出」を「やらせ」ではないかと疑問視する声が新たに出ることに。むろん局側は否定しているが、いまだに騒ぎは完全には収まっていない。
■上岡局長なら違っていたのでは…
一般論として、テレビは事実を「盛る」ことにはきわめて慎重であるべきで、「演出」と主張すればなんでも許されるわけではない。特に『ナイトスクープ』のような真実を追求することを謳った番組では、たとえバラエティであっても事実を「盛る」ことは致命傷になりかねない。

だが声明は、そのタブーを自ら破ってしまったことを吐露したようにも受け取れる。あの『ナイトスクープ』に実際の状況を誇張するような「演出」があったことに、熱心な番組ファンほどショックを受けた可能性もあるだろう。
上岡龍太郎の局長時代にもそうした「演出」があったのか、もしあったとすれば上岡がそのことをどこまで知っていたか定かではない。しかし、「上岡龍太郎がいたならば違っていたのでは…」と考えてしまうのは、上岡自身が『ナイトスクープ』の口上を地で行くような芸人だったからだ。
上岡は、1960年代「漫画トリオ」のメンバーとして人気に。トリオ解散後は、関西圏を中心にテレビ司会者、ラジオパーソナリティとして活躍した。まったくよどみのない語り、そしてそこに織り交ぜられた鋭い批評精神にはすでに定評があった。
■伝説の番組「パペポTV」でのキレキレ
その存在が全国に知れ渡ったのは、『鶴瓶上岡パペポTV』(読売テレビ)からである。1987年にスタート。当初は関西ローカルのみの放送だったが、評判になり日本テレビをはじめ全国で放送されるようになった。
番組自体は実にシンプル。上岡と笑福亭鶴瓶の2人によるフリートークのみの1時間。
話題は幅広く、私生活のことや思い出話、時事問題まで気の赴くままに進む。放送禁止用語も気にすることなく、飛び出したときは映像や音声に加工処理が施され、それが逆に番組名物にもなった。
いずれにしても、流暢さと理屈に関しては上岡に一日の長があり、大体は鶴瓶が圧倒され、やり込められる展開になった。だが鶴瓶も黙ってはおらず、反撃する。
たとえば、高校時代の鶴瓶がポケットに手を突っ込んで歩いていたら、怖い兄ちゃんたちが近づいてきて「誰や、誰に教えてもろたんや、そんな歩き方」と絡まれた話をする。だが上岡は同情など全くせず、「言わんかい、聞いてはんねんから質問には答えな」と言い出す。怖い兄ちゃんたちの話の理屈は通っているというわけだ。
当然納得いかない鶴瓶は、それならばと上岡に高校生役をやらせ、どう答えるか見本をみせろと反撃に出る。即席のコントが始まるわけだが、その2人の呼吸が絶品だった。
上岡龍太郎は、当時テレビではあまり見たことのないタイプの芸人だった。常に理詰めで持論を展開し、相手のおかしいと思う点を理路整然と追及する。一見テレビのコメンテーターのようだが、上岡の場合は笑いにもつながるちゃんとした話芸になっている。

■占い師に見せた強烈な皮肉
『パペポTV』で全国区になった上岡は、『上岡龍太郎にはダマされないぞ!』(フジテレビ系、1990年放送開始)など次々に番組のメインを務めるようになる。だがメジャーになっても徹底した理詰めの姿勢は変わらなかった。
たとえば、占いや心霊現象に対しては懐疑的で、時には反発心をむき出しにした。
『ナイトスクープ』の「恐怖の幽霊下宿」というVTR(1994年放送)で、幽霊が実在するかどうか曖昧にしたまま面白おかしくまとめた内容を見て激怒。収録の途中でボイコットする挙に出た。
また占い嫌いも相当なもので、自分のラジオ番組に占い師が出演した際、手にマジックを持ち、「これをどうするかわかりますか?」と質問したうえで、いきなり占い師の顔にバツ印を書いた。占い師なら未来がわかるだろうという強烈な皮肉である。
真実をはっきりさせないと気が済まないという強いこだわりは、視聴率調査にも向けられた。
■誰にもマネできない「視聴率調査」法
司会を務めていた深夜番組『EXテレビ』(日本テレビ系、1990年放送開始)でのこと。「視聴率調査機のある2600世帯だけにおくる限定番組」と題し、カメラに向かって「今から1分間、NHK教育テレビ(現・NHK Eテレ)にチャンネルを合わせてください」と呼びかけた。
当時その時間帯の教育テレビは放送終了後で砂嵐状態。それを見ている人など誰もいないはず。
ところが、関西地区で2%の世帯視聴率(ビデオリサーチ調べ)が記録された。ビデオリサーチからは抗議されたが、調査機は実在し、ちゃんと調査は行われていることが証明されたのである。
これらの“武勇伝”から感じるのは、『ナイトスクープ』の口上よろしく「さまざまな謎や疑問を徹底的に究明」した上で、それを娯楽として成立させる際立った手腕である。過激な行動に出ることもあるが、それもあくまで理詰めを貫いた延長線上にあるもの。反発する視聴者もいるかもしれないが、だから面白い。その点が、ただの暴走とは一線を画していた。
■いまこそ「ポスト上岡龍太郎」が必要だ
必要以上に盛らなくてもテレビは面白くなる。いや、むしろ盛らないほうが面白い。話芸を武器にその可能性を示したのが上岡龍太郎だった。確かに上手く誇張することも番組の見せかたであり、芸のひとつだろう。だがあまりにそちらの方向に偏ってしまうと、テレビの娯楽は結局やせ細る。
上岡は自著のなかでこう語る。
「ぼくの本当の面白さがわかるのは、テレビで言うと5%。それ以上は見てもわからへん。むしろその20%も見るような、アホに合わした番組やりとうない。20何%もとるということは誰にでも分かるということで、そんな番組はやりとうない」(『上岡龍太郎かく語りき』)。
潔さすら感じさせるこんな覚悟が、転換期を迎えた現在のテレビには求められているのではないか。いまこそ「ポスト上岡龍太郎」が必要だ。そんなことを『ナイトスクープ』の「演出」問題から考えさせられた。

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太田 省一(おおた・しょういち)

社会学者

1960年生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビと戦後日本、お笑い、アイドルなど、メディアと社会・文化の関係をテーマに執筆活動を展開。著書に『社会は笑う』『ニッポン男性アイドル史』(以上、青弓社ライブラリー)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)、『SMAPと平成ニッポン』(光文社新書)、『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』(ちくま新書)、『21世紀 テレ東番組 ベスト100』(星海社新書)などがある。

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(社会学者 太田 省一)
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